高遠菜穂子のイラク報告(16)
カーシム逮捕!それでも支援活動は続く

放送日:2006/10/28

前回の高遠菜穂子さん(眼のツケドコロ・市民記者番号No.1)のイラク報告から3ヶ月半ほど経った。その間に、彼女のイラク支援活動の現地スタッフの要であるカーシム君が、逮捕されてしまうという深刻な事態が発生していた。

■情報発信は命がけ

――カーシム君逮捕って、一体、何があったんですか?

高遠:
彼はここ数ヶ月、現地で何が起こっているのかを英語で書いた日記を、ブログ形式でオープンにしていたんです。現地にいる米軍の人達もそれを見ていて、逮捕の理由はそれ(日記)でした。米兵がカーシムの書いた物を印刷して持っていて、(カーシムは)12日間拘束されて、日記についての質問をされたんです。

カーシム君がインターネットで“世界デビュー”を果たした事は、前々回にご紹介した。前向きな話題として採り上げたのだが、こんな展開になろうとは。

――日記を書いていたという理由だけで逮捕!?

高遠:
彼はそれで釈放されたからラッキーな方で、実際には、今まで(情報発信をしようとした事が理由で)殺されてしまった人が本当にたくさんいるんです。以前にもお話ししたと思うんですが、私達の現地プロジェクトのメンバーも、2人射殺されてます。

――「ビデオ撮るのが命がけだ」っていう話がありましたね。

高遠:
はい。大手通信社やテレビ局の記者の人達も、殺されちゃったり逮捕されたりということが頻繁に起きているんです。

アメリカがそれだけ現地の素の情報を隠したがるという事は、米軍にとって、それだけ「知られたくない姿がある」という事だろう。

■甥も仲間も捕まった

――前回は、カーシム君の兄が事故に遭い、病院に運ばれる途中で米軍の足止めを受けて亡くなった、という話を伺ったばかりですが…

高遠:
お兄さんの一件がきっかけで、カーシムはブログを公開するようになったんですが、カーシムが逮捕される前に、彼の甥っ子(15歳)も米軍に連行されちゃったんですよ。理由は全く分からないんですけど、これも珍しいことじゃないんです。そこ(現地)にいる男の子達は14〜15歳からほとんど皆、一度は戦闘員と見なされて、刑務所に連れて行かれてしまうんです。容疑があって連れて行かれるわけじゃないんです。実際には、何ヶ月かして釈放されてきたりすることもありますが、甥っ子は、まだバグダッド刑務所に捕まったままです。

捕まえる側の論理としては、男の子は皆、「テロリスト予備軍」の恐れあり、という事か。

――さらにもう1人、高遠プロジェクトのイラク人スタッフの男性で、今年3月に私がアンマンで会ったAさんも、酷い目に遭ったとか?

高遠:
イラク軍に捕まっちゃったんです。2005年にイラクの移行政府が発足してから、正式に治安部隊として軍とか警察とか出来てきていたんですけど、シーア派の民兵とか勢力とかが、この中に組み込まれてしまったんですね。以来、スンニ派の人達は戦々恐々で、Aが捕まった時には、私達もホントに焦りました。殺されずに帰ってきたんですけど、鞭で打たれたり、殴打されたり、蹴られたりして、ボロボロだったらしいです。

釈放された後のAさんの姿を私もビデオで見たが、背中は打たれた後で傷だらけだった。
ややこしいのは、カーシム君を逮捕したのは米軍で、Aさんを逮捕したのはイラク軍、という構造。両者の現場での分かりにくい関係を、Aさんもそのビデオで証言している。

高遠:
拷問されている途中で米軍の人達が入ってきて、Aの写真を何枚も撮った後に、イラク軍に「続けろ」と言って立ち去ったそうです。
(今、イラク社会にある勢力は)大きく分ければ、3つなんです。米軍と、政府の内務省などが主導している軍・警察、そして占領に抵抗する「レジスタンス」と言われる地元の人達。イラク軍の主力であるシーア派の民兵は、とにかく巨大な規模なんです。米軍なんて眼じゃないと言うくらい、戦闘員がいるんです。
■それでも薬と机は現地に向かう

――そういう、スタッフの身辺にまで直接危険がふりかかって来る状況で、高遠さん達の支援活動自体に影響は?

高遠:
非常にやりにくいですよ。今は医療支援がメインで、バグダッド方面の白血病患者への薬品輸送もそうですが、緊急支援的にはアンバール州が焦点です。特にラマディはこの7ヶ月間、完全に町には出入りできない。市内の病院も開けたり閉めたりの繰り返しなんです。

――そんな中で、病院に要請されて薬を届けたりしているんですか?

高遠:
一応、「ファルージャ再建プロジェクト」と『イラク・ホープ・ネットワーク』の連帯で、緊急支援を実行中です。最近も、輸血用の針とかバッグなどをラマディの周辺に送りました。

こういう状況下で支援物資を運び届ける、現地の人達の苦労は、計り知れない。

高遠:
彼らにしても、本当に危険を覚悟です。

――前回のこのコーナーでは、名古屋の学校から新たに寄付された机・椅子800セットが、間もなく名古屋港から現地に送られるところ、という中間報告でしたが、その後どうなりましたか?

