いつもTBSに出演しているので、(株)東京放送の社員かとよく勘違いされるのだが、私の本業は「市民メディア・アドバイザー」だ。市民メディア団体への制作助言や、各地の学校で増えてきたメディア・リテラシーの授業の出張講師などをしている。今回は、最近行なったある学校での国語の授業の様子をご紹介しよう。
メディア教育に関心持つ教師達の勉強会で講演をして、そこで知り合った先生に直接頼まれたり、個人ホームページを経由して依頼メールが届いたり、といったところから、個々の学校現場との接点が生まれる。
今回ご紹介する横浜市立三ツ沢小学校は、今年度、国立教育政策研究所による「教育課程研究指定校」になっていて、横浜市教育委員会の人から「公開授業をやるから手伝って」と頼まれて出かけた。このため、沢山の見学者がいるなかでの授業となった。
■“×”は無い。だから、絶対の“○”も無い
今回の授業は、5年4組の生徒達が6つの班に分かれて、地元の高齢者の人達の活動『花咲かせ隊』をそれぞれの目線で取材して、数分程度のビデオ・リポートを作って発信してみよう―――という典型的なスタイル。「国語」と「総合的な学習の時間」を合わせて、実に14時間のカリキュラムを組んでいる。
私が関わったのは、その14時間の中間点ぐらいの所で、2週続けてお邪魔した。今回録音でご紹介するのは、その第2週。各班が、自分達の撮って来た要素をポストイット(付箋)に書き並べて、何を捨て・どう並べるか、を班ごとにかたまって話し合う段階だ。まず、授業の最初の場面から。
(授業の録音より)
- 下村:
- 今日の僕の動き方は、皆の間をずーっとフラフラしてるから、近くに来たら、捕まえて。
それで、「今この班でこういう順番で並べようと思ってるんだけど、これでいいかなぁ」って、わかんない所をどんどん訊いて下さい。この前も言ったように、《答えは1つじゃない》から、「これがいいよ」とは僕は言わない。「こういう考えもあるよね」とか、幾つかヒント出すから、それでまた皆で考えて、決めて下さい。こないだ散々言ったけど、ものの伝え方には、「これが正解で、これがバツ」ってのは無いから。全部マルだから! より“形のいいマル”を目指してやって下さい。
はい、じゃあ後は、グルグル回ります。
子ども達にとって、「答えは1つじゃない」というのは、普段の問題を解く時と違って新鮮なのだろう。表現は多様なのだ、6つの班が作れば同じ題材でも6通りのニュースになるんだ、と理解してもらうことが重要だ。大手メディアの情報を鵜呑みにしない受け止め方も、この制作体験から身に付いていく。
しかし、いきなりそう言われても、どこの学校でも一般に子ども達は「先生の言う答えが正しい」という観念を持っているから、最初はためらう。しかし、何を答えても私が「違うよ」と言わないので、段々活発に自分の考えを言うようになる。三ッ沢小の場合も、第1週の途中ぐらいから、教室内はとても賑やかになった。
■料理も情報も、《並べ方》が大切
各班の机の間をフラフラ回りながら、助言をしていく様子からーーーー
- 下村:
- いいインタビュー取れてそうだねぇ。じゃ、もうそれを今からどうやって並べるかだね。ちょっとこれ、見せて。
- 生徒:
- 6枚の中からいいのを選ぶんだけど、これは撮ってないから、使うかどうかを話してます。
- 下村:
- じゃあ最初に、撮れてないものはしょうがないから外そうか、使えないから。
- 生徒:
- こんなもんかな。
- 下村:
- おぉ、なんか随分スッキリするなぁ、一遍に。
- 生徒:
- 以上です。
- 下村:
- はい。そしたら、後はどういう順番で並べるかだな。ここからスタートでこういう風に並べるか。並べ換えてってみな、「最初これだな、次これだな」って。もう1枚、台紙を使うといいかもしれないな。
いよいよ、それぞれの撮ってきた要素を、机の上で並べ替えていく作業だ。私はいつもこの作業を、料理に喩えて説明する。《いきなりデザートと御飯〜最後におかず》は、食べにくい。「同じ材料でも、食べたくなる順序があるように、情報も、聞きたくなる・理解しやすい出し方の順番があるんだよ」と。
幾つかの班は、要点を書いたポストイットだけでなく、その場面の写真を机の上に並べて、構成を考えていた。『花咲かせ隊』を手伝って、この子達も遊歩道にオブジェを作ったのだが、その制作中の写真を構成の中に取り入れている班があった。
