明日(8月7日(日))、東京で「総合的な学習を推進する緊急シンポジウム」という会が開かれる。プログラムを見ると、なかなか具体的で面白そうな内容が組まれている。主催者の1人で、今春まで文部科学省初等中等教育局視学官だった嶋野道弘(眼のツケドコロ・市民記者番号No.6)さんに伺う。
■魅力たっぷり…だが、迫る危機感
「総合的な学習の時間」は、3年前(一部ではそれ以前から試行)に「ゆとり教育」の目玉商品として、小中高校の時間割の中に設けられた。その学習内容については、各学校の判断と創意工夫によって決められるという、これまでの教育にはない画期的なもので、その可能性にはおおいに期待がかけられた。
―なぜ今、このテーマで“緊急”と銘打ったシンポジウムを開催されるんですか?
- 嶋野:
- まさに、その"緊急"に意味があるんですが、今、命の問題にしても、福祉や環境の問題にしても、あるいは学力の問題にしても、教科の学習だけではどうも不十分で、これからの教育にこの「総合的な学習」というのは不可欠だと考えています。しかし最近、その可能性や成果を黙殺するような風潮があります。そして、今年の秋には、中央教育審議会の答申が出ます。
―その秋の答申では、「総合的な学習の時間」について、かなり後退してしまいそうな感じですか?
- 嶋野:
- 社会一般の反応を受けながら、中教審も審議をしていきますので…。
そこで、この夏しか時期はない!ということで、「総合的な学習」の重要性についてや、それを広げていくにはどうすればいいのか、といったことを啓発するために、緊急にシンポジウムを開催することにしたわけです。このシンポジウムでどういうアピールを出せるかが、非常に重要になってくると考えています。
―嶋野さんが務めていらっしゃった「視学官」というのは、これと関連する役職なんですか?
- 嶋野:
- 「視学官」というのは、あまり耳慣れない言葉だと思いますけど、これは、学習指導要領に基づいて、実際にどういう教育が行われているか、「学校現場の実施状況を把握」して、そして同時に、それを「これからの政策に反映させる」という仕事になります。それで"視"学官、というわけです。私は、そこで「総合的な学習の時間」を担当しておりました。
―「総合的な学習の時間」の導入を決めた頃と今とでは、文部科学省の中でも、空気は変わってきている感じですか?
- 嶋野:
- いや、文部科学省の空気は変わってませんね。昨年(2004年)12月に、学習指導要領の一部改正を答申で出しているんですが、この時にも「総合的な学習の時間の一層の充実」が言われてますから。だから、文部科学省内部では、むしろその必要性を訴えているんです。
―しかし、一方で「ゆとり教育」を軌道修正しようという動きがある。いわばその象徴であった「総合的な学習の時間」を残しながらの軌道修正というのは、可能なんでしょうか?
- 嶋野:
- 国際学力調査でも明らかにされているように、確かに学力低下の問題がある。そして、「総合的な学習の時間」がそれを引き起こしている元凶だ、という"犯人説"が唱えられています。しかし、その根拠はほとんどないんですよ。「総合的な学習の時間」だって始まったばかりですから。いわば根も葉もない噂にのって、社会が動き出しちゃってるもんだから、それで我々も危機感を持って、シンポジウムを開催しようと考えたんです。
―その明日のシンポジウムは、どんなプログラム内容なんですか?
- 嶋野:
- 3つのプログラムから構成されてます。
1つめは、「総合的な学習はこんなに豊か」というタイトルです。これは、大人の言葉ではなくて、「総合的な学習の時間」で試行的に実践してきた子ども達と、それを指導してきた先生達に徹底的に語ってもらう実践報告です。小学生、中学生から高校生、それに大学生と、それぞれが自ら手を挙げてくれたので、報告してもらうことになってます。
2つめは、リレー講演で、「なぜ総合的な学習が必要か」について有識者の方にお話していただく、いわば理論編です。
3つめは、「私たちは総合的な学習の推進のために何ができるか」ということで、それを国にお任せするんじゃなくて、それぞれの立場で自分達に何が出来るかを、主体的に考えていこうという内容です。ですから、ここでは極めて主体的な取り組みの話が出て来ることになると思います。
■子ども達が語る事
この3つの中でも特に1つめの、子ども達自身が、自分が受けて来た学習内容を振り返ってそれを語る、というのは非常に興味深い。
―具体的には、どんな子達が、何を報告するんですか?
