今週火曜日(12月9日)の夕方、小泉総理が、自衛隊イラク派兵の閣議決定について説明記者会見を行った。「国民に納得してもらうため」というのが会見の趣旨だったわけだが、あの31分2秒の会見の中に、明らかに論点をずらしている、または答えを避けていると思われるヶ所が、私が数えたところ少なくとも41ヶ所あった。(番組では時間切れで20ヶ所しか紹介できなかったが。)
「国民の理解を得て自衛隊を送り出したい」という小泉首相の思いに応えて(?)、《理解を得るために埋めなければいけない論理の欠落点》をリストアップしよう。
---------------------以下、小泉首相の会見発言より---------------------
【発言1】武力行使はいたしません。戦闘行為にも参加いたしません。戦争に行くのではないんです。 | ||
→ | 【説明不足のポイント】短いフレーズの連打で、最も国民が懸念している「応戦せざるを得ない局面」に不言及。「正当防衛から戦端が開かれる」危険性に全く触れず、国民の不安に応えていない。 | |
【2】イラクの国民が希望を持って自国の再建に努力することができるような環境整備に責任を果たしていくことが必要だと思います。 | ||
→ | 誰も反論できない表現までボカして反論を回避。その「環境整備」が《自衛隊でなければ出来ない理由》を国民は知りたいのに、不言及。 | |
【3】そのために、日本は資金的な支援のみならず、 | ||
→ | 《資金援助だけではなぜダメなのか》が説明されないまま、“現地に行って汗を流さなきゃだめ”が当然の前提扱いされている。日本が提供する資金は、たまたま宝くじで当てたような“汗をかいていないカネ”ではなく、日本人が国内で汗をかき・欧米のような休みも取らず・ウサギ小屋に暮らしながら産み出した“円”である、という認識が、総理自身に欠落しているのではないか。湾岸戦争の時に日本が「カネだけ出した」と批判されたとすれば、このようなアピールが不足したためではないのか。「カネを出すのは、人を出すより劣ること」という暗黙の前提に対し、日本のスタンスを国際社会に《説明しない》理由について説明を。 | |
【4】物的支援、人的支援、自衛隊も含めた人的支援が必要だと判断いたしました。 | ||
→ | 一番肝心な「自衛隊も含めた」必要性について、結局最後まで具体的説明がない。国民が聞きたいのは、「必要だと判断した」《決意》でなく、その《理由》。 | |
【5】私は、現在、イラクの情勢が厳しい、必ずしも安全だとは言えない状況だということは十分認識しております。 | ||
→ | ならば「サマワは安全」とか「非戦闘地域はある」とかいうこれまでの議論は何だったのか、首相の認識の整合性について、説明が無い。 | |
【6】自衛隊諸君にしても、イラク国民から歓迎される活動をしなければならないと思っております。 | ||
→ | 当り前の一般論へのすり替え。国民が聞きたい、次のような点の説明がない。 ・自衛隊でなければ「イラク国民から歓迎され」ない活動とは、例えば何か ・それは自衛隊が「歓迎されないデメリット」と比較してどう勝るのか ・自衛隊以外の日本人が行なえる「歓迎される活動」では、なぜ足りないのか |
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【7】自国の安定と発展のために活動したいと多くのイラク国民は願っていると思います。その支援のために、私は自衛隊の派遣が必要だと考えて判断したわけであります。 | ||
→ | なぜこのイラク国民の願いの支援が、自衛隊《でなければできない》のか、理由説明がない。 | |
【8】日本の平和と安全を確保すると。そして繁栄を図る。そのためには、日米同盟を強化しつつ | ||
→ | 日米軍事同盟の強化は、「軍事行動をともにすること」(=自衛隊派遣)でしか達成されないのか? 「軍事的危機の低減に、別の方法で尽力する」というアプローチの“強化”はあり得ないのか。《別の選択肢がない》と判断する理由の説明がない。 | |
【9】国際社会と協力していかなければならない、 | ||
→ | 国際社会と言う時、「国際」とは米英だけを指すのか。援助対象国やアラブ社会に対し、例えば【3】のような基本認識を持ってもらうアピール努力はされているのか?「おしん」の現地放送もよいが、小泉総理によるそういう“広報”支援活動がどの程度行われているのか、説明がない。 | |
