2外交官射殺…ケン・ジョセフの見方

放送日:2003/12/06

この前の土曜(11月29日)、イラクで日本人外交官2人とイラク人運転手が襲われ、死亡する事件が起こってしまった。これをきっかけに今週は色々な議論が起きたが、現地の本当の事情を見ていない者同士が日本国内で論じていても、地に足がついていない。そこで、4月半ばから既に半年以上、民間支援ボランティアとしてイラク国内と隣国ヨルダンの間をずっと行き来しているケン・ジョセフさんを、短期の一時帰国中に東京でつかまえ、話を聞いてみた。
ケンさんには、前にも何回かこのコーナーでお話を聞いている。以前から、様々な支援活動をしていて、今回殺された井ノ上書記官とも知り合いだった。

ケンさんは日本生まれ・日本育ちだが、祖父母がイラク人。だから今回も、外国人ホテルなどでなく親戚の家をベースに活動しているので、一般庶民の声がかなりよく聞こえている。その中には、「米軍の攻撃に反対」という彼の基本姿勢を根底から揺さぶられるような、意外な発見もあったという。


■現場でこそ官・民・業の情報交換を!

その≪発見≫については後ほどお伝えすることにして、まずは、今回の外交官殺害事件について。ケンさんは、2人がティクリートに殆ど無防備で向かったという、その判断自体が、現地で活動している者の常識からすると信じられない、そこに最大の問題がある、と言う。

ケン:
私たちなら、ティクリートは絶対行かない。誰かに行けって言われても絶対断る。昼間でも、例えば車3台で行って、全員マシンガン持ってても、危なくて行かない。亡くなった彼ら2人にはすごく申し訳ないんだけど、それぐらいしか、現場の実態を理解していなかったんですね。これは彼らが悪いわけではなくて、情報を集めるプロセスに問題があるんです。このプロセスを基にして、そういう甘い情報収集の中で、自衛隊を派遣して日本の若者を行かせるんであればね、これはもう、犯罪に近いことですよね。

−でも、一民間人であるケンさんでも知っている常識を、日本大使館が知らないなんていう事がなぜ起こるんでしょうね?

ケン:
いや、そういうもんですよ。それが外務省ですよ。だから、これはやっぱり、民間と政府と企業の3つが一緒に、共同でやってないとダメだっていう事ですね。政府っていうのは、ある部分ではすごく詳しい。でも、普通の常識を掴めない事がよくあるんですよ。民間は民間で、常識はよく分かるけれども国と国との関係の部分が把握できないんですね。企業も企業で、把握できる部分と出来ない部分がある。3つどれも必要なんですよ。
気をつけないと、お役人はどこもそうですけどね、「自分で全部知ってる」っていう風に思って、威張るんですね。もう少し協力して行けばね、もっと情報は入ってくるんです。

「彼等の死を無駄にしてはならない」と声高に叫ぶ前に、そもそも彼等を“無駄死に”させた情報収集力を問い直さなきゃ、ということだ。ケンさんは、「井ノ上書記官に、こうなる前に会う機会があれば、常識をアドバイスできたのに」と悔しがっていた。


■「嫌いだけど去るな」の複雑な対米英感情

『ケン・ジョセフの世界どこでも日本緊急援助隊』 ケンさんは、今年3月、米軍のイラク大規模攻撃の真最中に、『ケン・ジョセフの世界どこでも日本緊急援助隊』(徳間書店 ¥1700+税)という著書を出版している。あとがきも「バグダッドにて」と書かれていて、本当に沢山の戦地や被災地を駆け巡ってきたことがわかる。ケンさんの発言は、頭の中で考えたものではなく、実体験に基づいている。
支援活動を続けていると、時には、“救援物資を用意して行ったら、現地が必要としている物とは全然違っていた” というような、日本で考えていた理屈が現場でひっくり返される事もあるという。今回のイラクでの活動の中でも、大きなドンデン返しがあった。先ほども少し触れたが、ケンさんは、イラクの庶民は「米軍来るな!」一色だと思っていた。しかし、実際に話してみると、実に意外な事に、そうではなかった、という。

ケン:
誰だって空爆はして欲しくない。でもね、あまりにひどかったんですよ、サダムが。現地の人達は、初めて上空に米軍の飛行機が飛んだ時、「あ、やっとこの悪夢が終わるんだ」っていうね、すごく不思議な、複雑な気持ちだったそうなんですね。戦争終わって、やっとサダムがいなくなって、生まれて初めてインターネット使えるんですよ。自由なテレビが見られるんですよ。前は2つのチャンネルでサダムしかやってなかったけど、今度300チャンネル衛星テレビが入るんですよ。これはもう、喜ばないって事はありえないですね。ですから、そういう状況の中での≪今≫を理解しなきゃいけないんですよね。イラクは昔から、アメリカとイギリスは決して好きというわけじゃないんですよ。特にイギリスは、嫌ってる人も多いんですよ。昔植民地だったしね。アメリカも、結局サダムを作ったのもアメリカでしたから。アメリカとイギリスは、イラクに対して、長い、深い、悪い、悲しい歴史があるんですけどね。にも関わらず、イラクの人々が今一番恐れてるのは、アメリカとイギリスが≪中途半端で出て行く事≫なんですよ。アメリカとイギリスが入ってきた事が良い悪いは別としてね、もう入っちゃったんだから。だから、僕がイラクの人からいくつかの事言われたんだけど、「アメリカの軍隊が絶対退かないようにお願いします」って事がね、すごい基本なんです。

