つい先日、TBS社内で、ある興味深いテーマの“視察報告会”が開かれた。社員でもないのに覗きに行ったところ、参加者はたった20人程度。放送用の取材ではないので、視聴者に伝える予定も無いという。勿体無いので、その会の報告者の中山佳子さん(TV情報番組『ジャスト』プロデューサー)にお話を伺う。
−何を“視察”して来たんですか?
- 中山:
- スウェーデンとフィンランドを10日間回って、北欧の女性達の働き方を見てきました。
−そもそも、なぜそのような視察に? 「放送用の取材じゃない」ということですが…
- 中山:
- TBSには教育研修部というところがあります。社員が個人で自分のキャリアアップの為に「こんな勉強をしたい」と申請して、それが審査で通れば、時間と金を出してくれるんです。この制度を使って、行ってきました。
−北欧と言えば、《育児と仕事の両立システム》が世界一進んでいる地域ですよね。
- 中山:
- フィンランドは大統領も女性ですし。スウェーデンは、女性の労働力率が世界でも一番高い部類に入っています。
遠い国の雑学ではなく、日本の少子化と労働力不足を食い止める上で、大いに参考にしたいテーマだ。
−子育てと仕事の両立が北欧で進んでるって、話にはよく聞くけど、実際に見て来て、そう感じました?
- 中山:
- 子どもを育てながら普通に働いているっていう、それがすごく新鮮で、パワーを感じました。自分の同業者(TV人)達がどうしているのかを見たくて、まずスウェーデンの『TV4』っていう民放局を見に行きました。そこは、社員900人の内48%が女性です。報道局の部屋に入っていったら、編集長のデスクの下のところがカウンターになっていて、そこに一杯、「赤ちゃんが生まれました」っていうカードが貼ってあったんです。どうも、育児休暇をとっている人たちが、“うちの赤ちゃんはこんなに元気よ”っていう感じで送ってくるらしいんですね。「こんなに大勢が育児休暇とってて大丈夫なの?」っていうくらい(笑)、カードが20枚くらいあったかな。局内でベビーカーを押して歩く女性もよく見ました。 フィンランドでは、国営放送局(YLE)を見てきました。ここでは、報道局員300人のうち、女性の方が男性の数より少し多いんです!
これはデータにもはっきり現れている。ILO(国際労働機関)の「年齢別女子労働力率グラフ」によると、日本の女性の労働力率は20代前半が一番高く、その後どんどん下がっていって、30代前半では6割を切る。ところがスウェーデンの女性の労働力率は、20代を過ぎても一貫して上がり続け、ピークを迎える40代前半では、なんと9割近くに達している。
- 中山:
- その裏には、手厚い「家族政策」があるわけなんですね。私が視察に行った先で「ちなみにTBSは、全社員1200人中、女性は169人なんです」って言ったら、女性の人事部長さんがシーンとしちゃって、「まあ、お菓子でも…」とか言って(苦笑)。あと、フィンランドの国営放送で2人の女性記者(2人ともママなんですけど)に同じことを言ったら、「それって、ニュースの題材が偏らない?」って質問されちゃいました。
−でも、それだけ仕事をする女性が多い北欧って、具体的にはどういう仕組みで、子育てと仕事を両立させてるんですか?
- 中山:
- まずスウェーデンの法律では、育児休暇が、両親合わせて最大480日取れるんですね。その《取り方》が非常に柔軟性があって、出産の10日前から8歳の誕生日までの間で、自由に休む日を決められるんです。例えば、子どもが生まれてからすぐ連続で360日休んで、残りの120日分を小学校に上がる時まで使わずに残しておきましょう、っていうこともできます。
しかも、お父さんもきちんと育児休暇をとれるようにしてあるんです。480日のうち390日までは80%給料が保証されるんだけれども、その390日のうち60日は《お父さんだけしか休めない》。つまり、お母さんが390日休みを取っても、330日分の給料しか補填されず、あとの60日分は「育児休暇」とは算定されないんです。お父さんがきちんと60日間育児休暇をとって、はじめて給料が80%出る。お父さんが休まないと損ですよ、っていうことなんです。同じように、《お母さんだけしか休めない》日も60日あって、完全に男女平等です。
−しかもこの休暇は、休む日を「1日単位」よりもっと細かくしたりも出来るんですよね?
- 中山:
- 出勤時間を、全日(8時間)、4分の3日(6時間)、2分の1日(4時間)、4分の1日(2時間)で組み合わせられます。
−でも、柔軟性があるのはすごくいいけれど、それだけいろいろあると、自分がどれくらい休んだのか分からなくなっちゃいそうですね。
- 中山:
- そこはやっぱり、国のシステムの違いがあります。向こうは“国民総背番号制”というお国柄なので、どの人がどう休んでいるかというのは、国の保険局というところでデータを把握しています。「育児休暇の間の給料を80%補填」というのは、会社からではなくて、この保険局から支払われるものですから。
−実際、男性でこの育児休暇を利用している人はどれくらいいるんですか?
