先週に続いて、ライブドア事件について、他のメディアとは違った視点から採り上げる。
ライブドアのホームページを開けると、ヤフーなどと同じようにズラッとメニューが並ぶ中に、「ニュース」という項目があり、そこから入ると更に、「PJニュース」という入口がある(PJ=パブリック・ジャーナリスト)。去年の夏、このコーナーで「世界市民記者フォーラム」を採り上げた時に出演してもらった三國裕史記者などが執筆している場だ。
ここの記者達は今、ジャーナリストとしてこの事件を伝えなければいけない一方で、ライブドアが提供してくれる場の中でそれを発表しなければいけない、という非常に難しい立場にある。一体どうしているのか。特に、ライブドアの社員スタッフではなく、登録している「市民記者」の人達の動きに眼をツケる。
「市民記者」というのはつまり、職業を他に持っていたり、学生だったり主婦だったり引退後のお年寄りだったり…と、何か伝えたい事が出来た時だけ取材して記事を送ってくる人達のことだ。ちゃんと事実確認をしてから記事を書く基礎的能力があるか、等の審査にさえ合格すれば、希望者は誰でも市民記者として登録してもらえて、自分の書いた記事をライブドア・ニュースのサイトで発表するチャンスを得る。現在、全国で約300人が登録しているという。
「市民記者」と言えば、このコーナーでも何度か紹介している、韓国のインターネット新聞『Oh My News』がモデルだ。ここの市民記者の総数は、半年前の時点で3万8千人!プロの視点や発想とは違った角度の生き生きした記事で、人気を博している。
ライブドアの場合、市民記者のことを“PJ”と呼んでいるが、そのPJ達の今を、「PJニュースデスク」の小田光康さん(眼のツケドコロ・市民記者番号No.19)に聞いた。先週末のTBSテレビ『サタデーずばッと』で一部お伝えしたインタビューを、詳しくご紹介する。
■強制捜査の真っ只中を報じた唯一のメディア
まずは、先月(1月)16日、突然の強制捜査がライブドア本社に入った当日の社内での取材活動の様子から。―――この日小田さん自身は、もう1人の市民記者と一緒に新潟に豪雪取材に行っていて第一報を聞き、すぐ東京に戻って、夜9時頃、ライブドアに駆けつけた。
- 小田:
- 僕ら2人は9時過ぎにライブドアの社内に着きました。もう検察官が捜査してた段階だったんですけれども、中の捜査官には「捜査ですか?」というのを聞いてですね、あと中のライブドアの幹部にどういうような状況だったのかを聞きました。それから、堀江氏が捜査官に何か尋ねられた後、彼が自分の席に戻ってきたときに、堀江の所に行って、「ちょっと取材をさせてくれ」と。「これはPJニュースで書くことを前提に話してくれ」と言って、「書いてもいいですね?」って聞いたら、彼は「それは構いません。そういうつもりで取材を受けます」と。
―ためらいなく?
- 小田:
- ええ、ためいらいなくですね。全社内が、取材を受ける、取材をするということに対して消極的だったんですけども、唯一堀江自身だけがですね、「これを報道してくれ」と。それで取材ができました。
―それはもう、すぐ端で捜査が行われている中で、ということですか?
