紺野美沙子著 『ラララ親善大使』 小学館/定価1,470円 |
女優の紺野美沙子さんが、先月末、国連開発計画(UNDP)の親善大使としての10年を綴ったエッセイ集『ラララ親善大使』(小学館/定価1470円)を出版した。13年前(1995年)にサイエンス・エッセイ『空飛ぶホタテ』で日本文芸大賞女流文学賞を受賞した平明な文才が、今回も発揮されている。
■本当は“ラララ”じゃなくて…
――何で、「ラララ」なんですか?
紺野: 「親善大使」ってタイトルに付けると、それだけで硬くて…。増してやテーマが国際 協力だと、もう「えーっ?」って敬遠されちゃう気がしたんです。そしたら編集の方が、「親善大使という画数の多い、硬い言葉の前には、“ラララ”とか、特に意味は無いんだけど(笑)、そういう言葉が来るといいんじゃない?」っておっしゃって下さって、そう言われてみれば、何か前向きな感じで、良いなって。私、個人的には“トホホ”親善大使っていう感じだったんですけど。(笑) それだとちょっと何かズッコケる感じなので、「ラララ親善大使って良いかもね」っていうことになって、決まりました。
どうして「トホホ親善大使」だったかということは、これから中味を紹介していくと、イントロのあたりでお分かりいただけるだろう。
この本は、訪れた7つの国について、1国につき1章ずつ訪問記のエッセイという形をとっている。各章の扉のページには、それぞれの国の必要最低限の基礎データが書かれている。データの項目は、例えば、カンボジアは平均寿命、パレスチナは難民の数、モンゴルは「1平方キロメートルに1.7人しかいない」という人口密度といった具合に、国の個性によって変えていて、一目で特徴がつかめるようになっている。
更に、各章の一番最後のページでは、その国に実際暮らす12歳の少年少女を2、3人ずつ紹介し、その子ども達に対して、「宝物はなぁに?」といったようなアンケートを取った答えが載せられている。
紺野: 個人的な事なんですけれども、私の息子が今12歳なんですね。だから、いろんな国の12歳の子ども達がどんな暮らしをしてるのか、どんな考え方を持ってるのか、そういう事がシンプルに伝わればいいなぁと思って、「世界の12歳」というページを、各国の最後にそれぞれ設けたんです。
――このちょっとしたアンケートからも、いろんな事が見てとれますね。
紺野: そうですね。だから、子ども達がそれを読んで、何か感じてくれたらいいなって思っているんです。
■大歓迎に、血の気が引いて
『ラララ親善大使』の前書きは、いきなり次のような書き出しで始まっている。(ご本人に朗読して頂く)
―――『ラララ親善大使』前書き(p.3)より―――――――――――――――――――――――――
「なぜ紺野さんが親善大使に選ばれたのですか?」
よく質問されます。
正直に答えると、私にもわかりません。
英語は苦手だし、社交的でもないし、国際協力に特別の関心もなかった私です。
きっかけは、1998年の秋、突然届いた1通のFAX。
国連開発計画(英語でUNDPといいます)のニューヨーク本部から「親善大使になって下さい」という依頼でした。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
大上段ではなく、「私はあれも出来ない。これも出来ない」という書き出しで、敷居を思い切り下げたスタートになっている。更に、本文の第1文も、また正直だ。
―――『ラララ親善大使』より(p.11)―――――――――――――――――――――――――――
1999年5月、UNDP親善大使として初めてカンボジアを公式訪問して、そのお役目を引き受けたことを後悔しました。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
――いきなり「後悔しました」って、当時の思いは、どういう事だったんですか?
紺野: 最初、引き受けた時は、そんなに深くは考えてなかったんですけど、親善大使として初めてカンボジアを公式訪問した時に、それこそ、皇室の方をお迎えするような、ほんとに物凄い歓迎ぶりだったんです。それでもう、いきなりサーッと血の気が引いたというか、「あ、私、何かとんでもない事を引き受けたみたい」って、その時初めて気がついたんですよ。
――なるほど、…鈍感力!?
紺野: 鈍感力。「これ、ちょっとやばくない?」みたいな。(笑)
■「ふで箱のような」、「お菓子の缶のような」
後悔の中で始まった親善大使だが、視察の記述は、内容もさることながら、その文体がまた面白い。
―――『ラララ親善大使』より(p.14)――――――――――――――――――――――――――――
カンボジアに埋められている地雷は、いろいろな形をしています。キャンデーの小さな缶のような円筒形や、四角いふで箱のような形、直径30センチくらいの丸いお菓子の缶のようなものもあります。地雷には300種類もあって、対人地雷と対戦車地雷があります。その名の通り、人と戦車に対するものです。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
――あの…正直な感想を言ってもいいですか?
紺野: どうぞ。
――僕、これを読んだ瞬間、小学生の社会科見学のリポートみたいだと思ったんです。(笑)
紺野: (爆笑)すみません。でも、12歳の子どもでもイメージしやすいように、って思ったので。
――いや、とっても分かりやすくて、いい!
