高遠菜穂子のイラク月例報告(11)
『冬のかき氷』作戦進行中

放送日:2005/12/03

3週前(11月12日)、このコーナーに出ていただいた佐藤真紀さん(眼のツケドコロ・市民記者 No.13)が、今、『JIM-NET(日本イラク医療ネットワーク)』の事務局長としてヨルダンに赴き、あるオペレーションを展開しているという。その名も、『冬のかき氷』作戦。今回はその状況報告を、同じ『イラク・ホープ・ネットワーク』仲間の高遠さん(眼のツケドコロ・市民記者No.1)に代行していただく。

■48時間以内に、抗ガン剤を送れ!

高遠:
イラクの病院が必要としている薬(抗ガン剤)を、ヨルダンから送り込もうという、日本人ボランティアのプロジェクトです。冷蔵保存が必要なためアイスボックスに詰めて運ぶので、この名がつきました。その氷がすべてとけてしまう前、タイムリミットの48時間以内に、アンマンから出発してバグダッドの病院に運び込まなければなりません。

―今、特に薬が緊急に必要な状況が起きているんですか?

高遠:
そうですね。再来週(12月15日)に迫ったイラクの総選挙の前後で、さらに治安が悪化したり、行政が混乱したりしすると思われます。白血病などガンの子ども達の薬は、もともと数が足りない状況なのに、そうした状況下では薬の補給が断たれちゃうのでは、と心配してたんです。
それで、『JIM−NET』がバグダッドとモスルの3つの病院へ問い合わせたら、「今でも既に薬が足らない。早く欲しい」と、合計で600万円相当のリクエストがきたそうなんです。で、できる限り早く動き出したほうがいいということで、この『冬のかき氷』作戦に着手しました。
まず第1弾として約100万円相当の薬を、先々週(11月18日)に送り出しました。『JIM-NET』メンバーの、西村陽子さん(『アラブの子どもと仲良くする会』)から、次のような報告が来ています。

(リポートより転載)
アイスボックスに薬とアイスパックを入れ厳重に目張りをして、輸送会社のアブ・マージンが受け取りに来るのを待つ。アラブ系のTVチャンネルはどこも、今日もイラクで爆発によって多くの犠牲者が出たことを報じている。今朝、アンマンにたどり着いたイラク人の話では、バグダッド街道の治安状況はそれほど心配ないというが、いつ何が起こるかわからない。
荷物を渡して10分もたたないうちに、「バグダッドに向かうはずだった車のドライバーが警察に連行されてしまった」という連絡が入った。ヨルダンを離れる前にいきなり作戦失敗…か? さらに10分後、バグダッド行きの別のドライバーが見つかったので、薬を積みかえてイラクに送るという朗報が入った。ありがとう、アブ・マージン。
名前(『冬のかき氷』)を聞いたら鳥肌が立ちそうなこの作戦、実は現地の人たちの氷もとかすような熱意に支えられているのです。
もう、私たちは、無事に着くまで、お祈りでもするしかありません。
ヤー・アッラー!

―初っ端から、随分と手に汗握る展開だったんですね。

高遠:
ほんとにそうですね。結局24時間以内に、要冷蔵の薬はバグダットに届いて、保冷剤も凍ったままだったということです。抗ガン剤って物凄く高くって、100万円分というと高額なんですけど、段ボールで1箱分ぐらいにしかならないんですね。で、あっという間に無くなってしまうんですよ。

―じゃあ、輸送の途中で氷が溶けてしまうと、その貴重な100万円分がパアになっちゃう、際どい作戦だったわけですね。

高遠:
はい。だから、送る方も、運ぶ方も、受け取る方も、みんな最善を尽くしたということです。もし送らなければ、薬は全く無くなって、白血病の子ども達がバタバタ倒れて亡くなってしまいますから。

―薬の購入資金はどうしたんですか?

高遠:
全部、(日本からの)寄付に頼ってます。是非皆様のご協力をいただけたらと、私からもお願いします。募金先は『JIM-NET』の口座になります。
郵便振替口座:00540-2-94945
口座名:日本イラク医療ネット

