高遠菜穂子のイラク月例報告(5)選挙成功キャンペーンの陰で

放送日:2005/2/19

月1回のペースでお伝えしている、高遠菜穂子さんのイラク月例報告・第5回。イラクの選挙が終わって、ひとまず「よかったね!」という雰囲気もあるが、現地は実際にどんな様子なのだろうか。高遠さんは、日本にいながら、イラク人の活動仲間達から日々ホットな情報を受け取っている。

高遠(電話で話):
バグダッドの友人などから来ている報告メールを読むと、なかなか小躍りして喜んでいる場合ではないっていう感があります。選挙に「参加しなかった」と報道されていた、スンニ派が多い地域の人達は、とても投票に《行けるような状況じゃなかった》っていうのも、メールで報告をもらいました。

高遠さんの元に届いたメールの1通を、私も拝見した。選挙の数日前から当日までの様子が克明な日記風に報告されている。バグダッドから西へ120キロ(ファルージャからは西へ60キロ)くらいの場所にある、ラマディという町の友人から届いたものだ。

高遠:
ここも、報道なんかではスンニ派が多い地域とされてます。まず、1月24日(選挙投票日の6日前)、彼は(アンマンでの私達とのミーティングを終えて)隣国ヨルダンからイラクのラマディに戻ったんです。国境が開いてから車で移動を始めたんですけど、国境を越えるだけで2時間かかってしまったと。なかなかスムーズに行かないんですね。
イラク国内に入って、ハイウエイに乗ってからもまた大変で。砂嵐はあるわ、焼け焦げた車が数台続くわ、そういう状況で。そんな中を走っていたら、実際に米軍から射撃を加えられたばかりの車があって、周りの人達が車の中から乗っていた家族を助けようとしていた。でもやっぱり、もう死者が出てしまっていて、その中には17歳の女の子もいたと。その子は、頭を撃たれていたそうです。

−それは、まったく一般の民間人の車が、攻撃を受けているってことですか?

高遠:
そうですね。私が先月アンマンにいる間にも、こういう話は立て続けにありました。アンマンのホテルのロビーで、おばさんが一人、電話をかけてすごい剣幕で話していたので、隣で聞いてみると、やっぱり彼女も国境で米軍に撃たれたらしいんですね。そういう話がすごく、連日のようにあって。(ヨルダンのホテルには、やけにイラク人がいっぱい居ました。選挙を前にして、なぜかは分からないですけど、イラク人がすごく国外に出てたんですよ。)
その数日後には、日本国際ボランティアセンターの原さん(以前このコーナーに出演)が、ヨルダンに研修に来ていたお医者さんに、イラク国内で使ってくれるよう、抗がん剤を託したんです。そしたら数時間後に、そのお医者さんはイラク国内のハイウエイ上で亡くなっちゃったんです。でもそういう話は、どういう状況だったか調べようもないんですよ。だから輸送会社も困っていて。

−アメリカ軍側は、そういう民間の車でも、武装勢力の車だと思って撃っちゃう?

高遠:
理由がよく分からないんですよね。今回の報告メールの中には、イラク人のドライバー達が、砂嵐で視界が悪くて、自分が米軍の車列の後ろを走っている事に気づかなかったりする。でも米軍側は気づいていたり。あと、国境の混雑している所で、米軍の車列というか、そういう所に近づいてしまったら、その瞬間に乱射を受けて死んでしまったり。そういう事が、友人の目の前であったらしいんですね。

−その友人が、撃たれた車を次々に目撃しながらラマディに戻って、自宅近くで見た光景というのが・・・、言葉をなくしてしまうような話ですよね。

高遠:
彼は、「助けてくれ」っていう声を聞いて、イラク人のケガ人を発見したんです。それで助けに行こうとしたら、米軍の装甲車が近づいてきて、彼に向けて発砲してきたと。驚いていたところに、装甲車がグングン進んできて、彼の目の前で、そのケガ人を、踏み潰していったらしいんですよ。彼は非常にショックを受けて―――。

−1月26日(選挙4日前)には、夜中にそのお友達の家に米兵がやってきたそうですね。

高遠:
家宅捜索というのは、かなり頻繁に行われていることなので。夜中に、とにかく乱暴に入ってくるわけです。深夜に寝ずに起きているっていうのが、疑われるひとつの理由らしいんですよ。

−夜中に起きていると、それがテロの相談をしてるんじゃないかと?

