前回のイラク報告では、高遠さんのイラク支援プロジェクトのリーダーであるカーシムさん(眼のツケドコロ・市民記者番号№46)が様々な困難をかいくぐって来日し、2週連続でお話を伺った。彼の滞在期間中にも、従弟がイラク軍に連行され、数日後には惨殺体で見つかったというメールがイラクから届いたりして、彼を取り巻く状況は緊張の連続だった。
■兄の“警告的”逮捕、父の半身不随…
――あれからカーシムさんは、無事にイラクに帰国できたんですか?
高遠: まず、「様子を見る」ということで、イラクの隣国シリアに暫く滞在していました。その間に、地元のラマディでは、カーシムのもう1人のお兄さんが、イラク軍にまた逮捕され、歩行中に突然連れ去られてしまったんです。どういう訳か、4時間後に釈放されたんですけど。ラマディにいる家族は、シリアにいるカーシムに、これ以上心配させたくないということで知らせなかったらしいんですよ。ところが、シリアにはイラクの人達が続々と入って来てるので、そこで知人から「お兄さん、逮捕されてたよ」っていう話を聞かされて、カーシムはもうびっくり仰天。「なんで教えてくれなかったんだ?」ていう感じでした。
(彼と)いろいろ連絡を取っていたときに、私もカーシムも“4時間で釈放”っていうのが気になりました。先日の従弟の例もありますが、イラク軍に捕まった場合、大抵は拷問を受けて惨殺されるんですけど、この“4時間”というのが微妙に短い。これはちょっと「警告」と受け取った方がいいかもしれない、ということで、カーシムはそのままシリアにいるという風にしていたんです。
以前から、カーシムさんのブログは反米的活動だとして米軍にマークされ、1度はカーシムさん自体も逮捕された。そういう目で見れば、日本にまで行っていろいろな事を喋って来たとなると、彼の活動はますます目障りに見えたのかもしれない。
高遠: でも、彼が(ブログに)書いているのは、別に反米キャンペーンとかプロパガンダということではないんです。
実際に彼が日本で語った中身を読み返しても、「それでも、米兵と対話する」という姿勢は、明白なのだが。
高遠: その後、元々心臓に持病のあったカーシムのお父様が心臓発作で倒れて、その時に何かあったのか、右半身不随になってしまったらしいんですよ。それをシリアで聞いたカーシムは、居ても立ってもいられないという感じで、ラマディに飛んで帰ってしまったんです。
■変わりつつある「失われた僕の町」
――その後、ちゃんと連絡は来てるんですか?
高遠: やっぱり、イラクに入ってからは、かなり連絡取れない期間があったもので、ちょっと私も「今回は本当に駄目かもしれない」と思っていたんですけど、3週間前にメールが来て、「家族も僕も大丈夫だ」と。それまで10数人の大家族で1つの家に住んでいたんですけど、住まいの場所を変えて、今は家族がバラバラに暮らしているらしいんです。で、カーシムはご両親を説得してシリアに連れて行き、そこでお父様の介護をしながら、「『リビルド・ユース・オーガニゼーション』(再建をする若者組織)のメンバー達と、いろいろ様子を調べたりしている」と。
――じゃ、ご両親とカーシムさんは、今シリアにいるという状況ですね。これから先は、どうするんでしょう?
高遠: 「すぐにラマディに戻る」と言っていたので、多分今頃はもう、カーシムだけ再びラマディに戻っているんじゃないかと思います。「どうしても戻って、メンバー達とやらなきゃいけない(事がある)」と言っていましたので。今、ラマディは非常に大きな変革が起きつつあって、良いか悪いかで言うと「良い方向に行っている」ということで、この後ちょっと期待したいなと思っています。
――そうやって頻繁に状況を知らせて来るメールや、彼の書いているブログをまとめた小冊子『イラクからの手紙―――失われた僕の町ラマディ』を前回ご紹介しましたけど、その後反響はいかがですか?
高遠: おかげさまで4刷目に入りました。この4刷目は、写真を6枚ほど追加して、イラク戦争開戦後のラマディの年表を足しました。
――イラク戦争全体の年表じゃなくて、ラマディという1つの町の経過で描いているわけですね?
高遠: そうです。「イラク情勢」って、もう1つではないんですよ。(地域によって)治安要員も全く違います。なので、ラマディの年表っていうのは、イラク全体の年表とはやっぱり大きく違ってくると思います。
一般論として、ラマディに限らず、このようにどこか1つの町の目線に特化した《定点観測》で描いた方が、総花的な《全体像》よりもリアリティがあって、「何が起こっているのか」が実感しやすいという面もあるだろう。
高遠: それと、カーシムとの会話の中のエピソード(高遠さんのエッセイ『カーシム、空を飛ぶ』)を1つ書いて、(小冊子の)最後に入れさせて頂きました。
小冊子の注文方法・振込先: 本代680円(送料込)を以下の宛先まで。
郵便振替口座番号: 00120-2-483772
口座名: 細井明美 宛
■7月着工? 診療所プロジェクト
――プロジェクトの中心人物であるカーシムさんの身辺が落ち着かない状況だと、高遠さんのイラク再建プロジェクトも、なかなか進まないんじゃないですか?
