“不登校”の子だけが“登校”する私立中学、来月開校!

放送日:2007/3/10

来月、全国で初めての、“不登校の子ども達専用”の私立中学『東京シューレ葛飾中学校』が、東京にオープンする。従来、不登校の子ども達の行き場としては、学校制度の外にフリースクール等の形式の施設は各地に存在している。今回は、文科省も認める、正式な公教育の場としての《学校》である点が画期的だ。

■小さな“たまり場”から、“理想のカリキュラム”へ

今やこの分野では老舗のNPOとなった『東京シューレ』は、22年前、小さな“たまり場”から始まった。大学生だった頃、私は、当時学校教師だった奥地圭子さん(眼のツケドコロ・市民記者番号No.43)と出会い、もうすぐ『東京シューレ』を設立するんだ、という熱い思いを伺ったことを覚えている。その後、不登校の子ども達が集まって、勉強や色々な活動を始め、今までに1200人以上の子ども達が拠り所にして来た。現在では、都内を中心に4ヶ所の施設や、「ホーム・シューレ」という在宅の支援システムなどを運営している。
その豊富なノウハウ・体験を活かしての学校づくりということなのだろうが、公教育となると、国の学習指導要領などにも縛られることになる。フリースクールの特色やメリットを保ちつつ、一体どんなカリキュラムが組めるのか? 今回の中学でも校長を務める奥地さんに伺う。

奥地: この学校、授業が1日4時間なんです。非常に珍しいと思います。これは午前2時間・午後2時間で、朝ゆっくりめに始まります。それではちょっと少なめだろうという指摘が文科省からあったので、工夫をしたんですね。4時間目を長くして、音楽とか体育・美術など、「長い方が良いじゃない?」みたいなのを4時間目に入れて、計算し直して出したら、総量が一般の教育課程の8割になったんです。文科省はそれでOKしてくれましたからねぇ。
これは非常に良い点があります。授業以外が多いっていうことは、その子その子に応じた、個別学習に相当の時間が取れます。だから、小学校の学習をしていなくて「中学校の勉強についていけないから小学校からやって下さい」っていうのも、授業だけ(で一杯のカリキュラム)だと難しいけど、そういう風に(余った時間を)使えます。それから、「もっともっと勉強したい。高校受験も考えて、8割だけじゃなくて中学でやる教育課程を全部やりたい」という子供さんが、そこから進んだ学習を組むにも、放課後の時間がたっぷりあれば出来やすいですよね。「自分は音楽をやりたい。絵を思いっきり描きたい。物を作りたい」とか、いろんな「これがやりたい」というものを実らせていくには、放課後がたっぷりあるのは良い事ですよね。

全員一律で学ぶ時間数をギリギリまで減らして、1人1人の学びたい事に時間を取る―――これは、前回このコーナーで『教育再生“民間”会議』の堀田力氏が提言していた“理想のカリキュラム”を、来月から本当に実現してしまうことになる。

■「不登校であること」が、入学許可条件

文科省の認可を得るために、奥地校長は“裏技”を使った。地元の葛飾区と組んで、政府の《構造改革特区》に認定してもらい、学習指導要領の緩和や、廃校になって空いている区立中学の校舎・校庭の借り受けなどを実現した。そうすることで、教育内容面と資金面という2つの壁を突破することに成功した。
入学希望者の選考は、普通の入試とは異なり、「不登校であること」がまず条件となる。新1年生は今月卒業する小学校から、新2・3年生は今在籍している中学校から、それぞれ成績証明ではなく「年間30日以上欠席している(いわゆる“保健室登校”など、実質的な欠席状態を含む)証明」を提出してもらい、その上で面談を行なう。奥地校長自身もその面接委員として、多くの入学希望者の親子と話した。

