東京でイラクにまつわる講演会と映画

放送日:2005/11/12

■イラク帰還兵、自らの肉体の異変を語る

前回のこのコーナーで予告した、イラクから帰還した米兵の講演会が、今週月曜(11月7日)に東京で開催された。今回は、その講演会を企画した主催団体の1つ、「劣化ウラン廃絶キャンペーン」 のメンバー・佐藤真紀さん(眼のツケドコロ・市民記者番号No.13)に、1年4ヶ月ぶりにお話を伺う。
まずは、今回来日講演したジェラルド・ダレン・マシューさんに関する3つの基礎事実から。

佐藤:
彼は、ニューヨーク州兵の陸軍に所属しているときに、イラク戦争に徴兵されました。そして一昨年(2003年)の4月、サダム政権崩壊直後から、輸送部隊のトラック運転手として、クウェートの基地とイラクとの間を往復していました。クウェートの基地からイラクへは米軍用の食糧や水を運び、帰りには、被弾して壊れた戦車の破片などのガラクタを積んで、クウェートに戻って来るという業務です。そして…
  • 昨年(2004年)9月に突然、顔の半分が腫れてきて、偏頭痛や目のかすみ、排尿の時には激痛などの原因不明の症状が出て、帰国しました。
  • 帰国後、妻のジャニスさんが妊娠して、昨年6月に女の子が生まれたんですが、生まれた赤ちゃんの右手の指が無かったんです。3本は完全に欠損していて、あと2本の指も、指とは言えないくらい小さい状態でした。マシューさん夫婦のどちらの家系にもそうした前例はありません。
  • その後、検査をいろいろとして、マシューさんの尿から通常の4〜8倍の劣化ウラン反応が検出されました。

―ただ、その3つの事実の間に、科学的な因果関係があるとは証明されていないんですよね。マシューさんは、今どういう対応を取ろうとしているんですか?

佐藤:
国防総省に対して訴訟を起こしています。他にも、実はニューヨーク州兵から別の部隊が(今、自衛隊が駐留している)サマワに行ってて、そこに駐屯していた兵隊が、やはり体調不良を訴えていて、検査してみたら劣化ウラン反応が検出されてるんですね。だから合計で、兵士が8名、そしてマシューさんの赤ちゃんのビクトリアちゃんを合わせた9名が訴訟を起こしてます。

―そのマシューさんが来日されて、どういう講演をされたんですか?

佐藤:
まず自分の体験、何を現場でやっていたかということを語ってもらう。それから、アメリカ政府がどういう対応をしてきたかということですね。とにかく事実を教えてくれない。検査をしてくれと頼んでもなかなか応じてくれない。結局マシューさんは、ニューヨーク・デイリー・ニュースという新聞社がお金を出してくれたので、個人が運営している研究所で検査を受けられたんです。

―なんで、もっと早く検査できなかったのか、と思ったんですけど、そういう事情だったんですね。

佐藤:
他にもそうした話をしている方は湾岸戦争の頃からたくさんいらっしゃって、帰還兵に関しては検査を受けさせろというということで、ようやく法律化もされてきてます。

これは、日本で今、NPO「リカバリーサポートセンター」が唱え続けている、サリン事件の被害者に対する《国による検査の制度化》要求と、非常によく似た状況だ。現に今、「リカバリーサポートセンター」では、米国の湾岸戦争帰還兵対象の医学アンケートを日本医科大が翻訳したものを活用して、自前でサリン被害者の調査に当たっている。

佐藤:
それから、マシューさんの今回の訪日の大きな目的に、「広島・長崎を訪ねたい」というのがあったんです。「同じ被曝者だから、苦しみを共有したい」という思いからで、そこで考えた《自分がやらなきゃいけないこと》を話してくれ、いろんなヒントを僕達に与えてくれました。
彼は「自分に起こった事を、皆に知ってもらいたい」と言うんですけど、それはアメリカ国内だけで訴えていても、なかなか伝わらないからだそうです。軍での友達なんかも、そういう話はしたがりませんしね。むしろ、裏切り者というレッテルを貼られてしまったりして、社会生活がしにくくなってしまう。そういった意味では、彼は、そんな閉鎖状況を突き破る発言をしてくれました。
だから、日本からアメリカに対してプレッシャーをかけることで、アメリカの被曝者、イラクの子ども達が助かり、そして、廃絶にもつながっていくんじゃないか、ということを話してくれました。

―聴衆の反応はいかがでしたか?

