五輪開幕! 頑張れ、イラク・サッカー

放送日:2004/8/14

ちょうど今(日本時間8月14日朝6時現在)、アテネ五輪の開会式が華々しく行なわれている。今日は、混乱が続く祖国の“希望の星”であるイラクのサッカーチームに眼をツケる。イラク選手たちを追いかけ続け,五輪出場決定の瞬間も、ヨルダンのスタジアムで生で応援していたという、フリーライターの渡邉真由子さんに、ジャーナリストというより、一人の熱い応援団という立場で語って頂く。

―もう予選リーグが始まっていて、イラクは4対2でポルトガルにを破っているんですよね。

渡邉:
ポルトガルは、あのC・ロナウド選手も出場していたんですが、それでもイラクが勝ちました。

大会前のアジア予選では日本・韓国・イラクが勝ちぬいた。イラクがこの五輪切符を手にしたのは5月12日。渡邉さんは、その瞬間の大歓声を、ヨルダンのアンマンのスタジアムで録音している。

(スタジアムの大歓声)

―このすごい声量だと、ファンは、かなり詰め掛けていました?

渡邉:
はい。ええと、大体見た感じで200〜300人…。

―それだけですか!?

渡邉:
それで、この大歓声ですよ。パッと見、イラクの応援団は、ブロックの一角にいるだけなのですが、満員のスタジアムなんじゃないかって思うぐらい凄かったんです。

当時の報道では、アンマンのスタジアムだけではなく、バグダットでも市民が大騒ぎだったそうだ。銃声も響いたというが、それはいつもとは違う意味のものだった。
毎日新聞の杉尾記者のリポートでは、イラクのオリンピック委員会のアハマド・サマライ会長が「イラクでは、自分の国のサッカーチームの試合がTV放映されている間は武力衝突は起こらないんだ」という風に語っているそうだ。これは、あながち誇張ではないかも知れない。古代オリンピックの時から”五輪休戦”という考え方があって、オリンピック開催中は、戦いは休止になったというではないか。
しかし今回は、ちょうど予選の最中にも、アメリカ軍の掃討作戦が起きていて、五輪休戦どころか正反対の動きとなっている。

―イラクの五輪出場が決まった試合は、場所がヨルダンだから“アウェイ”ゲームなのかと思ったら、そうじゃないんですね?

渡邉:
それが"ホーム"ゲームなんですよ。スタジアムが、米軍によってほとんど破壊されてしまっていて、イラク国内で試合をするのが不可能な状態で、自国開催分の"ホーム"ゲームなのに隣国ヨルダンでやらざるをえない状況で…。スタジアムに入るのに、選手ですら、米軍のボディチェックを受けなければいけないという状況にあるらしいです。

―練習場が破壊されているのなら、練習は何処でするのですか?

渡邉:
バグダッドに唯一残されたスタジアムがあるらしいんですけど、2チームが半面づつを使用して、練習をしているらしいですが、試合形式の練習はできないようです。なぜなら、サッカーだけではなくて、他のスポーツの練習も一緒なんです。中学校とか高校の放課後のクラブ活動とかの、校庭の様子みたいですね。

―今、いろんな所でテロとか起きていて、練習場まで行くのも大変なんじゃないですか?

渡邉:
そうですね。ファルージャ出身でFWのアフマド・ムナージド選手は、家族がとても心配で、「今のこの状況で、家族から離れて生活するってことを考えられない」って言って、合宿所に入らずファルージャの自宅から練習場まで通っている状況なんですけど、その、“通う”っていうこともかなり困難な状況です。どこで爆発が起こるかわかりませんから。大体、選手たちに対して「今の問題は何ですか?」って聞くと、皆さん必ず言うのは、移動や交通の問題です。車を持っている選手ですら、途中途中で必ず米軍のチェックに遭って、時間を取られてしまう。また、今まで通ることができた道が、破壊のため、封鎖されているとか…。

FWのラザク・ファルハン選手の話だと、「今までは、車で1時間足らずで行けた場所に、4〜5時間かけて通わなくてはいけないし、また、その練習場までたどり着けない日もある」そうです。暗くなってしまったら危険ですから、その日の日没時刻まで計算して引き返さなきゃいけないんですね。

―米軍の検問で、『私は五輪代表選手です』なんてパス見せてもだめなのですか?

渡邉:
そんなものは、全く通用しないらしいです。そのファルージャの選手は、練習場まで行けない時は家で自主トレをするしかない状態にあるらしいです。自主トレでも、外でのランニングは、非常に危険ですし、一人で走っていても、米軍のチェックの対象になるので、自宅・室内で筋トレとか、狭い場所でできるトレーニングをしているそうです。

―スタミナ不足が心配になりますね。

渡邉:
本人も、「筋肉がモリモリついちゃうよ」と言っていました。サッカー選手にとっては、あまり意味のないトレーニングになってしまうというか。

―身内の方や、友達を戦禍で亡くした人もいるんでしょうね。

渡邉:
いらっしゃいますね。MFのハイサム・カーディム・タフィル選手は、サドルシティ出身です。報道されている以上に散発的な米軍の空爆というのが、昼も夜も関係無く行われて、いつ爆弾が落ちてくるかわからない状態のこともあるらしいんです。結局、彼は3人の友達を失ったそうです。「おかげさまで家族は元気だけどね」っていう言い方をするんですけど、凄く怒りを溜めているというか。
去年5月、ブッシュ大統領が「大規模戦闘は終わった」と言った時点では、代表クラスの選手では、消息が分かっているのが数人しかいなかった、というぐらいバラバラになっていたそうです。シュタンゲ監督が、選手に電話をしてもつながらないし、どこにいるかわからないので、選手の家を1軒1軒訪ね歩いて召集したそうです。

―シュタンゲ監督って結局、辞めちゃいましたよね。五輪代表決まってから。それも戦争が理由ですよね?

渡邉:
そうですね。彼はドイツ人ですが、イラク国内での安全を、自分を守れないというか。

―このような状態の中で、オリンピックに来ているから、「やるしかない」という気持ちが強いんでしょうね。

渡邉:
そうですね。本当に一人一人、戦禍の状況を思いながら、国民のためにプレイしているというのが伝わってきますね。でも、選手たちは結構あっけからんと明るいんです。シーンとしてる瞬間が無いんですよ。誰かしらが勢いをつけてバーッと喋り出すか、歌い出すかという感じで。みんな冗談言って、笑っている感じなんですけどね。仲が良いのは元々イラク人の特色のような気がします。

五輪停戦が無理なら、せめてこういうチームを応援したい。ここで、イラクチームが勝ち進めば、困難な状況にあるイラク人が《誇り》や《自信》を持てるだろう。それを応援することを、一種の"復興支援"のような気がする。
イラクからは、他にも6競技、25人の選手団がアテネ入りしている。健闘を祈りたい。

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