■民主党・前原新代表の課題
まず、1つめのテーマ。
先週末(9月17日)、民主党の新しい党首に前原さんが選出された。前原さんか菅さんか、という党首選びの結果に関係なく言える「民主党」の課題とは何か。これからどんな党運営をしていけばよいのか。以前から党の若手議員に何かと助言をしている外部アドバイザーの1人である、首都大学東京の宮台真司・准教授に、総選挙で大敗北という開票結果が出た、すぐ次の日にじっくり伺った。
まず、宮台さんの専門である社会心理学的に言うと、民主党が今どういう状態にはまっているか、という指摘から。
- 宮台:
- 社会心理学の世界では、「認知的不協和理論」という、よく知られた理論枠組みがあるんです。分かりやすくいえば、《自分にとって都合の良い情報を高く評価しがち》なんです。こういう弊に陥らないためには、自分の周りにイエスマンがいてもいけないし、場合によっては自分の情報源が敵対陣営だったりする必要さえあるんです。
今の民主党がまずやるべきなのは、戦争に負けた時と同じで、失敗の研究、敗戦の研究ですよね。これを、「認知的不協和」を排して、自分にとってむしろ都合の悪いようなことをえぐり出すような作業を、徹底出来るかという事です。
「認知的不協和」という用語は、ずいぶん難しく聞こえるが、要は《耳障りな話は聞き流す》という姿勢だ。言外に前党首の岡田さんを指すのだろうが、周囲の意見を聞かず自分1人で決めていくリーダーという点では、むしろ小泉さんの方が強烈な気がする。しかし、小泉さんの場合は、その独断型のひらめきが天才的に国民にヒットした。それが出来なかった側=民主党は、犯人探しというネガティブな意味ではない、前向きな「敗戦分析」が本当に必要だ。
宮台さん自身は、その敗因を、どう読んでいるのか。
- 宮台:
- 民主党の若手の方々にも繰り返し申し上げたんですけども、国民が小泉さんを支持するのは、「郵政法案の中身に満足しているから」じゃないんですよね。そんなモノは読んでもない。読んでいる人がもしいたとしても、色んな疑問点が湧くでしょう。しかし国民は、郵政法案の中身じゃなくて、“もしかしたら間違っているかもしれない郵政法案”を《使って》、自民党の旧勢力、経世会的な勢力を打破したこと、従来の枠組みを壊したこと、それを評価しているんですね。
で、民主党はそこで「小泉さんのやり方は間違っている」と言うのではなく、「小泉さんの民営化は不十分かもしれませんけど、やっぱり小泉さんはスゴイ」と言った方が良かったかもしれない。「小泉さん、壊してくれてありがとう。壊れた後は民主党が造ります」とやっていく。そういう意味では、小泉さんの一番得意とする部分とバッティングしないような訴求をしていく。これは、イメージ戦略の基本です。
前原新代表は対決姿勢を鮮明に打ち出しているが、宮台さんの論法だと、それもちょっと戦略的に違う、ということになるのだろうか。
さらに宮台さんは、もっと根本的な地殻変動のような現象も指摘する。今回の総選挙で自民党の票が、従来の農村部より都市部で多く集まったことは、既にさんざん指摘されているが、これは今回限りの一過性のものでなく、自民党自体の体制変化とみなすべきで、そこに民主党は付いて行けていない、というのだ。
キーワードは、《不安と男気》のポピュリズム(大衆迎合型人気取り政治)。
- 宮台:
- 自民党は、90年代を通じて、支持基盤が変わったんですね。従来の農村型保守から、新しい都市型保守に変わりました。それは簡単に言えば、看板とか地盤とかと関係ない支持基盤である、ということです。あるいは、不安を煽って「俺に任せろ」と男気を出すというタイプの、《不安と男気》というカップリングのポピュリズムということ。
「不安を煽って、男気を示す」というポピュリズムは非常に易しいんですね。それを計算して小泉さんが登場した訳ではありませんし、小泉さんを(自民党総裁に)選んだ訳じゃないと思いますが、諸般の直感やら、やむにやまれず選んだ選択肢ということで、《自動的に》自由民主党が新しい支持基盤にふさわしい体制に変わったんですね。
ところが、それに対して民主党はどう対応してきたのかというと、相変わらず"党内民主主義"であるとか、"党内バランス"というようなことを岡田さんは仰る。それは残念ながら、この時期にはマズい。今回においてはマズかったと。
