イラク人質事件と市民メディアの動き

放送日:2004/4/24

イラクの人質事件、最初に拘束された3人は解放・帰国して、それぞれ里帰りを果たした。今回は、この事件であまり報道されていない、もう一つの側面に眼をツケる。

実は今回の事件、日本の市民メディアにとっても、歴史に残るような出来事だった。3人が拘束されたという第一報が入った直後から、日本中で相当な数の市民運動グループが、「人質の3人が普段取組んでいた活動をなんとか犯人達に伝え、殺害を回避しよう」という動きに出た。劣化ウラン、子供たちの支援、反戦平和等、普段はそれぞれ別のテーマで動いているグループが、≪情報発信≫に焦点を合わせたため、いわば一斉に“市民メディア化”したのだ。私もずっと経緯を見ていたのだが、第一報から数時間で、eメールを通じて物凄い量の情報が飛び交い、人質達の日常の活動風景、国内で起こった犯人への呼びかけメッセージ等の映像があっという間に≪集積≫され、≪編集≫され、インターネットにアップされたりアラブ系のメディアに直接ビデオが持ち込まれたりという方法で、現実に≪発信≫された。大手メディアとは全く別の、もう一つの情報の流れが瞬く間に発生したわけだ。
今回は、そういった動きのいくつかを、当事者の方達からリレー形式にお聞きする。

前々回の放送の際、私はピースボートに乗って南シナ海の上にいたのだが、あの船の中でも、事件の第一報が出てすぐに、『ピースボートTV』があの情報を700人以上の乗船客に向けて伝えた。緊急集会をやろうという呼びかけに乗船客の約半分が参加し、その集会の様子をまた記録に撮って、という、まったく予定になかった素早い動きがあった。それと同時進行で、東京のピースボート事務局では、もっとダイナミックな発信準備に動いていた。東京でその動きの中心にいた、ピースボート共同代表の吉岡達也さんに伺う。

吉岡:
第一報を聞いて、本当に僕らも驚いたんです。とりあえず、イラクの人がどんな事を思っているのか聞かなきゃいけないなと思って、現地の知り合いに連絡を取りました。それで25歳くらいの現地の男性に聞いたんですが、拘束された3人がどういう人かっていうのを全然知らなかったんですよ。「なんか自衛隊がらみの人なんじゃないか」という受け止め方だったんです。だから、違うよと。拘束された3人のうち、2人は人道支援をやっている人だし、1人はジャーナリストなんだ、と教えたら、向こうは物凄く驚きましてね。「それはひどい」と。「現地では、そんな事誰も知らない。だから彼らは捕まっているんじゃないか。それがわかってたら解放されるはずだ」と言いましてね。それを聞いて、3人がどういう人達なのか、伝える方法を考えなくてはいかん、と思い立った訳です。
ピースボートでは去年あたりから、アルジャジーラTVに所属するジャーナリストに講師として船に乗ってもらおうと、何人かに既にコンタクトしていたんですね。そのジャーナリストを通じてアルジャジーラに連絡をとってみたら、向こうも「そういう事なら」という話になり、こちらでも急遽、3人の普段の活動の様子、家族の方へのインタビュー、日本の市民社会の中で自衛隊の問題がどういう風に扱われているのか、といった映像を持って、人質事件が起こった翌日には現地へ飛んだんです。

その間の動きは本当に速かった。eメールを通じて全国のグループへ呼びかけ、それに皆が即応したという形だ。

吉岡:
皆の「何かしなくちゃいけない」というモチベーションがすごく高かったし、同時に、「こんな事があっていいのか」と。彼らはこれだけ人道支援をやっている、あるいはジャーナリストの人なのに。しかも彼ら自身が自衛隊の派兵に反対しているのに、「自衛隊を撤退させろ」と要求する人達に拘束されるという事態は、一体何なんだと。

−現実に、吉岡さんも現地に行って、『アルジャジーラTV』にも出演しましたよね?

吉岡:
3回ぐらい出演できました。アルジャジーラの方も非常に協力的だったんですよ。3人の活動や、自衛隊・米軍に対する意見を知った時に、「犯人グループが3人に危害を加えるような事があったら、逆にアラブ社会にとっての恥だ」と言われたんです。「そんな事があってはいけない。軍隊に関わる人なら別かもしれないけれど、少なくとも、人道支援の立場に立っている人やジャーナリストをそういう目に遭わせるという事は、アラブ人としても許せない」と。

そういう“主張を持った情報”というのは、大手メディアではパッと出しにくいが、それがストレートに出せたというのは、運動体が主体になって情報発信する強みだと感じる。

この吉岡さんが行った人質家族へのインタビューの撮影・編集を手伝ったのが、インターネットテレビ局『Our Planet‐TV』のスタッフで大学生の、橋爪明日香さんだ。

−普段は、『ピースボート』と『Our Planet‐TV』は全く別に動いている団体ですよね?今回は、一瞬で連携したという感じだったんですか?

