高遠菜穂子のイラク月例報告(10)
井戸とネットと扉作りと、なお続く攻撃と

放送日:2005/10/15

最近の高遠さん(眼のツケドコロ・市民記者No.1)は、イラクの隣国ヨルダンから帰国し、また全国講演行脚の最中だ。去年の拘束事件以後、高遠さんは身の安全を考えて、イラクに直接入っての支援活動ではなく、ヨルダンの首都アンマンまで行き、そこまでイラク側スタッフに出てきてもらっての打ち合わせという形が続いている。

―イラクのスタッフが出国してアンマンまで出てくるというのは、支障ないんですか?

高遠:
特に今は、国境でものすごく時間がかかってます。それから、ヨルダンへの道中のセキュリティが本当に悪化してます。特にバグダット近郊なんかでは、無差別な攻撃が多いので、いつどこで何が起こるか分からないという状況ですね。最近では特に、イラクの人達がものすごく出国して避難してます。今回ビックリしたのは、バグダットからの避難民がすごく多かったことです。

―その人達は、バグダットからアンマンに出て来て、そこで当分暮らすんですか?

高遠:
そうですね。家族ぐるみでホテルにしばらく泊まるっていうパターンが多いです。でも、ヨルダン政府は長期滞在をあまり歓迎してなくて、だから、アンマンからさらに他の国へ行くという家族もけっこう見受けられました。結局、バグダットの治安がいかに悪くなっているか、ということだと思います。

■日本からの寄付で、井戸掘り快調!

そんな状況の中で、前回は、「イラク『命の水』支援プロジェクト」を緊急展開中、という報告をしていただいた。このプロジェクトが一段落したそうなので、まずは、この話から報告していただく。

―まずはあらためて、どういうプロジェクトだったか、ザッと御紹介を。

高遠:
今年(2005年)7月19日とその数日後、バグダットの浄水場が連続で空爆されたんです。これは誰がやったかっていうのは分かってないんですけど、以来、バグダット市内を流れるチグリス川の左岸半分で、断水状態が4、5週間にわたって続いたんです。7月、8月というのは、イラクでもものすごく暑い時期で、8月なんか、普通の朝の8時、9時で、もう50度を超えちゃうんです。もう朝からそういう状況なんです。

―そこに“水が無い”っていうのは、本当に深刻ですね。

高遠:
ほんとにその通りで、文字通り《命の水》っていう感じでした。とにかく、その緊急事態に対応するために、ペットボトルの水を送ろう、というのと、生活用水がまったく無いということで、井戸を掘ろうということになったのが、このプロジェクトのきっかけでした。

―前回の報告では、ついに2本の井戸を掘り当てて、1000家族分の水を供給できた、という時点まで伺いましたけど、その後、どうなりましたか?

高遠:
まず、募金は先月(9月)末日をもって、締め切らせて頂きまして、合計金額が567万6607円になりました。この2ヶ月間で集まったものを、早速井戸掘り資金に充てて、2つの井戸から、水が出るようになりました。それで、水質検査をやったら、OK、つまり“飲める”ということでした。

―生活用水に限らず、飲料用にもなると。

高遠:
そうです。あと4つ、上手くいけば5つぐらいは掘れる予定です。今、もう3つ目に取りかかってます。今回のアンマンでのミーティングにも、その井戸の様子をビデオに収めたものを持って来てくれました。
ただ、写真や映像を撮るというのは、とても危険なことなんです。昨年も私の友人が2人、射殺されてますし、かなり危険な行為でもあるんです。日本との関係も、以前ほど良くはないので、今回撮影してくれた友人も、日本との関係を隠しながら撮らなきゃいけないような状況なんです。

―でも、「日本との関係を隠しながらの撮影」ということは、井戸がどういういきさつで掘られたか、を現地の人達は知らないということですか?

高遠:
最初は内密に、日本の名前は一切出さずに進めてたんです。そういう報告を受けてたので期待してなかったんですが、今回ついに、現地の住民達にカミングアウトしたそうなんです。返ってきた反応は、「近隣諸国のイスラム教徒よりも、日本人は良いムスリム(イスラム教徒)だ」というものだったそうです(笑)。わけわかんない褒め言葉ですけど。

―でも、よく順調に井戸を掘れましたね?

