小下村塾/投球の仕方--自分で発信!
東京大学「メディア表現演習」講義
苦労して取り組んでもらった映像リポート制作実習も、今回が締めくくり。ナレーション入れや細かい作り込みが間に合わなかったグループもあったものの、なんとか全てのグループが発表にこぎつけた。さて、どんな作品に仕上がっただろうか?
[1]A班:社情研の校舎の不思議
地上10階建てなのに4階建てに見える、建物の広さに対して教室は異様に狭いなど、謎の多い社情研(社会情報研究所)の校舎。カメラが校舎内を探検し、その謎を解明していく。前回の中間発表の時にはなかった、書庫を探検するシーンなどが加わった。
(制作者から)
・音量のレベルを合わせる時間がなく、ナレーションが小さくなってしまった。
☆最優秀ウィット賞☆
第8講で論点となった「≪真実追求≫と≪面白さ追求≫」というテーマを意識し、1つの形を作って見せた。日本人が苦手とする"ちょっと気の利いた表現スタイル"を目指したもので、「社情研の校舎の秘密なんて興味ない」と思っている視聴者をも多少は惹きつけ、情報伝導率のアップに僅かながら成功している。
≪誰に伝えたいか、の明確化≫
先週議論になった、「"お節介"か"不親切"か?」(シャレの説明をどこまですべきか)について、結局制作班は、何の説明も追加しないという決定をした。これはつまり、伝えたい視聴者のターゲットを「こうした冗談が通じる人々」に設定したという事で、それはそれで1つの判断だと思う。
[2]B班:東大学生食堂の今昔
学内で一番古い場所、学生食堂『メトロ』の紹介。『メトロ』の1日の様子を追い、従業員や店長に話を聞いた。
(制作者から)
- 技術的にも時間的にも作りこみができず、分かりずらい点が残ってしまったと思う。
- 『メトロ』の店長や従業員のおばちゃんがよく喋ってくれるので、取材テープが100分くらい回ってしまい、まとめるのが大変だった。
テロップの色と背景の映像の色がかぶってしまい、見にくい部分があった。
☆最優秀リサーチ賞☆
撮影開始前に、歴史文献に当たったり、関係者から話を聞いたり、という情報収集を熱心に行っており、"調査報道"を目指した姿勢は評価できる。また、インタビューの量も長大で、その努力を多とする。
≪より現場を伝えるカットを探そう!≫
昼休みに『メトロ』がにぎわうシーン、厨房の中から撮影しているが、中からだと小さな窓口を通してしか客が映らず、たくさんの学生が行列している様子が見えない。1度厨房の外へ出て、客側からのカットも撮るべきだった。 また、開店前の厨房で、時間を表すために時計を撮ったカット。壁にかかった時計だけを画面一杯のアップで映しており、「今現在の厨房の時計」なのか「別の時に別の場所で撮った時計」なのかわからない。これでは、ただ時刻表示のテロップを出すのと、情報量が変わらない。大きく映した時計からだんだんズーム・アウトして、料理の準備に追われる厨房の風景を入れるなど、現場にある情報を生かしきろう。
≪インタビューの肝は、その人にしか言えない事≫
店長のインタビューが長すぎるので、視聴者は飽きてしまう。必要な部分だけを抜粋し、後はナレーションやテロップで補足しよう。"必要な部分"とは、"その人にしか言えない"、つまり、その人だけの考えや思いを語っている部分だ。説明の部分は、ナレーションやテロップで補足した方が、端的で分かりやすい。
[3] C班:ウエディング・トリック
突然の出来事に、人間はどう反応するのか?ピンクのウエディングドレスを着た制作メンバーの一人(男子)が街の中に出現。街行く人々の反応を撮る。前回の中間発表では14分だった作品を、今回は8分に短縮。ラスト近くでは、BGMの歌詞をテロップで流した。テロップが流れていくのが早く、歌詞のほとんどは読めないが、「僕は恋をしてる」「LOVE DUSH」「告白の時はすぐそこに」といったメッセージだけが太文字になっていて、読む事ができる。
