先週のこのコーナーが終わってから2時間半程で、あの岩手・宮城内陸地震が発生した。現場を視察して来た、『まちづくり計画研究所』所長の渡辺実さんにお話を伺う。
――実は渡辺さんは、つい先週、四川省大地震の現地視察にも行ってらしたんですよね。
渡辺: 何故か同じようなメカニズムで同じような中山間地災害が、今回、岩手・宮城で起きたんです。ただ、面積で言うと、四川の大地震の方が圧倒的にとてつもない広さなんです。山古志村の新潟中越地震は、皆さんもまだ印象に残ってると思うんですが、日本の地図で言うと、あの惨状が北海道全域に起きたようなスケールが、四川の大地震の被災エリアなんです。
四川省の震災で、村じゅうが破壊された映秀という地区も、山間集落ですから、主たる産業が農業なんです。農地と集落と、両方が巨大な地盤災害で破壊されてしまってますから、ここの復興をどうするかというアドバイスをしに行っていたんです。村じゅうが地盤災害で破壊されてますから、単に集落を再興・復興するということでは、もたない。つまり、生産手段の農地を復興させないと、この後ここに人が住めない、生活が出来ない、という惨状が、四川の山地災害の非常に大きな特徴なんです。
■震源地の家屋は倒れず、赤坂のビルは大揺れ
今回の岩手・宮城内陸地震が起きた時、私は、テレビ番組『サタデーずばッと』の生放送を終え、徹夜の疲れを癒すべく、TBSのビルの中層階にあるカプセルホテル型の仮眠室で横になった直後だった。カプセル群が「ギーッ、ギーッ」と一斉に大合唱を始め、まるで揺りかごになったような、ゆっくりした不思議な揺れ方をした。これは余程大きなエネルギーの地震だと感じ、すぐに都内にある木造築50年の我が家に電話をしたところ、なんと家族は地震が起きていることに気づいていなかった。
――TBSの大きなビルが揺れているのに、さほど離れていない築50年の木造家屋は揺れを感じない…どうしてこんな事が起きるんですか?
渡辺: 岩手・宮城を破壊した地震の波(のうち)、長周期地震動と言いますが、そのとても周期の長い波が、岩手の震源地から、東京のこの赤坂に届いているということなんです。
今回の地震の《震源地付近》では、非常に短い周期の揺れが特徴的で、それ故に「マグニチュードの割りに、全壊家屋は極めて少ない」という結果になった、と見られている。家屋に大ダメージを与えるのは、もう少し長い周期のいわゆる“キラーパルス”だ。ところが今回、《遠隔地》の赤坂のような所では、一般家屋にとっての“キラーパルス”よりも更に長い周期の波だけが到達して、上記のような現象を引き起こしたということか。
渡辺: 築50年のお宅の周期は、短いんですよ。ですから、この長い波が入ったとしても、ウンともスンとも反応しない。ところが、この赤坂のビルは長い。ですから、このビルが持っている固有周期と襲ってくる波の周期がぴったり合ってしまうと、とても大きな揺れを始め、大変な破壊力になって、(場合によっては)こういう高層ビルを破壊させる可能性があるんです。
今回の地震は、(震源が)深さ8kmなんです。浅いですから、マグニチュード7.2の地震のエネルギーが、すぐに地表に届く。エネルギーは破壊をさせますから、直上は、あんな酷い山体崩壊のような、とてつもない被害になってるんですが、今のお話を聞いていて不思議に思うのは、8kmしかない深さで起きた地震に、長周期の波を東京まで届けるだけのエネルギーが残っているのか、と。これはもう1回研究してみないといけない(ですね)。
■平地の農家が心配する「来年の田んぼ」
――今回の岩手・宮城の現場は、特に人的被害の出ている所が集中的に報道されていますが、それ以外で、渡辺さんが注目されたポイントは?
渡辺: 宮城の現場に入ってみると、あの山は、水源涵養の保安林に指定されているエリアでもあるんです。つまり、水がめなんですね。あの(震災ダムが出来た磐井川の)下流に、治水の為のダム(農業用水の取水堰)があるんです。あの山から沢をつたって、そこに一旦水を溜めて、そのふもとにある平場のところに、物凄い広さの水田があるんですが、そこで農業用水として使っている。だから、あの山だけの問題ではなくて、平場の農地とのリンクが、あの全体のエリアの中で出来上がっていたわけです。
――その視点から見たときに、気になることはありますか?
