下村健一の「眼のツケドコロ」

JR福知山線事故から1年(3)／どんな法制度が可能？

放送日:2006/05/06

JR福知山線の脱線事故から、先週火曜（4月25日）で1年。このコーナーでは、先週・先々週と、犠牲者遺族の方の話をじっくりお伝えしてきた。シリーズ3回目の今朝は、こうした悲劇を防ぐ仕組み作りに眼をツケる。
JR西日本の責任追及はどこのメディアでもやっているので他所にお任せして、このコーナーでは、今回の事故の反省から見えてきた法律整備の可能性を考える。
今回の事故以降の1年間を見てきて、私は、少なくとも以下の3つの面で法律がまだまだ“不十分”だと思えてきた。
福知山線事故の遺族弁護団のメンバー、佐藤健宗弁護士に、このそれぞれの点について伺う。

【1】「被害者ケア」の“不十分”さ―――なぜ日本では法律に血が通わないのか―――

――「被害者ケア」を法律面で充実させるというのは、つまり、どんな法律を作ればいいという事なんですか？

佐藤：: 去年4月に「犯罪被害者等基本法」が施行されましたが、これはあくまで基本法（総論）で、具体論はまだ決まっていないんです。こういう大きな事故で、被害者である遺族や負傷者の方は、様々な支援を求めるわけですが、その支援を具体的に誰がどんなふうに届けるか、どのような支援がどのような時にあればいいか、という事がまだまだ全然決まっていない、というのが1つ目のポイントだと思います。

――今回は事故被害者ですが、これに、犯罪被害者の対策を当てはめよう、という事ですか？

佐藤：: 事故と言っても、ほとんどの事故の場合は業務上過失致死傷罪という《犯罪》の可能性があるという事です。今回の事故も、兵庫県警が捜査をしていますから、《犯罪》の被害者、という一面も持っているわけです。

佐藤弁護士が挙げる典型的な例として、米国で10年前に出来た＜航空災害家族援助法＞という法律がある。この法律には、事故に遭った被害者の家族のケアが手厚く定められている。

――タイトルは「航空災害」ですが、これは鉄道事故などにも適用されるんですよね？

佐藤：: そうです。大統領令によって、航空分野だけではなく鉄道事故にも、フリーウェイ（高速道路）にも、船舶の海難事故にも適用される事になっています。

――交通関係の事故全般に対して適用される、という事ですね。

佐藤：: その通りです。

＜航空災害家族援助法＞　(原訳：佐藤健宗弁護士　／再構成：下村): 第2条　[a]　事故で多数の人命が失われたとの通知を受けた場合、国家運輸安全委員会の委員長は、可能な限り速やかに以下の事項を行う。
（1）家族支援サービスの責任者を指定し、その名前と電話番号を公表すること。

――電話番号の公表まで、法律で義務付けているんですか？

佐藤：: そうです。いろいろなサービスのキーパーソン（責任者）がいますから、その人に直接つながる電話番号を公表するんです。

――どこにいるか分からない被害者遺族が、それぞれ直接アクセス出来るように、という事ですか？

佐藤：: その通りです。グァム島で韓国の飛行機が落ちて、日本の乗客も犠牲になりましたが、その日本の乗客の遺族がグァムに行く時にも、この電話番号が活用されたんです。

この責任者というのが、（被害者の）家族と政府の間や、家族と事故を起こした会社との間の橋渡し役をするというわけだ。
更に第2条a項は続く。

(2)家族のトラウマ（精神的外傷）についてのケアの経験を有する、独立の非営利組織を指定すること。

――つまり、心の傷のケアを専門とするNPOをどこか1団体、その事故の対応責任者として指定する、と。

佐藤：: そうです。（法律制定の）議論の過程では、誰を対応責任者にするかで、「米国赤十字は？」「連邦運輸省は？」「事故を起こした会社ではどうか？」などと、いろいろな意見がありました。が、結局は、国が、（現場責任者として）草の根団体・NPOを1つ指定して、最終的な窓口責任者を国家運輸安全委員会とする体制が作られているわけです。

