このコーナーで度々お伝えしている通り、日本社会でも近年、市民メディアが続々と誕生している。今までのマスコミが選んで描く報道に頼らず、ニュースを自分達の目線=マイ・アングルで選び出し、自分達の言葉=マイ・ワードで発信しよう、という活動だ。今年もまた、この市民メディアの世界では興味深い動きが色々と起こりそうだ。
その先陣を切って、来週木曜日(17日)、なんと弁護士達が(!)自分で記事を書く市民メディア『NPJ』が設立記念集会を開く。中心メンバーの日隅一雄弁護士(眼のツケドコロ・市民記者番号No.59)と、加藤幸弁護士(眼のツケドコロ・市民記者番号No.60)にお話を伺う。
――『NPJ』というのは、何の略ですか?
加藤: ニュース・フォー・ザ・ピープル・イン・ジャパン(直訳すると、“日本の人々の為のニュース”)という、とても長いタイトルなんですけれども。現在のメディアというのは、大手企業であったり、政府とか官公庁が流す、一種特殊な操作がされた情報であることが多いんです。そういった日本のメディアの状況に閉塞感を感じて、「これはまずい。何かもっと新鮮で、市民の人たちに本当に知って欲しい、ナマの情報を発信したい」という趣旨のもとに立ち上げた、インターネットのサイトの名前なんです。
――それを、弁護士達が中心で…?
加藤: そうです。あと、大学の教員とか主婦とか、本当にいろんな方達の協力を得て運営しています。
■C型肝炎から“島弁”まで、多彩なオリジナル
設立記念集会は来週ということだが、ネット上では、既にホームページがスタートしている。
トップページを見ると、画面が左・中・右と3ブロックに分かれており、右が、オリジナルのニュース一覧になっている。眼を引くのは、「弁護士の訟廷日誌」。そこには、様々な裁判名が並んでいる。例えば「C型肝炎訴訟」といった、大手マスコミが採り上げている話もある。
――これを『NPJ』が採り上げると、どう変わるんですか?
日隅: 大手のメディアが採り上げる時は、提訴したときとか、あるいは結審したとき、判決が出たときしか、そういう節目の時しか報道されないんです。そうすると、次にこの裁判がいつ行なわれているのか、という事は多分伝わらないと思うんですよ。ですので、ここに来ていただければ、ニュースで流れた裁判がいつ行なわれてるのか、ということが分かっていただけるかなと思っています。
――「日誌」というからには、実際に担当している弁護士が「今日こんな事があった」とか、日記風に書いていったりするんですか?
日隅: そうですね。できれば、その本人に書いていただこうと。
――リアルタイムで分かるわけですね。これは、マスコミは勿論、他の市民メディアでも読むことが出来ない、まさに『NPJ』の真骨頂ですね。その他、「訟廷日誌」には、「JAL客室乗務員監視ファイル事件」、「ウミガメを守ろう!~奄美大島自然の権利訴訟」等々、本当に多彩なラインナップですが…
加藤: そうですね。社会的意義があるけれども通常のメディアでは採り上げられない、一般の人が、「もしその裁判をやっていれば傍聴しよう」とか、「社会的に意義があるから注目しよう」と思っても、そこにその情報があることすら触れられないという、こういった状況に危機感を感じていまして、そういう意味からも、この「訟廷日誌」というのは、本当に面白いコンテンツになっていると思います。
オリジナル・コーナーは、この日誌だけではなく、連載記事も色々ある。例えば、「猿田佐世のニューヨーク便り」。猿田さんは、イラクで人質になった日本人3名の帰国後のケアをした中心メンバーの弁護士の1人で、当時このコーナーにも出演していただいた。
日隅: 今、猿田さんはニューヨークに留学中なんです。彼女は、憲法改正の国民投票の時にも、色々と発言をしてましたけれども、続けて海外から、現地の情報を送っていただけることになっています。
――同じく連載で「島弁日記」というのも、面白そうですね。文字だけ見ると、島で売っている弁当の話かと思っちゃいますけど、そうではなくて「島の弁護士」!
