この前の日曜日(11月2日)、東大の駒場キャンパスで行われた非常に興味深い緊急シンポジウムに、司会者として出席してきた。
自衛隊がイラクへ派遣されるかどうかは、明日(11月9日)の私たちの総選挙への投票で決まるようなもの。自民党中心の政権の継続が決まれば、おそらく来月にも派兵が実行される。民主党中心の政権になれば、派遣は当面見送り、という事になるだろう。普通の民主主義国では、選挙で国の方向性が決まるのは当たり前なのだが、日本では、これだけ重要な政策の決定権を我々有権者が明確に持つのは、初めてなのではないだろうか。この責任重大な選挙について投票直前によく考えよう、という事で、このシンポジウムでは、各方面の現場当事者だった人達の声を集めて、日本外交のあり方を考える5時間半にもわたる討論会を行った。
特に印象深かったのは、次の4つの立場からの発言だった。
- この夏までレバノンの特命全権大使だった天木直人氏
- 防衛庁の教育訓練局長だった小池清彦氏(現・新潟県加茂市長)
- イラクの大量破壊兵器査察官だったスコット・リッター氏(…が来日した際に話を聴いた東大大学院教授の山脇直司氏)
- 行き先としてわざわざ日本を選んだ難民(…に話を聞いてきた、絵本『世界がもし100人の村だったら』の再話者・池田香代子氏)
■前レバノン大使・天木氏の言葉
ご存知の通り、天木氏は、レバノン大使だった今年3月、アメリカのイラク攻撃が始まる直前と始まった直後、2回にわたって“この攻撃を止めるべきだ”という意見具申の電報を外務省本省へ送った人だ。「総理や官房長官にも見せてくれ」と依頼したが、実際見てもらえたかはわからないまま、突然、大使を解任されてしまった。表向きにはもちろん、“政府方針と違う意見を言った”という事が解任の理由とされているわけではない。外務省側の説明では、外務省改革の一環として“若返り人事にご協力を”という事だったそうだ。どこの組織でも常にそうなように、内部告発的な事をやったために別の理由が用意されて首を切られたのか、本当にただ人事のタイミングと重なっただけなのか、真相は分からない。
シンポジウムでは、天木氏がレバノンから外務省に送ったという問題の電報の原文が抜粋・朗読された。
(イラク攻撃開始直前の電報より)
本使は、国連決議が成立しないままに米国が単独攻撃に踏み切る事態だけは、なんとしてでも阻止すべきと考える。(中略)
わが国最大の同盟国である米国を、世界の批判にさらされるような事態に追い詰めてはいけない。(中略)
今こそわが国の中東外交が試されていると、本使はレバノンに勤務して実感するのである。
(攻撃開始直後の電報より)
長年の経済制裁で疲弊しきったイラクは、死傷者を救済することさえ満足にできない。自らの兵隊の被害を最小限に抑えようと、過酷なまでに大量兵器を投入する米国のやり方は、米国への反感と憎悪を募らせ、米国の思うように中東を支配させてはならないとの意見に収斂されつつある。これ以上の反米感情の高まりは、米国にとってもけっして好ましいことではない。
今は、天木氏は外務省を辞めているので、帰国後書かれた本(『さらば外務省』講談社)のタイトル通り“さらば”というスタンスなわけだが、それに対して会場からは、「外務省を辞めるのではなく、内部に留まって変えていく道はないのか」という質問が出された。天木氏の答えは、「外務省の内部改革よりも、むしろ政権交代に期待する方が早道」というものだった。
- 天木:
- 新しい政治家が政権をとるような地位について、官僚主導でない政策を打ち出していこうとした時に、それに共鳴した役人が「自分も同じ意見だ」「この政治家が力を持つ時には自分の力も活かせる」「この人が野に降りた時には自分も野に降りるんだ」という形で、役人が活性化していくんだと思うんですね。だから私はやっぱり、民主党かどうかは分かりませんが、政権交代が起こって、役人が「この人の下で自分の政策を実現していくんだ」という事になれば、意外に早く変わっていくんじゃないかと思いますね。
■イラク査察官・スコットリッター氏の言葉
次に、イラクの大量破壊兵器の査察をしたスコット・リッター氏の発言を聞いた、山脇教授の報告。リッター氏は、“非常に愛国心の強いアメリカ人”の立場で語っていたという。
- 山脇:
- 彼はこう言いました。「無条件にイラク側の協力が得られる現在、必要な期間と人員を投入して、徹底的に査察を行えば、イラクを100%非武装化できます。私がこの戦争に反対するのは、非愛国的な事ではありません。アメリカの建国の理念、憲法に書かれた自由や民主主義を守るという、愛国的な行為です。真の友人は、酔っ払った運転をする友人を許しません。アメリカの真の友好国ならば、アメリカの行為にブレーキをかけるべきです。」
今のブッシュ政権は、まさに酔っ払い運転をしていて、途方もない方向へ走っていこうとしている、それにブレーキをかけないのは友人ではないという事を、はっきりと述べたんですね。