- 下村:
- おー、いいね、これ!「オブジェが出来ました」っていうニュースを伝えたいんだったら、こういう「作ってる最中」って一発でわかる写真っていいよね。段々オブジェが出来上がってくんでしょ? そしたら最初のうちにこれ見せといたら皆、このリポートを見たくなるよ。これ大事だから、ちょっと端っこに二重丸でもつけといて。
そうやってねぇ、「これ凄く伝えたいなぁ」とか、「まぁ、これは有ってもいいかな」とか、伝えたい順番に、何か印をつけてくの。あとは、《伝えたい事から順に》並べてくの。
こういうの、新聞でもTVでも、皆一緒だよね。聞いて来た事の、どこを選んで伝えるか。
つまり、並べ方の“コツ”だ。伝えたい順、大切な順に伝える。
■キャッチボールの基本は、《いい球を投げる》こと
こうして、徐々に組み立てが出来ていく。ある班は、インタビューを入れる位置までは大体決まったが、そのインタビューの中のどの言葉を選んで使うか、で立ち止まっていた。
立往生したのは、『花咲かせ隊』が整備している遊歩道「あじさいロード」についてのインタビューの部分。こういう時には、私はいつも同じ、この質問で助け舟をだしている。
- 下村:
- 皆が《伝えたい事》は何?
生徒A: | 「あじさいロードはこんなものがありま〜す」。 |
生徒B: | 紹介。 |
生徒A: | 紹介って言うか、楽しい所だっていう印象付け。 |
生徒B: | 紹介じゃん。 |
- 下村:
- 今の大事だよね。「紹介」と言っても、どういう紹介にするか。
r「あじさいロードって、こんなつまんないんだぜ」っていう紹介も出来るし、「こんなに楽しいよ」っていう紹介も出来るから。じゃ、もし「楽しい」で行きたいんだったら、撮ったものの中で一番楽しいの、何?
生徒C: | 井戸と、オブジェ。 |
- 下村:
- そしたら、この3つが絶対だとして、それについてのインタビューってのが、これ?
生徒A: | そう。インタビューで、話してた言葉を、そのまま書き写したの。 |
- 下村:
- お〜、すごい。そしたらさ、この中から、皆が伝えたいことに一番ピタッと「ここだっ」ていうのを何行か選んでさ、赤線でもいいし、丸で囲んでもいいし、やってごらん。
1ヶ所じゃなくてもいいよ、幾つかの塊でも。皆が何を伝えたいかで、選ぶものが決まるよね。選んで、皆で相談して(1)とか(2)とかポストイットに書いて、こっちに貼ってみて。で、言葉と場面をどういう順番で並べるかを、その次、考えよう。
「伝えたい事は何?」という質問をすることによって、自分達のメッセージは何なのかを、ハッキリさせていくわけだ。こういうやり取りを繰り返していくと、つくづく「国語の授業」だな〜、と感じる。
人類が“言語”を持った時から始まった、《話し方》の勉強。“文字”を持った時から始まった、《書き方》の勉強。それに続いて今、“ビデオ”を持ったことで、新しい《第3の伝え方》(←誰か、フィットする単語を教えて!)の勉強が始まりつつある。
■代弁できる言葉と、《かけがえの無い》言葉
授業中ずっと、こうやって班ごとに個別に助言するだけではなく、「これは皆に共通するポイントだな」と思う時は、時々話し合いを中断させて、クラス全員に話し掛ける。例えば、インタビューの中からどの言葉を選ぶか、で、ある班の話し合いが対立してしまった時にはーーー
- 下村:
- 今ねぇ、ここの班がね、どの言葉を使うかで、真っ二つに割れてるの。そういう時の1つのヒントは、「これ、本人以外の人がナレーションで言い換えても大丈夫かどうか」。
例えば、インタビューに答えている人が、「僕はこれが出来た時、嬉しかったんだよ〜」とか言ってたら、それはその人の《気持ち》でしょ? 《気持ち》は、ナレーションで「このお爺さんは、嬉しかったそうです」って言い換えても、伝わんないわけ。「嬉しかったんだぁ」っていう本人の言葉がせっかくビデオで撮れてるんだったら、それはそのまま使った方がいい。
だから、《気持ち》や《心》を言ってる部分は、そのまま。例えば、「これは大きさが1mです」とか、そういう《説明》だったら、別にそのお爺さんが言ってなくても、ナレーションで代わりに君たちが言っても、同じでしょ?
