国勢調査を機に、“難民鎖国”を考える

放送日:2005/10/8

先週土曜(10月1日)の時点で、国勢調査が行われた。今週、調査票に記入した人も多いだろう。その第1面の世帯全員について記入する欄に、「国籍」という項目がある。「日本」・「外国」のどちらかにマークするものだ。今回は、98%以上の人が何も意識せず「日本」にマークして難なく通過したこの欄で、「外国」の方にマークした人々―――特にその中でも、いわゆる“不法滞在”がバレるのでは、とビクビクしながらマークした立場の人達に、敢えて眼をツケる。

国勢調査は「国内に住んでいる全ての人対象」だから、当然、“不法滞在”者の所にも、調査員は訪ねて行くことになる。ただ、それをもとに摘発されては当然調査に協力しなくなるので、当局側とは一線が引かれており、例えば難民事業本部のHPには、振りガナ付きで、こんな呼びかけ文が掲載されている。

『この調査(ちょうさ)の内容(ないよう)は、入国管理局(にゅうこくかんりきょく)、警察(けいさつ)、税務署(ぜいむしょ)などに通告(つうこく)されることはありません。そして在留(ざいりゅう)資格(しかく)がない人(ひと)も提出(ていしゅつ)してください。』

しかし、そう言われても、自分に在留資格が無かったら、信じて回答できるだろうか? 逆に一方で、「なんで不法滞在者をお目こぼしするんだ!」と感じる人もいるかもしれない。その感覚の底には、《不法滞在者=犯罪予備軍》というイメージがあるのだろう。そんな先入観を揺さぶるゲスト、土井香苗弁護士にお話を伺う。

■超「狭き門」が量産する“不法”状態

『“ようこそ”と言える日本へ』土井さんは、ちょうど8月末にこのテーマで、本を出版したばかりだ。タイトルは『“ようこそ”と言える日本へ』(岩波書店)。帯には、「難民鎖国『ニッポン』を変えよう!」と謳われている。

―このタイトルや帯の言葉には、どういう意味があるんですか?

土井:
日本には、難民の人達がたくさん逃げてきてるんですけど、実際に受け入れられる数は、西欧諸国と比べると、ものすごく少ないんです。逆に、強制送還したり、“不法滞在”者として強制収容所に収容したりといったことが行われています。なので、「もっと人道的な、尊敬される日本になろうよ」という意味を込めて、『“ようこそ”と言える日本へ』という題名をつけました。

「No!」と言える日本じゃなくて、「Welcome!」というわけだ。他の国に比べて、いかに日本が難民を受け入れていないか、具体的なデータも、この本のコラムに載っている。

土井:
2001年のデータですけど、アメリカが認定した難民は、2万8300人、ドイツが2万2720人、イギリスが1万9100人。その年、日本が認定したのは26人。“桁違い”どころか、3桁くらい差があるというのが現状なんです。

アメリカなどは「国土が広いから受け入れられるのだ」と思われそうだが、同じ小さな島国のイギリスでも、これだけの難民を受け入れているというのに、日本の受け入れ数は、文字通り”比べものにならない”。

たしかに、今年7月のロンドン同時テロを見て、「だからイギリスではテロリストが紛れ込むのを防げなかったではないか」と考える向きもあろう。しかし、一方で、“不法滞在”者扱いされている人の中には、本来「難民」認定されるべき人が多数含まれていることもまた、厳然たる事実だ。そんな“不法滞在”の烙印を押された難民達の支援に、土井さんは弁護士の立場から取り組んできた。この本は、その活動記録だ。その土井さんのスタンスは、目次の後、本文の前の注意書きに鮮明に表れている。

「不法滞在外国人」という言葉について
 この言葉は、「外国人がだれかの権利を侵害して迷惑をかけている」「人が"不法"である」という誤った印象を与えるので、「超過滞在外国人」や「非正規滞在外国人」、「オーバーステイ」などの文言を使う場合が多くあります。

―“不法滞在”という言葉自体が、ならず者のような先入観を持たせる、ということですね。

土井:
そうですね。実際、“不法滞在”と呼ばれてる人は24万人くらい日本にいるんですが、本当に普通に生活してる人がほとんどなんですね。子ども達は普通に学校に通ってますし、お父さんは普通に仕事をしてますし、見た感じは全く「不法」には見えないんです。でも、報道などでは「不法滞在者」と言われてしまいます。その文字が与える印象と、彼等の実際の生活状況とは全く違うんですよ。だから、まず「人が“不法”である」という先入観を変える必要があると思ってます。

■“ガイジンを見たら泥棒と思え”!?

―ただ、実際ニュースを見てると、犯罪に“不法滞在”外国人が関わってるケースが最近よく報じられるのも事実だから、単なる「誤解」とも言い切れない面もあるんじゃないですか?

