去年秋に経営破綻した英会話学校『NOVA』の当時の社長・猿橋望容疑者が、今週火曜(6月24日)ついに逮捕された。当時、全国展開していた駅前学校のうちの1つ、500人規模のスクールでマネージャーをしていた鈴木英子さん(仮名・20歳代半ば)に、お話を伺う。
■ 傾きゆく巨船で、 1人の“乗組員”に出来る事
自分の組織・会社で何か対外的トラブルが続いていて、トップがその解決を放置しているという状態の時に、一般社員には何が出来るのか? 今朝はその観点から、当時『NOVA』の内部で何が進行していたのかを具体的に振り返ることで、《責任追及》ではなく《再発防止》の手がかりを探してみたい。
――破綻後、別の企業が『NOVA』の経営を引き継ぎ、今も同じ教室名でレッスンが再開されていますが、鈴木さんは、今はもう関わっていらっしゃらないんですか?
鈴木: はい、今は全く関わっていません。別の会社で働いております。
――スクールのマネージャーというのは、どういう仕事をするんですか?
鈴木: スクールの責任者で、(現場の)統括です。立場としては『NOVA』の社員で、イメージで言うと、コーヒーショップの支店長みたいな感じです。具体的な内容で言うと、生徒・講師・スタッフの管理、営業売り上げの管理、当然、クレーム処理とかそういったものも含め、全て行なう何でも屋です。
■論理でなく、浪花節を積み重ね…
『NOVA』では、「レッスンの予約が希望通り取れない」とか「社員や外国人講師への給与不払い」といった問題が、かなり以前から起きていた。
――そういう事について、鈴木さんや周囲の社員達は、中でどんな取組みをしようとしていたんですか?
鈴木: まず「レッスンの予約が取れない」ということに対しては、決まった数の講師しかいないところを、何とか(『NOVA』の)他のスクールから、コネを使って呼んできたり、現場の個人個人のリレーションでお願いして、日々乗り越えていくという…。そこは、凄く時間を取られていました。「給与不払い」は、本当にリアルな問題で、食費をどう切り詰めるかとか、100円ショップでお昼を済ますとか、そういうのが日常茶飯事になってましたね。
――「(講師の)やりくりを何とかして欲しい」とか「給与をちゃんと払って欲しい」ということを上に言うと、どういう答えが返ってくるんですか?
鈴木: 会社として返ってくる返答は、「今こういう解決策を探っている」と。例えば、「何億円の増資を何月何日に貰えそうだから、それまで頑張ってくれ」とか、「今回の給料は何月何日には振込むから、我慢してくれ。申し訳ないけれども、頑張れ!」みたいな。だから、(当座の解決が)2週間後とかだと、皆やっぱり、ちょっと期待はするじゃないですか。現場としては、生徒さんがいるので、「給料が無いから辞めよう」って、一瞬では思えないですよね。そういったところを会社も上手くこう…
抜本的な《論理》ではなく、「ここは我慢してくれ、分かるだろう?」という場当たり的な《浪花節》でかわしていく。その積み重ねが組織全体を沈没させていってしまう―――というプロセスだったのだろう。『NOVA』は、そんな典型的な《破綻へのスパイラル》にはまってしまったのだ。
■自信を失う現場、直訴が出来ない組織
更に、破綻の4年前(2003年)からは、全国のあちこちで「受講していない分のレッスン料を返せ」という訴訟まで起きていた。
――鈴木さんがマネージャーに就任した頃、内部では、どういう対応指示が出ていたんですか?
鈴木: 訴訟という話になってしまうと、私達は全く関われない事なので、本社の生徒相談室とか、(クレーム処理の)専門家集団に問い合わせていただくようにお願いしたり、とかでした。
――それに対して、組織防衛の方に思いが傾いて、クレームをつけてくる生徒が外敵に見えたか、それとも逆に、「これ、私達がおかしいんじゃない?」と内部に問題意識が向かったのか。社員側の立場として、その辺はどうでしたか?
鈴木: 私個人がその時思った気持ちは、最初は当然、会社がそんな悪い事をするなんて思いたくもないし思っていないので、自分は精一杯やっている事を、外部の方、もしくはメディアから「違法だ」とか言われると、まず自分の中で自信がなくなってくる。会社のグレーゾーンというか、「やっぱりここはおかしいんだ」っていうところも客観的に見えてくるので、「周りの生徒さんがおっしゃっている事は正しいな」と思うようになりました。
――それが見えてきた時に、“上”には言ったんですか?
