7年前に200万部の大ベストセラーになった、『買ってはいけない』という本の企画・編集を担当した山中登志子さん(眼のツケドコロ・市民記者番号No.28)が、当時から「アクロメガリー(先端巨大症)」の患者であった事を、自ら先週初めて公に告白した。告白の場となったセミナーでは、この「アクロメガリー」など脳下垂体の異常に起因する病気の患者組織「下垂体患者の会」の入会呼びかけも開始された。ホームページ『下垂体ネット』も、今日(6月24日)から開設される。
会の呼びかけ人の1人となった山中さんに、伺う。
――具体的にはどういう病気なんですか?
- 山中:
- 「顔が変わる」と言えばわかりやすいと思いますが、脳下垂体に出来た腫瘍から成長ホルモンが過剰に分泌されて、身体の色々な部分が肥大する病気です。手や足や鼻が大きくなったり、唇が厚くなったり、下あごが突出するなど、ゆっくりゆっくり変化が起こるんです。私のこのハスキーな声も、声帯が肥大したせいです。ホルモンの病気なので、糖尿病、高血圧、心不全、高脂血症、睡眠時無呼吸症候群などの合併症も起こりやすいんです。もう、いろいろな病気がやって来ます。私が好きだったジャイアント馬場さんも、この病気でした。発症時期が違うので、彼の場合は、同じ脳下垂体でも巨人症なんですけど。(この病気を)わかりやすく表現したら、彼と同じような容貌になって行くという感じです。
私は山中さんとは以前からの知り合いだが、単なる外見的な個性として「顔が大きめな人」という印象しか持っておらず、ご本人から今年の初めに明かされるまで、病気だとは全く気付いていなかった。
――本当に、病人とは見えにくい病気ですよね?
- 山中:
- 見えないんですよ。実際には私は、先ほど挙げた以外にもある症状や合併症の、ほとんど全部を引き受けているという状況なんですが、どうも元気に見えてしまうようです。脳腫瘍の手術を4回やって、入院も6回しています。一時は、毎日7回もホルモン注射を自分で打っていました。これがまたお金もかかるし、煩わしいんです。注射をお腹に打たれると、打たれた所が紫色になったりするんです。腫瘍は、3年前に手術した時にかなり取っていただいたんですが、今も頭の血管に巻きついているんです。とにかくもう、どこかに行って欲しい病気なんですけど、離れてくれないから引き受けるしかない(苦笑)。私は、一生付き合っていく《悪友》みたいなものかなぁと考えています。
――患者さんは今、国内には何人ぐらいいらっしゃるんですか?
- 山中:
- 推定約7000人です。発症率は人口100万人当たり3〜4人だそうです。徐々にしか症状が現れて来ないので、発症してから平均約10年ぐらいは自分でも病気だと気付かないんです。4分の3ぐらいは、まだ治療も受けていない潜在患者だと思います。
いろいろなケースがあるから一概には言えないのですが、たとえば私の場合、発症は高校時代だと、後から言われました。大学3年生の時に、1回目の手術をしています。大学入学前後から手、足、顔が大きくなってきましたが、当時は太ったのが原因だと思い、痩せたら元に戻るだろうと、あらゆるダイエットをしました。体がだるいので、いつもゴロンとしていました。今思えば、ホルモンの病気だったからだと思うんです。あごが出て来て、受け口になったところで、普通は気付くはずなんですが、私は小学校時代に歯の矯正をしていたんですね。だから、(矯正した所が)元に戻っただけだと思って、気付く機会を逃してしまったんです。でも、尿に蛋白が出るというので病院に行ったら、たまたま内分泌科の先生がいて、その先生が私の特徴的な顔をみて、それでやっと「アクロメガリー」だと分かったんです。それから、「頭に腫瘍があります」と診断されました。
――もし気付かれずに、ずっとほったらかしになっていたら、どうなってしまうんですか?
- 山中:
- 合併症が出たり、腫瘍が大きくなったら目が見えなくなったり、いろいろな症状が出て来ていずれは見つかると思います。私の場合は「アクロメガリー」ですけど、他のホルモン異常の形で出て来る場合もあります。たとえば、不妊症の人が脳下垂体の腫瘍のせいだったと分かるケースもあります。どのホルモンが悪さをするかという事で、私たちの場合は、たまたま成長ホルモンだったからこういった症状が出て来たわけです。
この病気にかかっていながら気付かずにいる人達に、正確な情報を提供したい――そう感じた山中さんは、「下垂体患者の会」の中心メンバーになり、先週の公開セミナーでも自ら語った。
――この会が目指すものって、何ですか?
- 山中:
- 患者が主体で、納得の行く医療の情報交換をしよう、患者同士が手をつないで、もっといろいろ知って声を上げて行こう、という事です。私のような手術体験をして欲しくないし、医療側にも、薬代が高いとかいろいろ言いたい事もあります。顔が変わったり容貌が変化するので、『ユニークフェイス』的な思いも社会に伝えたいし、いろいろな方と出会ってお話ししたい。社会の中で、自分ももう少し楽に生きて行きたいんです。
――周囲の人には、病気のことを話して来なかったんですか?