土井:
そこも、実際のデータで見ると、そんなことはないんですよね。この5年間くらいで、刑法犯で検挙された“不法滞在”者の人数というのは、むしろ減少してるんですよ! 日本全体での刑法犯罪者の検挙人数のなかで、“不法滞在”者が占める割合も、2004年では、0.36%にまで低下してます。
そもそも「外国人犯罪」という括り自体が非常におかしいんです。外国人でも悪いことをしてない人は沢山いますし、外国人を一括りにしてしまっている。例えば、日本でいってみれば、「○○県人犯罪」というような感じでですね、「○○県出身の人は、最近たくさん犯罪を犯している」と言われてしまいますと、ほとんどの人は何もしていないのに、まるで、その県出身の人が皆犯罪者であるかのような偏見を煽ることになってしまうんじゃないかと思うんです。

―実際に、こうした偏見を煽る表現が使われたスローガンやチラシの例もあるんですよね?

土井:
例えば警視庁地域指導課は、2000年11月に「中国人かな、と思ったら110番」というチラシを作成して配布しました。これに対しては、中国大使館が強く抗議して、結局廃棄したそうなんですけど。日本人が海外を旅行していて、「日本人を見たら警察に通報を」って書いてあったら、すごく悲しい気持ちがすると思うんですよ。
神奈川県警でも同年、「中国系外国人」が「携帯電話で話をしている」のを見かけたら、「すぐに神奈川警察署にお電話をお願いします」と書かれたチラシを配布したことがあります。
これは、私の同僚の弁護士が、イギリスの大学でのセミナーに参加した際に資料として配布されたそうで、「こういった、非常に人種差別的なチラシが、実際に世の中では配られている」という例として挙げられたそうで、とても恥ずかしい思いをしたと言ってました。

こういうチラシを受け取って、ばかばかしいと失笑できるセンスのある人ならいいが、「ああ、外国人って恐いんだ」と素直に受け取ってしまう人も少なくあるまい。そうした誇張された恐怖感が、外国人嫌いを煽る危険性も否定できないだろう。

土井:
実際、引っ越しをしようとしていた外国人の方が、不審がられて通報されたりとか、そういった事件も起きてます。

―今、在留許可が出てない人も含めて、実数でどれぐらいの外国人が日本にいると見ていますか?

土井:
統計によりますと、大体200万人を少し超すくらいの外国人がいると言われてます。外国人登録の数でみると、10年前と比べて45%増えてまして、日本の中の多国籍化が急速に進んでいるというふうに思います。

―その中で、在留資格をもらえてない人はどれくらいですか?

土井:
大体、約24万人ですね。10人に1人以上、在留資格をもらえていないということになります。ほとんどの人が仕事をしていると思うんですけど、《労働力としては》外国人に担ってもらいたい部分が多くありながら、日本政府は、実際《法的には》受け入れない、ということをしていて、その現実と法律の間には齟齬があると思います。

―その在留資格のない24万人の中で、土井さんが弁護士として活動テーマにしている、「難民認定」をされずに“不法滞在”扱いになってるケースというのは、どれぐらいあるんですか?

土井:
それは相当たくさんあると思います。去年(2004年)も大体400人くらいが、難民申請しましたけれども、認定されたのは15人しかいませんでした。残りの人は皆“不法滞在”ということになってしまいます。

■受け入れ(認定)よりも、排除(収容・送還)

―そもそも難民認定とは何なのか、簡単に説明してもらえますか?

土井:
簡単に言いますと、《自分の母国に帰ると迫害される危険がある人達》が、日本に庇護を求める、というのが難民認定申請ですね。言ってみれば、難民だという人達は、本国に帰ったら危険な目に遭うので、可哀想だから保護してあげようというのが、『難民条約』というものです。日本もこの条約に加入してますので、世界の人道的な国家の一員として、難民を助けるということになってるんですね。

―じゃあ、その認定をしないということは、「お前、本当は本国に帰っても危なくないんだろ。嘘ついてるだろう」という判断をされている、ということですか?

土井:
そういうことになりますよね。

―それで、認定されない場合には、施設に収容されたり強制帰国させられたり、ということになると。そういうケースが、時々ニュースになってますよね。

土井:
日本には、難民だけではないですけど、大きな強制収容所というのがありまして、1日平均で1435人の人が収容されているということなんです。ただ、その実態はあまり知られていなくてですね、どんな方も「外国人の強制収容所がある」と言うと、非常に驚かれます。
2004年のデータでは、18歳未満の子ども達も、344人もこの強制収容所に入れられているんです。何か悪い事をしたのかというと、子ども達は何も悪い事はしてなくて、普通に学校に通ってただけなんです。実際には、自分に在留資格がない、オーバーステイだということを知らない子ども達もたくさんいるんですよね。

―それがある日突然、強制収容されてしまう。
実際には、「強制収容所」と建物の入り口に書いてあるわけではないんですよね?

