このところ3週連続して自衛隊イラク派兵問題を採り上げてきたが、今年(2003年)最後の今回はガラッと目先を変えて、「来年こそマイホームを建てたい!でもお金が無い!」という方へ送る、激安建築成功物語。今年東京都内で建った、(建築基準法の適合範囲内で)まず間違いなく“最も安い家”に眼をツケる。ノンフィクション・ライター藤井誠二さんが、この夏、世田谷区内に完成させた御自宅へ、先日お邪魔してきた。
違法建築や欠陥住宅などの問題が大きく取りざたされる昨今だが、今回ご紹介するのは、「安かろう悪かろう」という常識へのアンチテーゼのような家。住宅密集地の12坪の角地に建った、1・2階床面積合計10坪強(+ロフト・屋上付)という住宅で、総工費がなんと637万円! きちんとした鉄骨造りで、もちろん法規関係も全てクリアしている。土地は、定期借地権(一定期間その土地を借り受けられる権利)で、月々5千円程の借地料を大家に払っている。「これなら手が出せる!」という方も多いのではないだろうか。
本当に余計な凹凸が一切なく、直方体が地面にポンと置いてある感じだが、極限まで予算を削り、飾りを捨てて機能優先にしたら、必然的にこの形になったとの事。基礎の上にサイコロの六の目の配置で垂直に立てた6本の鉄骨が、頑丈な基本構造体になっている。その外側を、隣家に面している側は軽量コンクリート板で、道路側は全面曇りガラスで覆った。通行人からあらゆる家具の裏面がガラスごしにうっすら透けて見えている状態なのだが、これがまた“芸術的”で、見方によってはなかなかカッコいいのだ。(右の写真は完成直後で、まだ家具が並んでいない時点) | 撮影:新 良太 |
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曇りガラスも、この狭さの家の中にいて圧迫感を持たないためにぜひ≪必要≫な工夫だったのだが、こんな“芸術的”効果までは、考えていなかったのではないだろうか。
それにしても、ただ「小さい」とか「形がシンプル」というだけでは説明がつかないこの安さ。総工費637万円の秘密は、何だったのだろうか?■ 安さの秘密1:人件費の切り詰め
- プロでなければ出来ない部分以外は、とことん仲間うちに頼んで皆で楽しみながら作る。
- その結果、時間がかかることには目をつぶる。
- コマゴマした不具合はだんだん直す、ぐらいの大らかな気持ちでやる。
そうして出来上がった家の内部を隈なく見せてもらうと、“手作り”が随所で思わぬ味わいを生んでいた。
【シャワールーム】 ---------------------------------------------------------------------------------
- 藤井:
- ここも素人工事でやったんで、ちゃんと流れないんですよ。排水溝が床面の一番高い位置にあるんですよね。もうホント、お恥ずかしい限り(笑)。
−じゃあ、一番高い位置の排水溝まで、シャワーが終わると水をかき上げるわけですか?
- 藤井:
- そう、足でこうやって、かき流すんですよね。それで流れていく(笑)。
【階段】 -------------------------------------------------------------------------------------------
- 藤井:
- 階段は全部アルミなんですよ。
−本当に、工事現場にある仮設用の階段と同じですね。
- 藤井:
- 全く同じです。これ(階段の踏み板)、1枚1800円とか1900円とかそのぐらいですね。で、この(踏み板をつなぐ斜めの)棒が800円くらいじゃないかな。
床面は、丸く細かい小穴があいた(これまた工事現場にありそうな)アルミ板だ。
- 藤井:
- これ、夜になると(木漏れ陽みたいに)光が透けてね、けっこうねえ、水玉模様になって、いいよ。
−2階の床イコール1階の天井なんですね。
では、2階に上がります。
(ギシギシ)
…微妙に階段が揺れますね。
【2階】-------------------------------------------------------------------------------------------
裸足で歩くと床面の小穴のふちが盛り上がっていて痛いかもしれないが、ソックスをはいていれば平気だし、じゅうたんが敷いてある部分は全く問題ない。2階には、ベッドと仕事机、壁面は全て本棚が置いてある。(右の写真は、そういった物が並ぶ前で、やたらとスッキリかっこいいが、今は生活感に満ちている。)
−このスペースにしては結構本棚がありますよね。 |
撮影:山田 茂 |
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工事現場のような階段の家で暮らすことが気になる人には、あまりお勧めはできない。工事現場と言っても十分に清潔でお洒落だが、こういうスタイルを気に入って楽しめる性格であることが、まず経費節減の第1条件とは言える。
■ 安さの秘密2:材料費の切り詰め
−こういう家を建てて良かったと思う点は何ですか?
- 藤井:
- ま、これは現実的な話なんですけど、沢山借金をしなくて済んだという事ですね。金融機関からお金を借りて、例えば20年、30年のローンを組むと、かなり利息を払わなくてはいけないし、自分の持ち物になるのは20〜30年先になるわけですよね。そういった負担をする事なく、少ない金額の借金を知人から集めるだけで済んだという事ですね。
−何箇所かあるとおっしゃっていた、雨漏りとかトンボが入ってきてしまうとか、そういった部分の小直しは苦にならない?