鈴木: 凄く大きい会社なので、“上”っていうと、最終的にはやはり社長(猿橋容疑者)の判断になってしまうんです。部長に言えば解決する(という)問題ではない。本当に小さな判断でも、あらゆる事がそうなんです。私のいたグループは風通しが良かったので、直接の気持ちというのは(直属の上司までは)上げられたんですけど、会社(トップ)に直にそれが伝わり、その対応をしてもらったっていう経験は、一度も無いです。
――上司には直接言うけれど、それがトップまで届かない?
鈴木: 届かない。(どこかで)消えるか、結局は、猿橋さんが1人でそれをハンドリングしているのが現状だったみたいで。
――猿橋さんに、直に言ってみようとは思いませんでしたか?
鈴木: 思いましたよ、ホントに! 実際にもう何度も、直属の上司の2つぐらい上の、部長レベルの方に電話して、「これじゃ私、スクール守れません。お願いだから、(社長に)直接言わせて下さい。どうせ伝わらないなら、直接言いたい」と言ったんですけど、当時、部長クラスでも(社長の)居所を知らないという状態で、「私達もそういう事は言っているから。私達が代弁するから」となだめられ、結局一度も話せなかったです。
■“戦況”悪化を実感しつつ、全体状況が見えぬ日々
――そういう問題意識に燃えていたのは、鈴木さんを含めた少数の人なのか、それとも全社的にそうでしたか? 組織防衛に走った人達っていうのは…
鈴木: それも一杯いると思います。最後の最後、破綻する寸前まで、「『NOVA』は悪くない」と生徒さんに説明させていたエリアも(ありました)。
――最後の最後まで「日本は負けるわけがない」と言っていた戦時中の社会と、何かちょっと雰囲気が…
鈴木: はい、似ているような気がします。
しかし、そうしているうちに事態はどんどんこじれ、去年4月には最高裁で『NOVA』側が(受講料を返せという訴訟で)敗訴、6月には経済産業省から一部業務停止命令、と続いた。
鈴木: 日々、状況が悪化していくのが分かるんですよ。当然、クレーム・解約者の数は、右肩上がりで増えていきますし、今まで出来ていた印刷物の注文が出来なくなったり、ダスキンの今まで交換してくれてたのが、回収されたまま返って来ないとか、リアルですよ。最終的には、電話代や家賃の請求もスクールに直接来るようになったり。(そういった支払いに関しては本社に)専門の部署があるので、私達はそういう支払い事務には全く関わってなかったんですけど、そこがもう対応し切れてない。
メディアからの情報も結構偏っているので、会社が今どういう状況で、社内がどうなっているのかが分からない。そういう身近な情報が全然下りて来ないんです。ただ、出来る事が、日々そうやって制限されていく…。
■張り紙をして、夜逃げした時の思い
――で、とうとう、日本が戦争に負けたように、『NOVA』も破綻が決まって、最後、鈴木さんはどうしたんですか?
鈴木: 「自主的に(スクールを)閉じよう」って。それはもう、会社の指示ではないです。
――会社の指示じゃなくて、自分達でたたんだんですか!?
鈴木: そうです。「どういう方向で営業しろ」っていう(会社からの)指示はもう、とっくに何ヶ月も前から無いので、現場で日々判断してました。
――いわば操縦桿が無くなって、漂流していたような感じですね。
鈴木: そうですね。で、舵を(私達のような)20代前半の女の子達がとっている、みたいな。それ(スクール閉鎖)を判断する上司達も、その頃には半分以上いない状況でした。だから最後はもう、(自分達の)身を守るためにスクールを閉じる。当然私達も、そんな夜逃げみたいなことはしたくない、生徒さん達に(閉じるっていう)連絡はしたいです。でももう続かないし、(学校を)開けても意味が無い。
――ホントに夜逃げしちゃった…?
鈴木: したんです。(入り口の)窓ガラスに張り紙をして、ある日突然「行ったら無い!」みたいな夜逃げを、私がしました…。
――その時は、どんな気持ちでした?
