日本初のNPO放送局の町に、全国から市民メディア大集結!

放送日:2008/9/13

今回は、今日明日(9月13・14日)開かれる、「京都メディフェス」というイベントをご紹介する。毎回このコーナーで紹介している『市民メディア全国交流集会』の第6回だ。先日、プレ・イベントの1つとして「市民メディアってなに?」と題するシンポジウムが開かれ、私もパネラーの1人として参加してきた。

■全国初のNPO放送局が誕生するまで

会場に選ばれた古都・京都と市民メディアとは、何となくイメージが結びつきにくいかもしれない。だが実は京都には、NPOが国から電波免許を取得して運営する、日本で最初のラジオ局『京都三条ラジオカフェ』があり、市民メディア界では注目の場所なのだ。局長の町田寿二さんもこの日のパネラーの1人で、この局誕生の経緯を話してくれた。

町田: 元々、「市民メディアを作ろう!」というような発想で始まったわけではなかったんです。当時(1999年頃)、市民が「自分達の意見を放送局に反映させたい。番組に参加したい」と言ってた時期、「でも、自分達の声は地元のローカル局でもなかなか活かされない。言うてみたら、放送局ってのは、敷居の高い所だ」という状態だったわけですね。そしたら、「自分達で放送局作ったらどうか?」という、とんでもない発想に発展したわけです。

最初は「市民メディア」などという考え方があったわけではなく、ただ「自分達もやりたい」という自然発生だった。新しい社会変化は何でもそうだが、まず現象が起きて、後から名前が付く。市民メディアについては、各地ともほとんどそういう経緯で誕生しており、そこが面白くて、私も手伝っている。
だが、思いつくまでは出来ても、実際に放送局を作るとなると、お金と免許申請が大きな壁となり、そこで立ち止まってしまう所が多い。『京都三条ラジオカフェ』はミニFMラジオなので、テレビ局を作ることに比べれば巨額の資金は必要ないが、個人のポケットマネーではやはり大変だ。その辺りを、町田さんはこう振り返る。

町田: 「どうやって作るのか」というところから、とにかく素人ばっかり、日本の放送制度、電波制度も全然知らないメンバーが集まってやろうとするわけですから、大変だったんです。放送局を作ろうと思ったら、その当時で数千万お金かかる、と。「そのためにはどうしようか? 単に10人20人集まってもあかん」ということから、どんどん広げていこうという形になっていって、200人位の規模の会員が出来上がってきたんです。
 電波法には、何も「株式会社でなければダメ」ということは1つも書いてないわけですから、我々は「NPOで申請しよう」と頑張りまして、それで免許申請の運動が始まったわけです。なんでNPOにしたかと言うと、NPOというのは、いろんな人が集まって構成する団体です。誰か資本家がいて、お金を出してやろうということではないですから、それぞれが皆、主人公なんですよ。

普通のテレビ局に出演するときは出演料としてお金を《もらう》が、ここは発想が逆で、お金を《支払って》参加するという形なわけだ。大きなスポンサーに頼ると、結局商業メディアと変わりなくなってしまうから、この《市民がお金を出す》というスタイルは、重要なポイントだ。かくて、2003年3月31日、日本初の市民が運営するラジオ局が誕生した。

■竜馬、坊さん、寺子屋、ひきこもり、おかぁチャン、…

しかし、いくら自分達で発信したいと言って、放送局という器が出来ても、数本の番組程度では、局1つ分の放送時間は全然埋まらない。「流すものが、そんなに用意出来るのか?」と、さすがに関係者も心配し、あちこちに「うちで番組やりませんか?」と誘って回ったという。すると…

町田: 最初の番組第1号は、河原町商店街に、町おこしの為に坂本龍馬のファンクラブで京都龍馬会というのがあって、そこへ訪ねたんですよ。そこで、「龍馬の話しませんか? 番組で3分1500円で、毎週やっても月5000円で出来るんです」って言ったら、「えー、そんなんで放送できんの? それやったら我々のサークルでも出来るわ」ということで、即座に一発で決まった。それが番組第1号なんですよ。
 そういう形で番組は出て行って、開局のときは約40本の番組が市民の手で放送されたんですよ。誰が聴くか分からない放送を放送したいという人が、40グループあったということなんです。
 市民それぞれが自分の思いで表現する。自由に発信できる。これが本当の、民主主義ではないかと思ってますし、それがこれからのメディアのあり方ではないかと、私自身としては考えてます。

3分1500円で局から放送時間を買うというシステムが生まれて以来5年半、今では町田さんの表現を借りれば「110色の放送局」、つまり110のグループが110通りの番組を出しているという。
全国の方にも聞いていただけるインターネット版の放送(聴けるエリアが限られる電波放送と平行して、ネットでも音声配信している)の中から、一部番組をご紹介しよう。番組第1号の「龍馬の時間」は、今でも週1回の更新。また、現代の若いお坊さんによるエンターテイメント型人生探求番組“出逢いと笑顔の60分”の「ボンズカフェ」。文部科学省大臣官房広報調整官などを歴任し、ゆとり教育の創始者として知られる寺脇研氏がパーソナリティを務める「京都寺子屋 BUNKA塾」。その他、「おはよう、ひきこもり!」、「学生とおかぁチャンがつくる、住育コミュニティ」―――等々、そそられる番組が目白押しだ。