■民間人の犠牲が止まらない

イラク国内の治安や戦闘の状況は、今どうなっているのだろうか。

高遠:
悪いままです。今年(2005年)の10月15日に国民投票があったんですけど、あの前後は特にヒドかったようですね。とにかく9月くらいからずっと、アンバール州付近や、シリアなどとの国境付近の町では、本当にすごい掃討作戦を受けていたようです。時々、写真付きの状況説明メールが現地から送られてくるんですけど、もう直視できないような写真なんですよ。子どもの体中に細かな破片が無数に入り込んでたりとか、そういう破片で目が傷付いて失明しちゃたりとか、本当ににヒドいです。報道では、「武装勢力の逮捕に成功した」という記事もありますけど、民間人にも相当の被害が出てるのに、それは、やっぱり採り上げらないんですよね。
(こうした状況に対して、)『NCCI(イラクにおけるNGO調整委員会)』という国際的なNGOの協議体は、11月8日付けで、「イラクでの人権と国際人道法の違反」とする声明を発表しました。『JVC(日本国際ボランティアセンター)』も11月11日付けで、「民間人の保護と人道支援への理解を!イラクで引き続き起きている人道危機に対するNGOからのアピール」と題した声明を出しました。要するに、「民間人があまりにも無差別に傷つけられている」と。それから、「そこにNGOが緊急支援のために入ろうとしても、中立的なスペースが一切ないので、それを確保して欲しい」という内容です。これは、駐留米軍もそうだけど、武装勢力に対しても向けられたメッセージです。
『NCCI』に加わっている主要なNGOの多くは、(現在イラク国内に拠点を作れず、隣国ヨルダンの首都)アンマンを暫定的な足場として活動しています。民間人が被害を受けたという情報はすぐに入ってくるのに、支援を届けられないことに対して、すごく、じれったい思いをしてるみたいです。

―そうした声明というのを出すことによって、何か効力はありそうですか?

高遠:
あって欲しいですけど、どれくらい効力があるかは正直分からないです。でも何よりも、民間人の被害者を出すな、ということを、まず訴えたいんです。
自爆という行為は本当に許せないんですけど、本当にこれを止めさせようと思うんだったら、まず、怒りを持つ人間を減らさなければいけないと思うんです。これまでずっと我慢してきた一般の人達も、もう堪忍袋の緒が切れるという状況になっちゃってるんじゃないかと。
私が関わっているプロジェクトのメンバーなんかも、「なんで、こんなことをされなきゃならないんだ!」と、本当に怒り心頭なんです。「周りにも、もう我慢出来ないと言って、銃を取った人がいる。こうやって武装勢力が増えていってしまう。どうにかならないのか。このままでは、自分も銃を取って飛び出していきたくなる」と言ってるんです。

表面上は、12月15日には総選挙が行われる予定でもあり、着々と国造りが進んでいるかのようだが、それとは随分と食い違う内容の話だ。

高遠:
この前の国民投票も今度の総選挙も、うまくいってるように報道されてますけど、それは一部なんです。

そのあたりの事情がリアルに記された、イラク人からの日記メール『ラマディからの手紙』の翻訳が、つい最近完成し、高遠さんの『イラク・ホープダイアリー』に一気に掲載されている。とても読み応えのある内容だ。

―高遠さんが情報源にしている、こうしたイラクの一般の人達の声も、前回ご紹介いただいたインターネットセンターの完成で、よりメールで届き易くなってますか?

高遠:
ただ、軍事的な作戦が行われている最中は、ネットがつながりにくくなったりもしてます。

そんな情報不足の中、最近イタリアで放送されたドキュメンタリーが話題を呼んでいるそうだ。

高遠:
タイトルは『隠された大虐殺』といいます。「1年前(2004年11月)の米軍によるファルージャ総攻撃で化学兵器が使われた」という内容で、イタリアの国営放送のニュースチャンネル「RaiNews24」が放送しました。
この作品は他国でも波紋を呼んでいて、すぐにイギリスでも、国営放送BBCで取り上げられ、新聞のインディペンデント、ガーディアンでも、大きく扱われてます。

―日本語で、そうした情報にアクセスできるサイトはありますか?

高遠: ブログが一番いいかと思います。『ファルージャ2004年4月』という本が現代企画室というところから出版されていて、この翻訳をされたお2人、益岡賢さんと、いけだよしこさんという方が、その後のファルージャを中心にイラク情勢をずっとカバーしてます。そこで、外国の英語新聞の記事を紹介したりしてくれてます。

いろんな情報ツールを活用して、日本のテレビ・ラジオや新聞だけでは得られない情報もとりいれて、その1つ1つに《右往左往》せず《総合》しながら、立体的に物事を捉える眼を持ちたい。

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<2005/12/06 追記>
「冬のかき氷」作戦はその後、第2弾以降もバグダッド、バスラ、モスルに続々到着し、成功率100%で12月1日にひとまず完了した、という報告が、このコーナーの放送後に入った。結局、今回送ることが出来た薬の総額は680万円分。しかし年明け(2006年1月)には、また新たに薬を送らなければならなくなりそうな状況で、まだまだ経費を含めた資金が必要だという。

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