高遠:
そうなんですね。家宅捜索で米軍が入ってきて、携帯電話とかを持ってると、それも疑われる理由のひとつになるので、そういう人達が連行されていくわけです。

−「みんな家から出たがらない。家族を守るのに精一杯で、誰に投票するかなんて考えられない」と報告メールにはありますね。そして、1月28日(選挙2日前)の爆発騒ぎ。

高遠:
抵抗勢力が、学校が投票所になるということで、それを妨害しようとしたんです。ラマディ市内の学校が3校、爆破されてしまって。選挙前はそういう事が結構、ニュースでもいろいろありましたけど、多かったみたいですね。

高遠さん達は、別の町でだが、破壊された校舎を直そうと、いくつもの学校再建プロジェクトを進めている。そのそばから、また学校が破壊されてしまっているのだ。

−そして、1月29日(選挙前日)。この日は、「まるでハリウッドの戦争映画だ」という描写が、メールの中にありますね。

高遠: 町中が、米軍の狙撃兵や戦車や、空には攻撃ヘリコプターが、まるでラッシュアワーのようにいて。住民は、外に出れば狙撃されるかも知れないし、自分の家がいつ空爆されるか分からないというので、ビクビク怯えてるわけですよね。自分の町にいるような気がしなくて、とても自由に投票所に行ける感じではないんです。
そんな状況下で、アメリカ軍側からは、スピーカーで「明日は選挙だ、良いリーダーを選べ」というような呼びかけが行われていて、友人はそれに対して、「どこにリーダーがいるんだ。我々が信頼しているリーダーは、監獄の中か、殺された」と。

−そして、1月30日、選挙当日―――。

高遠:
先ほど話した、イラク人のケガ人を米軍の装甲車が踏み潰したという出来事が、更なる激しい戦闘を生んでいったんです。地元の抵抗勢力が「許せない」と、米軍に報復攻撃をした。結局、私の友人の家の前の、ケガ人が踏み潰された同じ場所で、今度はアメリカ人の兵士が攻撃されて、そこで死んだんです。
この友人は、「何なんだ。ここでは、イラク人の血とアメリカ人の血が道路で混じっている」と。どっちが悪いんだ、誰か教えてくれっていう、もう悲鳴にも近いようなメールの内容でした。

結局、イラク人とアメリカ人、どっちが悪いっていう風には言いにくいんです。抵抗勢力となっている人達も、元々は農民みたいな人達が多いわけで。誰でもが、武装してしまう可能性を秘めてしまう。被害が大きくなれば大きくなるほど、そういう人達も増えていく。そこがすごく、やりきれないですよね。

こんな状況で、「予想以上に投票率が良かった」とか、イラク国内でも世界中でも報道がされるわけですよね。でもそういう影で、「投票所に行きたくても行けないじゃないか」「どうやって自由に投票に行けるんだ」と、そういう状況があったわけですよ。

“投票所に並んでいる有権者達”といった映像は、いくらでも表に出てくるが、この友人からのメールのような話は、メディアのいないところで起きているので、検証のしようもないし、広く伝わらないのだ。高遠さんは、自分の元に入ってくるそういった情報を元に、日本国内での報告会を続けている。

高遠:
今回は北海道が多いんですけど、全国、いろいろ回ってます。先月、またヨルダンで入手してきた映像があって。それを見てもらってるんですけど、数ヶ所では、放映できませんでした。私が、精神的につらくて、もう無理で。

−映像を流すことが?

高遠:
そうです。―――あまりにも恐ろしい映像なので、日に何度も見られるものではないんです。

その映像を、私も高遠さんから直に見せていただいた。
ファルージャ郊外の、避難民が集まっている場所。そこにトラックで、遺体が70体ほど、黒いジッパーバッグの中に入れられ、運ばれてくる。すると周りの人が群がって、みんな自分の家族がいないかと、バッグを開けて中を見る。…中の遺体には、ウジ虫が、もう遺体が見えないくらい、びっしりたかってしまっている。あるものは、足などを野犬に食いちぎられたりしている。
―――本当に、惨憺たる遺体ばかりだった。そんな状態を目の前で見せられて、これで米軍に反感を持つなというのは、相当ムリな注文だなと感じる。

高遠:
…とても、遺体の身元を確認できるような状態じゃないんですよね。だから結局、多くのお墓は墓石が番号になっています。名前をつけようがない。
数人の遺体は、ポケットからお財布や写真が出てきて、身元の確認ができますけど。その映像の中では、「これ、ファルージャのサッカークラブチームの選手じゃないか」って言ってみんなが騒いでたりして。
足を縛られていたり、後頭部を銃で撃ち抜かれたりしている遺体もあります。処刑された人達ですよね。家族が全員布団の中に入っていて、子供達も一緒になって殺されていたりとか。

先ほどの日記形式のメールについては、「客観的に確認のしようがあるのか」と問われたら証拠を示しにくいが、あの映像は、本当にもう間違いない厳然たる事実。しかし、前回ご紹介した津波の被害者の話と同じく、あまりに凄惨過ぎて、テレビでは放送しようがないのだ。

高遠:
でも、それで黙っていると、どうしても情報が(アメリカ発のものに)偏ってしまうのはどうしようもないですよね。だから、「これ、こんなにひどいんですよ」って感情的になって訴えるつもりは毛頭なくて。もう一方で起きている、《もう一方の側の声》というのを、私は提供したいと思って。両者からの情報を知った上で、皆さんそれぞれに考えていただいたり、判断していただければいいと思ってるんです。

大手メディアが現場に入れず、一面的な「選挙成功」キャンペーンが浸透しつつある今、高遠さんの市民メディア活動は、ますますその存在価値を増している。

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