- 山中:
- そうです。ごく親しい人しか知りませんでした。1日に7回、自分で注射を打っていた事も、恐らく親だけしか知らなかったですね。とても説明しづらい病気なんですよ。「顔が変わりました」「なんで?」「ホルモンの病気です」「どこが悪いの?」「頭に腫瘍が出来てます」と続けると、もうそこで周囲はいきなりシーンとなってしまうんです。“隠す”と言うよりも、語りづらくて言えなかったというのが正直なところです。語ったら何日もかかっちゃう(笑)。相手も困るだろうし、私自身も可哀想がられるのは困る。いろいろな受け止め方があるとは思いますが、「病気なんて気にすることないよ」と言われても、それはそれで「少しは気にしてよ」って思っちゃったりもします。
――容貌については?
- 山中:
- いろいろ言われましたね。「昔はかわいかったのに」とか「変わった顔」とか。24歳の時に付き合っていた男性には「1000万円まで出すから美容整形したら」と言われました。靴や指輪の売り場は、今でも私の鬼門というか、近寄りがたい存在ですね。サイズが大きいから、靴とかも探すのは大変です。
――人に言われて一番イヤな言葉は?
- 山中:
- この病気になって、受け止めなくてはいけない事が山のようにあるんです。病気は病気で、もうなってしまったものとしてその枠の中で生きて行かなくちゃいけない、それをどう生きるか、だと思うんです。だけど、「強いね」って言われるのは、まだ受け止められません。ひどい事を言われるよりも、まだまだしんどいですね。
――敢えて伺いますが、この《悪友》と付き合うようになって、得たものってありますか?
- 山中:
- この顔とこの声ですし、良くも悪くも目立つから、覚えててもらえるっていうのはありますね。これだけ合併症を抱えているので、プラス思考で考えないと…。たとえば、ひどい事を言う人がいると、「この人はどうしてこんな事を言うんだろう?」っていろいろな事を考えさせられるわけですよ。そうすると、想像力が豊かになる感じがしますね。
――人の心を考えるようになる?
- 山中:
- ええ。社会がよく見えるようになったのも、今になって思えば、病気のおかげだったのかなって思います。『買ってはいけない』も、社会が見えるようになったから出来た取組みなんですよ。主治医の先生が、「アクロメガリーの患者さんは、おおらかな人が多いよね。山中さんもおおらかだよ」って言うんです。患者の会では、そういう人達と語って行きたい。おおらかだけど、傷つく事もあるから。
――本業は今、どういう事をされているんですか?
- 山中:
- 『買ってはいけない』は《告発》型でしたが、その時に、皆さんから「じゃあ、何を買えばいいの?」と言われたので、それに答えるべく、インターネットの通信販売で『通販あれこれ』というのをやっています。良い牛乳とか、いろんな物を売っているんです。
――今度は“買っていい物”を提示しているんですね?
- 山中:
- そうです。7年間に蓄積したものを《提案》しているので、是非見て下さい。 それから更に進んで、去年から髪の毛の事を調べているんですが、良い養毛剤がないので、それなら作ってしまおうという事で、化粧品企画&プロデュース会社『萬』というのも経営しています。オーラヘアという養毛料を作っちゃいました。提案だけじゃなくて《実践》も目指して行きます。実践して行ったらいろいろ見えてくるのかなぁと思っています。
会社まで作ってしまったという多忙な中、山中さんは、膨大なページ数の闘病記『変わった顔“悪友”脳下垂体腫瘍・先端巨大症』(仮題)も書き上げた。
- 山中:
- 元々私は編集者なので、人に原稿を書かせるのが仕事なんですけど(笑)。20年間いろいろなことがあったので、書くことで自分を見つめ直すいい機会になりました。親やいろんな人達に支えられて来たんだなぁ、と思っています。
――今までは「下垂体患者の会」のような、開かれた情報交換の場がなかったんですか?
- 山中:
- 病気で顔や容貌が変わってしまうので、今までは外に出づらかったというのがあります。偏見もありますし。私もそういう部分に関わって、偏見を解きほぐしていく事でもっと楽になりたいな、と思っています。
外に出づらい人達と互いの悩みや課題を語って行きたいという山中さんの思いは、NPO『ユニークフェイス』の出発点とも似ている。 来週の土曜日(7月1日)14時半から、東京・渋谷のアップリンクで、以前このコーナーでも紹介した自主制作映画『ユニークフェイス・ライフ』の上映とセットのイベントで、山中さんは『ユニークフェイス』の石井政之代表との対談も行なう。参加費は2000円。
――対談では、どんな話をされる予定なんですか?
- 山中:
- 自分たちの、あるいは私の「ユニークフェイス」について語ろうと思っています。まぁ、石井さんには恋愛話も語ってもらおうと思っていますけど。私もちょっとだけ話そうかなぁ(笑)。
社会の中でどんな人生を送って来たかを語る時、恋愛話の要素は欠かせない、と語る山中さんは、その瞬間だけ、“プロの編集者”の表情になっていた。優れた発信能力を持つ人物の、カミングアウト。これからの活動に注目したい。