広島の中学生・高校生たち16名が、昨年の夏休みから地元のテレビ局RCC(中国放送)に通い、4つのチームに分かれて約半年がかりで映像リポート作品を完成させた。出来上がった4本の作品は、来月広島県内だけで放送される。
■「平和」について取材を始めたら…
その中高生たちの制作中の様子を、私も3回ほど覗きに行った。まずは昨年7月、何をテーマにするかの話し合いをしている中学生チームの様子から。
下村: 今やっているのは、どういう作業?
男子: 平和について調べていて、その中で、何の取材をすればいいかとか、この街の人はどう思っているかとかを調べています。
女子: 憲法9条についていろんな人にインタビューして、変えないほうがいいかとか聞いて、なぜ変えないほうが良いかとか、いろいろ聞いてまとめて。
女子: 100人ぐらいに聞いて、やる?
男子: 100人? 前、3時間ぐらいかかって5人しか聞いてなかったよ。100人に聞くのは無理っぽいかも。
女子: 大丈夫、何とかなる。
このチームは、「平和をテーマにしよう」と決め、昨年8月、原爆ドームのある平和祈念公園に、カメラを持って出かけた。チーム3人でカメラマン役やインタビュー役を交代しながら、お祈りに来ている人達の取材をしていると、偶然、泣きながら手を合わせているお婆さんに出会った。
老婆: 89(歳)です。ずっと守って来ております。家族はね、お父さん、お母さんが行方不明。妹が女学校だったが、それも行方不明。兄弟が、合わせて10人ほど死んだんです。商売しとったから、疎開できなかったんです、子供達は。
中学生の3人は、このお婆さんに対して、ほとんど何も喋れなかった。
■傷つけたくない、でも伝えたい
お婆さんが立ち去った後、遠慮がちに黙ってビデオカメラを撮影していた3年生の女の子に聞いた。
下村: どうだった、お婆ちゃんに聞いてみて?
女子: こっちが悲しくなってくるみたいな。
下村: ちゃんと撮れた?
女子: 撮れたけど、撮ってて、すごく悪い気がした。
下村: どうして?
女子: うーん、思い出させちゃった。
下村: じゃあ、ああいう人には聞かない方がいいのかな?
女子: できれば意見を聞きたいけど、あまり思い出させたくはない。
下村: どうしたらいいんだろうね。話してほしいけど思い出させたくない。まだここ(平和祈念公園)にいたら、被爆体験した世代の人がきっと来るよ。どうしますか?
女子: 聞きづらいけど聞いて…。周りの人に伝えるなら、そうするしかないから。傷つけないように聞いていきたい。
この時、彼女は、本当に考え込んでいた。当時の広島の人達がどんな苦しみを受けたのか、その人達にカメラやマイクを向けて初めて、見ている側にも伝わる。黙って見ているだけで撮らなかったら、確かに傷つけはしないが、その人の思いは何も伝わらない。メディア論の座学では決して体得できない、《伝えることの難しさ》を、この中学生達は深く心に刻んだ。
■ビデオカメラによる“調べもの”の力
こうして、平和祈念公園での色々な人達へのインタビューを、相当苦労しながら終えた直後、原爆ドームが向こう岸に見える川辺に座って、私は3人にこの日の感想を聞いた。
まず、2年生の飯田君が、「実は自分は、『平和』というテーマでビデオ作品を作ることに賛成していなかった」と打ち明けた。
飯田: 最初は反対しました。去年ちょうど 60周年迎えたから、いろんなところで平和の番組をやっていて、「平和の番組なんてどうでもいいや」って、一般の人はそう思ってるかもしれないから。
下村: 「もう見飽きちゃったよ」って感じ?
飯田: まぁ自分では、そう思ったんですけど。
下村: こうやってビデオで作るのって、今までやってきた研究発表と何か違いそう?
吉田(1年生): ビデオで撮ったら、人が熱心に言っていたり、泣いていたり、悲しくなって言っていたりするのが、すごくよく分かるから、すごく違うと思います。お婆さんが手を合わせて泣いているところで感動しました。
下村: あの時、飯田君、自分でインタビューしてて、感じるところがありましたか?
飯田: まだ、被爆した人はこうやってお祈りしに来ているんだなと感じて、自分たちも、「皆に平和を伝えていきたい」と思った。
下村: さっきとずいぶん、言うこと違うじゃない! 「(被爆)61年目だから、もういい」んじゃないの?
飯田: 最初はそう思ってたんですよ。でも、後から変わって・・・。
飯田君は、実際に取材で人の話を聞くうちに、《自分が》がらりと変わっていった。事前の想定問答に音声を当てはめるだけの“取材”で、要領よくニュースをまとめてしまう悪しきプロよりも、飯田君の方がはるかにジャーナリストである。
■苦労して得た情報は、粗末に出来ない
研究発表というと、以前は、喋ったり模造紙に書いたりして発表する事が多かったが、広島の中高生達が取り組んだのは、それを映像(ビデオ)という方法で発表したわけだ。今、こういうスタイルを取ったり、教室の代わりにインターネットで発表したりする人達が、世代を問わず少しずつ増えている。
この後、この中高生達は、RCCの人達やそのOBの指導を受けながら、撮ったビデオを組み立て直し、編集し、ナレーションやリポートをつけたりして、作品に仕上げていった。
やっとほぼ完成した12月初め、もう一度彼らと会って、半年間取り組んできた感想を聞いた。
下村: やってて、どこに一番ワクワクした?