つまり、小泉さんというのは、「不安な人は、俺について来い」という強いリーダー像でアピールしたということだ。一方がそれを鮮明に打ち出している時に、対抗勢力が内輪の協調路線に心を砕いてたら、どちらが頼もしく見えるかは明らかだ。
それにしても、自民党の劇的な体質変化が、計算ではなく自動的に発生した、という指摘は面白い。自民党はそれだけ“身体が柔らかい”ということで、逆に言えば、民主党は“頭が固い”ということか。
では、どうすればこれから前原新代表の民主党は、時代に合った体質改善ができるのだろうか? 自民党が「農村から都市」にシフトしたから、民主は逆に「都市から農村」にシフトを狙えばよいのか? 宮台さんの意見は、そうではなく、自民が《都市型保守層》に受けたのだから、民主は《都市型リベラル》の人達に支持基盤を明確に絞れ、そのために、労組依存から決別せよ、というものだ。
- 宮台:
- 自民党がやったように意識的に支持基盤をシフトしていく、っていうことも実際には出来たはずです。しかし、それはかなり勇気の要ることなんですよ。やはり従来型の基盤が、なんとなく頼りになりそうな気がする訳です。従来持っていたリソースを手放す、つまり《組合的なもの》から距離を取るというのは、凄く不安ですね。今まで頼りにしてきたものじゃない、新しいものを頼りにするっていうことですから。
ただそれは、今回の選挙の前から、ずっと民主党の一部の方々に申し上げて来たことです。日頃から「新しい地盤に自分たちの支えを変えていくんだ」、そういう意識が元々無い以上、選挙は勝てないですよ。様々な政治戦略のなかで、まるで選挙戦略だけが単独でピンで立つみたいな考え方をしている限りは、民主党には、勝ち目は将来的にもありませんね。
たしかに、日頃が肝心なのだ。それが出来ていれば、小泉さん流のサプライズ解散でも慌てなくて済んだはず。新しく選ばれた前原新代表は、そんな取組みが出来るのか、今から注目したい。
■死刑に慣れてゆく社会
もう1つのテーマ。
先週金曜(9月16日)、南野法相になってから初めての死刑が、大阪拘置所で執行された。実はその2日前、アメリカでも、ある死刑執行があったのだが、この日米のニュースにとても共通する現象を感じたので、一言述べたい。
アメリカは、日本に比べると、州によっては死刑執行はわりとよくある。先週水曜に執行があったテキサス州は、特に多い。しかし、今回処刑されたフランシス・ニュートン死刑囚は、 (近代法整備以前の時代を除いては) 初めての黒人女性ということで、もっと大きく報道されても不思議ではなかった。しかし実際には、あまりニュースにならなかった。
その"報道されなさ加減"が、日米で似てきているように思う。死刑執行に対して、社会が慣れてきてしまっているのではないだろうか。
テキサスでの死刑執行というと思い出すのは、7年前(1998年)に、初めて女性が処刑されるということで大ニュースになった、カーラ・フェイ・タッカー死刑囚の執行の時のことだ。私も執行される刑務所の塀のすぐ外で取材していたが、死刑に抗議する人々・歓迎する人々が押し掛け、テレビの中継車が並び、騒然としていた。その記憶が鮮明なので、今回の静けさが、とても気になる。
テキサス州は、前代未聞の被害をもたらしたハリケーン「カトリーナ」のせいで、「今それどころじゃない」という空気も確かにあるのかもしれない。地元紙『スター・テレグラム』の日曜日(9月18日)付「インサイダー」欄によると、処刑の数時間前にリック・ペリー州知事が行なった記者会見でも、カトリーナによる被害に対する州の対応に話が集中し、30分の質疑応答の中で、今回の死刑執行についてはまったく記者から質問がなかった、という。
この記事で目を引くのが、ペリー知事の報道秘書官キャシー・ウォルトさんのコメントだ。彼女は98年当時、地元紙『ヒューストン・クロニクル』の記者をしており、カーラ・フェイ・タッカー死刑囚の処刑を取材した。(あの時、私と一緒に塀のすぐ外にいたのかもしれない。)そのキャシーさんが、今回こう言ったそうだ。
「ちょっとショックを受けました。時代が変わってしまったんでしょうね」
知事秘書官という立場からみても、「エッ」と思ってしまうほどの"報道されなさ"だったということだ。
日本では、有力な死刑反対論者のひとりである亀井静香氏が、今回の選挙で影響力を失った。もちろん、自民党圧勝が即、死刑増加に繋がるとは言えないが、社会で賛否が分かれているテーマについて、議論の慎重さが失われていくことだけは無いように願いたい。