佐藤:
とにかく具体的な話だったので、ビクトリアちゃんの話は特に心を打ちましたね。1歳7ヶ月になった彼女は、いろんなことをし始めるんだけども、うまく手を使えない。コップや哺乳瓶を握ろうとするんだけど、うまく持てない。乳母車を押そうとするんだけども、片手がうまく動かせない。そして、そういったことに癇癪を起こし始めてるんです。それを見ると、やっぱり親として責任を感じて、つらくなる。今回は、奥さんのジャニスさんも一緒に訪日されたんですが、「(父親の)あなたのせいじゃない。こういうふうにしてしまった社会が悪いの」と、マシューさんに言っているそうです。

―月曜日の講演は大学ででしたけど、他にも高校や小学校にも行かれたんですよね?

佐藤:
そうですね。「劣化ウラン廃絶キャンペーン」では3つの大きな柱をたてています。
(A)1つは「国際条約を作って、劣化ウランの使用を禁止し廃絶する」というものです。地雷と同じように、使用も製造も禁止して、そして、犠牲者への医療支援を義務付けていくような条約作りですね。
(B)2つめの柱が、実際の医療支援です。やはり、条約ができるまで待ってられませんので、イラクやアフガニスタンといったところの犠牲者を助ける活動ですね。
(C)3つめが、この問題をもっと知ってもらおうという活動です。そこをやっていかないと、(A)もうまくいきませんし、(B)の資金も集まりませんから。
―――それで、東京の方では、特にこの(C)に力を入れていこうということで、高校、小学校での授業訪問を企画しました。教育の現場では、「戦争のことを話してもらうのは結構だが、政治的な内容は困る」といことで、非常にバリア(壁)が出来てきてます。でも、子どもの頃から、本当の世界を見て、知って、感じていかないと、批判力とか判断力というのは出来てこない。そういった教育というのを皆で一緒に考えていきましょうということで、今回は学校を選びました。

―つまり、小学校の教室までマシューさんが出掛けて行って、お話をされたということですね。子ども達の反応はどうでしたか?

佐藤:
最初は、緊張してました。マシューさんはともかく体が大きいんですよ。学校のスリッパが小さすぎて履けないくらいデカくて、威圧感があるんですよ。 彼はね、最初に教室で子ども達に訊くんです、「この中で、軍隊に入りたいと思ってる人はいますか?」って。子ども達は誰も手を挙げない。で、マシューさんは「それは、素晴らしいことだ」と。それから、自分はなぜ軍に入ったかという話をするんです。
それで、ビクトリアちゃんの話が中心になるんですけど、「手をグーの形に握って下さい。そうすると指が使えませんよね。その状態のまま、鉛筆を持ってみましょう」と続ける。そして「自分の娘は、こういう思いをしてます」と伝えるんです。そんなふうに、非常に分かりやすい話をしてくれました。

―それを聞いて、子ども達はどんな感想を語りましたか?

