高遠さん(眼のツケドコロ・市民記者No.1)には、前回、米国でのイラク情勢報告ツアーの様子を伝えてもらったが、その後、バグダッドで多くの市民を巻き込む緊急事態が進行中だという。といっても、テロの話ではなくて、《水不足》が深刻化しているというのだ。
■浄水場が破壊され…
- 高遠:
- サダム政権が崩壊してから2年経ちますけれども、以来ずっと、イラクではあちこちで水と電気が不足していて、住民の日常生活の上で大問題ではあったんです。それが、特に先月(7月)から度々、過激派勢力による浄水場への攻撃があって、バグダッドで事態が深刻になっているんです。(現状としては、イラクの人は、占領軍と過激派の狭間に挟まれている感じがあるんですよね。米軍も無差別に空爆してくるけれども、過激派も無差別に自動車爆弾や攻撃をしてくる。どっちにしろ、一番被害を被っているのは住民、一般人なんです。)
今、イラクは一番暑い時期で、朝8〜9時から50度近い気温になるんですけど、断水がずっと続いてるんですよ。それから、水が出て来たとしても、バクテリアや細菌で汚染されてるんです。
―浄水場が破壊されたら、当然そうなりますよね。以前は、水もきれいだったんですよね?
- 高遠:
- 2年前に私がいた頃は、滞在先のホテルの水は、水質検査をしても、きれいでした。ただ、郊外の地域にいくと、結構バクテリアの反応が出ていて、あたりの病院や診療所では、そういう水で溶いたミルクを赤ちゃんが飲んで下痢になったりして、命まで落とすこともありました。でもその後、徐々に浄水場が稼働してきて、水も配られたり、水道が出るようになったりして、改善されつつあったんです。それが、ここ数ヶ月で、悪い方に逆戻りっていう感じですね。先日送られてきた写真によると、下水も壊れて道路にバーッと溢れて、ある地域ではこの汚水が水道水と混ざってしまったというようなことも起きてるようです。
高遠さんたちが急きょ立ち上げた支援プロジェクト(後述)の呼びかけ文は、「イラク・レジスタンス・レポート」からの引用で、バグダッド市内のある医師の言葉を紹介している。
「私たちにできる事は、これによる死者を減らすことだけ。患者の数は非常に多いが、その原因はいつも同じです。子どもたちは汚染された水で重い病気になっています。それも家庭で普通に使っている水ですよ」
同レポートは、「占領軍がレジスタンスとの戦闘や宗派間の不一致にしか関心を示さず、水処理問題を無視しているために、事態は悪化の一途をたどっている」という。
■日本人の支援プロジェクト始動!
- 高遠:
- 「イラク・ホープ・ネットワーク」というイラク支援に携わっている日本のグループがあるんですが、そのメンバーの細井明美さんが、イラクの友人に応急措置として、特別な器械を使わなくても出来る、ろ過方法をメールで伝授したり、煮沸をしたりしたそうです。でも、それでは追いつかない、改善されないんですよ。それで今月初めに、緊急支援として、井戸掘り支援と飲料水の送付をすることを決めて、「イラク“命の水”支援プロジェクト」を立ち上げました。
井戸掘りはもうほぼ完了です。井戸の深さが16メートル位あるんですけど、初めは、1つ掘ったところで様子をみるつもりだったんです。でも、掘って水が出たところで人が殺到して、その人達が手伝うからということで、2本目を掘り始めたんです。結局2つ掘れて、もう水が出てます。
―その2つの井戸でどれくらいの人の必要量をまかなえるんですか?