- 小田:
- 9時過ぎの時点だったので、捜査官はいました。
―実際、その時の堀江さんインタビューは、その夜の内にもうアップされてましたよね。
- 小田:
- もう、すぐ出しました。
―ということは、捜索が行われているビルの中でもう原稿を…
- 小田:
- 書いてました、ええ。
その時の記事と、その後の続報は、今でもライブドア・ニュースのサイトを開くと、誰でも読むことが出来る。
【2006年1月30日付「堀江貴文氏の証言(下)、強制捜査の現場で」から抜粋】
「僕が知っていること以外に、もしかしたら事実があるのかもしれないけど」 「こっちはこっちで主張していくだけだし、それでダメになるんであれば、あきらめるしかないし、まあ、疲れたけどね。俺も悪いことしようと思って、しているわけではないし」 「疲れた。まあ、あののんびりやろうというわけにはいかないので大変だよね」 |
ここには堀江氏の本音が感じられる。あの強制捜査の真っ最中に、しかもライブドアの社内から、堀江社長の単独インタビューを速報したメディアがあったというのは、驚きだ。
ライブドアニュースに限らず、市民記者の強みは、自分の《拠り所》を持っていることだ。耐震強度偽装問題では一級建築士、医療問題では医者、といった具合に。それがたまたま今回は、「ライブドアに出入りできる立場」という《拠り所》を活かして記事にしたわけで、まさに市民メディアの真骨頂といえる。
■ホリエモンが市民メディアを作った舞台裏
小田さんは、デスクとして市民記者の送ってくる記事のまとめ役をやりながら、こうやって自分でも取材して記事を書いている。もともと彼は、プロのジャーナリストだった。で、ある時堀江社長から、自前の報道機関を作りたい、という相談を受けた。その時の経緯が、今となっては非常に意味深長に聞こえる。
- 小田:
- ちょうど2年前ぐらいだったんですけども、彼から「新聞を作らないか」という話がある人を通して僕の方に来ました。要するに堀江は、自分の新聞メディアでの扱われ方に不満をもっていたのは確かですね。自分が言ってることをきちっと伝えてくれてない、という不満を色々述べてました。で、その対抗軸として新しい経済報道ですとか、新しいジャーナリズムをやってみたい、新しい新聞を作ってみたいというのはありましたね。
―堀江さんの中に?
- 小田:
- ええ。でも、それは僕がそのときに感じたのは、今の現状に対して不満があるから自分がやってみたいと。これをやるときに、僕は堀江貴文とサシで「編集権については一言も口出すな」と、「その条件でなら、この仕事を引き受けます」と言ったんです。それ以来ですね、彼は編集について一言も口出したことはありません。
―ライブドアニュースの場じゃなかったら書けるのに、というのは何もない…?
- 小田:
- 書かなきゃいけないことは、すべて書いているつもりです。
今のメディアでの扱われ方が不満だから自前のメディアを作りたい、という動機だったら、言いなりの御用メディアができそうなものだが、そこで小田さんは突っ張った。当時の堀江社長としても、ちゃんと“まともな報道機関”として世間に認められる為には、そういう独立性は必要だ、と判断したのかもしれない。
その時はまさか、自分がこんなに厳しい取材対象になるとは思っていなかっただろう。子犬の頃から育てた飼い犬に突然噛まれた、という感じだろうか。
■「所属が無い」=「遠慮が無い」
さらにこの後も、小田記者を中心とするこの事件への遠慮ない追及は続く。
―強制捜査が入った最初の日以降、堀江さんへの取材はあまり行われてないですよね?
- 小田:
- メールでは、やりとりはしてました。実際、逮捕の前日の夜まで一連の疑われている粉飾決算について取材をいれてました。メールでは結構返信があったんですけれども、記事を書くに至るまでの確証が得られなかったので、今のところ、その原稿は出してません。けれども、まだそれは取材中で。裏ドリしてるっていう段階です。
―じゃあ、近々記事になる?
- 小田:
- ええ。これはもうライブドアに対してというか、堀江に対しては、本当に否定的な、彼を追い込んでしまう可能性もあります。ただ、そのことに関して堀江から「そういう取材をしてくれるな」という風に言われたことはありません。
―すんなり障害なく、そのままUPまでいけますか?