■バランスの取り方、節度の保ち方

それだけ皆が自由に喋る場があると、発言内容についてトラブルが起きたりすることはないのか。その点は、この日のシンポジウムでも会場から質問が出た。

会場: 市民メディアの弊害として、誰でも情報を発信できると、《中立公正》というものが欠けてしまうことがあるかなというのが、僕は一番問題だと思ってるんです。自分の言いたいことを自由に言えることで中立性を保てるのか。自分の言ってることに責任が持てるのか。間違った情報を発信してしまうということがあるってのがちょっと問題かなと思うんですが、その辺はどうお考えでしょうか?

原聡一郎(『横浜市民メディア連絡会』事務局長): いろんな視点のものが出てくることで、それを見ればいいわけです。1つを見て信じるんじゃなくて、いろんなものを見て、いろんな意見を聞いて、「こちらの立場の人の意見はこれ」「こちらの現実はこれ」と、幾つも見て判断するという形にすれば、一人ひとりが公平なものを見れるんじゃないかと思います。

白石草(『Our Planet-TV』代表): 昔、下村さんも言ってらして、なるほどなと思ったんですが、市民が何かを捉える場合に、大抵、非常に近い立場から撮ることが多いので、“撮り逃げ”みたいなのが結構難しい立場にあることが多いかなと。だから、どちらかと言うと、生活を荒らされちゃうというような撮影・取材のされ方は、市民メディアよりもマスメディアの方が起こるんじゃないかなという気がしていて…

白石さんの言う「撮り逃げ」とは、つまり、「取材して放送して、それで仮に何か報道被害みたいなことが起きてしまっても、後は知らないよ」ということだ。私もよく目撃するのだが、特に大事件などでは、東京などから田舎にまで取材陣が殺到する。ところが、記者達は東京に引き揚げてしまうので、その後の町の生活が報道の副作用で荒らされようが、影響など知らないわけだ。しかし、ご近所さんの市民メディアが取材者ならば、放送後も近くに居続けるから、いい加減な放送を出せば自分が返り血を浴びてしまうことになる。もちろん、プライバシーや著作権についての基本は、既存メディア同様、市民メディアも研修・実践の中で身に付けていかなくてはならないが、この「近くに居続ける」ということが、無責任報道への1つのブレーキになるのではないか、と私は見ている。

■上映会、分科会から、「報道被害屋敷」まで

そういう市民メディアの土壌のある京都で開かれる、今回の「京都メディフェス」のテーマは、「つかう・えらぶ・つくる~十人十メディア時代」。十人十色をもじった、“じゅうにん・とめでぃあ”をキーワードに掲げている。既存メディアが高級レストランだとすると、市民メディアは単品を売る屋台のようなものだ。そういった屋台が全国からワイワイ集まるイベントが、今日この後すぐ、京都市内数箇所の会場で始まるというわけだ。
プログラムとしては、各地の市民メディアが発信している自信作を持ち寄るビデオ上映会が基本だが、私が個人的に今回一番注目しているのは、立命館大学の学生たちの出し物だ。お祭りだから「お化け屋敷」みたいなのも無ければダメ、ということで、彼らが企画したのは「報道被害屋敷」。入っていくと、お化けならぬ報道陣にわぁっと取り囲まれ、「反省の言葉は無いんですか!」などと吊るし上げに遭う。そして、何も知らずに、参加者の記念撮影だと思って入り口で撮られた写真が、大スクリーンのニュース映像の中で、容疑者の写真として報道されてしまう。そのニュースを鵜呑みにした一般市民が、携帯カメラのレンズを無遠慮にこちらに向ける―――という設定。宣伝のブログには“もれなく報道被害にあえちゃうよ★”とまで書いてある。報道被害のおぞましさを疑似体験するには、面白い試みになりそうだ。

この他、「フリーペーパーってこうあるべきじゃないか会議」や、ドイツ・フランスの市民メディア放送の現場から生中継を交えての議論、「ビデオのお悩み相談室」(担当:白石)、「G8洞爺湖サミットで市民メディアは何ができたか」の総括等々、分科会も盛り沢山だ。

私は、今日午後からの分科会「メディアにおける環境情報と地域NPOとの連携──グリーンなメディアを目指して!」に参加する。「大手メディアは、もっと環境問題を採り上げるべきだ、どうしてそれが出来ないのか?」「市民メディアでは何が出来るのか?」というような話し合いを、大手メディア業界の現役社員(NHK、TBS、朝日新聞、博報堂など)と市民の実践者が膝を交えて議論する。

詳しくは、「京都メディフェス」のホームページを。また、先程ご紹介した『京都三条ラジオカフェ』にアップされている15 分番組「京都メディフェス」でも、市民メディア全国交流集会の歴史や、分科会の紹介などを様々なゲストが語っている。

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