佐藤:
まだ、どこまで理解したのかということについては、これから僕達もフォローしていこうと思ってるんです。それで、埼玉大学の教育学の専門家の先生にも今回、来ていただきました。とにかく皆、マシューさんの人柄に触れていくなかで、最後は一緒に写真を撮ったり、よく英語が喋れる子ども達は、いろいろ訊いたりしてましたね。

―まず当事者と知り合いになるというのが、関心を持つきっかけとしては大きいですからね。

佐藤:
何かインプットされてれば、そこから後々ね、自分達で学習していくきっかけにはなったと思いますね。

■「亀も空を飛ぶ」が描くイラクの子ども達

さて、今回はもう1つ、イラクに因んだ話題をご紹介する。
イラク戦争開戦後に作られたイラク映画第1号の、『亀も空を飛ぶ』。9月から東京で公開されているこの映画の上映期間も、いよいよあと2週間となった。まだ観ていない方には、是非お勧めしたい。
主人公は、イランとの国境沿いのクルド族の子ども達。その子達が今、戦争という現実のなかで、どれだけしんどい状況下で生きているかというのを、本当に現地に暮らす子ども達を起用して製作した作品だ。

佐藤:
私も観ました。素晴らしいというか、頭をガツンと殴られて、眼から鱗が落ちたような、そんな映画ですよね。貧困というのが大きなテーマだと思うんですけど、その中にアメリカという存在が大きく入り込む中で、彼等が戦争と共存しながら貧困をどう乗り越えていくのか、という、そういう映画ですね。

―ボランティアとして現場によく行かれて、現実を直視している佐藤さんでも、「ガツンと殴られる」というのは、どういう意味ですか?

佐藤:
一番ショックだったのは、子ども達が地雷を掘って、それを国連が買ってくれるからということで、売りに行くわけですよね。それがまるで芋掘りのようで。
それで、お金いくらか、という話でしょ。結局、それで多くの子ども達が怪我して、足を失ってて。地雷廃絶と言いながら国連がやる、大きな取り組みの枠の中で、子ども達が、そこにビジネスとしてぶら下がっている。しかも、どんどん怪我をしながらお金を貰って生きていく、そういう姿。
それから、戦車なんかの鉄屑がたくさんあるんですけど、それを集めて売ってお金に代えている。実際、僕もイラクにいた時に見たんですが、劣化ウランそのもので攻撃された戦車なんかが、そのまま置いてあるんです。その戦車の中に子どもが入って、鉄屑を集めてるんですよ。
(劣化ウラン弾というのが)どんな形か、僕達も最初は知らなかったんですから、イラクの子ども達が知るわけないですよね。そういうのを(米軍は)平気で放置していった。で、今回来日したマシューさん(のような人達)がそういうのを掻き集めて、そして、彼自身も知らないまま、それをクウェートかどこかへ運ぶ。それでその後、そういう汚染された鉄屑はどうなったのかというと、もしかしたら、もっと他の国に行っちゃってるかもしれない。

その「怪我をした子ども達」については、実際に映画の中に、手や足のない子ども達がたくさん出て来る。パンフレットに記載されたスタッフノートを読んでショックだったのは、そういう手や足が吹っ飛んでしまった子ども達を見つけるのに、何の苦労もなかった、ということだ。現場では、5分もあればそういう子に出会うと監督は記している。これはまさに、映画でありながら、現実なのだ。
さらに、この映画には、作品上に表れない、こんなエピソードがあるという。

佐藤:
映画には目が見えない赤ちゃんが出て来たりするんですけど、バフマン・ゴバディ監督がそういった子どもの手術費用を出してあげたりとか、あるいは、化学兵器の影響かなにかで手の無い男の子に、義手を作ってあげるとか、そういうことをしてるんです。それは、子ども達が自立するための助けですよね。だから、映画を作るという行為そのものが、子ども達に希望を与える結果になってるんです。

―そういう支援の一環として、今回、映画館に募金箱が置かれているんですよね。

佐藤:
この募金箱は、僕らが、JIM-NETという団体で置かせてもらってます。白血病の子ども達を助けて下さい、ということでお願いしてるんですけど、映画を観た方からの寄付が、今現在で、215万円くらい集まってます。

9月の公開から約2ヶ月。1館だけの上映で、それだけの額が集まるというのは、この映画のアピール力の、ひとつの表れかもしれない。

このイラク映画『亀も空を飛ぶ』は、東京の岩波ホールで、再来週の金曜日(11月25日)まで上映中。

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