加藤: これは、伊豆諸島・小笠原諸島を回っている弁護士による日記です。この伊豆諸島・小笠原諸島というのは、弁護士が1人もいないんです。それではまずいということで、東京の弁護士が法的サービスを届けようと、大体数ヶ月に1度の割合で法律相談に行ってるんです。そこであった事件について、その方に書いていただいているページです。
島特有の法律問題とは如何なるものか、興味のある方はご覧あれ。
■動画ニュース第1号は、岩国基地問題
このオリジナル・コーナーには文字による記事だけでなく、段々と映像ニュースも発信していこうということで、その第1号が載っている。新人女性リポーターとして画面に登場しているのは、加藤弁護士だ。テーマは、「辞職表明した井原岩国市長が助成金カットについて語る」。
加藤: この事件は、岩国基地への空母艦載機の受け入れを岩国市が拒否したことで、国が市の新庁舎建設のための助成金35億円の支出をカットして来たという問題です。今、岩国市で大きな問題になっています。
――市役所の建物を建てるための助成金と艦載機とは、本来全く関係無いことですよね。
加藤: そうなんですが、この新庁舎助成金カットということによって、岩国市は、市長と議会が対立してしまって、市政が混乱に陥ってしまってるんです。本来、地方自治が守られるべき市政の中で、国からのそういった圧力によって混乱が生じてしまうという、とても問題のある事件だと思いますので、『NPJ』としては岩国市の市長に直接お話を伺うことになりました。
大手報道機関ならそれを報じて終わりだが、『NPJ』では、これに関する募金募集のコーナーをサイトの中に作っている点が、他の大手のサイトと大きく違うところだ。
――これはつまり、市役所の新庁舎を建てるお金を募金しようということですか?
日隅: そうです。今回の国のこういう横暴に対して、「どういう形で怒りを表明できるか? 市民の抗議を表明してもらうためには、身近な事でどういう事ができるか?」と考えたら、500円玉で怒りを表明できるという形で運動をしているサイトがありましたので、それを『NPJ』でも取り上げて応援して行こうということです。
日本で民間の募金が集まりにくい大きな理由は、「これはどういう団体なんだ? 後ろ暗いところは無いのか?」という心配が常に付きまとうことだ。弁護士集団が応援しているとなると、その不安が払拭されて、かなり効果を発揮するかもしれない。
■融合するか? 2つの“ホウソウ”界
――加藤弁護士が“リポーター”になって、市長に直接インタビューしたということですが、テレビ・リポーターのような仕事は、今までにもされたことがあったんですか?
加藤: いえ、全く初めてでした。練習もほとんど無く、なにぶん、市長が多忙ということもありましたので、ほぼぶっつけ本番状態で撮りました。
彼女は、司法修習を終えたばかりで、まだ一度も法廷に出たことが無く、裁判所より先にテレビ画面デビューとなってしまった。
――「私がやるわ!」と立候補されたんですか?
加藤: はい…。(はにかみ笑い) やはり、市民の方に伝えなければ、と思いまして。
――法曹界に生きる弁護士さんの中には、「テレビに出ろ」と言われたら、「私は、そのホウソウ(放送)界に入ったんじゃない!」と言い出す人もいそうな気もしますが、抵抗は無かったですか?
加藤: (笑) それほど、抵抗は無かったです。
――あんまり判りやすくしようとし過ぎると、大手メディアが《良かれと思って》やっているように、発信する側が情報を選び過ぎてしまったり、演出みたいな事が入ってしまったりと、その辺は難しいところですよね。
加藤: そうですね。ですから今回も、できるだけ編集はしないようにして、全て載せることにしたんです。時間の制限が無いというのも、インターネット・メディアの有利な点だと思いますので、出来るだけ情報は全て発信しようという形でやって行きたいと思います。
しかし実は、まさにその「時間の制限が無い」という点が、インターネット・メディアで映像発信するときの弱点にもなっているという現実がある。要点も無駄な話も全て提供されてしまうと、(映像は文字と違って飛ばし読みができないので)情報の受け手は時間を奪われ、アクセスする気力が萎えてしまうのだ。《無編集》の魅力と、《コンパクト》の魅力という相矛盾する要請をどう両立させていくかが、他の市民メディア同様、『NPJ』にとっても課題となっていくだろう。
■『OurPlanet-TV』との連携テーマは、情報通信法
トップページの真ん中のブロックは、『NPJ』が注目する大手新聞の記事へのリンク集で、左ブロックは全体の目次になっている。この目次がまた盛り沢山だ。特に充実しているのが、「お薦め」紹介欄。お薦めの論評、ブログ、イベント情報、声明文等々が、下の方に再掲されてずらりと並んでいる。アップデートされた日付を見ると、どれも非常に新しく、ごく最近のものばかりだ。
――どういう体制で、こんなに常に幅広くお薦めのものを探しているんですか?