鈴木: いやもう…、何でこうなっちゃったんだろう?って。
「何でこうなっちゃったんだろう?」という思い。―――時間はたっぷりあったのに、長期に渡ってズルズルと状況を悪化させてしまった組織の構成員が、決定的な破綻が訪れた後に、この感情にしばしば襲われるのを、様々な事件の現場で私は目撃してきた。これは決して『NOVA』だけの特殊な失敗の仕方ではなく、非常に《ありがちな失敗》の道筋なのだ。だからこそ、その失敗経験者の言葉を、社会は本気で傾聴して学ばなければいけない。
■自分も被害者ではあるけれど
『NOVA』の破産管財人が今年4月に発表した財産状況報告書によると、当時の『NOVA』の受講生が前払いしたのに取り戻せずにいる受講料は、なんと総額564億円だという。英会話学校の受講料は、1人当たり何十万円も払うから、確かに1人1人にとって、これは痛い。元受講生の一部は、当時の猿橋社長などを相手に損害賠償請求訴訟を起こす準備も進めているという。
――その一方で、『NOVA』の社員だった人達への未払いの賃金・退職金も約60億円ある、と財産状況報告書に書かれていますが、鈴木さんも受け取り損なった給料とか、あるんですか?
鈴木: はい、あります。
警察側の言い分によると、今回の猿橋容疑者の逮捕容疑は、「社員の福利厚生費用として全員の給与から月々2千円程度を天引き・積立てしていた互助組織『社友会』の資金を、3億2千万円ほど無断で流用し、受講生の解約返戻金に充てた」という業務上横領の疑いだ。
――鈴木さんの積立てたお金も、“流用”されたということですか?
鈴木: はい。
一方で、「これは“横領”と言えるのか?」という議論もある。確かに、「社員の金を受講生の解約返戻金に充てた」というのは、それだけ聞くと、一般には心情的に納得の行く話のようにも見える。
鈴木: 私達も、生徒さんにお金が返らないことで、凄く苦労していましたから、ニュースを見た時点では、「生徒さんにお金が返るなら,それでいいじゃないか」という気持ちは、凄く良く分かりました。自腹であれ何であれ、(お金の出)元がどこか知らなくても、(とにかく)お金が返れば解決する件は一杯あったので、それで(返金を受けて)納得して辞めていく方がいたと思えば、「自分のお金だとしても仕方ないかな」という気はします。
でも、自分のお給料で解約金を払ってた、と思うと、社会ってそういうもんなのかなって…、複雑です。
――しかも当時、猿橋容疑者は、かなりの個人資産を持っていたとも言われていますよね。自分の資産がありながら、社員の積立金を流用していたとなると、社員の人達は、やっぱり釈然としないでしょうね。
鈴木: しないですね。今このニュースを聞いてもあまり感情的にはならないんですけど、当時は、長者番付に載ってしまうぐらいの資産を持っていた方なので、「何故それを出さないのか!」って、やっぱり凄く思いました。
■単なる「1会社の倒産」ではない
――かつてのトップが今週逮捕されたというニュースを聞いて、何を思いましたか?
鈴木: 凄く複雑なんですけど、今更遅いっていうか…。逮捕されたからって、別に何も解決していないし。
――鈴木さんにとっても、本当にシビアな体験だったと思いますが、これを通じて、鈴木さんが学んだ事、気づいた事って何ですか?
鈴木: いろいろあるんですけど、率直に思うのは、7000人という規模の外国人に、日本に住んでもらって仕事をしてもらって、50万人という日本人の方々と《国際交流》が出来てたわけですよ。それが、ああいう、せっかく日本に来てくれた外国人を裏切るような形で、(講師を)送り出してくれた国々の不信感も買い、せっかく楽しんで外国語を学んでた50万人の、言葉を学ぶっていう純粋な気持ちも裏切ってしまったところは(罪が)大きいな、と。ただ単に、「1つの会社が倒産した」ではなくて。
もちろんお金を出しての場ですけど、そういう(国際交流の)場をあんな形で奪ってしまうっていうのは、凄く……罪だなって思います。
ここまで淡々と証言をして来た鈴木さんだが、「罪だな」の一言を発する時には、わずかに声が震えていた。収録後、「この話をすると、涙が出そうになっちゃうんです」と語っていた彼女が、トーク中、なんとか冷静な語り口を保っていたのは、「再三の上訴が通じなかった」という“被害者”的な悔しさと、「生徒の皆さんに申し訳ない」という“加害者”的な悔悟との、せめぎ合いだったのかもしれない。
鈴木: ホントに、「『NOVA』に来る時間が好き」という方は沢山いたので、そういう人達の楽しみの時間を、こんな形で裏切るって―――凄く悲しいです。