橋爪:
そうですね。でも最初は何が起こっているのか全然わからなくて。分からないまま動いていた感じです。

−家族の人達へのインタビュー以外に、何か撮られたんですか?

橋爪:
官邸前で抗議をしている人達がたくさんいたんですが、とにかくそこに向かえって。カメラを持ってる人なら誰でもいいから手伝ってっていう電話がきました。本当に何が起こっているのか分からなかったんですが、とにかくそこに行ってみたんです。そうしたら、拘束された今井君の友達の友達で、「昨日から居ても立ってもいられなくて、何か出来る事がないかなと思って、ここに来てみた」っていう女の子がいたり。他にも、高遠さんの友達の友達なんだ、っていう人がいたり。そこで初めて、私自身が実感したんです。

−でも結局、家族のインタビュー以外は、発信するのに何か戸惑いを感じて、インターネットにアップしたりしていないそうですね?

橋爪:
今まで私はテレビで流れている情報をそのまま受け取っていたんですが、実際に現場に行ってみて、情報は一つだけじゃなくて本当にぐちゃぐちゃなんだなと感じて。実際に起きている事がどう編集されて加工されて、一部分だけが流されているのか。そして見た人がどう感じているのかっていうのが、すごく今回は気になったんです。自分が撮ったものがどう伝わるのかっていう事で、すごく悩んだんですよ。

−かえって怖くなっちゃったわけだ?

橋爪:
はい。この事件が起こってから、街頭インタビューをしたり、海外プレスの方にお話を聞きに行ったりしたんですけど、毎日事態が色々展開していく中で、街の人達の声も一日で急に変わっちゃったり。例えば、同じ歳くらいの女子大生の子にインタビューをしたんですけど、彼女は「自己責任が」っていう話をすごくしたんですね。でも普段は、そんな言葉使わないと思うんですよ。

−確かに、女子大生からパッと出てくる言葉じゃないよね。

橋爪:
メディアの力によって、こんなにも世論が振り回されるんだっていうのをすごく感じて。

−今撮り貯めているものは、これから時間をかけて発信していく事になるわけですか?

橋爪:
はい。“撮って出し”はやめて、じっくり考えてから、何か出来る事をしたいなと思っています。

こうした情報展開の中で、日本のメッセージを海外に伝えたり、逆に外の情報を国内に入れたりするには、当然ながら言語の壁がある。ここで大活躍したのが、『TUP』(=平和をめざす翻訳家連合)という、翻訳が出来る人達のボランティア・グループ。この中心メンバーの、星川淳さんに伺う。(星川さんは屋久島にお住まいなのだが、こういう場所にいながら活動の中心になれるというのが、インターネット時代の威力だと感じる。)

−この間、何人の翻訳家が作業をされたんですか?

星川:
僕らのグループの中や周辺で言えば数十人でしょうけれど、もっと他団体にも広がりがありましたから、40〜50人から100人とか、そのくらいになるんじゃないでしょうか。

−やり方としては、それらの人達が、自分で見つけた情報をパッと訳す、という形ですか?

星川:
普段なら、僕らのグループは、見つけた外国語のメッセージをグループのメーリングリストへ投げ込んで、やりたい人が訳すという形なんですが、今回はもっと違った動きでした。拘束された今井君がTUPのメンバーだったという事もあって(そんなにアクティブに関わってはいないんですが、最年少の、特色あるメンバーです)、事件の第一報がマスコミと同じような速度でグループ内に流れました。それからは、やる人がやる事をどんどんやって、「この指止まれ」というような動きでしたね。

−TUP以外の翻訳家の人達も、それぞれに同じような動きがあった?

星川:
多分、物凄くたくさんのグループが平行して同じような動きをしていたと思います。普段は反原発を掲げている人達が自主的に呼びかけて、アルジャジーラに直接メッセージを訳して届けたり、そういう話をたくさん聞きましたから。決してTUPだけではないと思います。

それぞれが自分の持ち味を生かしてパッと瞬時に動き出す、そんな動きが展開されたのだ。市民メディアは速報性に欠けるとよく言われるが、本当に速報したい気持ちになれば、大手メディア以上の敏捷性も発揮できる。全国で様々な活動をしている人達が、一斉にスタッフになってしまうという、潜在能力が実証されたのである。

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