引きこもり社会復帰施設死亡事件(2)『アイ・メンタルスクール』のスタッフが語る本音

放送日:2006/09/30

前回に引き続き、今年4月に死亡事件を起こした『アイ・メンタルスクール』の話。先週は、入所4日目に全身傷だらけで死亡したAさんのお母さんのインタビューを紹介した。今週は立場を反転して、事件当時の『アイ・メンタルスクール』のスタッフの1人にじっくりと話を聞く。

■「もうしません」では、解決しない

今回インタビューしたのは、事件後、代表不在のスクールでいわば留守番部隊の中心人物となった、笹谷寛道カウンセラー。彼は、「事件は自分達の行き過ぎだった」と率直に認め反省しながらも、自己弁護の為ではなく再発防止策を真剣に考える為に、「もっと現場の実情を知って欲しい」と語る。

笹谷:
やっぱり間違ったことは間違ったことであると、それは認めた上でのことなんですけども、当時うちで預かっていた子のなかには、例えば、実の親に毎日のように包丁を向けて脅していたとか、毎日のように(親が)殴られたり、蹴られたり、そういう家庭があって。やっぱりそういう子達のために、どうしても、世間から見ると、「エッ、そんなことまでするの?」っていうことも、時にはやらなければいけなかったり…。そういうことはなかなか理解されない部分があると思うんですね。そういう人達を、ずっと今迄は引き受けていたんですけど、まあ現実を考えると、当然そういうことは、この先はしてはいけないことです。ただ、そういう子達が実際には沢山いるんだと(知って欲しい)。

事件の反省から、強制的に連れてくる必要がある子は、これからは引き受けない、と言う。では、そういう子(引きこもりの中でも家庭内暴力を伴っている子)を持つ親のSOSを、誰が受け止めるのか? 警察か、心の病を診てくれる病院か、親戚や隣近所か? 1件1件引きこもりの事情は違うので、そのどれかが効果的となるケースもあろう。しかし一般的に、当の親の気持ちとしては、まず警察は、その場の暴力を治めるにはいいが、後でますます深刻な家族の中の亀裂を作ることになる可能性大と考える。精神病院や心療内科は、「うちの子はただ悩んでるだけで、病気じゃない」という心理的抵抗感が、親にも子供自身にも大きい。親戚や隣近所は、相談するどころか逆に、「白い目で見られるのではないか」という不安から、一番隠したい対象であることが多い。
警察もダメ、病院や親戚・近所もイヤだ、行政も全く頼りにならない。でも現実に毎日、家で子供が暴れている…となると、親はもう、民間施設の宣伝文句を信じて頼るしかないのか。このまま抜本策を考えず、今回起訴された5人をただ処罰しておしまいでは、第2・第3の『アイ・メンタルスクール』事件は必ずまたどこかで起きる。

■《閉鎖》の弊害と、《透明》の弊害

ただ、今回の事件で亡くなったAさんの場合、力づくで抑え込まなければならないような、家庭内暴力が激しいケースではなかった。先週ご紹介したお母さんの話によると、親に暴力を振るったのは数年前の一時期だけで、今は穏やかだった。しかし、どうしても『アイ・メンタルスクール』に行くことに同意せず、激しく抵抗したために、連行する側も力づくがエスカレートしてしまった。
つまり、笹谷カウンセラーの言う「親に対する暴力を抑えるための強制力」ではなく、「スタッフに従わせるための強制力」になってしまっていた。そしてそこに、手錠・足錠・猿ぐつわ・腰の鎖、といった道具が使われた。いきなりこういう道具の名前を聞くと異常に感じるが、毎日毎日の取っ組み合いの中で徐々に導入されていくと、内部にいる者の感覚としては「使用もやむなし」と思えてしまうのかもしれない。
それをどこかで食い止めるには、「そこまで行くとやり過ぎだよ」と冷静に言ってくれる、第三者の目が必要だ。そこで、第三者からも中の様子が見える《透明性》がキーワードになって来る。笹谷カウンセラーも、しきりに「今後は透明にして、過ちの再発を防ぐ」と言うが、私にはそれが、実現出来っこないと判っていながら軽々しく口にしている、綺麗事にしか聞こえなかった。カウンセリングとは、カウンセラーとの1対1の(グループ形式の場合もあるが、とにかく第三者は介在しない)信頼関係が基盤のはずだ。第三者が誰でも様子を覗ける、オープンで透明な状態の場で、「さぁ、何でも心の内を明かしてごらん」などという取組みが、成立するだろうか? その点を突っ込むと、笹谷カウンセラーはもう少し本音を打ち明けた。

笹谷: (カウンセリングの途中経過を)すべて全員に打ち明けるってなると、なかなか難しくなってくるんですね。親御さんの立場からすると、包み隠さず言って欲しいっていうのが、やっぱり一番の本当の気持ちだと思うんですけど、言ってしまうことによって、今まで積み上げてきたもの全てが壊れてしまう場合もあるんです、ほんとに。何もかも馬鹿正直に打ち明けてしまうことが、親切ではないんじゃないのかなというのは、運営してて、凄く痛感することなんです。「今はまだ言えない。時が来たら言えるけれども、今はまだ言えない」―――そういうところもあるっていうことは、ご理解していただきたいところではあるんです。

「“全てを公開”というわけには行かない」という現場の事情は、確かに分かる。スタッフとのデリケートな対話の中で、引きこもり当事者の心に生じ始めた変化の芽を、理解の浅い第三者や(時には)親の横槍で、台無しにされてしまう恐れもあろう。
その本音を理解したうえで、それでもやはり、《原則はオープン》という意識を、面倒でも各現場で徹底してもらうしかない、と私は思う。閉じた世界になってしまうと特に危ういのは、リーダーの判断に誰も異論を唱えられない《ノーブレーキ状態》になってしまうことだ。《閉鎖し過ぎ》の状態が、今回の事件のような行き過ぎを止められなかった一因であることは、明らかなのだから。

■リーダー絶対視は回避できるのか

実際に今回の事件では、杉浦代表の指示に、多くのスタッフ達が多少の疑問を感じつつ従った結果、A君の死に至った。この危険性を今後はどう回避するのか?

