映画『不都合な真実』で地球温暖化に警鐘を鳴らした米国の前副大統領アル・ゴア氏と、国連で温暖化の調査や報告を行なっている国際的専門家集団『IPCC(気候変動に関する政府間パネル)』 が、昨日(10月12日)、ノーベル平和賞を受賞した。
それに因んで、今朝は、温暖化の影響が最も顕著に見える場所、北極海に眼をツケる。今年8月15日に、この北極海を覆う氷が、衛星観測史上最も小さい面積まで縮んでしまったと日本でも報道されたが、その実情はどうなっているのか?
この夏、砕氷船に乗って北極点まで行って来た舟津圭三氏(眼のツケドコロ・市民記者番号№56)にお話を伺う。
――17年前、人類初の犬ぞりでの南極大陸横断に成功した“南極の”舟津さんが、今なぜ、北極点に行っているんですか?
舟津: 最近は、北極点というのがツーリズムの対象になってまして、観光客が行く時代になってるんです。夏は、ロシアが原子力砕氷船を出しまして、それにお客さんが沢山乗って、(船で)氷を割って北極点までたどり着くというツアーをやってます。(日本人のお客さんが多いので)僕は、ガイドとしてロシアから雇われたんです。今回、日本人のお客さんが48人乗ってました。
――北極点には、もう何回か行ってらっしゃるんですか?
舟津: 4回行ってます。2001年、2002年、2005年、そして今年。
■“薄氷を踏む思い”の北極点
――その4回で、北極海の氷に、何か変化は感じられますか?
舟津: 砕氷船が氷を押し分けて、進んで行くわけなんですけども、普段は氷が2~3メートルと分厚くて、そういう時は砕氷船が一旦ぶつかって、バックしてまた体当たりして行くと。氷の上に乗り上げて、重みで氷を割るんです。今までのツアーでは、そういう事が何回かあったんですけども、今年は1回も無くて、すんなりと北極点までたどり着きました。非常に(氷が)薄くなってるっていうのを感じましたね。氷の表面の雪が溶けたりして、(流氷の上に)水溜りが結構多かったというのもありました。
以前『ビッグアップルリポート』(このコーナーの前身)にも出て頂いた赤祖父俊一博士が初代所長を務めた『IARC(国際北極圏研究センター)』のウェブサイトには、北極海の氷の状態が、衛星写真のようなイメージ画像で毎日更新されている。それによると、氷は8月15日以降も日々溶け続けて最小記録更新を続け、先月24日(律義にも秋分の日の翌日)、425万平方kmまで減ったところでやっと止まり、それ以後は冬に向かって増加に転じたと言う。今週初めには、47日ぶりに500万平方km台まで回復したが、それでも現時点で、「記録更新!」と騒がれた8月15日の面積レベルまで、ようやく戻った程度だ。
しかも、太陽光線を跳ね返していた白い氷のカバーが減ると、海水の温度が日差しを受けて上昇し、ますます氷が溶ける―――という悪循環もよく言われている。
――ゴールの北極点自体は、いつもどおり、氷はちゃんとあったんですか?
舟津: ええ、氷は張ってました。でも、その厚さに問題があるんです。4、5年前に比べると、薄くなってるということです。そのツアーでは、お客さんが船から北極点に降りて、氷上に記念の標識を立てて、そのポールの周りをぐるっと一周する、というセレモニーを例年はするんですけども、今年は安定した安全な氷というのが無かったんですね。それで、砕氷船がちょっと後戻りして、安定した厚めの氷の所を探しまくって、ようやくそこに降りることが出来たんです。ですから、北極点の所に降りるのは断念しました。
――それは、お客さん、がっかりですね。
舟津: そうですね。しかも、(その代替地で)降りたお客さんが氷上で動ける範囲というのも、凄く限られた範囲しかなかったんです。例年は、タラップを下ろして船から降りるんですけど、その(代替地の)辺りもあまり安定した氷でなかったので、甲板からヘリコプターをわざわざ使って、安定した氷までお客さんを運んで行って、そこで降りるという作業をやりました。今まで、そんな事無かったですからね。
■溺れるシロクマ、溶ける永久凍土
――舟津さんが今住んでいるアラスカの地元でも、そういう温暖化による変化は感じますか?
舟津: いろんな現象が起こってます。例えば、北極海に面した、アラスカ北端のカクトービックというエスキモーの村があるんです。今年の夏もちょっと行ったんですけども、いつも近くに見える海上の氷の壁が、全然見えなかったですね。ずっと海面が広がってるという状況でした。
――シロクマも、困ってるんじゃないですか?
