NPOが新実験「ミート・ザ・プレス」

放送日:2004/02/07

今回は、先日行われた、かなり珍しい記者会見に眼をツケる。会見したのは、以前このコーナーでも採り上げた、前レバノン駐在大使・天木直人氏。『さらば外務省』に続いて、最近『アメリカの不正義』という本を出版して話題になった。イラク戦争に反対する意見具申をした後、急に人事異動で大使を解任され、外務省を辞めてしまった人だ。天木さんの会見自体は珍しい事ではないのだが、珍しいのは、記者席の方だった。普通の報道機関の記者は全くおらず、代わりに、将来ジャーナリストになりたいと夢見ている高校生や大学生30人が、一瞬記者になり切って質問し、記事を書くという体験の場だったのだ。
この場を企画した、『創造支援工房FACE』というNPO団体の代表・池本修悟さんと、実際に記者会見に参加して記事を書いた、法政大学1年の増渕貴文さんにお話を伺う。

池本:
FACE』という名前は、F…Factory、A…assisting、C…communication・creation・collaboration、E…energyというニュアンスでつけました。そのまま「顔」という意味もあって、「Face to face」をプロデュースしていきたいっていう面もあります。

FACEはメディア学習の支援を行うNPO法人で、これまでにも様々な仕掛けを打ってきたが、今回は新たな試みとして、この“模擬会見”を実施した。呼び掛け文は、ずばり「記者会見を体験したこと、ありますか?」。会見のタイトルは「ミート・ザ・プレス/未来のジャーナリストへの挑戦」と銘打っている。

−実際参加してきたのは、どんな人たちでしたか?

池本:
高校生か大学生、一部社会人の方も参加していました。もともと募集人員を30人としていたんですけれども、実際にはそれを上回る、50人くらいが来ましたね。思った以上に、メディアで伝えられているものがどういう風に作られているのか、知りたい人が多いんだな、と感じました。
増渕:
僕はホームページでこのイベントを知って、参加しました。記者会見って、テレビとかで見た印象だと、メディアの人達だけの特権的なものってイメージもありますけど、実際にはどういう風な場なのか、その場で味わってみたいと。

−記者会見と銘打つからには、後で実際に、その学生たちが記事を書くんですよね?

池本:
そうです。実際に記事を書いてもらう事を条件にしてやっていきます。ただ、正式には4月からスタートという事で、今回は実験的なイベントとして、「記事を書ける人は書いてほしい」というニュアンスでやりました。今回は、メールやFAXで記事を送ってもらって、「公開していいですか?」って事を確認してから、FACEのホームページにアップしています。今は5人くらいしか来ていなんですけれど、また順次募集しようと思ってます。

会場では実際にどんなやり取りがあったか。まずは、記者席の早大生の、プロの記者からはまず出ないであろう極めて素朴な質問と、それに対する天木さんの回答をご紹介する。

(記者会見より)------------------------------------------------------------

早大生: 天木さんの本を読んだりして、「今の外務省は間違ってるな」って考える事はできるんです。でも結局、自分ではどうしていいか分からなくて、自分の中でイライラしてしまったりとか…。「これじゃおかしい」って思うことをどう行動すればいいか、自分の中の義務感というか、「やらなきゃいけない」ってわかってるけど「どうすればいいか分からない」っていうのは、すごく大きいと思うんですよ。
天木:
まず、現状に対して怒るでしょう。その次はどうするかっていうと、何かしなくちゃと思うわけですよ。いくつかのやり方があると思うんですが、例えば、選挙の時に、そういう事をやっている政治家は落とすとか、あるいは意見をどこかに投書して、共鳴する人を増やすとかね。そうすると、今の政治家のように、「仕方がない」っていう発言が出てくると思います。おそらくその発言の主旨は、「頭の中での正論ではそうだけど、現実の世の中では色々なしがらみがあって、そうはいかないんだ」という事でしょう。それは、既得権益とそうでない権益とのぶつかり合いです。そうなると、更にその次のステップは、政権を交代させるなり、あるいはその権力を悪用している人間を追放するなり、あるいは処罰するなり、いくつかのやり方があると思います。
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学生の疑問に、天木さんはとても丁寧に回答している。これでも一部分の抜粋で、実際はもっと長い時間、じっくりと答えていた。天木さん自身、この日の最初の挨拶で「今日はいつもの講演以上に楽しみにして来た」という趣旨の発言をしており、これからのメディア作りに期待が大きいんだな、と感じた。

池本:
僕らも初めての試みだったので、失敗した部分もあるんですよ。スタッフはスーツを着て、結構キチッとやっちゃったんですね。本当に記者会見の疑似体験みたいな形式にしてしまったので、参加者は結構緊張したみたいで、最初の方は質問の手もチョロチョロとしか挙がらなかったです。でも最後の方、時間があと5分しかないっていう時に、会場中バババッと手が挙がって、「そんな、時間足りないじゃないか」って(笑)。
質問の時間は結構とったのに、本当にもったいないなあって。天木さんの話が面白くて、ちょっと長くなっちゃったっていうのもありますけど。その辺は次回の課題かなあと思います。
増渕:
やっぱり緊張しましたね。「こんな発言したら、いけないかな」っていうためらいとかもあって。最終的には僕も質問はしたんですけど、はじめは手を挙げにくかったです。
池本:
それは大失敗な部分なんですけど、でも改善していけると思うんですよね。

