いよいよ一昨日(7月12日)、参院選が公示された。街頭演説に遭遇する等の僅かな直接的機会を除いて、ほとんど我々は、間接的にテレビなどのメディアを通して政党や候補者の考え・人柄を知り、投票先を決める。故に、選挙の中で《選挙報道》の占める役割は、とても大きい。
そこで今朝は、先月出版された集英社新書『政党が操る選挙報道』(700円+税)に眼をツケる。帯にも「選挙前の必読書」と謳われているこの本の著者、元フジテレビの報道記者・鈴木哲夫氏(眼のツケドコロ・市民記者番号№54)にお話を伺う。(なお、先日横領で懲戒解雇されたという報道のあった同局の前報道局長とは、同姓同名の別人である。)
■悪くないからこそ、恐ろしい
鈴木氏は、テレビ報道マンとしての経験をベースに、追加取材もたっぷり上乗せしてこの1冊を書いたという。こういったテーマは今までにも、学者や活字メディア出身の人が書いているが、実際にテレビの世界に身を置きながら書いたという点が、非常にリアルに感じられる勇気ある1冊だ。
鈴木: (テレビの)外側の人達からだと、どうも見抜けない部分が沢山ありますよね。テレビを変えるためには、その辺を中から、誰かが声を上げなきゃいけないと思ったんです。
この本では、自民・公明・民主の3党を例に、これらの政党がどういうテクニックで選挙報道を操っているかという舞台裏が書かれている。
“操る”と言っても、コメンテーターに対して賄賂を使って好意的発言を頼む、といった不正行為の類いの話ではない。それなら、不正を暴いてその当事者に退場してもらえば終わりだから寧ろ簡単なのだが、この本で暴かれているのは、そんな方法ではなく、もっと怖い手口だ。
鈴木: 本当に怖いのは、1つの組織が1つの概念を持って、《コミ戦(=コミュニケーション戦略)》―――要は広報・PRの類いだと簡単に考えてもらえばいいと思うんですけど、これを正当な1つの手段として仕掛けてくるところです。
政党がメディアや世間の心理を巧みに操り、情報の出し方を上手くコントロールして来るので、我々メディアも気がつかないうちに、報道のトーンがその政党に有利なように誘導されて行ってしまうというのだ。
鈴木: やり方としては別に悪い事でもないし、企業広報なら当たり前の事なんだけど、問題は、そのお先棒を担ぐのが、結局我々メディアであると。そこの怖さだと思うんです。
■15年前の地方区に見た、《コミ戦》の萌芽
本では最近の例から順に書かれているが、ここでは年代順にピックアップして、まず、15年前の1992年参院選・福岡選挙区の公明党の例からご紹介する。
後に出てくる高度なテクニックに比べるとまだまだ原始的ではあるが、《政策の中身でなく「見た目」が如何に投票行動を左右するか》を、従来より格段に意識した作戦が、早くもここで打たれていた。それを、鈴木氏は間近で目撃したという。
鈴木: 当時私は、選挙担当で、自民・公明を担当していたんです。各局で政見放送がありますよね。ショッキングだったのは、公明候補の政見放送の時に、ゾロゾロ沢山いろんな人が(スタジオに)いるんですよ。見るからに、広告代理店風の、と言ったら叱られますが。で、女性もいるし、衣装のスーツも山ほど持ってるわけですよ。
――芸能人のお付きみたいな…
鈴木: まさにそうですね。「これ、何なんだ?」っていう驚きがあって。で、取材で段々に紐解かれていったのが、実は「どういうスーツを着るか」、メイク、それから「この話だと今日はこのネクタイが良い」、そういった事をやるスタッフがバッと付いてたわけですよ。
――今でこそ、党首クラスだとそういうのは一般的になって来ましたけど…
鈴木: あの頃は、非常に珍しかったですね。それから、ポスターも非常に衝撃的なポスターを作ったり。まぁ、選挙ポスターってのは、大体顔が写ってニコニコして、握手なんかを求める(ポーズとか)、そういうパターンなんですけど、それに反したような、印象的なポスターを…。凄かったですよ。もう、おでこと顎が切れちゃってて。目から口ぐらいまでしか無いんですよ。一面、そうですよ。