高遠:
もう、イラク国内に着いています。ラマディ市内の学校に入る予定だったんですけど、今は、ラマディの郊外に保管してあります。昨日電話で現地スタッフと話したところ、ラマディでは最近は空爆だけじゃなくて、市内の空き家を米軍が占拠して、その周りの建物や学校をブルドーザーで潰しちゃうそうなんです。だから(町には)入れないし、入れたとしても学校には行けない。これは、かなり長引きそうです。そこで、ラマディの人達がほとんど避難している、郊外の学校の状況を緊急に調べてくれ、とお願いしたところです。
■「知らせ続ける」ことの大切さ

――カーシム君自身は釈放されたと言っても、身内が捕らえられているから、なかなか自由な発信活動もしづらいでしょうね?

高遠:
でもカーシムは、「数少ない、物を言える人達が、世界に対して強くアピールをしないといけない。自分もその1人だ」と思っているようです。全く無名の人達は本当に何も言えないですから。
結局、「報道されない」ことで、ますます(イラクの人達の)孤立感は深まってしまうというか・・・。「相手にされてないんだ」「皆は無視してるんだ」っていう孤立感が、違うエネルギーを出しちゃいそうで、怖いんです。私の拘束事件の時もそうでしたけど、そういった気持ちが人々の中で大きくなると、ものすごい怒りになって爆発する。そうなって、あってはならない方向に事態が進んでしまったら、すごく嫌だなと思うんです。

イラクの人達にそういう孤立感を持たせないで、「世界はちゃんと見ているんだ」というメッセージを伝える。その為に彼女は、前回の報告にもあった、「軍事行動をやめてくれ」という署名活動を展開し、42カ国から署名総数5,541筆を集めた。

――もう(署名は)提出したんですか?

高遠:
はい。8月9日に東京のアメリカ大使館へ、『イラク・ホープ・ネットワーク』のメンバーと、私とで届けて来ました。まだ、(軍事行動は)続いてますけど(苦笑)。ただ、この署名呼びかけがきっかけとなって、英語圏では、「実はこんな事が起きているんだ」という認識は広まったんですよ。これは「やっぱり、やって良かった」と思いました。これがきっかけで、カーシムやその他のイラク人ブロガー達も存在を知ってもらえるようになったし、アメリカの人達とのネット上での対話もすごく盛んになっているみたいです。
逆に、バグダッドに住んでいるイラク人達も、カーシムが書いたものに対して、「ファルージャではそんな事が起きてたんだ!全然知らなかった!」とコメントして来たりしてました。一度世界に出た情報が、逆輸入みたいな形で、イラクの他の地域の人達に還流されているんです。首都バグダッドの現況についての情報は、他の地域の人達も割合、入手しやすい。でも、逆のパターンというのは非常に難しくて。

イラク社会の混迷を打開してゆくには、まず《何が起きているかを世界が知ること》が出発点だ。一方、カーシム君の身辺の安全を考えると、《目立たない方が得策》とも言える。この2つの考え方の狭間で、今回このコーナーで逮捕の事実を採り上げるべきか否かを巡って、高遠さんはかなり迷った。しかし、カーシム君自身が釈放後もひるまずに英語サイトで発信を続けていることから、いずれにせよ米軍には既に彼の行動は把握されている、という状況判断に基づき、放送に踏み切った。
彼の危うい状況は、今も何ら変わっていない。世界の1人でも多くの人が彼の身辺に《注目》し続けることが、少しでも“安全対策”として機能することを期待したい。

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※『六ヶ所村ラプソディ』、11月3日まで

最後に、まったく別件でお知らせを1つ。今、東京・JR中央線東中野駅のすぐ前の『ポレポレ東中野』という映画館で、毎日午前11時から1回上映されている『六ヶ所村ラプソディ』が、いよいよ来週金曜(11月3日)までとなった。
 青森の六ヶ所村にある、原発で使った燃料からプルトニウムを取り出す再処理工場には、中村尚登キャスターと私も、建設中と完成直後の2回、視察に行った。この映画は、決して反対運動だけの記録ではなく、再処理工場の受け入れを選択して生きていくことを決めた住民達も登場する。
高遠さんのブログ『イラク・ホープ・ダイアリー』にも、イラク情報の中に混じって、この映画が紹介されている。

高遠:
監督の鎌仲ひとみさんが、『イラク・ホープ・ネットワーク』のメンバーなんです。

監督の言葉を借りれば、「電気エネルギーを使う日本人全ての難題に、地元の人々は向き合って生きている。そんな人々の暮らしや日常から、私たちの未来が立ち上がってくる」という事を考えさせられる映画だ。この問題に肯定的な人にも否定的な人にも、一見をお勧めしたい。

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