とは言え、記者席から出てくる質問は、プロにはなかなか聞けない、根本的な問いが多かった。例えば、慶應の学生からの、「結局、外務省では誰が物を決めてるの?」という質問。

(記者会見より)------------------------------------------------------------

慶大生: 僕は、「結局アメリカ追従外交をやっているのは誰なんだ」って思ったんですね。誰もがアメリカのあの戦争は良くないって思っているのに、外務省があの戦争を後援するような方向になってしまっているのは、誰が舵を取っているものなんですか? 事務次官なのかその下の人なのか、誰がそうしようとしているのか、責任っていうのが全く分からない状態になっていて、コンセンサスで動いてしまっているが故に、責任をとる主体がよくわからなくなっているんじゃないかと。
天木:
極めて的確な質問でして、まさに私も知りたいんですね。≪責任≫を追及できないところに、官僚のシステムの強みがあります。誰がどこでどういう風に決めているのか、分からないと。はっきり言える事は、今の外務省は、次官と局長という幹部が決めるんだろうと思うんですね。ですから彼らの責任であると。 彼らが何を以って、日米同盟、米国への追従を最重要だと判断するのか、これは実は私も分からないんですね。私が外務省に入った時から、既にそうなっちゃっていたわけなんですね。それ以外の政策をとると、「お前はダメだ」「お前は野党みたいな事を言う」と、こうなっちゃうわけです。いつ頃からそれが始まって、果たしてこれから変わるのか変わらないのかっていうのは、私自身もわかりません。
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プロだったら今更恥ずかしくて聞けないような事だが、こういう質問の方が、かえって根本的で興味深い回答が聞き出せる。

池本:
会見の司会は、一昨年、自宅前で突然暴漢に襲われて亡くなった石井紘基衆議院議員の娘さん、石井ターニャさんにお願いしました。学生は記者会見をした事がないという事で、質問や補足発言で内容面のサポート役として、天木さんの赴任地だったレバノンで生まれ育った、ジャーナリストの重信命さんにお願いしました。

重信命さんは、元・日本赤軍の重信房子リーダーの娘で、3年前に日本に初めて帰国した人。このコーナーにも一昨年、2週連続で出てもらっている。
この2人のレディがリードするイベントは初めて見たが、押し付けがましさが無く、とってもいい感じだった。重信さんは、レバノンでの体験、帰国後見てきた日本のメディアの印象を交えて、学生たちにこんな事を語りかけた。

(記者会見より)------------------------------------------------------------

重信:
私はレバノンに住んでいる中で、生まれたらそこに戦争があって、ずっと戦争を見てきました。殺される寸前のところまでいったり、爆撃があって知人や友人が殺されたりというのを、実際に体験しています。だから、日本人だけじゃなくて全ての人に、絶対にそういう経験をしてほしくないというのはすごく強いです。
実際に戦争を経験していたら、やっぱりこういう思いになると思うんですけど、どうしたら、経験しなくてもこういう気持ちになれるかって言ったら、やっぱりメディアだと思うんですね。メディアが本当に戦争の姿を見せてくれれば、誰だって「これはおかしい」「私達はこれを絶対に避けなきゃいけない」と思う。
天木さんも最初に言いましたけど、いろんなメディアがあって、いろんな意見があって、いろんな視点があれば、見ている人は自分の意見を作れるし、問題に対する自分の立場を考えられると思うんです。だけど、今みたいに、どのチャンネルを見てもなんとなく同じニュースで、同じアングルで、同じ面からしか言わないと、日本の世論は変わっていかないし、いろんな意見もそんなに育っていかないと思います。それが、これから私達が変えていく事だと思うんですね。
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≪色んなメディア、色んな視点≫。まさに『眼のツケドコロ』という事だ。

−この記者会見、4月からは色んな“時の人”を呼んで来て、定期的にやってくんですか?

池本:
そうですね。今回は実験的にやったので、その反省を踏まえて作り変えようと思ってます。今回、課題として残ったのは、「質問する側がもっと勉強してきたら良かった」っていう事だと思うんですよ。会見する人の本を読んできたりして、本当に聞きたい事をぶつける、そういう場にしたいなと思ったんですね。例えば、午前中に参加者で「どういう質問をしようか」っていうのを、検討会というか、ブラッシュアップするんですね。それを踏まえて、午後1時くらいから記者会見をすると。その後に、その場で記事を書いてもらうようにしていきたいです。それを更に、参加者間でもジャーナリストの人にもチェック、添削をやってもらいたいと思っています。

−『創造支援工房FACE』では、これから他にどんな事を企画しているんですか?

池本:
僕達は、メディア学習の場を作っていこうっていう、そういうNPOなんですね。インターネットやデジタル化で、いろんな人がインターネットで発信できるし、映像も簡単に作れると。そういう情報発信をする人をどんどん作っていくような、メディア・ラーニング・コミュニティを作っていく、そういう活動をどんどんしていきたいんです。
例えば、このラジオ番組だって、この収録の場を撮って、インターネットやブロードバンドで流す事だってできるはずなんですよね。やろうと思えば。どういう環境があってそれをどう活かせるのか、そういう提案をしていきたいんですね。

そういう事をやろうという団体が、NPOで実際に出てきているという事自体が、メディアの裾野が広がり始めている、面白い時代の流れではないだろうか。

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