- 中山:
- 『TV4』の場合、男性社員の16%が既に育児休暇を取得していて、去年は平均で55日取っているという事です。
1%にも遠く及ばない日本の男性の現状に比べると、16%という数字にはやはり目を見張る。ちなみに私は、12年前、長男が生まれた時に51日間休んだので、スウェーデンで言えばほぼ平均的な男ということだ。
−日本の場合、いくら制度だけ作っても実際にはなかなか休暇を取れないと言われます。その理由調査で第1位に上がってくるのが「職場の雰囲気」ですけれど、北欧でそういう《空気》にならない工夫っていうのは、どうやってるんですか?
- 中山:
- 『TV4』に行ったら、人事部に「機会均等オンブズマン」という役割を持つ人がいました。オンブズマンの制度って、スウェーデンが発祥の地なんです。1980年に男女平等法が成立して、それに伴って『男女均等オンブズマン』という制度が出来た。その制度によって、従業員が10人以上いる企業は、毎年オンブズマンに「自分の会社は、これだけ男女平等についで取組んでいますよ」というリポートを出さなきゃいけないんですよ。だから、そのリポートを書く人が会社に必要なんですね。それが、「機会均等オンブズマン」。私が今回お話を伺ったその人自身も、やっぱり赤ちゃんを連れて出社している女性でした。
−10人以上の会社には必ずそういう人がいて、社内の空気を見張ってるわけですね?
- 中山:
- そうです。ちゃんと年度計画を立てて、その報告を書いて、それをきちんと国でチェックしてもらうっていう。
−そういう制度って、経営者にとっては負担になるのでは?
- 中山:
- そう思いますよね。日本ではとても考えられないことですし。 でも、日本でいう経団連みたいな組織の広報の方に聞いたんですが、「負担とは思ってない。この法律は30年前に出来て、その間少しずつ変わりながらも継続しているので、これが当たり前のシステムだ」と。それに加えて、「やっぱり労働力不足なので、働きやすい環境を作らないと良い人材を確保できない」という事です。魅力ある人材を留めておくために会社も努力をしていて、例えば法律で決まっている育児休暇中の給料80%支給に加えて、残り20%を会社で払うよ、というところも出てきているんです。
働きやすい環境を作るという面でも《競争》が起きているというわけだ。経営者がきちんと子育てを大切に考えている証として、中山さんはあるカードを持ち帰った(写真右)。『TV4』では、社員に子供が生まれた時、社長から赤ちゃん用のパジャマが贈られるのだが、それと一緒に添えられるカードだ。
- 中山:
- 女性社員宛と男性社員宛と2パターンあるんですが、カードに書かれてる中身がちょっと違います。父親向けのほうがちょっと文章が長いんですよ。女性向けが3行で、男性向けが6行。頭の3行は同じ内容が書いてあるんですが、男性向けの残り3行には、「あなたも父親になったのだから、育児休暇を取りましょう。父親としての義務を果たしなさい」と、社長名で書いてあります。
−トップがそう言ってるんじゃ、中間管理職の上司が何と言おうが、休めますね!
実際に第一線で働くワーキング・マザーは、どう考えてるんでしょう。自分が休むのに遠慮しちゃったりしないんでしょうか。
- 中山:
- 『TV4』でモーニングショーの編集長をしているサラさんにお話を聞いたんですが、そういう遠慮はないみたいですね。彼女は4人お子さんがいるんですが、「子供が病気のときはどうするんですか?」って聞いたら、「もちろん休みます」ってキッパリおっしゃられて。「でもそれだと、職場に迷惑がかかりませんか?」って聞いたら、「ピンチヒッターの用意は雇用者の責任だから、私の問題ではありません。」って。「編集長っていう責任のある立場なのに休めるんですか?」っていう質問にも、「確かに、自分が休むと言うと電話の向こうからため息が聞こえるけど、とにかく私には休む権利があるから休むのよ」と、本当にドライなんです。
−そういう意味では、日本と北欧では制度以前にまず国民性や文化の違いも大きいから、簡単には真似できないよ、という声もありますよね。
- 中山:
- そうですね。でも、北欧はとても人口が少なくて、女性にも働いてもらわないと国力が維持できないんです。女の人も働くとなると、じゃあ誰が育児や介護をやるのっていう事で、手厚い育児・介護政策が出来てきた背景があります。
日本も今、少子・高齢化が進んでいますから、北欧型の道を歩みつつあると思います。だから「北欧だから別世界だよね」って話ではないですし、女性だけの問題でもない。共働きの夫婦も結婚していない単身の人も増えていますし、そうなると子育てや介護を誰がするのかっていうことになる。だから、男性も女性も、無理なく家族の面倒を見ながら働き続けられる制度っていうのを、私達は作っていく必要があるんじゃないかなと、思っています。