この法律をそのまま日本に輸入しようとすると、“そういった責任を全て委ねられるNPOが、日本には十分にあるのか？”という問題も浮上して来そうだ。
ではこうして、国から対応責任者として指定されたNPOは、どんな責任を担うのか。同法は、続く条項でそれを列挙している。被害者家族との定期的な接触やカウンセリングの実施、といった項目と並んで、次のようなキメ細かい事まで書かれている。

第2条　[c]: 　　　　　　　　　￤
(2)家族が他人に邪魔される事なく、悲しみに暮れる事の出来る環境を提供するために、必要な処置を取ること。
　　　　　　　　　￤
(5)家族と協議の上、ふさわしい追悼行事の手はずを整えること。

なぜ、日本の法律には、このように血の通った、心優しい表現の条文が無いのだろうか。

――“邪魔されず悲しみに暮れる事の出来る環境”を提供するための処置とは、具体的には何ですか？

佐藤：: 遺体安置所では他人の目もありますから、（安置所の）近くにホテルを手配して、メディアにも誰にも邪魔されないように遮蔽し、安置所からそのホテルに遺族の方をお連れして、そのホテルで家族でいろいろ話し合ったり、涙に暮れたりする事が出来るような環境を作る。そのホテルは（遺族・関係者以外）立ち入り禁止にしてしまう。たとえばそういう処置です。

更に同法は、事故の調査活動と家族ケアの関係にまで気を配っている。

第2条　［e］: (1)事故原因、調査の結果判明したその他の事実を、一般に公表する前に家族に説明すること。
(2)事故に関する公聴会の日程を家族個々人に通知するとともに、出席を許可すること。

――ただ“調査結果を説明する”だけではなくて、“一般に公表する前に”というところがポイントですね。

佐藤：: そうですね。特に遺族は、この事故がどうして起きたのか、誰よりも知りたいんです。それは当然だと思います。大切な家族を失っているわけですから。しかし、自分の知らない所で記者会見が開かれたり、（情報が）公表されたりしていて、それを新聞・テレビを通じて知るというのは、（遺族としては）どうも変な感じがするんです。それをカバーしようという、非常に心優しい、配慮の行き届いた措置だと思いますね。

続いて同法は、事故を起こした航空会社の義務を規定している。各会社は、多数の犠牲者を出す事故を起こした場合の、乗客の家族のニーズに応えるための計画書を、事故が起きてからではなく、《予め》国家運輸安全委員会に提出しておかなければならない。この各社が出す家族対応計画書に盛り込まなければいけない内容が、第3条では、13項目に渡って、微に入り細に入り規定されている。
例えばこんなものもある。

(8)慰霊碑の建立について、碑文の文言を含めて、各乗客の家族が確実に相談を受けること。

――こういう配慮の行き届いた法律が出来るまでは、米国にも、そういう制度を定めなくてはならないだけの、裏返しの現状があったわけですよね？

佐藤：: はい。アトランタ五輪(1996年)の頃、TWA800機のニューヨーク州沖合墜落事故や、アメリカの“規制緩和の申し子”と言われたバリュージェット機のフロリダ州での墜落事故が、相次いで起こりました。それらの事故直後の、遺族への対応がかなりひどいものだったんです。そこで、2つの事故共に大きな遺族会が出来て、航空会社に対しても政府に対してもいろいろな運動を続けて、このような法律がようやく出来ていった、という経過があります。

――この米国の＜航空災害家族援助法＞のような法律は、日本ではなぜ出来ないんでしょうか？

佐藤：: 日本でもこういう法律が必要だという事は、段々言われて来ていますし、今回のJR西日本の福知山線の脱線事故でも、被害者に対する支援の必要性が随分強調されるようになって来ましたから、いずれは、この法律の必要性が国・国会レベルで議論されるようになって行く、と私は思っています。

【2】「責任追及」の“不十分”さ

――今回の事故でも、「場合によってはJR西日本の誰も起訴出来ずに終わるのでは？」という見方も出始めていますが、それが法律制度を変える事で、追及可能になりますか？

佐藤：: そうですね、現在の日本の刑法では、業務上過失致死傷罪という罪名が定められています。日本では自動車事故でも、鉄道事故や航空事故でも、この法律を使って処罰をするのですが、処罰の対象はあくまで個人ですから、会社などの組織は処罰の対象にはなってないわけです。それを、「法人も処罰出来るようにすべきではないか」という議論が前からあるんですが、今回の福知山線の事故を受けて更に大きな議論になって来ていると、私は思いますね。

