岩国「基地増強反対」現職市長落選! その本当の理由

放送日:2008/2/16

6日前、米軍基地を抱える山口県・岩国市長選挙で、過去圧倒的な支持を集めていた現職の市長が、弱冠37歳の対立候補に僅差で敗れるという逆転劇があった。
一般の報道の論調では、米軍再編で空母艦載機が厚木基地から岩国基地に大量に移転して来て岩国が極東最大の基地になることを地元が認めるか否か、というのが「この選挙の争点」だった。現職(当時)の井原勝介市長が「空母艦載機移転に反対」を唱え、対抗馬の福田良彦候補は「柔軟に国と協議しよう」という立場での一騎打ちだったが、井原市長が敗れたという結果を受けて、「地元が基地の強化を認めた」かのような報じられ方になっている。
しかし私は、この市長選が告示される半月ほど前(1月17日・18日)に現地に行き、そもそもこの選挙は、実は基地問題を争う構図になっていないのではないか、と強く感じた。

■「艦載機だけが政治じゃない!」

まずは、福田候補陣営が主催した、「女性の目線で現状を訴える会」という集会の模様から。あらゆる年齢層の女性達が、朝から動員を遥かに超えて集まり、会場は立ち見でも入り切らないという状態だった。そんな熱気の中、会場からの質問に、壇上の福田候補が答えていくという対話が展開された。

女性A: 元来、進んでいるとは言えなかった岩国市の児童福祉が、(市町村)合併や基地問題に隠れるような形でどんどん後退していることが凄く不安なんですけど、福田議員の、児童福祉や子育て家庭支援に対する、決意や具体的な計画をお聞かせいただきたいなと思います。

福田: 今、子供達を預かっている、保育所の先生方。大変過酷な勤務体系の中で頑張っていただいております保育士の皆さんにも、まずしっかりと光を当てないといけない。

女性B: 私、国鉄のことはよく分からないんですけど、岩国駅にエレベーターがないんですよ。是非それも、頑張って実現していただきたいと思います。それから、いろんな公園に行きましても、洋式トイレというのが無いんです。そういう面も考えていただきたいと思います。

福田: 今回、「エスカレーターをつけて、万人に優しい駅にし直さなくてはいけない」という話を、岩国駅長にしました。

女性C: あちこち出て行くたびに、活動できる場が少ないという風に感じて…。施設の充実っていうことに関しては、どういう風にお考えかな?と思いまして。

福田: しっかり計画を立てて、総合型スポーツクラブを整備していく。こういったことをやって行きたいと思っています。

女性D: 私は、旭町ですから、艦載機の真下におります。でも、艦載機だけが政治じゃない、といつも思っています。[会場拍手] この会に来て、それ(基地問題)が出なくて、他の話が出たことに、とっても感動して帰ります![会場大拍手]

■候補が思う争点と、メディアが思う争点のズレ

うがった見方をすれば、Dさんの発言は、報道陣の存在を意識した福田陣営が仕込んで、最後に用意されていたものかもしれない。だとしても、「この人は本気でこの言葉通りに思っている。嘘の台詞を言わされているのではない」ということが、Dさんの表情や手の震えから見て取れた。
岩国市民で女性であれば誰でも参加自由、どんな質問をしてもいい集会だったのだが、約2時間の間、基地問題に関する質問は、遂に1問も(!)出なかった。これには驚いて、会が終わった直後、福田候補本人に聞いた。

福田: 私もあんまり基地問題を争点にしてないんですけど、テレビ、カメラ、新聞の方はどうしても基地問題を争点にされます。地元の岩国市の問題は、もっと沢山あるんです。幅広い皆さんが、「今の岩国市のままじゃいけない。色んな問題があるよ」と、そう言ったことを今日言われたんじゃないかなと思っております。

下村: 市民の中で、「基地問題を論じることに疲れてしまった」っていう空気はありますか?

福田: 疲れているというよりも、対立をもう無くしたい。基地問題ももちろん大事なんです。やはり騒音は無いのがいい。飛行機が来ない方がいい。じゃあ何が反対か、何が不安か。その不安である事を、《個別具体的に》解消していく。国にぶつけて行きながら、《地元の問題》も併せて解決していくために、国と県としっかり協議をしなくてはいけない。岩国の事を物申さなければいけない。
 逆に、何も協議が出来ていないからこそ、国の言いなり、やりたい放題になってる。米軍再編は着実に進んでいるのが、今の現状です。こういった現実をしっかり見据えて、「今岩国は何が問題で、どうして欲しい」という声を具体的に国に言わなくてはならない。

日常生活の中にある様々な課題を停滞させないためにも、とにかく基地問題でも国や県と協議は前に進めよう。あっさりと基地増強を容認するわけではなく、いわば条件闘争に持ち込もう―――という論法だ。しかし、井原陣営から見れば、これは「事実上の容認、国への屈服」ということになる。

■「もちろん、基地は歓迎じゃない」

この集会が終わった直後、会場から出てくる市民の皆さんに声をかけた。その中から、由宇地区在住の女性と、川下地区在住の女性の声を紹介する。どちらも、米軍機の騒音が特にひどいエリアで、前回市長選までは現職の井原氏を支持していた、という方々だ。

下村: 前回、井原さんに投票した理由は何だったんですか?