渡辺: あれだけの規模の地盤災害が起きたわけですから、もしかして(地震直前に)大雨が降ったんじゃないかと思って、僕は仙台管区気象台に電話をして、直前の1週間の降雨量を訊いたんですが、ほとんど降ってないんですよ。
――あの水っぽい土石流を見ると、普段だったら大雨直後の風景ですよね。
渡辺: ですから、(「大雨と重なった」という)1つの仮説が崩れたんです。さぁて、じゃあ、どうして!? もちろん大きな地震の波が入ったというのが直接的な原因なんですが、一瞬にしてあれだけの山体崩壊を起こす為には、含水量と言いますけれども、山自身がどれだけ水を抱えていたのかっていうことが議論になるわけです。
降雨量が無いと知ったときに、次の仮説は、あの山自身が水源涵養林であるということを踏まえると、「雪解け水をしっかり抱えた、いわゆる水がめになってた」と。確かに、現地に行って、栗駒山とかちょっと高い山を眺めてみると、万年雪が見えるような地形なんですね。沢を見ると、かなりの水量で水が流れてるんです。で、山に入っていくと、雨が降ってないのに、非常にウェットで、ぐじゅぐじゅになってるんですね。
ということは、あの山自身がしっかり保水をしている時期に、大きな地震の波が入ったものですから、耐えられなくて滑っていったわけです。これが正に結論になります。テレビは今、ヘリコプター(から)の映像で、山体崩壊が凄いスケールで起きたという光景ばかり送ってきてくれてますけれども、その背景に、実は《水がめが破壊された》ということが横たわってるんです。
実際に取材に入って、農民の方とお話をさせてもらったときに、「来年、我々の田んぼに水が来るかな?」とおっしゃられた方がいるんです。こうやって、水田側から被害に遭った山を俯瞰すると、まさに農民の方がおっしゃった「あの水がめがやられた! 来年の田んぼの水は大丈夫か?」ということが凄くよく分かりました。私自身も、「こういう側面は、どこも気がついてない」と(思います)。農業をやってる皆さんにとっては、死活問題ですよ。
現時点で多くのニュース番組が、「水路が壊れて、水が来なくなった農地」の窮状を報じているが、渡辺さんのこの着眼は、いわば「水路が直っても、水が来ない」可能性を指摘した独自の見解だ。
■国交省と農水省の連携を!
――道が寸断されたなら、道路をまた繋げばいいことですが、水系が壊れてしまった、というのは、手の打ち様がありますか?
渡辺: 山古志の復興では、崩れた山体そのものを全部コンクリートで覆って、土砂災害を二度と起こさないように、ということをやりました。しかし今回は、あれだけのスケールで、それから、人々が住んでる集落がそんなに数多くあるわけではないですから、ひょっとすると、必要な所だけ復興をして、後はもう自然の回復力に任せるという形で、そのまま放置される可能性が高いですね。
灌漑という面は何も手を付けずに放置されてしまうと、今度は、水源涵養の水をどうやって田んぼまで引っ張って来るか、(新しい)水路をどういう風に確保するか、というのが農水省管轄の問題になってきます。この農水省の問題と、国交省の土木事業とを、同じテーブルで復興プランとして考えて行かないと。後になって、農水省が水の確保を考え始めると、国交省が応急復旧をやった所をもう一度崩して、ということだってあり得る。
――道路の再建だけではなく、水がめの再建も考えなければいけないという…
渡辺: そうですね。これはもう、今まで我々が経験した災害には無いスケールの話ですし、山というものが「農業をやる為の水がめだった」という視点は、僕も今回初めて体験しました。この視点を、復興に向けてのベースにしないと、それこそ平場で農業をやってる人達が、来年、米の収穫が出来ないというとんでもない事が起きる可能性があるんじゃないでしょうか。
この指摘が現実のものとなるか、軽微な影響に留まるか、杞憂に終わるか、実際の展開は、未経験の災害だけに誰にも断言が出来ない。ただ、可能性がゼロではない以上、警鐘を鳴らす意味で、ここに問題提起だけはしておこう。