- 高遠:
- ひとつの井戸で500家族分、3000〜4000人というのが目安です。だから2つで1000家族分の生活用水が供給可能になったというところです。
―でも、まだまだ足りないですよね。
- 高遠:
- そうですね。水質検査もまだ終わってないので、その井戸が飲料水に適するかがクリアになってないんですよ。だから、並行してミネラルウォーターを送ることで対応することになっていて、そちらの資金援助も続けています。
この緊急支援活動、まだしばらくは続くということだ。バグダッドの人々が、まだ続くこの暑さを無事に乗り切れるようにご支援をお願いしたい。
■「イラク“命の水”支援プロジェクト」への寄付方法 郵便振替口座:00150-4-540335 口座名:イラク「命の水」支援プロジェクト
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■再び増えてきたテロ報道だが…
ところで、最近また、テロ続発のニュースがよく流れている。しかし高遠さんは、その報道に対して、“見えない壁”を感じると言う。
- 高遠:
- 今月(8月)上旬、イラクから来日したジャーナリストと一緒に合同報告会をしました。彼は、イラクを出てくる時、「西部のハディーサで米軍がものすごい空爆をしていた」と言っていました。翌朝、イラクから「ハディーサが大変だ。民間人がたくさん死んでいる。友人も家の窓から外を覗いたら、撃たれた」という連絡が入ってきたんです。それで、インターネットのニュースでハディーサに関する情報をバーッと調べてみたんですけど、「米兵死亡」というニュースしか載ってなかったんです。
―相変わらず、米英サイド発の限定的なニュースが中心だ、ということですね。
- 高遠:
- 今月12日には、イラク中部のラマディ近郊で、「攻撃を受けた米軍部隊が発砲し、子供8人を含む市民15人死亡・17人負傷」というニュースが、住民情報としてロイター電で流れたんです。モスク付近を米軍の偵察部隊が通り過ぎた際、米軍の車列近くで路上爆弾が爆発して、爆発後、米軍部隊は、モスクでの礼拝を終えて出てきた人々に向け発砲した、という情報です。でも、米軍はこれを「事実ではない」と言って否定しているんです。たまに情報が出てもこういう感じですね。
マスメディアも、それを直接目で確認することが難しくなっているので、何を信じればいいのかという状況になっている。少なくとも、ワンサイドの情報をそのまま信じこむことは、控えた方がよさそうだ。
- 高遠:
- イラクの隣国ヨルダンでニュースを見ていても、イギリスのBBCと、アラブ系のメディアとでは、同じ事件でも微妙にニュアンスが違うんですよ。
■単純な図式では割り切れない
―"ニュアンス"に関しては、《スンニ派武装勢力による、シーア派住民を狙った犯行》とよく言われる単純化された構図にも、高遠さんは疑問を呈していますよね。
- 高遠:
- そうなんです。イラクの人達と交流を続けている人の間では、そういう構図はあまり感じられないんですよ。例えばこの前、今月(8月)17日に、バグダッドでバスターミナル爆破事件があったんですけど、日本の報道では、「おそらく、憲法起草に反対するスンニ派武装勢力が、シーア派住民を狙った」と、最後に付け加えられる。でも、この時点では、BBCですらそこまでは言及していないらしいんですよ。 その頃ちょうどヨルダンに、以前にもこのコーナーに出てもらった、「日本国際ボランティアセンター」の原文次郎さんが滞在されてたんです。それで、原さんに「日本ではこんな報道がされてるんですけど、そちらではどうですか?」ってメールで訊いたんです。そしたらこんな返信がきたんです。
(一部抜粋)
まずは目がテンになりました。誰がそういうステレオタイプの脚色をつけるのでしょうか? 確かに現場は南部シーア派の多く住む地域へ向かうバスの発着所ですから、犠牲者の多くがシーア派の人々であった可能性はありますが、クルド地域方面の発着所でもあります。
アンマンにいる知り合いのイラク人曰く、「犯人が一般のイラク人でスンニ派というのは信じられない。これだけ巧妙な作戦は個人でできるものではない。イラク軍か警察か、あるいは米軍だろう。あるいはザルカウィ派など、憲法の制定過程を邪魔してイラクを混乱に陥れようという外国からのグループの仕業だろう」 と言っています。
「スンニ派武装勢力」と呼ぶのは、「ザルカウィ派」という含みがあって呼んでいるのであれば、ある程度は合っていると言えます。ただそれをシーア派と対置させるのは誤解の元だと思います。《スンニ派とシーア派の対立》を煽る報道に目を奪われていると、こうした事実に目が届きにくくなると思います。
- 高遠:
- 実際の対立の構図は、必ずしもこの通りではないので、非常にこの辺は読みにくい部分だと思います。今月(8月)14日付のワシントンポストに興味深い記事が出ていました。ラマディでは、シーア派は少数派なんですが、ザルカウィ系グループがこのシーア派を町から追い出そうとしたらしいんです。それに対して、地元のスンニ派の人々が反発して、ザルカウィ系グループに対して蜂起し戦った、という報道がされたんです。記事の見出しも、「スンニ派イラク人がシーア派を守って戦闘」でした。
―少なくともその事件では、《スンニ派》vs《シーア派》というイスラム教の宗派対立ではなく、《ザルカウィ(イラク人にとっては外国人)が率いるグループ》vs《スンニ派&シーア派》という構図になっていたわけですね。
- 高遠:
- そうなんです。彼等にとっては、スンニ派かシーア派かということより、同じ町に住む住民が追い出されようとしている状況で、その追い出そうとしている人達=ザルカウィ系グループに対して蜂起した、という感じだと思います。
ニュースの解説も、解説者の立ち位置・視角によって、様々だ。米軍発、高遠さん発、…とあちこちから情報を取り込んで、複眼思考をキープしよう。