東ティモールの山奥で「お母さん」と呼ばれ慕われている、うら若き日本のNGOメンバー・伊藤淳子さんが、このほど一時帰国して、来週水曜(3月10日)、都内で活動報告会を開く。伊藤さんが参加するNGO『アジア太平洋資料センター』(通称PARC=パルク)は、アジア・太平洋地域をフィールドにして、「自分が変わることで日本の社会が変わり、南の人びとと共に生きていける社会ができる」をモットーに色んな活動をしており、その一つとして、東ティモールでコーヒーを生産している地元の農民達の自立を支援しているのだ。
私も、去年暮れの自衛隊PKO取材で同国を訪れた時、足を延ばしてそのマウベシという農村まで行き、そこにずっと住み込んで頑張っている伊藤さんの様子も見て来た。まずは、マウベシの村中にあるPARCの事務所を訪れた時の様子をご紹介しよう。虫が入り放題の薄暗い部屋、がらんどうの空間にポツンと一つ伊藤さんの作業デスクが置いてあるだけのミーティング・ルームの壁に、何やら数字が一杯書いてある模造紙が貼ってあったので、それについて聞いてみた。
(現地でのやりとり)-----------------------------------------------------------
−この金勘定は何ですか?
- 伊藤:
- (地元農民達の)各グループが、農業プログラムでいろんな野菜を植えはじめてるんですけど、その種にかかるお金を、グループとPARCで半分ずつ負担しようという事で、それぞれいくらかかるかを計算したものです。
−コーヒーだけでなく、野菜にも多角展開するわけですね。
- 伊藤:
- そうですね。ようやくその段階に入ったという事です。
毎月1回、代表者会議というのを開きまして、5つのグループからそれぞれ代表・副代表・会計が集まって、説明しながら皆で情報共有するという事をやっています。
−こういう事を、いきなり外国人である伊藤さん達がやってきて始めて、現地の人に受け容れてもらえました?
- 伊藤:
- 私達がここに来て活動を始める前にも、色々な外国の機関が援助という形でここへ入っていたので、現地の人達には受け容れる姿勢はありました。でも逆に言うと、何かを≪してもらう≫という姿勢が皆さんにあるので、そうではなくて、≪一緒にやりましょう≫という意識を高めていこうと。今でもまだ、そのプロセスにあるという気がします。
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東ティモールは、ポルトガルの植民地時代から、戦時中の日本、最近までのインドネシアと、ずっと他国の支配下にあった土地。統治され慣れてしまって、≪自立≫という発想が根付きにくいのだろうか。
そういう土地に入って支援する側が陥りがちなのが、≪自分流≫の押し付けだ。言うまでも無く、特にアメリカにその傾向が強いが、それでは本当の自立支援にはならない。その点、PARC流には感心した。
(現地でのやりとり)-----------------------------------------------------------
−例えば「この土地だったらこの野菜が育ちやすい」といった≪地元の知恵≫は、どうやって採り入れているんですか?
- 伊藤:
- 代表者会議から情報を得るのが第一と、後は、コーディネーター(PARCと農民との仲立ちをする、地元の世話人的存在)が元々農業のバックグラウンドを持っている人達なので、その人に基本的な知識・情報を教えてもらって、判断する材料にしています。
−地元の人が決定の主導権を持っている、という感じですか?
- 伊藤:
- そうですね。基本的に、この土地の事はここの人達が一番よく知っているという事で、彼らの意見を一番参考にしています。
−今年度の実績としては?