- 嶋野:
- 特に何を話すと約束しているわけじゃないんですが、まずは、四ッ谷の小学生達のボランティア体験です。これは、"自分がボランティアだと思うもの"を、とりあえず実際にやってみるという活動だったんですが、その子ども達がこんなことを書いているんです。「ボランティアをすると、必ず気持ちが《すっきり》します。そして、ボランティアは、必ず《自分から》やらないとダメです。これがボランティアの共通点です」と。
―それって、子ども達が自分で気付いたことを、子ども達自身の言葉で表現したんですか!?
- 嶋野:
- そうです。「ボランティア」という言葉の意味を、実際に『イミダス』で調べてみたんですけど、原則は《無償・奉仕・自発》なんです。子ども達は、この難しい単語で書かれたボランティアの3つの理念を、先程の言葉に現れているように、まさに自分達の体験として獲得しているんです。
他にも、佐賀県の中学校で「総合的な学習の時間」でボランティアを経験し、現在、大学生になっている子がいるんですが、この子は、今でもボランティアを続けているそうです。つまり、「総合的な学習の時間」での経験が、ライフワークになりつつあるということなんですよ。
この2つの話、四ッ谷の小学生と佐賀出身の大学生ですから、もちろん全く直接の関係はないんですけど、その知的世界は結び付いてるんです。1つは、そういう話が聞けるんじゃないかなと思います。
もうひとつの事例として聞けそうなのは、横浜の中学生が、小学生の時に「総合的な学習の時間」で経験した話です。これは、アルミ缶を集めて車椅子に交換して寄付しようという福祉の活動です。これまでの活動では、集めたアルミ缶をそのまま福祉協議会なりに預けて、「役に立てて下さい」というものが多かったわけです。しかし彼等は、車椅子一台と交換するのに、いったいアルミ缶はどれだけ必要なのか、を調べたんです。すると、3万2000個必要だということが分かった。そして、その必要な数のアルミ缶を集めるために、1人あたりや1日あたりの目標数を計算するわけです。
ところが、実際に収集を始めてみると、計算通りにはいかないことが分かる。どういうことかというと、実際に空き缶拾いをやってみると、1、2週間で身の回りからはすっかり空き缶が無くなっちゃうわけです(笑)。つまり、計画を修正して、期間を長くするか、目標数を減らす必要が出てくる。この、"実際の問題"は算数だけでは解決出来ない、ということを学ぶのがとても大事なんです。
結局、自力だけでは集めきれないので、どうしたかというと、これも自分達で考えて、コンビニエンスストアに回収箱を置かせてもらったんだそうです。コンビニの店長さんも協力してくれて、アルミ缶は集まった。だけど、実は後で話を聞くと、その店長さんはコンビニの本部から非常に叱られたそうなんです。子ども達が置かせてもらった回収箱は、段ボールで作った手製のもので、あまり見かけのいいものではなかったんですが、コンビニというのは、店長に美観の維持が義務づけられているそうなんです。ところが、子ども達に協力して回収箱を置いたことで、店長は本部からきつく言われてしまった。それを聞いた子ども達は、「大人に甘えてちゃいけない」ってことで、回収箱をきれいに作り替えて、さらに自分達で毎日、回収をしたそうです。つまり、しっかりと《社会》を学んだわけです。
たぶん、こんな話が明日は聞けると思います。ちなみに、この横浜の子ども達は、ニューヨークでの弁論大会にも参加して、この経験を語ったようです。きっと、そういう経験をしたら、話したくてしょうがなくなるんだと思うんです。さらにそれが新しい学習、経験につながっていく。
何か問題が起きた時に、大人に頼らず、自分達でその解決策を見出していくことを学んでいるというのは、まさに実践的・体験的な「総合的な学習」ならではのことと言える。この話、明日のシンポジウムで子ども達自身が、どんな言葉で実際に語ってくれるのか、非常に楽しみだ。