女子: 「これからどうする?」とか構成を話している時、盛り上がった。
男子: インタビューする前。インタビューした人が答えてくれるかとか。言うのも恥ずかしいじゃないですか。それでその時に、すっごくワクワクというかドキドキ。
下村: どの班もみんな、見ず知らずの人によく聞けたなと思うんだけど、さっき榎野さんが「20人聞いて1人しか答えてくれない」って言ったでしょ。答えてくれない19人にショックだっただろうけど、20人目に答えてくれた時はどんな気持ちだった?
榎野: その人が、すごく積極的と言うか、明るく答えてくれたんで、「あ~ぁやっと答えてくれた」という安心感。インタビューやってて、すごく楽しかったです。
下村: あの1人から答えてもらえた時の喜びを覚えておいて。19人から聞けなかった苦しみよりもね。伝えたい人がワクワクしながら伝えていると、それは見ている人にも伝わるの。
近頃の子供達の調べものの主たる道具であるインターネットだと、欲しい情報に辿り着くのは本当に簡単だ。図書館に行くとなると、もう少し探すのに苦労がある。そして、一番大変なのは、自分の足で、直接詳しい人・当事者に聞いて歩くことだ。これは本当に苦労が多い。19人に続けて断られたら、本当に悲しくなる。でも、そうやって20人目から遂に得られた情報は、一番新鮮で貴重な情報なのだ。
苦労して手に入れた情報は、大切にしたくなる。自分で丁寧に作った料理だと、おいしく感じるのと同じだ。手軽に手に入った情報は、平気で切り刻んだり、確かめもせずに人に横流ししてしまったりするが、自分で苦労して得た情報だと、それが間違って伝わると悲しいので、扱いが大切になる。
■私だけの、世界一の発信を!
その時のポイントは、人の真似ではなく《自分の言葉で伝える》ことだ。広島市民球場についてリポートした別の中学生チーム4人組は、指導してくれたRCCの定年退職後のOBの人達が示したお手本を、ひっくり返してしまった。
女子: OBのと、構成案が全然違ったんですよ。それがまた楽しかった。
下村: で、どっちを採ったの?
女子: 自分たちのほう。
下村: OBの先生たちのは、却下?
女子: みんなでせっかくやるんだからね!
下村: 編集の仕上がった作品を今見て、「なるほど、OBの人が言っていた案も一理あるな」とは思わない?
女子: 思わない。みんなで、自分達が思ったとおりにしたかった。堅苦しかったから。
下村: それはいいね! 自分達の作品で、この点は「プロには出来なくて自分達に出来た点」と思うところは?
女子: 可愛さ。流れの面白さとか、ユニークさ。
女子: (聞き手が)大人だったら「インタビューをこういう風に答えた方がいいかな」って(答えるほうも)考えるけど、「子供か、ガキか」って安心して、本音が言える。
下村: 相手がガキだと思ってなめてかかるから、本音が出る…そこまで読んだ!?(一同笑) 無意識ですごく良い点を突いてるよ。あらゆる発信は、絶対その人にしか出来ない発信なんだよ。世界で1個しかない作品なんだよ。自分たちの作品が《どの点で世界一か》っていうのをはっきりさせると、もっと世界一になるよ。ガキだと思って選手たちが本音を喋ったというのも、そうだし。どの班の作品も中高生だから作れるのであって、そこさえ分かってやっていれば、TBS、NHK、RCCにも絶対真似のできない作品が出来る。ところが「RCC、TBSに追いつこう。NHKみたいなものを作りたい」と思っていると、それ以下の作品しか出来ない!
この後で、中高生達が書いた感想文を読ませてもらったら、この私の発言に「そうか、自分のやり方で表現していいんだ!」と反応している子が何人もいた。もちろん、何を言っているのか、独りよがりで相手に伝わらないような表現ではダメだが、先生が示すお手本通りにしていたら、全員が同じ金太郎飴の発表になってしまう。そんなことは、RCCのコーチ達だって、望んでいない。
この半年間の体験で、マイ・ワードでマイ・ニュースを発信できる日本人が、16人増えた。「たったそれだけ…」と思われるかもしれないが、これは、より多くの人達に同様の体験学習をしてもらうために、既存のテレビ局が始めた実験の第1歩だ。同じ取組みが、この期間、RAB(青森放送)とKTN(テレビ長崎)でも行なわれており、その全体を民放連がメディアリテラシー・プロジェクトとして統括している。来年度以降の展開にも大注目だ。