――どアップでグッと睨みつけるような? 凄いインパクトですね。
鈴木: 「それじゃ怖いじゃないか?」「いや、それで良いんだ」と。凄いのは、公示の日にそのポスターを全部、今度はにこやかに笑ってる顔に貼り替えるんですよ。そうすると「あれ、あの怖い人は?」っていうと今度は笑ってる、と。
――きっと当時、他の陣営は、「何を下らない事をやってるんだ」と思って見てたんでしょうね。
鈴木: そう思いますよ。ある意味では常識に反しているし。だけどやっぱり、有権者の心や感情的なものに、巧みに刺激を与えるわけです。結果は、トップ当選ですよ。あの年は、九州エリアでいくと、同じような戦術を取った所は、ほとんど皆トップ当選です。
■「マニフェスト」が誘導した効果
時は流れて10年後の2002年、今度は民主党が、民間の広告代理店をブレーンに雇って本格的なコミ戦に乗り出し、翌年の総選挙で大成功を収めた。
鈴木: 『フライシュマン ヒラード ジャパン』っていう、外資系(の広告代理店)です。実はそこが非常にポイントなんです。そうすると、今までの常識には無いような、いろんな発想が出てきて…ということになるわけです。
――マニフェスト・キャンペーンが凄く上手く行ってしまった、とこの本でも紹介されていますけど…
鈴木: メディアが乗せられちゃったところがあるんですが。いわゆる「マニフェスト」という1つのネーミングがあって。「公約とどこが違うの?」なんていう風に片付けてもいい話なんだけど、このマニフェストっていうのがどんどん響いて来て。遂には、自民党もこれに対抗して、マニフェストというものを出さざるを得なくなった、と。ポイントなのは、このマニフェストを民主党の一部の人とか代表が使ってるんじゃなく、これを組織的に全面に出したっていう凄さ、ここが《コミ戦》なんです。
――民主党候補が皆、「今回の選挙は、マニフェストです」と言い出したと?
鈴木: はい。例えば、菅直人さんがテレビに出演して、岡田さんもそうでしたけど、必ずマニフェストを1冊持って、「これが我が党の」っていう風に(話に)入るわけですよ。これは視覚的には、非常に「おっ」と思うわけですよ。
――画面上で現物を示せますからね。
鈴木: とにかく、しつこいぐらいにテレビ出演の度に、マニフェスト、マニフェスト、マニフェスト、と。これも実は、組織的に仕組まれたもので。そうすると、テレビを見ている人達は、吸い込まれていくわけですよ。
「マニフェストを読んで下さい」とアピールすることの本当の狙いは、実は「マニフェストを読んでもらう」ことだけではなく、その先にあった。あの時点ではまだ、自民党と民主党は相当な力量の差があり、この回の選挙で一気に政権交代が実現するなどとは、ほとんど誰も思っていなかった。にも関わらず、この民主党のアピールが繰り返し報道されることによって、「どちらに政権を取らせたら良いかを選んで下さい」という、政権選択選挙のような雰囲気を作り上げてしまったのだ。私も当時、「さぁ政権選択選挙」といった新聞の見出しの変化を見ていて、《コミ戦》の巧みさを実感した。
鈴木: マニフェストというのは、いわゆる政権公約ですから、「民主が政権を取ったらこうやります」というのがマニフェスト。そうすると、必然的にこれは政権選択という選挙になって来るわけです。だから、マニフェストを採り上げることによって、《自民か民主か》という構図を、メディアが作り上げてしまった。第3局―――例えば社民党、共産党、公明党はどうなのかっていう、そこを全く立ち止まらずに、メディアは政権選択という流れに乗って行ってしまったというところがありますね。
■あの発言も、あの表情も――乗せられ続けたメディア