- 小田:
- 僕は、事実関係をキチッと掴めば、それはそれで挙げます。
「そんな否定的な記事、ホントにライブドアのサイトで掲載してもらえるの!?」と思ってしまうのだが、この小田さんへのインタビューの後、実際にその記事「堀江貴文氏の証言(上)、独立性の認識」は掲載された。
要するに、会計監査法人は独立性があったのか、資産査定なども身内で行っていたのではないか、といった部分について、公開されているホームページの情報などをつなぎあわせることで、実は同じ人物が担当していたことを、市民記者らしく丹念に解きほぐしていく記事だ。この内容は、他メディアでも後追いが始まっている。
たしかにライブドアの会社側としては、ここで急に掲載ストップをしてしまうと、逆に読者の反発を招いてしまうので、もううっかり手出し出来ないし、あるいは、自浄能力のアピールにもなる、と計算しているのかもしれない。
さらに、市民記者の強みとして、《組織に所属していない》という点が、ここで決定的に重要だ。もし取材した記事をライブドアニュースが掲載拒否したら、ただ記事を載せる場所を、JANJANなど今や色々とある他の市民メディアに変えればいいだけなのだから。
■大手メディア報道にも、異議あり!
そしてもう一点、私が注目しているのは、この市民記者の人達が、ただライブドア側に厳しい眼を向けているだけではなく、強制捜査開始以来、怒涛の如く堀江叩きに転じた大手メディアの報道姿勢に対しても、厳しい批判をしている、というところだ。
―今、「俺たちじゃなきゃ伝えられないことがあるぞ」って思いはありますか?
- 小田:
- 今ですか?今はあまりに、ちょっとライブドア叩きと言いますか…。悪い事は悪いときちっと報じなければいけないんですけども、「ライブドア=悪い」となると、何でもありみたいな状況になってしまって、これは非常に危険な状況だと思います。こういう大きな事件になると、歯止めがかからなくなってしまうような状況がたくさんあると思うんです。報道されていることと事実はちょっと違った、というようなことがあればですね、それを積極的にPJニュースで流していこうと思ってます。
―それは、中にいるからこそ見える、実際の姿を?
- 小田:
- ええ。
―そこは立場上、とても難しくないですか?つまり、ライブドアのサイトの中で発信してるから、「自己弁護してるのか」って見られる懸念が…。
- 小田:
- 「ライブドアはいけない」っていうような声は、もちろんたくさんありました。でも、それと比較して、メディアの持ち上げ方ですとか、例えば、検察から一方的に発表されたり漏れ聞こえたりしたことをですね、そのまま報道する姿に対しては、不満の声もありますね。そういう疑問提起の記事をよくあげたんですけど、読者からも多くの共感が寄せられました。
実際、マスコミ報道を批判する記事はたくさん掲載されており、「パブリック・オピニオン」という意見表明コーナーは、もっとストレートだ。これらは是非、大手報道機関の記者達全てに、一瞬立ち止まって読んでもらいたい。
■あなたは、どんなメディアを求めますか?
まだまだ続くこの難しい局面に、これからどう取り組んでいくのか、小田さんは決意をこう語る。
- 小田:
- この事件に関しては、私もある種ライブドアに近いという立場でありながらも、僕の報道・ジャーナリズムに関する個人的な良心に従って、それに背かないで、《間違ってる事は間違ってる、正しい事は正しい》と。この事件と、堀江が今までやってきた良い部分というのも、キチッと伝えていければなと思ってます。
―今、市民記者にとっても正念場ですね。
- 小田:
- そうですね。僕個人としては、ジャーナリズムというのは要するに個人で成り立つものであって、組織体ではないと思っています。まず、市民記者という存在そのものが、まだ世間に知られていない時期ですから、ライブドアの事件に限らず、どうでもいいような、あまりパブリックに対して訴える内容がない記事をいっぱい出したとしたらですね、それは消滅していっても仕方ないものなのかな、と僕自身感じています。
「どうでもいいような、訴える中味がない記事を出していたら、自然に消滅していく」。それは、プロでも市民メディアでも一緒だ。市民メディアといえども、プロと同じ厳しさの中で勝負しているということなのだ。だから結局、その国にいいメディアが育つかどうかは、その国の一般の人達次第だ。より良い情報を求めていくのか、くだらない情報を求めていくのか。
微妙な立場の中で気を吐くライブドアニュース内の「PJニュース」を、複眼思考の一助に、あるいは「市民メディアはどこまで突っ張れるのか」という関心から、ちょっと覗いてみてはいかが?