今週の火曜日(12月27日)、「犯罪被害者等基本計画」が閣議決定された。これを報じるニュースでは、「警察による被害者の実名発表・匿名発表について、案件ごとに適切な発表内容となるよう配慮していく」という一文ばかりが、大きく採りあげられた。
つまり、「被害者の名前を明かすかどうかは、これからは事件ごとに警察が判断する」ということだ。これに対して、メディア側は「《実名発表原則》という今までの慣例が揺らぎ、事実確認が困難になる」と反発し、一方被害者側からは「もっと明確に、『実名・匿名の判断は被害者自身が行う』と明記して欲しかった」というコメントが、改めて閣議決定当日に出される―――という、正反対の2つの反応が起きた。
実は私も、この件については各局のニュースキャスター達が連名で発表した「緊急提言」に加わっているのだが、今回は敢えてこの「実名・匿名発表」問題を棚に上げて、一般の報道からはよく見えてこなかった「犯罪被害者等基本計画」の全体像に着目する。『全国犯罪被害者の会』顧問弁護団の1人、高橋正人弁護士にお話を伺う。
■従来の枠を超えた法律
―まずは、そもそもこの「犯罪被害者等基本計画」の土台となっている「犯罪被害者等基本法」について簡単に説明していただけますか。
- 高橋:
- 今まで犯罪被害者に関する法律というのは、極めて限られたものしかなかったんです。被疑者・被告人の権利という観点からのみしか考えられていなくて、被害者の立場からの条文というのは、ほとんど無かった。そこで、刑事手続き、その他の支援等も含めて、被害者の立場から考え直そうという観点からできたものが、この法律になるわけです。
ヨーロッパ諸国では30年位前から、刑事裁判手続きというのは、《公の秩序の維持》だけではなくて、《被害者の為》にもあるんだということで定着しております。
この「犯罪被害者等基本法」は、ちょうど1年前(2004年)の12月に国会で成立し、今年の4月1日からスタートした。その前文のところでは、被害者のおかれている「現状」が、3点列挙されている。
1.権利が尊重されていない
2.支援が無く社会で孤立
3.事件の後も副次的な被害
―――というものだ。
- 高橋:
- まず、《被害者の権利・人権》というものを前面に出しているところが一番大きなポイントなんです。今までは、被害者というと、国に対して《支援》を求めるという立場からしか捉えられてなかったんです。そうするとこれは、“お願い”になってしまいますから、国の予算の範囲内とか従来の政府の枠内で、できる・できない、という発想になってしまいます。
ところが、この「犯罪被害者等基本法」は、被害者にはもともとこういう権利があるんだ、ということを最初に持ってきたわけです。そうすると、これはもう“お願い”ではない。「こういう制度を創って当然である」という観点から創られているのが、最大のポイントです。
今、刑事事件に関する法律では、「刑事訴訟法」という非常に大きな基本法がありますけれども、その従来の枠を超えて、被害者の為に新しい制度を創ろう、というのが趣旨なんですね。
“従来の枠を超えて”という部分について、更に具体的な方向性を定めたのが、今回、閣議決定された「基本計画」というわけだ。全部で258項目が並ぶ中から、特に4本の柱について説明していただいた。
■【1】刑事裁判に被害者が直接参加できる制度の検討
- 高橋:
- 「犯罪被害者等が刑事裁判に直接関与することのできる制度」を「新たに導入する方向で」という言葉が入りました。
―被害者自身が、加害者の刑事裁判に参加できる…。
- 高橋:
- そういうことです。こういう風に申しますと、皆さんは、「刑事裁判には、当然、被害者が参加できるだろう」と考えてらっしゃる方がほとんどだと思います。私も弁護士になる勉強を始める前までは、実際そう思っておりました。
ところが、実際に法律を学びますと、現在の『刑事訴訟法』の手続きでは、被害者が刑事裁判に主体的に参加できるという制度はひとつもないんです。つまり、被害者は単なる“証拠品”にすぎないんです。被害者は、単に裁判官から訊かれたことだけを答え、訊かれていないことは、絶対答えてはいけないんです。訊かれていないことを一言でも発言すると、裁判官から「それは訊いていませんから、答えないで下さい」と制止されてしまうんです。