そして一昨年(2005年)の衆院選での、外資系広告代理店『プラップジャパン』を雇っての、自民党の《コミ戦》。(鈴木氏の本にはその間の具体的な経緯も詳しく載っているが、そこは本を買ってお読み頂きたい。)
いわゆる“郵政民営化選挙”だが、例えば“刺客”と呼ばれた話題の候補達の1つ1つの言動にも、細かい指示が《コミ戦》本部から出され、その通りに彼らは喋り、狙い通りに報道されていたという経緯が、鈴木氏の本には詳らかに書かれている。
鈴木: 選挙が終わって取材したんですけど、正直言うと、非常にショック受けたんですよ。衝撃というか、落ち込みましたね。というのは、何の疑いもなく我々が使っていた広報の言葉とかキャッチフレーズとか、そういうものが全部仕組まれていたと。当時片山さつきさんとか佐藤ゆかりさんとか、ああいう人達のセリフも、「(この選挙区に)嫁いで来ました」なんて言うと、テレビ的には凄く良いフレーズですよね。下村さんもよくお分かりだと思いますけど。そうするとやっぱり、ニュースで使う時に「お、そこ行こう」なんて、15秒ポンとピックアップしたりしますよね。でもそれがまず、作られていた! そういうショックもありました。
――それも全部、本部からの指示で喋っていた、と。
鈴木: そうそうそう。あと、結果ですよね。投開票の時に、(あんなに)大勝したにも関わらず、小泉さん始め、皆が笑わなかった! 私は現場にいずに、現場からライン中継[注]で映像が常に入って来て、それを見てたわけですよ。
[注] ライン中継…現場(この場合は自民党本部)とテレビ局とを中継回線で繋ぎっ放しにして、
現場の様子が常時見られるようになっている状態。実際のオンエア画面では、複数の
現場(この場合は各党本部など)からのライン中継と、スタジオカメラとを切り替えながら、
番組が進行する。つまりこの時鈴木氏は、オンエアされていない時にも常に
自民党幹部たちの表情をウォッチ出来る(しかしカメラの外側で何が起きているかは
分からない)という状況にいた。
鈴木: …でやっぱり、小泉も笑わない、幹部も皆笑わない。まぁ多少はありますよ、(当選確定者の名前に)バラを付ける時には笑ってたけど。でも、何かこう引き締まってる。これは、「やっぱり300議席は取り過ぎたと、多少やっぱり気を引き締めてるんだろうな」という風に当然、(こちらは)理解するわけですよ。で、翌日の新聞も「笑顔少なく」とかね。「責任の重み」なんて言って、もう全紙書いてますしね。
ちょうどその陰で、これ後で(映像を)見直したら分かったんですけど、幹部が登壇するときに、衝立ての横で、(《コミ戦》の幹部が)耳打ちしてお尻をポンと叩いて送り出してるのが、何シーンか映ってたんですよ。「また何か陰で、テレビのディレクターかプロデューサーみたいな事やってるよ」っていう感じだったんですよね。
――つまり、報道陣は、それが重要な作戦伝授のシーンだったとは気付かなかった、と。
鈴木: だけど実は、そこで耳打ちして「笑っちゃ駄目ですよ」「ここで笑ったら、緩む。有権者は、勝たせ過ぎたと思っちゃう。だから絶対笑わないで」って指示して、「さぁ行きましょう」ってお尻を叩いてあげてたわけですよ。
――その幹部達は、本当は腹の中では笑ってたと?
鈴木: いやもう、大笑いでしょ。“もう今日は朝まで酒飲むぞ”的な大盛り上がりだったけれども、そこにコミュニケーション戦略があった…
本当は、《コミ戦》本部から「笑うな」と言われたから笑わない、という表面的なテクニックだったのだが、メディア側が勝手に、「自民党は大勝した責任の重みを自覚している」という解釈を付け加えて報道してしまった。メディアは、《コミ戦》本部の狙いに、見事にはまってしまったというわけだ。
鈴木: これが、全社そうですね。テレビも新聞も含めて、全部そう。これはホント(本書の取材で後で分かって)、ショックでしたね。
では、そういう《コミ戦》の存在を知った我々報道陣や有権者は、一体どうしたらいいのか? 引き続き次回のこのコーナーで、鈴木氏と共に考えてみたい。