世に「映画祭」は数あるが、今日また一つ、個性的な映画祭が誕生した。その名も「東京平和映画祭」。今回は、その映画祭のプロデューサー・きくちゆみさんに伺う。
―“平和”映画祭って、どういうものですか?
- きくち:
- 内容としては、戦争と平和をテーマにしたものです。普通は、「NO WAR」(戦争反対)と言いますが、私たち主催団体の『グローバル・ピース・キャンペーン』は、「イエス・ピース」(平和賛成)と言うのを前面に出していて、映画祭のロゴマークもその言葉です。平和な世界を作りたい、と願う個人や映画監督が集まっています。
主催団体の1つに『日本自立プロジェクト』が入っていますが、彼らも元々は《反戦》というスタンスではなく、「食料とかエネルギーを自給していない日本では、アメリカに“NO”って言えないんじゃないか、だから、自給を目指して、日本のスタンスをきちんと持っていこう」ということです。
戦争を止めるには、その現実を知らないとやっぱり止められません。日本では、“戦争を知らない子供達”が大人になっていますよね。日本を、戦争ができる「普通の国」にしようということで、有事法制ができたり、憲法改定の準備が着々と進んだりしている中で、そういう方向に一石を投じたいと思いました。「やっぱり平和な方がいいよね」と言うことをこの映画祭を通して伝えたいです。
―手元にプログラムがありますが、この後、朝9時半開演で夜9時まで、6本連続上映とハードですね。内容も多彩で、インドネシアの元従軍慰安婦、イラクの被曝者、アフガンの難民家族、フィリピンへの日本の“第二の侵略”、アメリカが仕掛けてきた戦争の記録、在日韓国人3世が撮ったチベットなど、見たことも聞いたこともなさそうな作品がズラリありますね。
- きくち:
- だからやるんじゃないですか!(笑)こういう作品は、テレビや劇場で上映していないんですよ。市民派の監督さん達が撮って、自費上映会などで一生懸命やっていますけど、やっぱり何かご縁がないと、こういった映画は見られないと思うんです。映画の名前は聞いていたけど、見るチャンスがなかったという方でも、こうやって6本集められれば、この機会に見ることができますよね。
―中でも私の一番の注目は、『テロリストは誰?』。 米国のドキュメンタリー映像10本のエッセンスをまとめて2時間で見せてくれる、お得でコンパクトな作品だ。
- きくち:
- この作品自体が、アメリカ版『東京平和映画祭』みたいなものです。いろいろな映画とか、インタビューが2時間に集約されています。私が初めてこの映画を見たときは、自分が信じてきた世界と現実があまりにも違いすぎていて、「理解できない、信じられない」と言う感想を持ちました。「アメリカがこんなにひどい事するわけないじゃない」みたいな。ま、いつもテレビで聞いている戦争の理由は、「こう言った理由で、正義のためにやっているんだ」っていうことで、私たちは、戦争はいやだけど、仕方ないんだといって受け入れてきたわけですよね。でも、これをみていくと、本当はそれと違うところで戦争が仕掛けられていたとか、「えっ?」という理由だったり、本当に利権のために人殺しみたいなことが延々と続いていて、ちょっと信じられないと言う感想を持ちましたね。
―キング牧師から始まって、イラン・コントラ事件とか、経済制裁による悲劇とか、東ティモール、パナマ戦争などのドキュメンタリーの核の部分を、これでもかこれでもか、と並べているわけですね。
- きくち:
- ただ、私がこの映画を観て最後に一番心に残るのは、《こういう事を伝えようとする人が米国にいる》わけですよ。政府の高官とか、ジャーナリストとか。本当にリスクを負って、命を懸けて、こういう事をアメリカで伝え続け、それが映画になり、今では100万人の人がアメリカで観ているんですね。そういう現実にすごく勇気付けられます。
最後の10章にあるブライアン・ウイルソンからのメッセージが一番好きで、一番伝えたいです。そのブライアン・ウイルソンという人の、自分の体を張ってアメリカの武器輸出を阻止しようとした元兵隊の話なんですけど、みんなにその方の生き様とメッセージに触れてもらいたいと思います。
―マイケル・ムーア監督の『華氏911』の様なスタンスですか?
- きくち:
- ロンドンにいる友達が、『華氏911』と『テロリストは誰?』の両方を見た後、ドキュメンタリーとしては、『テロリストは誰?』の方が一段上だって言ってくれたんですよね。そのように言ってくださった方がいらっしゃったので、とても嬉しかったです。
―このドキュメンタリーをまとめたのは、フランク・ドリルさんという退役軍人の方ですよね。
- きくち:
- 彼は、『戦争中毒』という本も出しています。「アメリカの最大の問題は、海外で米軍がしていることは本当は何なのかを、米国人自身が知らされていないということに尽きる」っていうんですよね。彼自身、この2時間の作品を作る前に、8時間の長編を制作して、皆に配っていたんですよ。1年間くらいそれをし続けたんですが、ある時、「誰も見ていない」って気がついたらしいです。
―8時間じゃね。
- きくち:
- はい。忙しいアメリカ人は誰も見てくれないってことで、その8時間の作品を短縮して、最後に2時間半までに編集したものを、私たちが今回日本語版にしたんです。
―アメリカ人自身に見せようっていう思いは、『戦争中毒』っていう漫画本を作ったときの思いと同じですよね。あれも、参考文献145本も並べてすごい膨大な量だけど、それを元に“アメリカが軍国主義を抜け出せない本当の理由”(サブタイトル)に迫った凄い漫画でした。今回はそれの映像版ということですね?