対照的に、被告人側は言いたいことを何の根拠もなく言えるわけです。そのことに対して、被害者がその場で直ちに反論しようとしても、裁判官、或いは検察官、弁護人から訊かれない限り、発言できない。ということはですね、言われっ放しなんです。どんなに被害者や遺族の名誉を害するようなことを一方的に言われても、反論ひとつ出来ないんですね。
これについては、「検察官が被害者の代弁者として、いろんなことを代弁してくれるからいいじゃないか」という考え方もあるんですが、検察官というのは、所詮、《公益》の代表者であって、被害者のことばかり考えるわけじゃないんです。それに検察官は、被害にあった本人ではなく、第三者ですから、被害者の心情とか個人的な利益について代弁するには、やはり限界があるわけなんです。そうすると、具体的な事件における被害者の利益を本当に代弁してくれる人というのは、今の制度のもとでは実はいないんです。
そういう限界を、今まで被害者は感じてきたんです。「被害者自身に、直接言いたいこと言わせてくれ」「被害者自身に、直接証拠を出させてくれ」と。あるいは、裁判所で無罪判決が出されたとして、検察官が諦めて「控訴しない」という判断を下した時に、「いやいや、被害者はまだまだ争いたいから控訴したい」と思っても、そういうことも認められてないわけです。
ところが、諸外国、特にヨーロッパ諸国では、これが認められている国が非常に多い。そこで、今回の「基本計画」では、直接参加ないしは関与できる、という制度の導入を検討することが決まったわけなんです。
■【2】「付帯私訴制度」の検討
- 高橋:
- 現在の裁判手続きというのは、「刑事裁判」と「民事裁判」の2つに分かれています。「刑事裁判」が、被告に対して懲役とか禁固とか罰金などの刑罰を課するための手続きであるのに対して、「民事裁判」は、被告人に対して民事上の損害賠償を請求する手続きです。現行制度では、「刑事裁判」で判決が出ても、それだけでは民事上の損害賠償を得ることはできないんです。
―被害者と加害者が直接民事裁判で争わないとダメなんですね。
- 高橋:
- そうです。もう一回訴訟を提起し直さないといけないんです。しかも、その時の訴訟は民事訴訟ですから、被害者が自分のお金で弁護士を雇って、印紙代を払って、証拠を集めてきて、何もかも自分でやって訴えないと、損害賠償の判決が得られないんです。これは非常に、二度手間です。
さらに、被害者からすれば、「刑事裁判で被告人にあることないことを言われて、本当に悔しい思いをしても、反論ひとつ出来ない」という思いを、またもう一回、民事裁判で繰り返さなければならない、ということになります。これは、大変な精神的苦痛なんです。
ですから、こういった精神的な2度の苦痛を1回で終わらせようということで考えられたのが、この「付帯私訴制度」です。つまり、刑事裁判の手続きの中で、刑事と民事の裁判を同時にやってしまおう、という手続きなんです。
正確に言えば、最初に刑事裁判手続きをやって、刑事の判決を出す。判決を出したら、直ちにその場で、裁判員を退席させた上で、今度は裁判官が損害額について審議を始める。そして、民事の判決を引き続いて言い渡す。―――そういう2段構えなんですね。同じ法廷の場、同じ裁判官、同じ証拠を使ってやります。
■【3】「公的弁護人制度」の導入
- 高橋:
- 今、国の費用で弁護士をつけられるのは、刑事事件における被告人だけなんですね。
―加害者側の国選弁護人という制度ですね。
- 高橋:
- はい。これを、被害者の側にも国の費用で弁護士を付けさせようという計画です。被害者は被害に遭うと、特に強姦とか殺人とかの大きな事件の場合、警察の取り調べに対応したり、或いは肉親を失った悲しみなどでパニック状態なんですね。そういう状態で、被害者自身がいろんなことに対応していくことは、まず不可能に近いわけなんです。もう限界を超えてるんです。そこで、弁護士を強制的に国の費用で付けよう、と。