- 伊藤:
- 実際に輸出できた数量が36.4トンですね。去年と比べておそよ6倍になりました。去年の輸出量が6.5トンだったので。
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日本人スタッフは伊藤さんを含め2人だけで、後は皆、現地の人達の自主グループで運営されている。私も何人かのコーディネーターやチーム・リーダーと話したが、本当に皆趣旨をよく理解し、能動的に活動していた。仲間を増やすべく、周囲の農家に勧めて回ったりもしているらしい。
今までは、作った豆をNCBAというアメリカ系の団体が組織する組合へそのまま売り渡すという形だった(それでも単純に個人で売るよりは良い収入になっていた)が、今は、自分達で自主的に生産組合のような形をつくり、豆を粉にするところまでやってから輸出している。自分達の手間隙はすごく増えてしまうわけなので、ちゃんと主旨を理解している人でないと出来ないのだが、そうする事で現金収入は2〜3倍になった。とは言っても、まだまだ、コーヒーによる一世帯平均の年収は300ドル程度。日本でもPARCが仲立ちになり、「オルター・トレード・ジャパン」(ATJ)という株式会社によって販売が始まっている。
この後、事務所を出て、点在するコーヒー生産の現場の一つへ連れて行ってもらった。橋の無い川を素足でジャブジャブ渡って更に奥地へと進むと、12人が暮らす集落がある。その奥の森に、ヒョロヒョロと背の高いコーヒーの木が、他の木と混じり合うように生えていた。
コーヒー園にある木と言うと、わりと背が低いイメージがあるが、全く手入れをしない野生のコーヒーの木は、こんなに高く伸びてしまうのだ。「園」ではなく、コーヒー「林」という感じで、つい最近までの品質管理という考え方の希薄さがうかがえる。
鳥達がさえずるこのコーヒー林の中で、伊藤さんと話した。
(現地でのやりとり)-----------------------------------------------------------
−自衛隊の支援活動は“日の丸を背負ってやっている”という感じがしますが、伊藤さんもこのNGO活動をやっていらして、“日本として”支援に来ている、という意識はありますか?
- 伊藤:
- 私個人としては、全く無いです。ここで東ティモールの人達と活動する中で、日本にコーヒーを送ったり、日本人がたくさん来たりしますので、つながりは非常に深いですけれども、“日本人だから”とか、そういう事は無いですね。それよりもここの人達、1人1人とのつながりです。今は200世帯なんで、とても多くの人達と関係を築いている最中ですが、今私がつながりを持ってしまったこの人達が、どれだけの事をできるようになるか・この人達が「やっていて良かった」と思ってくれるか、という事の方が、むしろ常に頭にあります。
−日本の存在感を示そうとか、“日本ありがとう”と思ってもらおうとか、そういう意識はまったくない?
- 伊藤:
- 全く無いです。
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もう一つ、明確な違いは、≪撤退時期≫についての考え方。自衛隊は、もちろん期限付きの活動だが、PARCは撤退に付いてどういう計画でいるのか、尋ねると…
(現地でのやりとり)-----------------------------------------------------------
- 伊藤:
- 私達は、PARCがここで担っている役割が、ここの農民達に少しずつ移行できるようにしなければいけないと思っていて。それはあまり時間がかかってはいけないんですけど、おそらく5年10年はかかってしまうと思うんですね。ですから、PARCが何年に撤退するか、まだはっきりとは決められていないです。
−逆に言うと、どういう状態になったら撤退ですか?
- 伊藤:
- 今は、マネージメントの部分ですとか、輸出の手続きとかはほとんど私達がやってしまっているんですね。そういう事も全部、現地住民ができる体制にならなければ、撤退は難しいかなと思います。
−つまり、撤退した後に現地の状況が“逆戻り”しない状態になるまで。≪日付≫ではなく、現地の人の≪状態≫が撤退を決めるわけですね。
- 伊藤:
- そうですね。
−東ティモールという国の、この村の人々の自立のために、なぜ伊藤さんがこうやってがんばらなければいけないんでしょうか?
- 伊藤:
- 非常に難しい問題ですけれども…。私自身がこういう事をやりたいというのが、まず第一にあるのが確かです。それからやっぱり、≪知り合ってしまったからには、最後まで責任を持ちたい≫というのもあります。東ティモールが独立するまでの間、PARCを含め、多くの人達が関心を持って独立を支援して、それが達成した時は皆で一緒に喜んだんですけれども、政治的に独立を果たしても、人々の生活がむしろ経済的に苦しくなっているっていう現状があって。そのために出来る事があるのであれば、一緒にがんばりたいなと思っています。
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「南北格差が…」といった総論ではなく、「知り合ってしまった人達に責任を持ちたい」という、とても地に足が付いた答え。若いながら現地でがんばっている伊藤さんの言葉には、とても重みがある。
とはいえ、活動するにはやはり資金が必要だ。PARCの東ティモール・プロジェクトの総経費は年間1500〜1600万円だが、一般の寄付は100万円ぐらい。残りは、JICAからの支給に頼っている。コーヒーの売り上げが資金源にもつながるので、どんどん買ってほしい、との事だ。(PARCのホームページを訪ねると、買い方が載っている。)
伊藤さん達の現地報告会は、東京・御茶ノ水の総評会館で、3月10日の午後6時半から。入場料500円で、現地のコーヒーを飲みながら話を聞ける。