- 藤井:
- うーん、まあ、それはこれから直しますけど、苦にならないですね。日曜大工センターとかへ行くといろんな材料を売ってて、見てて楽しいですよ。「どうやって直そうかな」とか。
−月々小直しをした方が、月々ローンを払うより楽しそうですね、確かに。
- 藤井:
- 工業材っていうのは驚くほど安いので、出来る所は自分たちでやっていけば、全然お金はかからないですよ。この鉄骨(白い柱を指して)、元々赤茶色だったんですけど、ペンキを3度塗りくらいしてあるんですね。
−鉄骨にしても、それぞれをつないでいるボルトやナットにしても、みんな剥き出しだから、この家の成り立ちっていうのは非常に明らかですよね。
- 藤井:
- だから、なんか問題が起きたらどこに原因があるかすぐにわかるんですよ(笑)。どこから雨漏りがしてるとか、どこで音が軋んでるとか。
−これだけ作りが明らかだと、何にいくらかかっているかもわかりますね。
最近多い欠陥住宅のトラブルは、外見上は問題が見えないから後でモメるのだが、これならそういうごまかしも利かないわけだ。いわば、≪全て情報公開された家≫。これに比べると、普通の家はブラックボックスに見えてしまう。
■ 安さの秘密3:技術料の切り詰め
例えば、大きなガラス窓の外壁。サッシ業者に頼むと高いので、鉄骨の溝の中にガラスをその場ではめ込む工法を取ろうとした。その作業に幾らかかるか、鉄骨業者と交渉した時のプロセス。
- 藤井:
- 鉄骨業者もこういう工法ではやった事がないので、見積りをいくつか出させると、A社は700万円で出してきて、B社は「これだったら70万かな」とか、そういう世界なんですよね。10分の1なんですよ。それぐらい、建築業界の値段というのはブラックボックス化していて、つまりはドンブリなんですよね。だから、材料自体はすごく安いんですけど、そこにどのくらいの付加価値や人件費を乗せるかによって、値段が違ってくるんですね。やはり、≪見積りを複数から取る≫、それと≪直接交渉≫ですね。
僕らは“1人ゼネコン”って自称してましたけど、工務店に丸投げするんじゃなくて、自分たちで、水道屋さんや電気屋さんに「これしかお金がない、だからこれでやってくれ」と、分離発注方式で直接交渉していくと。
これは、かなりマメな人、かつ交渉が上手な人でないとできないやり方だ。安易に「600万で家が建つなら」と手を出すと、痛い目に遭いそうだ。
■ ≪買うもの≫ではなく≪一緒に建てるもの≫
−この激安住宅建設チャレンジ、どんな人にはお勧めしないですか?
- 藤井:
- 「建築家にお金を払えば、後は入居するまで何もしなくていい」と思っている方は、手を出さない方がいいと思います。施主と建築家と現場のスタッフが三位一体になって、作っていく≪苦労≫も含めて楽しんで、一緒にやっていこうと思う人じゃないと、できないと思いますね。丸投げしちゃって終わりっていう人は無理だと思う。
ローコスト・ハウスを作るためには、建築家との綿密なコミュニケーションが必要なんですよね。だから、クレーマーになっちゃってもダメなんですよ。「出窓の出方が足りない」とか、「この床の色が違う」とか、そういうクレーマー体質の人もやめた方がいいと思います。
子供の頃の家の増改築とかって、大工さんが来て家族がお茶出して、大工さんがちょっと威張ってたりとかして(笑)、結構一緒にやってましたよね。だから、≪建ててもらう≫って感じがしたんですけど、今じゃ≪買う≫っていう感じになっちゃうじゃないですか。「買うものだ」って思ってチャレンジすると、ちょっとズレるかもしれないですね。
−家は、≪買い物≫じゃなくて、≪一緒に建てる物≫?
- 藤井:
- そうですね。どんどん変えていけばいいと思いますし、飾り立てる必要もないですし。僕にとっては“道具”なんですよ。
−この家は確かに“道具”ですね。「この家のどこが誇りですか」って聞こうと思ってたんですけど、藤井さんは、家というものに誇り自体を求めてないのかな?
- 藤井:
- ああ、ないですね、そういうのは。“家を持ったから偉いだろ” “俺も一人前だ”、そういうのは全然思わないですね。
「家」そのものに対する考え方から変えないと、激安は無理なのかもしれない。
“人生(生涯続くローン)を賭けた城造り”という考え方も、もちろんあっていいと思う。そういう人は、高い金を払って夢を買えばいい。(最近はその思い入れにつけ込んだ不良業者にだまされたりもするけれど。) これは、良し悪しではなく、選択の問題だ。藤井さんは、「選択によってはこれだけ安く済む」という実例を見せてくれたのだ。
- 藤井:
- もっともっと、家の作り方や買い方を変えれば、値段は安くなると思うんですね。大根や白菜を買うのに1円とか10円とか値切ってるのに、そういう方々って家の頭金を貯めるためにがんばってたりすると思うんですけど、いざ家を買おうとすると、あんまり値切らなかったりするでしょう。だから、節約術の発想を、家を買う時にももっと発揮していただきたいなと思います。
−みんながそうすれば、住宅のバカ高い相場も、崩れると思います?
- 藤井:
- 崩れます。やっぱり消費者が思考停止していて、高い物を買わされるのに慣れきってしまっている、“一生に一度の買い物だ”と思わされている事が、住宅価格のブラックボックス化を温存していると思うんですよね。もっと関心を持って、「住む」という事に意欲的になれば、かなり変わっていくと思いますよ。その一つの実験として今回はやったんですけれど。
藤井さんの激安住宅建築の奮戦記、『500万で家をつくろうと思った。』(建築家で小説家の鈴木隆之さんと藤井さんの共著。発行:株式会社アートン 1500円+税)が、先月(11月)末に発行されている。この本のタイトル通り、最初の予算は500万円だったが、最終的に637万円かかったその明細が、この本の中に全て載っている。ネジの値段や買い物に使ったレンタカーのガソリン代まで、明朗会計で紹介されているので、本当に参考になる。
実際にチャレンジするには苦労をいとわぬ覚悟がいるが、「マイホーム=生涯で最も高い買い物」という固定観念は、確実に壊してもらえる。2004年、まずはすぐ身の回りから、発想を自由にしてみてはいかが?