笹谷:
う〜ん、そうですね。確かにその、知識も経験も豊富な人の言葉や行動っていうのは、ある種“絶対”なんだっていう“錯覚”を起こしがちだとは思うし、こういう特殊な子達を扱っている施設では尚の事、そういう部分は強いと思うんですね。疑う気持ちをっていうわけではないんですけど、自分も、職場以外で、沢山のいろんな人の意見をきいたりとか、そういう知識を得る努力をするべきなのかなと思いますね。

――学ぶ先を、そこのトップの人だけにしないで…?

笹谷:
そうですね。そうすれば、もう少し冷静な目で見れるのではないかなって思いますね。

「外からも学ぶ努力を怠らないようにする」と笹谷氏は言うが、簡単に「そうですか」と聞き流せない現実の壁も存在する。こういう活動に従事しているスタッフ達に、そんな勉強をする時間と心の余裕が、実際にあるのだろうか?
実際、笹谷カウンセラーは、逮捕により少なくなったスタッフと共に、事件後も、残りの子ども達のケアをしている。『アイ・メンタルスクール』自体は閉鎖したが、同じ名古屋市内の別の場所に、今月初めに皆で移って新しいカウンセリング・ルームを開いた。事件後、家庭に帰って行った子達もいるが、今も残る19人とアパートの部屋をまとめて借りてシェアしながら、共同生活を続けている。深夜に警察に呼び出されて、徘徊する寮生を引き取りに行ったりする事もあり、物凄く忙しくて十分に寝る暇もないという。こういった状況では結局、目の前にいるリーダーのやり方を見習うしかないのではないだろうか。
事件再発防止の為、またスタッフの勉強時間を確保する為に、受け容れる子どもの数を絞る気はないのか、と笹谷カウンセラーに聞いてみた。

――多分その、現実を考えるとね、「もう私達はこれ以上やると余裕がない。自分達が学べなくなっちゃうから、お断り」っていう、来たい人を断らなきゃいけない場面っていうのも、これから出てくるのかなという気もするんですけども。

笹谷:
まだまだこういう受け入れ先は、少ないのが現実です。それ以上に、助けを求めていらっしゃる人達が多いのも現実なんです。ほんとにこの先、なるべくなら、“来る者は拒まず”で、行きたいとは思うんですけど。

――4月の事件の背景には、“来る者は拒まず”で、人が多過ぎちゃったからっていうことは、関係なかったですか?

笹谷:
…施設側の規模とか、あとはスタッフの体制も考えずに、受け入れ過ぎたのではないかというのも確かにあるので、慎重に取り組んで行きたいなと思います。

“来る者は拒まず”で本当にいいのか、と突っ込まれて初めて、「慎重にします」と言い直すなど、どうもまだ事件の反省・分析が甘いようで、心配だ。

■「行政は、もっと現場を見て知って!」

『アイ・メンタルスクール』の過ちをかばうつもりは全く無い。だが、ここまで民間が難題を抱え込んでアップアップしなければならない現実の中で、行政はあまりにも出遅れていないだろうか。現場となった名古屋市の市役所でも、市内にどんな引きこもり対策の民間施設があるのかという、最も基礎的な情報さえ把握していなかった。当然、そういう施設からの相談を受ける窓口も無い。事件後あわてて連絡会議を1回開いたものの、今回の笹谷カウンセラーらの引越しも、私から聞くまで市役所側は知らなかった、というのが現状だ。
ただ、地方自治体ばかりに責めを負わせる事も出来ない。国による引きこもり対策の法律整備などは、まだ何も無い。従って、市としての立ち入り検査の権限も無いし、何か予算をつけようにも裏打ちとなる制度が無い。そんな《引きこもり放置国家》の中で、民間施設は、いわば“お任せ状態”にされている。疲労困憊気味の笹谷カウンセラーは、こうボヤく。

笹谷:
今の19名の多くは、精神科に診てもらったりだとか、行政の機関に見てもらったり、いろんな所をたらい回しにされて、結果、うちに来たっていうことだと思うんですね。「うちでは預かれない」、「こういう子ならいいんだけど、こういう子はダメだ」。皆逃げ腰だと思うんです。
だから、行政やいろんな所が、もっともっとオープンに、もっと現場を見て知って欲しいと思うんですね。机を囲んで話してるだけじゃ分からない部分が、必ずあるんです。見てから、「あれはやっていい」「これはいけない」「ここまでだったらいい」とか、そういうのを出来る限り早く、明確に示して欲しいですね。

笹谷氏はこれを元『アイ・メンタルスクール』スタッフの自己弁護として言っているのでは無いし、私も擁護するつもりで紹介したのでは全く無い。こういう本音を直視しないと、事件の再発は防げないのだ。
実は、こうした行政の立ち遅れの中で、引きこもりの子を持つ親たちの組織が全国あちこちに生まれつつある。来週は、そんな中の1つ、大分県で最近開かれたある集会の模様をお伝えする。

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