■日本を選んでやってきた、ある難民の言葉
以上の2つが、親米的な立場からの派兵反対論なのに対し、視点を変えて、イスラム圏の人々との友好関係を重視する立場からの問題提起もあった。日本に来た難民の人に、「どうして日本を選んだの?」と質問したら、こんな答えをもらったという、池田香代子氏からの報告。
- 池田:
- 「日本は、広島・長崎から立ち直った逞しい人々の国」「あんなひどい目に遭ったのだから、きっと人の心の痛みが分かる、優しい人々の国」「ひどい目に遭わせたアメリカとあんなに仲良くしている、寛容な人々の国。だからきっと、逃げていったら助けてくれるだろう」とおっしゃったんですね。私は自分の国の事を、そんな風に広島・長崎と直結させて考えた事がなかったので、とても驚きました。ちょっと気をつけて見ると、イスラム圏の結構多くの国々の基礎教育の教科書には、日本の広島・長崎の事が書いてあって、先生がそういう風に教えるんだそうなんですね。それで、イスラム圏の人々は、私たち日本人に対して、「大変だったね」「すごいね」という気持ちを持っているんだと思います。
日本はせっかくそういうポジションにいるのだから、それを活かした関与の仕方を考えた方がいいんじゃないの? という主張だ。ここで自衛隊を派遣してしまったら、せっかくのこの独自の役回りを、手放す事になってしまう。単に日本一国が“せっかく好かれていたのに嫌われてしまって損だ”というレベルの話ではなく、“国際政治を進める中では色々な立場のプレーヤーがいた方が良いのに、わざわざカードの種類を減らす事になってしまい、世界にとって損だ”という観点とも言えよう。
■元防衛庁教育訓練局長・小池氏の言葉
この方は、自衛官を教育・指導する立場のトップにいたわけだが、今は退職して、新潟県加茂市の市長を務めている。その一市長として、先々週の水曜日(10月22日)、「自衛隊のイラク派遣を行わないことを求める要望書」を、総理大臣、官房長官、防衛庁長官、外務大臣に宛てて送っている。シンポジウム会場では、ご本人がその要望書の一部を朗読した。
- 小池:
- 自衛隊法第52条(服務の本旨)には、自衛隊の使命は、「わが国の平和と独立を守る」ことだとはっきり明記してあるのであって、外国のゲリラ戦の戦場に赴く事だとは書いていないのであります。それなのに「国益」の二文字を以て、外国のゲリラ戦の戦場で、自衛隊員の命を危険にさらし、命を犠牲にすることを強いることは、憲法違反の行為であることはもとより、政府の契約違反であり、甚だしい人権侵害であります。その結果再び日本人は、海外の戦場で命を落とすことになるのであります。先の大戦で散華された英霊が最も望まれなかった事態となるのであります。また、現在の自衛隊における明るく民主的な気風も、やがて荒れすさんだものに変わって行くことを危惧いたします。24万の自衛隊員とその家族をいつくしみ、渾身の勇を振るってアメリカの圧力から自衛隊員とその家族を守ってこそ、真の為政者であり、大和もののふであると確信いたします。
敷島の大和心を人問はば、イラク派兵はせじと答えよ(会場大拍手)
「散華された英霊」「大和もののふ」といった語彙だけを聞いていると、他の参加者とは違った結論に行くのかと思うが、「だから、派兵反対」という事なのだ。
本当にいろいろな立場の方によるパネルディスカッションだったので、意見の≪違い≫に注目したら議論が紛糾してシンポジウムが崩壊してしまうのでは、と司会者としてはヒヤヒヤしたが、結局は、意見の≪共通点≫に注目して建設的に話を進める事ができた。元々派兵に反対する見解の人達のイベントだったので、その方向に収斂したのは当然なのだが、反対の根拠となる出発点の論理が一人一人全く違ったので、非常に面白かった。いわば、バラバラの登山口から、1つの山頂に向かって登っていくような催しだった。
最後に1つ、少しギョッとするような発言をご紹介する。「自衛隊内部で、イラク派兵に反対の声が上がる空気はないんですか?」という会場の質問に、小池氏がこんな風に答えた。
- 小池:
- 「命を捨てなくてもいい所で命を捨てろ」と、こんな事をやっていて、自衛官がいつまでも黙っているのかどうか。こんな事をやっていると、とんでもない事になる可能性だってある。民主主義そのものが、ひっくり返る恐れだってある。昭和の動乱の時代を振り返れば、21世紀だって、何が起こるかわかりません。従いまして、民主政治をしっかりと維持してですね、総理大臣をはじめ防衛庁長官は、自衛隊員に理不尽な事をしてはいけません。
我々一般人は、まさか今の時代に自衛隊が反乱を起こすとは夢にも思わない。会場の質問者は「自衛隊の中にも反対の声があれば」という≪期待≫感を持って聞いたのだが、小池氏はそれを≪警戒≫すべき事だと答えた。一般人と現場にいた人との、このギャップ。頭の片隅には置いておく方が良いのかも知れない。