舟津: そうなんです。シロクマっていうのは流氷の上に乗ってアザラシを見つけて、それを捕獲して食べてるわけなんですけども、(今年の流氷は岸から遠いので)乗り移ることが出来ない。乗り移ろうとして泳いでいて、(距離が遠すぎて到達できずに)溺れ死んでしまうシロクマの数も増えてるそうです。
――実際、そういう困ってるシロクマって見ました?
舟津: ええ、カクトービック村のバーター島っていう島で、(氷に乗り移れず)島の中をうろついているシロクマがいました。餌不足で、結構痩せてましたね。
――舟津さんのお住まいがあるフェアバンクス近辺は、アラスカの内陸部ですが、そこでも変化って感じられますか?
舟津: 山火事が頻繁に起こっていますね。燃えた木が倒れると、(地表まで直接)太陽光線が当たりますから、地面は温まって永久凍土が溶けます。悪い事に、永久凍土の表面にはメタンガスが封印されてて、それが空気中に放出されるわけです。メタンガスっていうのは、温室効果を高める影響が二酸化炭素の20倍もあるみたいで、更に温暖化が酷くなってくると。生態系というのは、1つが悪くなると(全部が)悪い方向に進む悪循環になるんですね。
――今年の初霜は、どうでした?
舟津: 通常だと8月の末には下りたりするんですけども、今年は非常に遅くて、9月の中旬までずれ込みました。春の訪れも、早くなってますね。4月になると、急に気温が上がって、5月の新緑の季節が1週間から10日早まったっていうのが、近年多いですね。
■アラスカではもう、リアルな社会問題
私は今年もアラスカで夏休みを過ごしたが、北極海の氷が史上最小を記録したというニュースは、ちょうどその滞在中に飛び込んで来た。その翌々日(8月17日付)の地元紙『アンカレッジ・デイリー・ニュース』の1面のトップには、北極圏の地図が大きく載せられ、氷の状況が図解で示されていた。
――やっぱり、日本社会とは関心の度合いが違いますね。ずっと切実で。
舟津: (アラスカでは)最近は、温暖化の話題が新聞に多く登場しますね。
その記事には、北極圏の地図と共に、セイウチのイラストが載っていた。
舟津: エスキモーの人達は、セイウチ漁に出かけるんです。彼らは、セイウチが氷の上で休憩しているところを仕留めるわけです。氷が張らなければ、彼らの漁も大変になるんです。遠くまで行ってハンティングしないといけないわけですから。彼らの生活にとっても、北極海の氷っていうのは必要なんです。
写真家の故・星野道夫氏がアラスカに魅了された原点の村、シシュマレフでは、海岸線が非常に侵食されていると言う。
――これは、温暖化とどういう関係があるんですか?
舟津: 毎年10月に、発達した低気圧がベーリング海の方に来るんですけども、その発達の度合いが以前よりも酷いらしくて、強力な低気圧になって、海水面を持ち上げてるらしいです。
――近頃の台風が強くなってるのと、共通する現象かもしれませんね。
舟津: それで、高潮になるんだと思います。海岸がどんどん削られていって、もう村は諦めないといけないというような状況まで来てます。
――えっ、家が流されちゃって…?
舟津: そういう事ですね。波に持っていかれて、村全体をどこか安全な場所に移動せざるを得なくなって来てると。(シシュマレフだけでなく)海に面した所に、そういう村が何ヶ所もあるということなんです。
星野氏が今生きていてこの村を再訪したら、さぞや嘆き悲しむことだろう。
■めでたさも 中くらいなり ノーベル賞
『NASA(米航空宇宙局)』は今月1日、北極海を覆う「多年氷」(=1年以上溶けない氷)の面積が2年前に比べ2割以上も激減し、観測史上最低になったと発表した。北極圏に留まって「多年氷」に成長するはずだった薄い「季節氷」を、北極海から温水域に押し出してしまう異常な風が原因だという。NASAによれば、1970~90年代にかけ北極海の「多年氷」の面積は、10年ごとに約50万平方kmずつ減少していたが、2000年以降、減少のペースはその3倍近くに早まっているという。
日本の『海洋研究開発機構』及び『宇宙航空研究開発機構』も、共同で解析した結果として、「北極海における海氷の減少は、『IPCC』第4次報告書での予測を大幅に上回るもので、このような観測と予測の大きな差は、予測モデルでは北極海で起こっている現象が十分に表現されていないことの現れであると考える」とまで言っている。
――ノーベル平和賞を取った『IPCC』の予測をも超えている氷の減少…。これからどうなっちゃうんでしょうね!?
舟津: ほんとにこれは、《危機》ですね。
アル・ゴア氏らのノーベル賞受賞は喜ばしい事だが、現実は、とても浮かれてはいられない状況だ。