「イラク人質事件と自己責任論」出版

放送日:2004/7/10

「イラク人質事件と自己責任論」主権委譲はされたものの、イラクの混乱は続いてる。そんな最中に、先週(7月1日)『イラク「人質」事件と自己責任論』(大月書店 / 税込1,260円)というストレートな題名の本が出版された。拘束された今井・郡山・高遠・安田さんなど、張本人の方々をはじめ、あの時この問題で市民の側から何らかの行動を取った当事者、イラク問題の専門家等、匿名2人を含む計37人が原稿を寄せ合っている。この寄せ書きをまとめて出版した、日本国際ボランティアセンターの佐藤真紀さんにお話を伺う。

―なぜ、このような本をまとめようと思われたのですか?

佐藤:
人質事件と自己責任論が出てきて、日本の中でぐちゃぐちゃになってしまいましたよね。亀裂がいろんなところに生じてきたけど、そうじゃなくて、僕たちは、もっとイラクの問題をしっかり見つめる必要があるのではないかと思いました。それから、一生懸命動いた人たちの記録をきちんと残していって、それを今後、イラクとどう向き合っていくのかをしっかり考えていくきっかけとしたかったのです。

―以前このコーナーで、この事件に即応した市民メディアの動きを伝えました。それから僅か10週後に、その本格版がもう1冊の本になったわけですが、随分早く実現しましたね。

佐藤:
ともかく、こういう本は早く出さきゃいけないし、日本人てすぐ忘れちゃうじゃないですか。でも、忘れちゃいけない事ってたくさんあるしね。今、イラクがどうなっているかといった時に、ファルージャの問題とか、まだ戦争が終わっていないですからね。それに対して、僕たちが、本当に早く動かなければいけないと思いました。

―原稿をお願いした方々は、すぐに書いてくれました?

佐藤:
皆さん、言いたいことがあって、うずうずとしていたみたいです。ですから、すぐに書いていただけました。

―本の印税の使い道は?

佐藤:
印税は(一部ではなく)全部、イラクのプロジェクトに使うことになっています。

つまり、この本を購入すること自体が、イラクへの“民間支援”となるわけだ。
以下、本の内容を紹介しよう。

■ 第 I 部 命のリレートーク「そのとき私たちはこう動いた」

色んな市民グループや個人が、あの時に自分は何をしたかを、自身の言葉で証言。個々バラバラの動きが、こうやって一冊の本に束ねられると全体像として浮かび上がってくる。
特に印象深いのは、劇団俳優座の女優・有馬理恵さん達が取り組んだ、渋谷ハチ公前での“路上キャンドル・アピール”。自ら行動を起こすほどではないけど関心はある、という一般の人達の反応が読み取れる、貴重な史料だ。

―この「キャンドルアピール」とは?

佐藤:
拘束グループの要求声明にあったように、当初、時間的な猶予は3日間しかありませんでした。いろんな人達にいろんな所で意見を言ってほしいというのがあったので、とにかく渋谷に集まって、人質問題に関心のなさそうな、若い人たちや一般の人に呼びかけました。

―署名だけでなく、自分の意見をボードに書いてくれたんですよね。

佐藤:
2千人分集まりました。これらのメッセージは、高遠さんや今井君、郡山さんの手に渡っていると思います。

同じく女優の渡辺えり子さんは、この章のコラムでこう書いている。
「イラク戦争が始まる前、外務省に電話をし、何とかイラクの子どもたちだけでも避難させるわけにはいかないかと問い合わせた…。」
渡辺さんも、何かしなければと、動こうとしたのだ。その中で、彼女は佐藤さんと知り合う。佐藤さんから、「『今、(日本国際ボランティア)センターの人間でイラクの病院を補修している』というお話を伺って私はひどく驚いた。私は無知過ぎた。―――こういう日本人がいることを私は知らなかった。
本当に何も知らない普通の人の“初めの一歩”、動いている人たちとの《出会い方》が、よく描かれたコラムである。

佐藤:
僕もはっきり覚えていますが、渡辺さんは電話口で、すごい勢いで、「何とかしたいが、戦争が始まったらどうすればいい?とにかく、子供をイラク国外に避難させなければいけない」とお話をされていました。

―もともと、知り合いだったんですか?

佐藤:
いいえ。いきなり電話がかかってきて。「あ、渡辺えり子さんだ」と、びっくりしました。当時はまだフセイン政権でしょ。僕は、「子供を勝手にイラク国外に避難させてしまったらまずい。入国するのにビザを取らないと行けないし、日本人が勝手に子供をつれて出国してしまったら、スパイ容疑をかけられます。だから、戦争が始まってしまう前に、病院などの医療施設を充実させておかないとだめなんですよ。」とお話しました。

―その後、渡辺さんとはやり取りが続いていますか?