奥地: お話しされてるうちに、辛かった事を思い出して、涙ぐまれたりするお子さんや親もあるし。「もうひたすら学校に戻らないといけないけど戻れない」みたいな気持ちだったと。やっぱり、辛い経験しちゃった子が多いんですね。ですから、人や世の中に対してあまりもう信じられないみたいな気持ちや、「自分はダメな子なんじゃないか」って。(学校との)《関係》がそうなってるだけで、学校と距離を取ってるだけで、人間の《価値》がダメなわけじゃないんだけど、やっぱり自分がダメだからこんな辛いんじゃないかと思っちゃってるお子さんもおられて、「僕でも入れる学校があったのが嬉しい」とかね。「あ、人って信頼できるんだ」とか、「この自分もとても大切(な存在)で、やっていったら出来るな」という《自己肯定》っていうか、そういう気持ちになると、ホントに良い力が出て来ます。それで学校が作れるんじゃないかな、と思ってますけどね。
求められているわけですから、出来たら全ての子を受け容れられるといいんですけど、定員枠があって、どうしても、選ばなきゃいけない。そうなった時に、もし入れなかったら、「そのお子さんの何かが劣ってるからそうなった
(入学許可が出せなかった)んじゃない」ってことをしっかりね、お手紙で届けます。

定員オーバーで入学許可を出せない子達にもフォローをし、また、会話の苦手な子には、面接の場で急いでアンケートのようなものを作って、筆談で意思疎通をしたりと、本当に1人1人の事情に丁寧に対応している。

■親もまた、“シューレ”になる

もともと“シューレ”とは、「精神を自由に使う」という意味のギリシャ語で、それがドイツ語の「シューレ(学校)」の語源にもなったと言われている。確かに今回の中学校は、一般の学校に比べて、生徒も教師も自由度はかなり高くなりそうだ。どういう学校になっていくかは、来月にスタートしてから決まる。だが、「その変化は既に始まっている」と、奥地校長は言い、この学校の説明会に出席したあるお父さんに起きた変化を紹介してくれた。

奥地: お父さん方の中に、やっぱり“学歴社会”(が1番)で、「学校行かなくてどうするんだ? オレは一生懸命働いてるのに、おまえは何だ!」みたいに子供を責めていた人がいたんです。その人は、学校以外の学び場があるなんて、全然知らなかった。どうしても学校行かないから、うちの子が行ける所はないかと調べてたら、シューレ中学に出会い、それで、説明会に来たんです、と。私たちが話をするまでは、もう「うちの子、困ったもんだ、困ったもんだ」って思っていたんだけど、でも、「話を聞いてから後、考えが変わった。『なんで自分は、学校で苦しんで、距離を取ってた子を受け止めない父親だったんだろう』と思って、うちに帰って、謝った」って仰るんですよね。「オレはわからず屋の父親で、本当はもっと、気持ちをわかってやれば良かった。色々なやり方があったんだよ。それを知らないで、『学校戻れ』ばっかり(言ってた)。本当に苦しかったろうなぁ」なんてね。お母さんがね、「うちの父親、説明会行ったら変わったんですよ!」って、教えて下さったんですけどね。

「良い学校を出て、良い会社に入れれば、一生安泰」という時代に育った親の世代から見れば、この中学校の発想は、まさに“眼からウロコ”のカルチャーショックだろう。

■新学校への“期待”と“不安”

今現在、『東京シューレ』のフリースクール施設に通っている子ども達の中にも、来月からこの中学に移籍する子達がいる。興味がある子ども達は、かなり前から、自分達で名付けた「フリースクールの学校を作る子供評議会」という委員会を作り、月1回集まっては「どういう学校を作ろうか?」と構想を練って来たという。入学許可が出た子ども達数人に集まってもらって、話を聞いた。

下村: なんで皆、「この中学、受けてみようかな」と思ったのか、教えてくれる?

生徒A: 高校受験の(資格を得る)ため。こっちの方が、色々学べるかな~と思ったんで。

生徒B: 新しい事が出来そうだから。

生徒C: 別に…。まぁ将来、仕事をしたりするには、やっぱり勉強はしとかないといけないと思ったので。

生徒D: 高校一応出れば就職も安定するし、要は老後が安全であれば。(周囲笑)

下村: 「学校」っていう、その校舎や校庭や教室、そういう“形”のある所にまた行くことに対しては、抵抗ってないの?

生徒C: あります、あります!

下村: どんなところにあるの?