更には、実際に刑事裁判手続きが始まってからも、非常に難解な法律用語がたくさん出てきます。今はほとんど使わない甲・乙・丙なんて言葉も、法律の世界では未だに使うんですね。刑事裁判手続きを傍聴席で見ていても、何を言ってるんだかさっぱり判らない訳なんです。
それが隣に公的弁護人が付き添って、「こういう意味なんですよ」とか、「こういう手続きが行われてるんですよ」ということをアドバイスしてあげることができるようになるわけですね。
―いわば、《通訳》ですね。
- 高橋:
- そうですね。通訳の役割もできます。
さらには、被告人が暴力団とか、或いはストーカーとか、そういう人であれば、そういう人たちから身を守ってあげるという、《クッション役》になってあげるという役割もできるわけなんです。
また例えば、弁護士が被害者とマスメディアの間に入って、弁護士が取材に応じるとか。そういうワンクッションを置く為にも、この「公的弁護士制度」というのは、非常に重要なんですね。いろんなことが期待できるんです。これを国の費用でやろうと。
このコーナーの冒頭で言及した、匿名・実名問題の議論の焦点である「何で警察が仕切るんだ!」という点も、この弁護人が取材応対を代行することになれば、警察が被害者を匿名発表で“かくまう”理由付けを失うので、かなり違った展開になってくるかもしれない。
■【4】新たな補償制度の検討
- 高橋:
- 現在でも「犯罪被害者給付金」という制度があります。これは実際には、非常に金額が低いんです。いろんなパンフレットなどで紹介されている金額と、実際の運用で支払われる金額とには大きな差がありまして、人が1人殺されても数百万円ということが非常に多いんです。
一家の大黒柱が殺されたなら、やはり、交通事故並に数千万円の補償はして欲しい。要するに損害を全て補償してもらえるような制度を創って欲しいということなんです。
しかも、被告人(加害者側)は通常お金が無い場合が殆どですから、被告人に損害賠償請求しても実際には取れない、というのが現実なんです。これを「国が代わって払って下さい」という、新たな補償制度が検討の対象になったということなんですね。
―「被害に遭わないようにするのが社会全体の役割なんだから、それが守られなかったことに対しての補償は、国が負うべきだ」という考え方ですね。
- 高橋:
- そういうことです。これが先程述べた《支援》と《権利》との違いなんですね。《支援》ということであれば、「予算の範囲内で」ということになり、現在の「犯罪被害者給付金」のように、どうしても限界があります。しかし、《権利》ということであれば、制度が先にできます。制度ができれば、必ず後から予算をつけないといけませんから、その金額設定もある程度縛りがなくなってくるわけなんです。
■国民の総意を創るために
この「犯罪被害者等基本計画」の冒頭には、4本の基本方針が掲げられており、
1.被害者の尊厳にふさわしい処遇を
2.個々の事情に応じて
3.途切れることなく
4.国民の総意を形成しながら
展開する―――ということになっている。特に4点目の《国民の総意》という部分は、被害者という立場にない大多数の人にとっても、直接関係してくる。
- 高橋:
- 国民が従来の制度・法律に不都合を感じるのであれば、その手段である法律を変えていけばいい。「法律先に在りき」ではないんですね。《国民の総意》が最初に在って、それに基づいて法律を変えていくという考え方が、ここに表れているわけなんです。
この総意を形成する努力の一環として、来月(1月)22日には、『全国犯罪被害者の会』主催のシンポジウムが東京で開かれる。
- 高橋:
- 私も参加して講演させていただき、また、パネリストとしても登壇させていただきます。一般公開ですから、是非いらしてください。
日時:1月22日午後1時〜
場所:日比谷三井ビル8F(東京・有楽町駅近く)
思い起こせば、あの世田谷一家4人殺害事件が報じられたのは、5年前(2000年)のちょうど今朝のことだ。
誰もが、いつ突然、被害者になるか判らない。ほとんどの事件で、被害者の方は、「自分が被害者の立場になるとは、前日まで夢にも思わなかった」と述懐する。
そういう意味でもこれは、誰にとっても《自分の問題》なのだ。