佐藤:
はい、今でも。今回、ファルージャの虐殺が起こった時に、彼女が『非戦を選ぶ演劇人の会』というのを立ち上げ、そのときに集まったお金を、日本国際ボランティアセンターを通してファルージャの人たちのために役立ててもらいたいと申し出て頂き、迅速に対応できました。

■ 第 II 部「拘束から解放へ、これからのこと」

拘束された当事者4人(今井さん、郡山さん、高遠さん、安田さん)の原稿が掲載されている。今井さんは、「もちろん、武力の存在で戦闘を停止させ支援をスムーズにできたケースというのは、ルワンダを含めあるだろう。しかし、イラク戦争から波及した占領統治は人びとを戦争に引きこみ、暴力の連鎖を生むことになった。」と述べ、武力の存在効果を単純に全否定はしない、非常に冷静な書き方をしている。

また、郡山さんは、本業のフォトジャーナリズムで、現地イラクで撮ってきた写真でアピールをしている。掲載された写真の中には、アメリカ軍の誤射で殺害されたイラク人の死体(土の中から指だけ出ている)の様子や、収穫物を笑顔で運ぶ盗賊の親子などが映し出されている。

そして、安田純平さんの文章。
私を含め、日本人5人が解放されたのは、高遠さんをはじめとした日本市民の活動が評価されたからだろう。1990年の湾岸危機以前までに、日本企業が多数現地に入るなどで培われた『親日感情』という遺産が、まだ生きているということも実感した。

佐藤:
拘束された皆さんは、すべてスパイ容疑をかけられたと言うんです。それを晴らすために、「自分たちは、自衛隊とまったく関係ないんだ」ということを言わなければならなかったということです。その上で、高遠さんがしていた活動が評価され、解放される大きな要因となったというわけです。

―結局、救ったのは、日本政府ではなく、それまでの現地邦人の実績ということですか?

佐藤:
それもあるし、僕たちがやろうとしていたこと、市民の実績、それから、彼ら彼女たちが、拘束された際にどう対処したかなど、個人的な能力が大きかったと思います。

高遠さんは、執筆ではなく、佐藤さんとの電話の記録を掲載している。

―佐藤さんは、高遠さんとは関係が深いんですよね?

佐藤:
そうですね。現場では、ずっと行動を共にしていました。高遠さんが一番現場の深いところまで入り込んでいて、何処でどういう支援が必要なのかを真っ先に見る動物的な能力に一番長けていました。そのような情報を、彼女が僕らに話してくれたりしました。

―まさしく、政府組織では出来ない部分なのでしょうね。

佐藤:
政府もそうですし、NGOも組織が大きくなってくると、なかなか前に前にと進めないから、出来ないことですね。

■ 第 III 部「イラクと向きあう」

このテーマに深く取り組んでいるジャーナリストや研究者の論文。中でも、アジア経済研究所の酒井啓子さんは、TVで冷静に解説されている姿とは打って変わって、熱く語っている。

―――百歩譲って、『人道支援』のために自衛隊が活動したとしても、それはイラク人が望むものを提供しているわけではないという点で、その存在は意味がない。―――結局、日本という政治空間のなかでの国内消費用の行動でしかないのだ。自衛隊は、『望まれた人道支援』ではない目的をもってイラクに行かされているのだろうが、政府がそのことを明言しないのはフェアではない。

さらに、酒井さんは、自己責任論についても、「新生イラクの基本法(もちろんアメリカが策定には関与した)に明記された『国家の市民社会に対する干渉を禁止する』、との条項にすら抵触する。」と指摘し、今度のイラクの法律でもこんな自己責任論なんてありえないと、喝破している。

―酒井さんも二つ返事で?

佐藤:
酒井さんは、そのとき休暇を取られていて、なかなか連絡がつかなかったのですが、旅先でメールを受け取られたようで、「是非、書かせてください」と言ってくださいました。

■ 第 IV 部「私はこう考える――戦争責任か自己責任か」

この本に納められた意見には、「自己責任論」に異議有りという共通項はあるが、次のような主張も掲載されていて、幅の広さを感じる。

もし、日本人の人質の解放と引きかえに自衛隊の撤退を認めたとしたら、世界中で活躍するNGOの現地スタッフは拘束されることになるだろう。―――最も安くて、効果的な手段として『誘拐事件』を誘発することになるためだ。―――自衛隊は、撤退すべきだ。しかし、今回の事件とリンクさせるべきではない。

何と言っても第IV部で必読なのは、佐藤さんの論文「問われるNGOの危機管理」だ。

佐藤:
僕ら、日本国際ボランティアセンターの危機管理3原則というのがあって、1つは、地域に溶け込んで信頼関係をつくること。2つめは、武器を持たないこと。これは、とても大切なことです。武器を持っていたら、何しに来たんだという話になる。今、日本人はスパイじゃないかと言われていて、高遠さんたちも武器を持っていたら生還は難しかったんじゃないかと思う。3つ目は、軍隊とは活動を共にしないこと。軍隊はすぐに戦闘行為に入れる体制で仕事をしていますから、一緒にいるというのはものすごく危険です。このことはきちんと考えなければならないし、一方で、人道支援が軍と一緒に活動していたら、人道支援そのものがスパイ行為だと見られちゃう。中立的な立場だとはっきり言わないと、人道支援自体が成り立たない。

―「中立だ」と明言することで、安全性を確保するわけですね?

佐藤:
それが今一番大切なことだと思います。「人道支援」という言葉がいかにも良いことをしているみたいに使われるんだけれども、きちんと見なければいけない。基本的に大切なのは、《中立》ということなんです。それが無いと、「一方だけを支援します」という受け取られ方を招いて、向こう側としては、「なんだ、お前、やっつけろ」ってなってしまいます。

尚、この本とほぼ同時に売り出された、「イラクの子供達」というCDも、日本国際ボランティアセンター(TEL:03−3834−2388)で購入できる。

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