【10】口先だけではない、その行動が試されているときだと思っております。 | ||
→ | このフレーズを聞くと、「自衛隊派遣以外は口先だけ」というイメージに誘導されてしまう。民間団体などが実際に「口先だけ」でないことをやっているのに、その点に敢えて言及していない。なぜ「行動」=「派兵」という帰結になるのか、が国民の知りたいところ。 | |
【11】日本もアメリカにとって、信頼に足る同盟国でなければならないと私は思っております。 | ||
→ | 逆に、「派兵をしない」ことで、具体的にどんな風に米国の信頼が失われ、どう日本の国益に響くのか、説明がない。もっと《アラブに好かれている日本》にしか出来ない役回りを演じることの方が、米に「頼りにされる」道では?という、さんざん出ている異論に、全く答えていない。 | |
【12】国連におきましては、9月においても10月においても、国連加盟国に対し、イラク復興支援の努力を要請しております。 | ||
→ | 国連が要請している「努力」の中味を、イコール「派兵」と解釈する根拠の説明がない。他の方法による日本流の「復興支援」は当然ありうるが、《それでは足りない理由》は何か。 | |
【13】(日本人外交官2人がイラクで殺害された事について)我々はこの悲しみを乗り越えて、日本として何ができるかということを、今、真剣に考えなければならないと思っております。 | ||
→ | 情緒に訴える、反論の余地のないフレーズ。しかし、「悲しみを乗り越え」た先が「派兵」である理由を何ら示さず、結論に飛んでいる。 | |
【14】多くの国民からも、不安なり、あるいは自衛隊を派遣することに対して反対の意見があることは承知しております。ここで自衛隊派遣は憲法に違反するという声があるのも聞いております。 | ||
→ | 「反対意見は承知」と言っても、その中身には触れていない。その直後に「違憲論」につなげることで、反対論の根拠を憲法論議オンリーに矮小化している。「自衛隊が行くと危険をわざわざ増す」という最も有力な反対論を、これで封殺し、答を回避。 | |
【15】憲法の前文、全部の文章ではありません。最初に述べられた、前の文、前文の一部を再度読み上げます。 | ||
→ | まさに、「全部ではない」! 「最初に述べられた」こと(前文の第一文)は、総理が会見で引用した部分ではなく、『政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないやうにすることを決意し』である。今回の《政府の行為》がこの精神に抵触する展開を招かないと判断する根拠を、(わざわざ前文を引用するなら避けずに堂々と)国民に説明すべき。 | |
【16】(憲法前文朗読より)いずれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって、 | ||
→ | この時期まで派兵決定を延ばしたのは、「他国」(=イラク)のニーズとは関係ない、《選挙対策》という「自国のことのみに専念」した結果だと多くの国民が思っている。そうではないのなら、その説明を。 | |
【17】イラクの安定、平和的な発展というのはイラク自身にとって最も必要だし、日本国にとっても必要であります。 | ||
→ | どう「日本国にとって必要」なのか、国益を明確に説明していない。基本計画の冒頭には、「石油資源の9割近くを中東地域に依存する我が国…(中略)…にとって極めて重要である」と書いてあるが、首相が説明の中で「石油」に一回も触れなかったのはなぜか。 | |
【18】イラクのテロリストの脅迫に屈して日本が手を引くということになって、一番不安定になるのは世界であり、イラクの国民であり、その被害を被るのは日本であります。 | ||
→ | 「自衛隊を出さない」=「手を引く」という公式が、なぜ成り立つのか。他に「手を出す」方法はいくらでも提案されているのに、それらを無きものとしている論理展開。 | |
【19】私は自衛隊だから行ってはいけないという、そういう考えは取っておりません。 | ||
→ | 「自衛隊だから行ってはいけない」という考えの論拠(=かえってテロを誘うのでは、という疑問)に回答していない。ただ「私はそう考えない」だけでは、全く説明にならない。 | |