だから、ナレーションにしても大丈夫な所と、《その人の言葉》を活かすべき所とがある。そういう基準で、使う言葉を選んでってごらん。 《気持ち》が一杯出てくる方が、熱いリポートになるから。
これは、プロのTV局の若手ディレクターに言うレベルのアドバイスと変わらない。伝えやすく・わかりやすくするためのポイントは、プロもアマも同じなのだ。後で教育委員会の方からいただいた報告メールによると、見学の先生達は、この部分に一番教育のポイントみたいなものを感じて、反応していたそうだ。
■完成後に待っている、最大の気付き
―――さて、5年4組は、授業時間が終わっても、まだいくつかの班が熱い議論を続けていた。沢山の取材要素があって、どうにも収拾がつかないでいる班。そこでは、ポストイットを動かしながら、まず情報を分類・整理することを助言する。
- 下村:
- 仲間を捜すといいよ。これ、《昔》の事でしょ? で、これも《昔》の事でしょ。そうやって、同じような仲間を、近くに集めるの。
- 生徒:
- こんなにいっぱいある。
- 下村:
- これとこれ、両方、《昔》の事だ。
それから、「花咲かせ隊」の紹介っていうのは、これは《人》の紹介? じゃあ、これとこれも仲間だよ。…これで1つのグループ、これで1つのグループ。それから、これは、歴史の話なら《昔》、「花咲かせ隊」の話なら《人》。話してる内容でね。
- 生徒:
- こんなにいっぱいある。
- 生徒:
- (グループの仲間に向かって)いいじゃん、これぐらいこっちに置いたって。
- 下村:
- そうだよね。これは、6年前の《昔》の話してるじゃん。だから、こっちだなって。…こうやって段々グループが分かれてきた。ね?
そしたら、次に考えるのは、今できた3つの塊の並べ方だから、わりと簡単だよ。紹介してから歴史の話がいいか、いきなり歴史にいって、あとから、「ところで」って紹介するのがいいか、順番を考えて。そうすると段々並べ方が見えてくるから。じゃ、あと頑張って、やってみて。
生徒達: | ありがとうございました! |
その後、5年4組のビデオリポート作りは、担任の先生から電話で聞いたところでは、ビデオとビデオの間を繋ぐスタジオ・シーンの台本作りまで進んでいるらしい。そこまで行けば、あとは各シーンをダビングしながら1本のビデオテープにまとめて出来上がり(パソコンの編集ソフトを使わない簡易方式)だから、完成間近だ!
完成したビデオを、学校内で見せ合うのも楽しみだろう。それを見た友達の様々な反応に触れることが、この14時間の最後に待っている、とても貴重な学びの機会だ。発信することの楽しさ、難しさ、恐ろしさを、そのとき子ども達は身に染みて実感するのだ。
10月の目黒区の中学生、今回の横浜市の小学生に続いて、来月(06年1月)は、町田市内の私立高校生達の教室を訪れる予定である。