高遠: そうなんですよね。全体的に、イラク支援というのは凄く難しい状況っていうのはあるんですけど。今、カーシムとやっている協同プロジェクトとしては、診療所を開設するっていうことに取組んでるんです。場所の選定と見積りを出すようにお願いはしていますけど、やっぱり時間はかかります。彼らも自由に動けなかったりとか、家族の問題もあるし。実際、なかなかスムーズには行かないですね。
――そういう中で、今は何を具体的に考えているんですか?
高遠: 7月中に第3国で、ラマディ市内に診療所を開設する計画を打ち合わせる予定になっています。ここで具体的にOKということになれば、すぐに彼らがラマディに戻って、出来ればすぐに着工してもらう形です。私はヨルダンにも行く予定ですけど、緊急支援の必要性があれば、他に日本のNGOの方達も一杯いますので、そこと情報交換をして、協力し合えるところは協力し合って対応して行きたいなと思っています。
■今だからこそ語ろう、笑顔の日々を
そういった活動の財源確保の為に、日本国内では高遠さん達『イラク・ホープ・ネットワーク』が様々な講演やイベント活動を続けている。
――明日(7月1日)も、都内で大きいイベントがあるそうで…
高遠: はい、『イラクに咲く花 2007 ~in 千歳烏山』と言います。お昼過ぎの1時から夜(7時)までの間、ちょっと長い時間をかけたイベントなんです。まずは、イラク戦争開戦から今までの4年間に、民間の支援でどういう事が出来たかという実績の発表ですね。「こんな風に(支援)出来ました」と、データなどをご覧頂いて。一応参加団体が、10団体2個人あるんですけれども、その支援総額っていうのが、この4年間に3億2000万円を超えてるんですよ。その内訳を円グラフとかで見てもらったり。(支援で)1番多いのは、抗がん剤などの医療支援ですね。
実績発表の後、午後2時からリレートーク『思い出のイラク』。プログラムには、「思わず笑顔になったイラクの日々をメンバーが語ります」となっている。生真面目な人が見たら、「イラクがこんな深刻な情勢の最中なのに、何を生ぬるい話を」と批判されそうな気もするが…
高遠: 深刻な情勢だからこそ、っていう風に思ってます。未だに私の周りでも、つい先日も、酷い殺され方をした人がいるんですよ。だからこそ、今このイベントに力を入れたいなと思っています。
イラクの友人の1人に「イラクは、地獄よりも悪い」ということを言った人がいます。そんな状況ばっかり知らされている私達―――イラクの外にいる者は「イラク=地獄」みたいなイメージになりつつあるかな、と。
でも本当は、元々そこに、私達と同じような穏やかな生活があった。私達イラク支援をしている者も、2003年頃まで現地にいた当時は、いろんな爆弾事件とか空爆とか危険な状況っていうのはありましたけど、それでもまだ一瞬の平穏があって、そこで思わず大笑いしちゃったとか、楽しかった思い出っていうのが、私達の中に残っているんです。
今、こういう時だからこそ、私達と同じような人々が暮らしているということを思い出したい。そういった地獄のようなイラクにも、諦めずに支援を続けることによって、確かに物資は届けられた。と同時に、私達の気持ちが届いたなという風に思っているんです。最近イラク人に言われて凄く嬉しかったのは、「最も困難なときに助けてくれるのは、本当の友人です。日本の皆さん、ありがとう」って。そういうのを、このイベントでシェアできたらな、と思ってます。
■ベリーダンスも、“目からウロコ”も
午後3時からは雰囲気が変わって、舞踏『エジプシャンダンス BY REIKA 』。REIKAさんは、エジプト舞踏家としてイラクのバビロン音楽祭に出演予定だったのだが、この情勢で果たせず、代わりにここに特別出演し、ベリーダンス等を披露するという。
そして夕方5時からは、避難したイラク人が多く滞在する周辺諸国の調査から帰国したばかりの日本人メンバーの最新報告がある。
高遠: NPO法人『ピースオン(PEACE ON)』代表の相澤恭行さんがシリアのイラク避難民について、それから『日本イラク医療支援ネットワーク(JIM-NET)』の佐藤真紀さん(眼のツケドコロ・市民記者番号№13)がヨルダンのイラク避難民について報告します。
――午後6時過ぎ、ラストのトークセッションは、高遠さんが司会進行。このテーマが面白いですね!
高遠: 『ワタシとセカイ~目からウロコが落ちた時』。4人の若いパネラーが、「自分の意識や行動が世界と直結した、と感じた瞬間」を語ります。
明日のイベントは、入場無料(カンパ制)、予約は不要。「イラクの話は怖い・硬い・遠い・飽きた」という方、ちょっと目からウロコを落としに、出かけてみては?