女性E: やっぱり基地の問題もあったし、「この人だったら、かなり強気で来られたから、何かやってくれるんじゃないか」と思ったんです。でも全然変わっていない、酷くなるばっかりじゃないですか。それだったらまだ福田さんに頑張っていただいて…。“頼りない男”を育てていけば何とかなるんじゃないか、と。 “嘘つき男”は、何遍でも嘘をつくから。“頼りない男”は、育てれば“頼りになる男”になると思います。

女性F: 何しろやっぱり、補助金が無いっていうことは…。今、街づくりっていうのを進めているんですけどね。私は川下に住んでいるもんで、もう凄く今、寂しくて。本当に活気が無いし、老齢化が進んでいるし。「何とかして欲しいな」という気持ちで、井原さんにも頑張ってもらおうとしたんですけど、今の状況では、やっぱり皆さんも、少しずつ気持ちが変わっているんだろうと思うんです。いろんな人から「艦載機が来ても仕方がないんじゃないか」と聞くのでね。

女性E: 「仕方がない」んじゃないんですけども、それ以上に、お金が無いと言うのは…。それこそ、財政破綻の方が。本当に、お金が無いのはひしひしと分かるんですよ。基地がある以上、一緒にやって行かなくちゃいけないんじゃないかな。それこそ、《共存していくしか無い》んじゃないでしょうか。
 うるさいのも分かるんです、私は由宇(在住)ですから。電話の声も聞こえないし、テレビの声も聞こえないのも確かなんですよ。

下村: じゃあ皆さん、別に(基地)歓迎に転じたわけではない…?

女性E: それは、もちろんそうです。歓迎じゃないですよ。

「今回は福田候補に投票するが、別に空母艦載機転入を心から受け容れているわけでは全く無い」。ここが、一番重要なポイントだ。この選挙結果だけを見て、岩国市民の本当の心が、基地増強「反対」から「容認」に転じたのだと単純に見誤ってはいけない
それに、岩国の基地問題が進展しないのは、Eさんが言うように井原市長が今まで「嘘をついていた」わけではなく、《地方が国の意向に背くことが如何に難しい仕組みになっているか》の表れだ。「地方の時代」などと美しい標語はあるが、実際、この問題でも国は補助金を打ち切ったりなど、露骨に岩国市を締め上げていた。

■「当然、基地問題に集中します」

その井原候補の方が開く集会は、選挙告示半月前のこの時期、どんな空気だったのか? 先程の福田陣営主催の集会と同じ日(1月17日)の午後、井原候補の集会を見てきたが、こちらは逆に、なんと、出る質問が全部(!)基地問題に関するものだった。
選挙は情報戦であり、こういう有権者の集会のような大きいイベントでは、発言者などの段取りが、ある程度まで選対によって仕込まれていたりするものだ。だが、仲間内に「こういう質問を《しろ》」と頼むことは出来ても、一般来場者に「こういう質問は《するな》」とまでコントロールすることは出来ない。従って、この両陣営の集会に現れた見事なコントラストは、演出を超えた今回の選挙の1つの象徴的現実なのだと見てよい。
井原陣営の集会直後、当の井原候補自身に、この現象をどう捉えるか、聞いてみた。

下村: 今日の集会を拝見していて興味深かったのは、基地問題以外の質問がまったく出ませんでしたね。

井原: それは、今回は基地問題が中心、一大争点です。それを巡って民意を問おうという選挙ですから、当然基地問題に集中します。しかもここは川下地区という、基地に一番近接して被害を受けてきた、歴史的に基地と共存してきた所ですから、当然基地問題が中心になりますね。

下村: 他の地区ではどうですか?

井原: 他の地区でも、殆どそうですよ。

下村: 今日午前中に福田さんの方の集会も行ってみたんですけど、そちらでは逆に基地に関する質問が1問も出なかったんですよ。

井原: 1問も出ないんですか!? そうですか…。《争点がずらされている》んですかね、よく分かりませんけど。でも基地問題が明確な争点ですよ。どちらが勝つかによって、基地を受け容れるかそうでないかっていうことが明確に決まって来ますからね。
 全国の自治の問題でもありますから、全国の皆様にも、もっと積極的に訴えて行きたい。特に東京方面は、岩国の事が情報として提供されていないと聞いていますので、中央のメディアやマスコミ等にも是非宣伝をして、情報提供をして行きたい。

■大手メディアの報道姿勢は、役割だから仕方ない…

井原候補のこの発言は、岩国市を背中に背負ってきて、目は東京の方を向いているという感じだ。基地問題は国家的なテーマだから、井原候補のスタンスに立てば、たとえ市長選であろうとも東京の方を向くのは当然とも言えよう。その喩え方で言えば、福田候補は、岩国市民の日常生活の方に目が向いていた。そして結局、福田候補の目線の方向が、今回は少しだけ多く市民から支持された、というのが6日前の選挙結果だろう。
勿論、井原候補と福田候補のどちらが勝つかで、結果として岩国基地問題への今後の取り組み方が大きく変わっていくのは間違いない。大手メディアはその結果論に囚われ過ぎて、この岩国市長選の構図を、現実の有権者・生活者の思いとはズレたイメージで報道してしまったのかもしれない。だがそれは、大局を見て報じるのが役割である大手メディアとしては、仕方のないことだ。もう少し時代が進んで市民メディアが盛んになれば、「選挙に臨む我々の思いは、そうじゃないんだ」ということを、岩国市民自身が補完して報道してくれるようになるだろう。そうなるまで、このコーナーが市民の目線の代役を少しでも担っていければ、と思っている。

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