日隅: これは、システムを担当している方が中心に、いろんな形で情報を検索しているんですけれども、我々、弁護士メンバーや市民メンバーも、面白いニュースを見たら直ちに連絡して、「これ、ピックアップして掲載してください」という風にやってます。
更に、既に発信されている他の市民メディアの映像ニュースからお薦めのものがリストアップされ、リンクですぐ見られるようになっているのが便利だ。 『OurPlanet-TV』、『JANJAN』、『デモクラシー・ナウ』、『ビデオニュース・ドットコム』など、このコーナーでかつて紹介している映像市民メディアの注目作のタイトルが、ずらりと並んでいる。
現時点で一番新しいところでは、年末に『OurPlanet-TV』で16分に渡って放送された、「情報通信法でテレビとネットはどう変わる?」という特集がリンクされている。
――これは、日隅弁護士が出演されているんですね?
日隅: そうです。昨年、『OurPlanet-TV』のほうから、情報通信法を採り上げたいというお話がありました。これは2010年には法律になってしまうという話もあるくらいなんですが、インターネットの方にも新たに規制が入ろうということのようなんです。
問題なのは、「違法な情報というのは、いわゆる『表現の自由』の埒外なんだ」という言い方をしてる点です。更に問題なのは、違法な情報というと、一般の方は普通だったら、猥褻であるとか犯罪を誘引するとか、そういう情報を考えると思うんですけれども、なんと一番最初に上がっているのが“名誉毀損”なんです。“名誉毀損”が『表現の自由』の埒外だって言われると、それはいろんな形で評価が違うわけです。
――政治家が不都合な事を書かれそうになったら、「私の名誉が毀損される」と言って、いくらでも規制の道具として自由に使えてしまいますよね。
日隅: そうなんです。“名誉毀損”に当たるような記事を事前に差し止めるということは、現在のシステムではかなりの事が無い限りは難しいわけですから、それを簡単に行政的な手続きで、差し止めに近い効果が出るようなことにするのは、問題だと思ってます。海外であれば、政府が直接ではなくて、独立行政委員会ということで、一本かましてます。ところが、日本の場合は、総務省=政府が今回の事も規制をかけていこうとしているわけですから、ここでまた危険度が高まりますね。
――そういう意味では、『NPJ』がインターネットで発信して行こうという取り組み自体が、この情報通信法と対峙していく感じもありますね。
日隅: そうですね。そういう意味では、中心になって取り組んで行きたいと考えています。
■全世界に中継される、設立記念集会
――17日(木)の設立記念集会は、興味があったら誰でも行っていいんですか?
加藤: もちろん、どなたでも参加可能になっています。参加協力費は500円なんですけれども、学生の方は無料です。作家の吉岡忍さんに、設立記念講演をお願いしています。また会場にいらっしゃった方とのフリートークや、岩国市長のインターネットでの生出演も予定されています。
――インタビュアーは、また加藤さんがされるんですか?
加藤: そちらはまだ、未定です。(苦笑) あと、先ほどお話に出た『OurPlanet-TV』が、この集会全体の模様をインターネットで生中継する予定です。
ということは、会場に行けない人も自宅のパソコンで見ることができるわけだ。
――今後の活動の目標は?
日隅: まず訟廷日誌を200、300と数を集めて、全国津々浦々の方が利用していただけるようにしたいと思っております。その上で更に、メディア・リテラシーに関わる記事も充実させていきたい。一番よく指摘されているのは、画面の見やすさ・読みやすさ、ですね。どうしても情報が沢山詰まっていますから、そこをいかに見やすいものにして行くかということについては、今後工夫していきたいと思っています。もし「こういう風にしたらいいよ」というご意見があったら、お寄せいただきたいと思います。
中心になるのが弁護士達だと聞くと、それだけで堅いイメージに捉われてしまう人も少なくないだろう。そこを如何に、法廷仕様とは違う文体で書いていくかは、今後の課題のひとつかもしれない。加藤さんに続いて、弁護士リポーターが続々輩出されるようになったら、これは面白い事になりそうだ。