- きくち:
- そうですね。あの本とこの映画を見ると、アメリカ人自身、すごくショックを受けます。「自分の政府がこんなことをするはずがない」というショックと同時に、「これが事実であれば変えて行きたい」と思うようです。もともと、アメリカ人って正義感が強い人が多くて、個人的に付き合うと、人も良かったりしますよね。そういう意味で、『戦争中毒』の本も映画も、アメリカの中の平和運動をしている人達の中のバイブルの様な存在になっていますよね。
他の5本の上映作品も、順に紹介して頂く。
■『マルディエム〜彼女の人生に起きたこと』(海南友子監督)
- きくち:
- インドネシアの王宮に生まれた女性が、13歳の時に、「歌手になれるよ」って言われ、従軍慰安婦にさせられてしまう話で、彼女の生涯を振り返った映画です。ものすごく気高く、強い女性が、過酷な一生を生きてきたわけですが、50年以上たって、慰安婦をさせられていたボルネオ島を初めて訪ねる旅を描いています。日本人にとっては、つらくて重たい映像かもしれません。しかしながら、この問題を解決しようと、仲間たちと一緒に生きていく彼女の姿に感動するでしょう。
■『ヒバクシャ〜世界の終わりに』(鎌仲ひとみ監督)
- きくち:
- 去年このコーナーでも取り上げて頂いた作品です。イラクの劣化ウラン弾、日本の原爆、米国の核施設周辺を舞台に、放射能で被曝している人たちのドキュメンタリーです。
■『ヤカオランの春〜あるアフガン家族の肖像』(川崎けい子・中津義人監督)
- きくち:
- 9・11以降、アフガニスタンで難民となったある家族が、どうやって戦争をくぐり抜けてきたのかということを描いた映画です。ヤカオランという場所はもともと少数民族が住んでいるとても美しい地域で、その景色を織り交ぜながら、彼らの一生が綴られています。
■『教えられなかった戦争〜第二の侵略』(高岩仁監督)
- きくち:
- 『教えられなかった戦争シリーズ』の中の1本で、フィリピン編との2作連作になっている中の、一番新しい作品です。日本によるかつての武力での侵略が、今は経済・お金による侵略になって繰り返されているということを描いた作品で、『マルディエム』同様、日本人としては見るのがつらい作品かも知れません。だからこそ、変えられるのは私たち日本人だと思える作品だと思います。
■『チベット・チベット』(金森太郎こと金昇龍監督)
- きくち:
- とにかく、撮影のセンスがすばらしいです。金森太郎さんという在日韓国人の方が世界旅行に行ったその足で撮ってしまった作品で、チベットの素顔が余すところなく描かれています。彼が在日韓国人であることを重ねて、《いったい、チベットの人は亡命政府まで作って何を守ろうとしているのか》に迫っていくという映画です。
―ブースの展示もあるようですね。
- きくち:
- 平和や環境団体、あるいは監督さんの本や関連商品などを販売しています。
―当日券3千円の半券で出入り自由。6本全部見たら、1本500円…。
- きくち:
- はい、でも、なかなか体力と気力がないと…。全部見るのは難しいとは思いますが、企画した私としては、3本くらい好きな映画を選んで見ていただければ元は取れるんじゃないかと思います。
―会場には託児所もあるんですね?
- きくち:
- 私自身が小さい子供を育てている真っ最中で、映画とか行きたくても行けないんですよね。だから、今回そのことも配慮して、お子様連れの方に来ていただけるようにしました。
―これだけの映画祭を主催しようとしたら、大変だったんじゃないですか?
- きくち:
- そうですね。最初は、『テロリストは誰?』が完成した時点で、これを広めるために、何かお祭りみたいなものを企画しようと思っていました。それから、仲間と話しているうちに、こういう映画もあるから一緒に上映しようかと言う話で、2、3本になりました。それが、あれもこれもと広がっていって、結局、全部やっちゃえっていうことになりました。
―「第1回」ということは、これから第2回、第3回と催していくということですか?
- きくち:
- はい。そのつもりです。ただ、スポンサーがいないので…。市民(私)のプロデュースで運営していますので、チケットが売れて、満員になればペイするけど、そうでないと…という世界ですね。もちろん、黒字になったら続けやすいですけど、赤字になった時のことは考えていません。
きくちさんの力でなく、皆の力で、この映画祭が続いていくことを期待したい。