■「あなたのこと、みんなに伝えます」
後悔と共に始まった親善大使の仕事だが、やがて紺野さんは、自分の成すべき事が段々見えてくる。
―――『ラララ親善大使』より(p.16)―――――――――――――――――――――――――――――
私がプノンペンの「身体障害者工芸センター」で出会った20代の女性も、エイズにかかっていました。10代の頃、ずっと売春をさせられ、知らない間に感染。現在は援助団体に助けられ、カメラマンをめざして勉強中と聞きました。
センターのスタッフから「彼女は自分の将来を悲観して落ち込んでいます。親善大使、何か声をかけてあげてください」と頼まれました。
彼女は部屋の片隅で、声もなく泣いているようでした。うわべだけのなぐさめの言葉には抵抗があります。
「私には何もできないけれど、今日、ここであなたと会ったことはぜったいに忘れない。日本に帰ったら、あなたのことみんなに伝えますね」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
――こうやって、「伝えることが私の仕事だ」って、段々思うようになっていったわけですね。
紺野: まぁ、それしか出来ないな、って思いましたね。
――でも、それを文字にして、今ここでこうやって朗読して電波に乗って、彼女のことは皆に伝わっていくわけですね。
紺野: ありがとうございます、ほんとに。
■段々受け止められるようになって
この本では、全てのページの上部(およそ3分の1)が、カラー写真になっている。
――これは、旦那さんが各国に同行して、ボランティアで撮影しているんですよね。
紺野: はい、そうです。
『ラララ親善大使』P.19より [写真提供/UNDP(篠田伸二)] |
――HIVに苦しんでいる女性が、紺野大使をぎゅーっと抱きしめている、19ページの写真が特に良いなって思うんですけど。
紺野: あ、これねぇ…はい。国連開発計画(UNDP)が、HIVに感染して差別を受けて仕事を失くしてしまった女性達のための仕事の場として、カンボジアに工房を作ったんです。洋服を作ったり小物を作ったりする工房なんですけれども、そこを訪問した時に、皆さん本当に喜んでくださって…。「私達のことを理解してくれてる、分かってくれてる」って、凄く、きゅーっと友好が深まった時間だったんですよね…。
それが、この写真には現れている。小さい写真だが、その女性の目が涙目になっているのがわかる。
――言葉は通じないわけですよね。紺野大使は、何か凄い力を持っていますね。何なんでしょう、皆のこの笑顔は?
紺野: 今年(就任から)10年目になったんですけれども、多分最初の頃だったら、そういったHIVに感染して苦しんでいる方たちに囲まれて、わぁーっと歓迎されたら、凄く戸惑っちゃったと思うんです。やっぱり段々年数を重ねてくると、ごく自然にそういう気持ちを受け止められるようになって来たかなぁ。
――それがこの本には結実してますね。
■細く長く、気張らず誰もが
行った先々で世話してくれたコーディネイターなど、現地スタッフの人たちとは、それっきりになることが多いものだが、紺野さんはその後も交流を続けている。例えば、パレスチナで通訳をしてくれたシホさんのこと。
―――『ラララ親善大使』より(p.36)――――――――――――――――――――――――――――
今回の出版を機に、久しぶりにシホさんとメールのやりとりをしました。
「日本の、特に子どもたちに伝えたいことがありますか?」
「パレスチナの子どもたちは、とても元気で、明るくて、やさしくて、かわいいです。きびしい生活、限られた機会と可能性、不透明な将来のなかでも前向きに生きている、ということを知ってほしい」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
――細く長く、ちゃんと接点を保とうという…
紺野: 全ての方とは無理ですけど、[ここで突然、下村の携帯電話が鳴って発言をさえぎる]
――あ、あ、あ…
紺野: 信じられなーい! (おどけた声で)
――携帯が鳴りました、すみません。…何でしたっけ? あ、こうやって接点を保とうとしていらっしゃる…
紺野: 今、平静を保とうとしてません?
――(動揺しつつ)これはぁ、紺野さんから「TBSに着いたよ」っていうメールが来たときに、絶対気付くようにと思って、普段はマナーモードなのに、さっきから着信音をオンにしておいたわけですよ。それを切り忘れてたら、今誰かがかけて来ちゃって…
紺野: またそんな…。全ての女性にそうやって(取り繕って)るのね。いいんです…。(すねたフリを名演技)
何の話でしたっけ? あ、そうそう、(全ての方と)連絡を取ってるかっていう話。(急に真面目な声に戻って)そんな事ないです。そういったマメさは、下村さんの足元にも及びません!
――(苦笑) またいつか、かつて行った場所を再訪したいという気持ちがありますか?
紺野: 「私がやらなくちゃ!」とか、そういう感じではないんです。頑張り過ぎると長続きしないんだけど、皆ごく当たり前に、《誰もが》やればいいじゃない?って。そういう仲間を増やしていきたいっていう気持ちですね。誰だって、PTAの役員やるのはちょっと、「え、私は仕事がありますから」とか…。それと一緒で、(1人で)全部背負っちゃうのは嫌なんだけど、でも皆でやればいいじゃない?
PTA役員を例えに引っ張り出すような、この紺野美沙子流の発想が、この本の分かりやすさの源だろう。
■公約通り、子ども達のために―――
実は、紺野さんは、このコーナーで過去2回、公約をしていた。2003年に出演していただいたときには、「何かしなくてはいけない。宿題を抱えている気がする。今、一生懸命考えている」と言っていた。そして一昨年(2006年)には、「10周年になったら本を出そうと思っている。その本の売り上げがエイズの救済になるようなシステムを作りたい」と言っていた。その公約どおり、10周年の本が出版され、公約を果たしたわけだ。
――公約の後半、「本の収益を子ども達のために」という部分は、どうなっているんですか?
紺野: 私の印税を、全て寄付します!
――素晴らしい!
紺野: 偉い!(笑) 1年に一度、(これからも)途上国に行くので、実際に(寄付金を直接)手渡すとか。人を介すといろんな問題があるので、直接渡せるような場所で考えて行きたいです。
――じゃあ、この本を買った人は、事実上、購入代金の一部で途上国の子ども達を支えていることになると?
紺野: そうですね。どんな方でも非常に分かりやすい、優しい本ですので、よろしくお願いします。