(他班の学生から)
BGMの歌詞がテロップで流れるシーン、読ませたいフレーズだけしか読ませないという狙いは分かるのだが、やっぱりもう少しゆっくり読みたい。
(制作者から)
見ている人に、少しだけ欲求不満感を残して終わりたかった。
☆最優秀チャレンジ賞☆
一般人の一瞬の反応をカメラでキャッチする、という試みもチャレンジングなら、そもそもあんな恥ずかしい格好をして街角に立つという行為自体も大いにチャレンジング! 私のアシスタントの安田恵子は、「"リポート"というものの概念を覆された」とあっけに取られていた。"定型崩し"も、価値あるチャレンジだ。
≪要素はギリギリまで凝縮!≫
先週発表時より6分も短くなっているのに、見ていて"カットされた"という印象を受けない。という事は、要素を削らずに凝縮するのに成功した、という事だ。前回は冗長だった「ドレスがかわいい」「かっこいい!」といったありきたりなインタビューを、一言だけに短縮したのがグッド。
ラストのBGMの歌詞を高速テロップで見せる手法は、2度使うより1度だけの方が良かった。1度目は視聴者も「おっ?」と思って注目するのだが、同じ手法を2度繰り返すと「またか」と思われてしまう。
[4] D班:都内の風景/レトロと近代の対比
前半は渋谷・新宿・六本木などの近代的な街、後半は下町のレトロな町、という構成で、両者を対比。
"近代"部分では、東京タワーや六本木ヒルズなどの建物や、たむろする若者を撮った。"レトロ"部分では、昔ながらのクリーニング屋さんや和菓子屋さん、神社の風景等が、インタビューを交えて映し出される。ラストは、お寺のバックに東京タワーを映し込み、「生活の歴史が息づく東京と、新しいものが次々に現れる東京は、すぐそばにあります」というコメントで締めくくった。
(制作者から)
・まとめ役がいなかったので、なかなか全員の意見を1つに決める事ができず、苦労した。なぜディレクターやプロデューサーといったまとめ役が必要なのかが、実感できた。
・上野周辺での撮影がほとんどなのだが、素材が少ないのが見ていて分かるだろうか?
(下村から)
そんな事はない。新宿や渋谷の映像もあるので、見ていて満足感がある。
☆最優秀フットワーク賞☆
制作者自身の自己嫌悪に反して、かなり"足"を使って色々な場所の撮影をしている。チームがまとまらず、各自がバラバラに行動した事が、功を奏したのだろうか。構成や編集の技術も大切だが、やはり一番大事なのは「数多く現場に行くこと」だ、という基本を教えてくれる一作。
≪自分の言葉で語れ!≫
全体的に、ナレーションが陳腐。内容も言い回しも、どこかで聞いた事があるようなものばかりだった。優等生的な、聞こえの良い言葉ではなく、自分自身の言葉で語ろう。
≪一番撮りたい物に照準を合わせよう≫
何が撮りたいのかよくわからない、思い切りの悪い映像が多い。路上で売られている車の玩具を撮ったカットは、中途半端なサイズで、玩具がよく見えない。面白いと思った物に寄り切って撮ろう。逆に、クリーニング屋さんのシーンでは、店のおじさんのアップが続き、店内の全景が見えない。そのカットで撮りたい物は何なのか、意図を持って撮影しよう。
≪メッセージに沿った構成を≫
「東京には、レトロと近代が混沌として共存している」というメッセージを伝えたかった割には、作品全体を"近代"パートと"レトロ"パートに分けてしまったので、混在しているはずの2つが、きれいに分断されてしまっている。2つのパートを分けない方が良かった。
近代的な部分とレトロな部分を、「ビルのきらびやかなネオン-道端で売られている風鈴の反射光」「コンビニ前でしゃがみこんでいる若者-神社の境内で座り込んでいるおじさん」「多くの人と車が行き交う大通り-路地裏の静かな細道」というように、シンクロする映像で組み合わせていけば、作品としての一体感を保ったまま、"混在"が表現できたはず。