高遠:
すぐ近くにチグリス、ユーフラテスと大きな川が2つありますし、また彼等は、サダム政権時代にも井戸を掘った経験があるんです。だから、大体この辺を掘ると汚いとか、そういう勘が働くそうです。

―そういうことまで見分けられる、井戸掘りのベテランが一杯いたわけですね。

高遠:
そうですね。私も実は心配してたんですけどね、ほんとに掘れるのかしらって。「井戸掘りの機械は送らなくていいんですか?」っていう問い合わせもありましたしね。でも、そんな心配はいらなかったということですね。

―日本の寄付金と現地の人材がうまく結びついたんですね。

■タル・アファルへの緊急支援

―ところで、この「イラク『命の水』支援プロジェクト」の寄付金、途中で予定外の使われ方もしたそうで…。

高遠:
はい。アンバール州というイラク西部の方、シリア国境近くにかけての地域で、イラク政府軍と米軍共同の武装勢力掃討作戦が、かなり頻繁に行われているんです。そのうちのシリア国境に近い都市、タル・アファルというところでは、かなり民間人に被害が出て、郊外に緊急避難民キャンプが作られたんです。で、そこで水が足りないということがあって、そこへも、モスルの方で購入した1.5リットル入りのミネラルウォーターを7000本弱、送らせてもらいました。

―よくそんな危ない地域へ運べましたね。

高遠:
大変だったみたいです。実際には、キャンプの中までは入らせてもらえなかったそうです。いろんな人達がキャンプに出入りしますし、食糧や飲料に変なものが入っていたり、汚いものが混じっていたりしたものがあったらしくて、とにかく検問がすごく厳しかったそうです。
ペットボトル入りの水は、その厳しい検問を通過して、そこでバトンタッチして、あとは中で、イラク政府、保健省が中心になってキャンプに配ることになっていたそうです。

―今現在はどういう様子だと聞いてますか?

高遠:
今は、一応タル・アファルの市内にほとんどの市民が戻っているそうです。ただ、めちゃくちゃに壊されている家もかなりあるので、避難民キャンプ近くや郊外で、テント生活をしたり、廃墟のような建物に住んで生活している人もいるそうです。

―まさに寄付金の一部が、その避難中の《命の水》をつないだわけですね。

高遠:
これは国際NGOとか、赤新月社、赤十字とか国連とかでも、かなり緊急課題として大きく捉えられていて、私達がアンマンに行ってる間にも、国連とNCCI(イラクにおけるNGO協議体)のミーティングが開かれていました。イラク・ホープネットワークに加わっている日本国際ボランティアセンターの原さんも、そのミーティングに参加していて、内容を教えてくれました。また、私達が持っている情報も原さんに、そのミーティングに持っていってもらったりして、情報を共有しました。

■ファルージャ郊外に、ネットの“窓”開く

―緊急支援というと、タル・アファルの前にも、ファルージャへの緊急支援も行ってらっしゃいましたけど、今、ファルージャがどうなっているのか、という情報は入ってきますか?

高遠:
ファルージャは、もうほとんど建物が壊滅状態なんですね。ただ、避難民キャンプとか、避難所だった村とかには、ファルージャからの避難民が、まだまだたくさんいるんですよ。で、避難民キャンプから、市内に入るのに検問が10箇所近くあるんです。それを通っていくのに、半日、下手すると1日かかっちゃうんですよ。それぐらい、まず入るのが大変なんです。それで、1回市内に入ると、また来るのは大変だからって、瓦礫の山になってしまった自分の家があったところに、布製のテントを張って、そこで暮らしている人達がたくさんいるそうです。避難生活としては、もう1年経っちゃいましたね。

―そういう情報は、どうやって入ってくるんですか?

高遠:
以前、このコーナーで診療所を建てたお話をした、郊外のサグラウィーヤという避難民が押し寄せていた村があるんですけど、そこにインターネットセンターを建てることが出来ました。インターネット・カフェみたいなものと、ワードやエクセルの使い方、それから英語などを教えるスクールを併設したもので、プロジェクトのひとつとして、1ヶ月前ぐらいから始めてます。

■「ナホコセンター」で扉を作る子ども達

―高遠さんの本来の活動である、バグダットのストリートチルドレンの社会復帰支援活動は、近頃どうなってますか?

高遠:
お陰さまで、うまくいってます。今回のアンマン・ミーティングでは、彼等からのビデオ・メッセージもありました。前回は建設中だった通称「ナホコセンター」ですが、今回は完成した映像を見ることが出来ました。綺麗でした。ビデオには、そこで、ボーイズのひとりが、今までのことを振り返って話をしてくれてたり、私へのメッセージが入ってたりしました。

―もう実際に、そこで暮らし始めてるんですね。順調ですね。

高遠:
そうですね。ボーイズの方は、センターに併設している町工場で、ドアを作ってます。そのドアを市場に出して、その利益を、センターの運営資金に回してるそうです。外に働きに行ってる子達も、下宿代みたいな形で食費なんかを出し合ってるそうです。それも、自分達で決めたそうなんですよ。

―未来に向けての“扉”を作っているとは、自立を象徴するような話ですね。

高遠:
まだまだ基盤を整備しなきゃいけない部分はたくさんありますけど、今はとにかく彼等のそういう《やる気》を見守りたいと思ってます。
近々、ファルージャの郊外にブロック工場を建てる工事に着手する予定で、次回には、その報告が出来るかと思います。
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