生徒D: 学校だとやっぱり、何時に起きて、何時に学校に出かけて何時に帰るっていう、生活サイクルが決まっちゃうから。学校に合わせないといけなくなるところが、少し大変。

■「普通の学校にさせない」

こうして、彼らの発言部分だけをピックアップして並べると、いかにもテキパキした会話のような印象になってしまうが、実際には、「うーん…」「別に…」「特に無い」等の言葉の合間合間に、ここで紹介している発言が時々挟まっている、というノリだった。もともと学校制度と距離を置く関係を持って来た子ども達だから、新学校への期待もホドホド、というところか。実際、彼らは、4月からどんな学校を作って行きたいと思っているのだろう。 

生徒A: とりあえず、学校に…“シューレ”学校にしたい。

下村: それって、他の学校とどういう違いがあるの?

生徒A: え~? もう雰囲気から何から違う学校…がいいかな。

下村: 作れそう? どうよ?

生徒C: 「どうよ」もこうもないと思うけど、まぁちょっと頑張ろうかなと。

下村: お、実は気合いの発言!

生徒C: 生徒の力でどうにかするから。

生徒A: まずは、携帯持込可にして欲しい。

下村: あ~(それかい)…

生徒B: 学校名の「中学校」の部分を、「スクール」にして欲しいです。なんか、少しでも、せめてもの抵抗をしたいから。

下村: 「学校」っていう言葉が、嫌なわけか!

生徒B: はい。

奥地: 子どもが考えて作っていく学校だから。1期生だから、「どういう学校にするの?」ってのを、皆で決めてくわけでしょ? 私が、「はい認めます」とか「認めません」とかっていうことではないのです。《作る》のが面白いんじゃないかなぁと思うけどね。

生徒C: 意地でも普通の学校にさせない!

下村: 「普通の学校」って?

生徒C: 嫌な学校。…嫌な学校にはさせない。

生徒D: 自力で、自力で。スタッフの力も借りて。

(文科省公認の中学校なので、スタッフ、つまり先生は、もちろん教員免許を持った本職の教師達だ。今も『東京シューレ』に関わっていたり、不登校の生徒と関わった十分な経験を持っていることが教員採用の条件になっている。)

■地元の眼差しに包まれた、オープンな学校に

果たして世間は、こういうユニークな学校を、認めて行けるのか? 奥地校長はこう語る。

奥地: 私がちょっと心配してるのは、子ども達は多分、相当生き生きしたり、元気が出てきていろんな事やると思うんです。けど、世間から見て、一段低い学校のように見られる可能性は、今の社会ですと、あるんですよね。学校行くとか行かないとか、不登校経験した子だとか、そういうので人間の価値を見るっていうところが、すごく子ども達を傷つけてるし、生き辛くさせてるんですよ。大人も、隠したりしてね。
フリースクールを見学に来た方が、「膝を抱えて暗い(ものだろう)と思ったら、全然違うのね」とよく言われるけど、まだ世間ってそうなんだ、と思うんです。そうじゃなくて、「いろんな生き方があっていいじゃない?」みたいにして行けたらなと思うので、そこ(の意識)を変えながら学校を運営していくってことになりますよね。難しいですねぇ。
実際上、学校が始まって、子ども達の様子がいろんな人に伝わっていくと、(印象は)違って来るんじゃないかなと思います。

この中学校が存在する、一番身近な”世間”である葛飾区には、活気ある商店街や伝統ある職人達も多い。そういう人達とも色々連携しながら、学校もオープンに開放して、地域の人達が自由に出入りが出来るような学校にするつもりだという。「校門を閉ざすことによる防犯ではなく、地元の人達が沢山入ることで、その人達の眼差しによって防犯をしたい」と、奥地校長は言う。
地元・地域との連携、というこの考え方も、前回このコーナーで掘田氏が述べていた理想形そのものだ。さしずめ前回は、学校教育《理念編》で、今回は《実践編》と言えよう。

来月9日に開校する、『東京シューレ葛飾中学校』。スタートしてからも、様々な実験や模索が続くだろう。ときには何か失敗をして、批判を受けることもあるかもしれない。新しい試みに、試行錯誤は付き物だ。子ども達と、それを支える奥地校長率いる大人達のチャレンジから、目が離せない。

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