――確かに、大事故の原因は大抵、複雑に絡み合っているから、個人の責任に帰して行くというのは、かなり難しいですよね。

佐藤：: その通りですね。今回も、確かに運転手の無茶な行動があるわけですけれども、その向こうには、組織的な事も含めた背景事情が一杯あるんです。それぞれに様々な人が少しずつ関与しているけれども、やっぱりそれは（JR西日本という）組織全体として見ないと、事故の本当の原因・責任の所在が明らかにならないという事だと思います。

――たとえば、個人の責任追及しか出来なかったが為に、まるっきり責任を問えずに終わった大事故の具体例というと、どんなのがありますか？

佐藤：: はい、今から6年前、東京の当時の営団地下鉄・日比谷線、中目黒駅付近で起きた衝突事故。あの事故では、5人の方が亡くなっているんですが、脱線が起きたのは複合的な要因からだという事で、結果的に全員不起訴になっています。海外では、大変な犠牲者が出たザルツブルグのケーブルカー火災事故。10人くらい起訴されましたが、全員が無罪になってますよね。それから、今から8年前、ドイツのエシュデで起きた新幹線事故。この事故では101人が亡くなっているんですが、3人起訴されたものの、3人とも無罪より軽い控訴棄却になっていますね。こういう、非常に大きな事故でも誰も処罰されないという事が、日本でも海外でも起きているという事です。

誰も処罰されないのはおかしい、というだけではない。全員が不起訴に終わってしまうという事は、警察がせっかく捜査で集めた資料が、全てゴミ箱行きになってしまうという事だ。これでは、捜査の成果が今後の安全に何ら役立たないという事になる。法人の責任を法的に問えるようになれば、それが活かせるようになるわけだ。

【3】「原因究明」の“不十分”さ

――事故の原因究明には今、国の事故調査委員会が取り組んでいますが、どういう点が不十分なのでしょうか？

佐藤：: 航空・鉄道事故調査委員会が国土交通省の中にある、つまり大臣の下に置かれているという点です。これは、国土交通省に何らかの事故を起こした要因とか背景事情がある場合に、「その国交省を思い切って批判する事が出来るのか？」という事が問題になりますね。
たとえば、今回の事故では、運転手の問題であるとか、JR西日本の組織の中の問題も言われているんですけれども、「現場カーブに新型のATS-P型が設置されていれば、無茶な運転でも、ぎりぎりのところで事故を防げたのではないか？」という事が言われていますよね。ところが今回、JR西日本は「（旧運輸省から引き継いだ）国土交通省の通達を守っている。通達には違反していない」と言っているわけです。とすると、「国土交通省の監督行政それ自体に問題はないのか？」という追及が、国交省の中に設置されている事故調査委員会では出来ない、という事になってくるわけです。

あまり報道されなかったが、実は先月（4月）上旬、国会で「航空・鉄道事故調査委員会設置法」改正が成立し、第1条で謳われた委員会の目的が、「事故防止に寄与すること」から、「事故防止並びに事故が発生した時の被害の軽減に寄与すること」に書き替えられた。しかし、佐藤弁護士の指摘する委員会の《位置づけ》は、何も変わっていない。

佐藤：: この「事故が発生した時の被害の軽減」が書き加えられたのは、これはこれで、とても重要な事なんですよ。たとえば、今回107人の貴重な命が奪われたわけですが、「列車の強度がもっとあったら」とか、「現場カーブのすぐ近くにマンションがなかったら」、もっと多くの方が助かっていたのではないか？という事をきちんと捜査をするのが、この「被害の軽減に寄与すること」なんです。ただ、委員会の《位置づけ》も変える必要があるとは思いますね。

――具体的には、どういう《位置づけ》にしたらいいと思いますか？

佐藤：: 少なくとも、国交省から内閣府の下に移すことが必要だろうと、私は見ています。

JR西日本だけを責任追及の対象にしていると、国の仕組みの変えるべき点を見落としてしまう。国会には、ぜひとも頑張っていただきたいものだ。

【年間バックナンバー】