■大人達に出来る事
プログラム3つめの「私たちは総合的な学習の推進のために何ができるか」のパネラーを見ると、その中に1人、見覚えのある名が…
―北海道・富良野自然塾の教頭、「林原博光」って…TBSの元スポーツ局長ですよね!? 定年退職後、こんな活動をされてるんですか。
- 嶋野:
- 明日は、富良野自然塾の理念や、ご自分の思い入れについてお話されるんだと思います。私も実際にそちらに行ってみたんです。倉本聰さんが校長をされていて、林原さんが教頭をお務めなんですが、もともとは富良野のゴルフコースだったところが閉鎖されて、そのうちの6ホール分を借り受けて塾を開いているんです。例えば、約650mの長さがあるロングホールだったところがあるんですが、ここに、地球65億年の歴史を、その長さに合わせて縮尺した「地球誕生の道」というコースを作っています。車椅子でもみられるように作られていて、子ども達は歩きながら、地球の長さを体験したり、人類誕生は地球の歴史上では、ほんの最後の一瞬にすぎないことを実感したりできるようになってます。他にも「地球」をテーマにいろんな活動が組まれていて、これは本当に面白かったですね。
それから"感性"を磨く体験とか、圧巻だったのは、このゴルフ場全体を、子ども達の手で元の森に戻そうという活動ですね。
使えなくなったゴルフ場を、そのままほったらかして荒れ放題にするよりも、子ども達に学んでもらいながら、自然の森に戻していく。最高の「総合的な学習」の場だ。
シンポジウムでは、こうした、抽象論でない実例たっぷりの実り多い話が、3時間にわたって聞ける。
―シンポジウムでは、最後にアピールを出されたりするんですか?
- 嶋野:
- ええ。僕達は、この「緊急シンポジウム」を1回限りの打ち上げ花火にしてはいけないと思ってます。ただのイベントに終わってしまいますから。ですから、「総合的な学習の時間」を皆で主体的に作っていくために、社会全体にアピールしていきたいと考えてます。 ポイントは5つあります。
第1は、「総合的な学習が、いかに子ども達にとって必要か」という点についてのアピール。
第2は、「ボトムアップ型の啓発活動」の呼びかけです。もちろん、国も啓発活動をやらなきゃいけないんですが、それだけではやはり限界がありますから、国だけに任せずに、よく知っている人達が、いろんなところへ行って、少しでも多くの啓発をする、ということです。例えば、倉本さんや林原さんのお話を聞けば、やっぱりグッときますからね。
第3は、啓発するだけじゃなくて、実際に「応援しましょう」という呼びかけです。今、学校はいろんな問題を抱えていて、これを先生達だけに任せていては、くたびれちゃいますから。「総合的な学習の時間」には、いろんな専門家が必要ですから、皆で協力しましょうということです。
第4は、「地域で、人や場を作り提供しましょう」というもので、まさに富良野自然塾のような活動ですね。 最後の第5は、国や地方の教育行政に向けて「応援して下さい」という要望ですね。
「総合的な学習の時間」をどう活かしてよいかわからず途方に暮れている先生達に、このシンポジウムでの報告は、具体的なヒントを与えてくれるかもしれない。
- 嶋野:
- 現場の先生達には、やはり不安があるんですよね。各教科の指導は、自分の専門なので自信を持っている。だけど、「総合的な学習の時間」となると、例えば、算数・数学の先生が福祉の問題を扱わなきゃいけない。そうなると、やはり福祉の専門家の協力が必要になる。そして、それによって先生自身の認識も変わる、という効果も期待できます。
このシンポジウム、明日(8月7日)の日曜日午後1時から、東京・新宿区の「飯田橋レインボービル」7F大会議室(JRと地下鉄の飯田橋駅から徒歩5分)にて開催される。興味のある方は、当日、直接会場へ!