先日このコーナーで紹介した、前レバノン大使の天木さんの証言では、“現地の反米感情は募る一方”ということだったが、見る人によって全く違った側面が見えてくる。このコーナーでは、前に伝えた話と辻褄が合わないから黙殺、ではなく、どちらも真剣な証言として、そのままお伝えしたい。その証言者が、主にどういう場で活動し、どういう人々と出会うことが多いか、またどういうタイミングで人々に接しているか等によっても、見え方が様々に異なるのは当然だ。「イラクはこうだ」と断定的に前提を置いて威勢良くモノを言う人の言葉は、鵜呑みにしないで、自分の見方を決めていく“参考”程度に受け止めるようにしたい。


■日本が「派遣」すべきもの

では、ケンさんが接した範囲でのイラク人が、“米英軍の侵攻を一面では嫌っていない”とするならば、米英軍を側面支援に行く日本の自衛隊も歓迎、という事なのだろうか? と思いきや、そうではなさそうだ。
これは世界の戦地で活動する日本人のNGOの人達などが常々言っていることだが、日本人がそういった場所で活動し易いのは、「軍を送っていない」ことに基づく現地の人々の信頼感がベースになっている、という側面が確かにある。ケンさんは、その点を指摘した上で、イラク現地で日本が期待されている支援の形として、具体的に幾つかの項目を挙げた。

ケン:
自衛隊を送るって事になると、今出来ている事さえ出来なくなるんですよ。地震などの後に私たちが支援に行く時、いっつも気をつけるのは、≪下手すると迷惑をかける≫事なんですよ。人が困ってる時に迷惑かけちゃダメだよ。
日本国内の事情のために、自衛隊を派遣したい。それって、神戸で地震があった時、「テレビに出たいから現場に行く」みたいな事なんですよ。それはとんでもない話であってね、現場が何を一番必要としてるか、こちらからそれにどう応えるべきかを考えた上でやるっていうのが筋なんでね。
だから、イラクと同じ道を通ってきた、今のイラクを一番分かるはずの日本に、今最も期待されてるのが、法律関係ね。イラクの人々が今一番助かるのは、
 ・憲法学者などによる、法律の作り方、役所のあり方に関する支援
 ・治安のために交番システムを導入
 ・教育や医療の整備
 ・最終的には、日本の企業がたくさん来て欲しい
―――って言うんですけど。そういった支援をせずに自衛隊が行っても、イラクの人にしてみれば、「必要な支援は来ない。軍人は来る? 一体、どうなったんですか?」っていうね。

■“希望の新憲法”作りを手伝おう

イラクでは今、フセイン憲法に代わる新しい憲法の制定作業の真っ最中。様々なレベルの公式な憲法委員会が開かれていて、ケンさんもそこに参加させてもらっているそうだ。そんな中で、ケンさんが日本の憲法9条(戦争放棄)を紹介すると、イラクの人はものすごく反応すると言う。

ケン:
アメリカっていうのはね、戦争はうまいかもしれないけど、平和は下手。下手というより、駄目。僕は毎日一緒にいますからね。でも日本は、戦争はできないけど、平和はプロでしょ?
 日本の憲法の話をしたら、イラクの人がね、飛び上がっちゃうんですよ。「そういう事って出来るんですか? 法律作って、バカ達が戦争したくても出来ないようにする、そんな法律作れるんですか?」って、泣き出したんですよ。泣きながら、自分の死んだ兄弟の写真を指差してね、「くだらないバカのおかげで100万人の若者が死んだ、でもそれを止める方法があるんだ」ってね。だから、イラクを立ち上がらせる方法は、お金でも援助でも、自衛隊でも何でもないんですよ。
(1)法律、枠組み
(2)希望を与えて国民が立ち上がる事
―――ですよね。そこで、なんで日本の役割が大事かっていうと、日本の憲法作った時がどうだったかとか、日本の戦後がどうだったかとか、日本の憲法60年経ってここがもっとこうしたらよかったとか、その経験を基に、一緒にできるんですよ。同じ戦争の被害者として、同じ辛い道を歩いてきた友として、一緒にやろうじゃないかと。これが実現したら、イラクの人達は100年経っても忘れませんよ。

「これが理想の戦後の憲法だ」と押し付けるのではなく、イラクの人たちと一緒に考え、作り上げていくのを手伝おう、という提案だ。日本で戦後に憲法が作られた時には、日本国内でなんとか天皇制を強い形で残そうという蠢きがあったが、イラクでも今、イスラム教を国教として残そうという動きがあり、議論が紛糾しているという。日本は、≪軍隊≫ではなく、そうした同じような状況を通り抜けてきた≪経験≫を持っていくべきだ、という事だ。
自衛隊が現地に出ていってしまうと、イラクの人達の目には「なんだ、日本の憲法9条って、ウソじゃん」と映ってしまう。そういう要素も考えて、ただ≪危険か安全か≫というレベルではない派兵問題議論を深めたい。

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