土井:
そうです。「入国者収容所入国管理センター」という名前で、茨城、大阪、長崎の3ヶ所にあります。

―この本には、こうしたデータだけでなく、実際に土井弁護士が関わった裁判記録が、幾つも詳細に載っています。これを読むと、本っっっ当に良く頑張ってるなと思いますね。

土井:
ありがとうございます。
例えば、アリ・ジャン君というアフガニスタン難民の男の子がいまして、『母さん、僕は生きてます』という手記を出版してます。彼は、タリバン政権から逃げて来て、日本では強制収容されて、それでも頑張って、強制収容所からなんとか出られたときには、日本の学校に通って、一生懸命頑張ってるという、ほんとに真面目な青年なんです。彼が強制収容される前に、私達弁護士がつきまして、強制収容されないようにということで、裁判に訴えたり、様々な活動をしたりしました。この秋に判決が出ます。
あるいは今年(2005年)の1月なんですけど、クルド難民のカザンキランさん一家のうち、お父さんと長男が、トルコに強制送還されるという事件がありました。国連が日本政府に「難民だから庇護するように」と言っていたのに、日本政府はそれを無視して、家族がバラバラになってしまったんです。これについては、国連からもかなり非難されましたし、アメリカやイギリスなど外国の新聞でも、なぜ日本はそんなことをするのか、と批判されましたね。
日本は国連の安全保障理事会の常任理事国入りを目指してますけど、一方では、あるひとつの具体的なケースにおいて、具体的な要請をされていたにも関わらず、それを反人道的な方法で破ったということになります。これは相当非難を受けましたし、日本政府としては苦しい立場におかれたと思いますね。

■21世紀日本の大方針を考えよう!

―結局、1件1件のケースごとに、こんなに苦労するしかないんですかね。
根本的に、「日本社会は、流れ込んでくる外国人にどう対応していくのか」という大方針を定めないといけないと思うんですけど。

土井:
今は、なし崩し的に、労働力が足りないということで外国人の方が日本に入ってきてるわけです。だけど本当は、外国人の方達のためにも、日本人のためにも、「お互いにWin-Winの(両方の利益になる)関係をどうやって作っていくのか」という議論が、とても必要だと思います。今の現状では、《子どもの心から血が流れる》ような、ほんとに家族がそんなつらい思いをしてるんです。そういう悲しみがこれからも続いていくということは、日本人にとっても、「21世紀の日本社会が活力のある社会であり続けられるかどうか」という点で、とてもマイナスになると思います。このままでは、日本は外国人から選ばれない国になっていくんじゃないかと思いますね。
日本社会では、これから人口が減少して、外国人に頼らなければならない時代になると言われてます。そこでやはり、「外国人の人を受け入れながら経済活動を続けていく」のか、それとも、「人口が減少しても外国人は受け入れず、経済力も低下していくけれども、質素な生活をするんだ」という方向でいくのか、その方針をきっちり出さなければいけないと思います。そうでなければ、どんどんなし崩し的になっていくし、日本のイメージも悪くなるし、外国人もつらい思いをする。それは大きなマイナスだと思います。

まさに、国勢調査の第1面の国籍の記入欄に、どんな答を出していくか―――つまり、「外国人」と答える人を増やして多様な人がいる国になるのか、「日本人」と答える人だけにして、慎ましい生活をしていくことにするのか、という話だ。これは、我々が早急に議論しなければならないものだ。

本の最後には、土井さんの「夢」が書かれている。そこには、キング牧師の“I have a dream”のような感じで、将来の理想の社会像が描かれている。

土井:
これまで弁護士として活動してきて、楽しいこともあったんですが、いろんな悲しい思いもしました。そういった涙を流すことのない、外国人と共にほんとに共生していけるような、そして、強制送還されてしまった私達の大好きな外国人達が戻ってきて、一緒に普通に暮らしていけるような社会になればと思います。
例えば、とても可愛い、バイオリンの上手な韓国人の女の子がいたんですけど、彼女も強制送還されてしまいました。彼女がもし日本に戻ってきてくれれば、バイオリン奏者として活動することで、日本もいろいろなものを彼女から得られるし、きっと韓国と日本の架け橋にもなってなってくれるだろうと思うんです。 ほんとに、日本がそういう多文化の共生社会になればいいなあ、と思ってます。

土井さんは、9年前、当時の最年少記録を塗り替えて司法試験に受かった才媛だ。そんな才媛が書いた本となると、どんなに難しい論文かと思われそうだが、これは本当に生き生きとした、手に汗にぎるような活動記録になっている。さらに、所々にキチッとしたデータがコラム風に挟まる、とても読みやすい本だ。ぜひ一読をお勧めしたい。

土井:
一般の方に読んでいただく事を念頭において書いた本ですので、皆さんに読んでいただければ嬉しいです。そして、“不法滞在”外国人というイメージ、ステレオタイプで語るのではなく、個々人の生活を知っていただいたうえで、日本の将来を考えてもらいたいと思います。
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