【20】一般国民にできない仕事を自衛隊ならできるんです。 | ||
→ | 「一般国民に出来ない仕事」とは具体的に何か。逆に、「自衛隊員では出来ない(非軍人だから出来る)仕事」がしづらくなるデメリットとの比較衡量説明がない。 | |
【21】自衛隊員に対しまして、私は多くの国民が、願わくば、敬意と感謝の念を持って送り出していただきたいと思います。 | ||
→ | 国民にそう願うならば、直前の“国民の信を問う”絶好の機会だった総選挙で、なぜ「派兵」の決意を争点に明示しなかったのか。選挙のときはボカしていたのに、今になって「送り出してほしい」と求めるのは、ムシのいい論理展開では? | |
【22】日本国民の精神が試されているんだと思います。 | ||
→ | 精神論を持ち出す危うさ。「派兵しないという精神」を言外に否定するニュアンスをとっているが、その根拠は。 | |
【23】危険だからといって人的な貢献をしない | ||
→ | 「危険だからと言って」の“危険”とは何かに敢えて触れず、文脈上「死ぬのが怖い」という《自分にとっての危険》イメージを滲ませている。「殺す危険」「テロを激化させる危険」等の《相手にとっての危険》を憂慮する指摘に一切答えていない。 | |
【24】金だけ出せばいいという状況にはないと思います。 | ||
→ | 【3】の繰り返し | |
【25】多くの外交官も、あるいはNGOで活躍している一市民も、そして自衛隊の諸君の活動も | ||
→ | ただ列挙する事で、文民派遣と武装集団派遣の質的違いをボカしているが、これらの間の役割分担(=復興人道支援活動全体の中での自衛隊の活動の位置付け)が、説明されていない。 | |
【26】ペルシャ湾での掃海活動、その後十数年の間においてカンボジアでのPKO活動、モザンビークでのPKO、ルアンダでのPKO、ゴラン高原でのPKO、インド洋での対テロ支援、東ティモールでのPKO、いずれも規律正しい自衛隊諸君の活動は、現地の住民から歓迎され、評価されて、強い信頼関係を築いてまいりました。 | ||
→ | (※この部分のみ04年1月3日書き替え) PKO活動と、今回の派遣は、このように同列に並べられる性質のものなのか。全く異質のものを並べて見せているだけでは、という疑念に対し、説明を。 ★『眼のツケドコロ』04年1月3日分参照! | |
【27】一般市民にはできない、自衛隊だからこそできる活動を自衛隊諸君はしてきてくれるんです。 | ||
→ | それが何か、を国民に説明するのが、今回の会見の主眼だったのではないか。またもや【4】の繰り返し。 | |
【28】自衛隊を派遣する場合には、十分な安全面においても配慮をして、日本政府として全力を挙げてその活動を支援していきたいと思います。 | ||
→ | 「十分」とは抽象的。具体的に、どんな「配慮」かの説明が無い。2外交官射殺の際にはどんな「配慮」が不足していたのか、それを自衛隊の際にはどう改善するのか、国民はそれが知りたい。“テロに屈するな”と言うが、一番明白なテロへの屈し方は、《襲われて死んでしまうこと》ではないか。それを避けるために、具体的に何をしようとしているのか、一言も言っていない。(防衛上すべては語れないにしても、これでは舌足らず過ぎて、国民は安心できない。) | |
【29】正当防衛までも武力行使に当たるとは私は思っておりません。 | ||
→ | 「武力行使」だと“私”が思わないことなど、全く関係ない。現地の《イラク人が》どう思うか、だけが焦点。実際に武器で撃たれたとしたら、イラクの人は本当に“正当防衛だから仕方ない”と受け取れるのか。この発言には、まったく説得力がない。 | |
【30】日本が今、お金だけ出せばいいという状況にはないと私は判断いたしました。 | ||
→ | またもや【3】の繰り返し | |
【31】自衛隊だったならば、一般市民のできないような日ごろの訓練もしております。危険を回避する努力もできます。また、危険を防止する装備も持っております。 | ||
→ | たとえおっしゃる通りだと仮定しても、これは、事柄の半面。もう半面の、「自衛隊だから危険を招来する」可能性について、国民の不安に答えていない。 |
---------------------以下、記者席との質疑応答部分---------------------
【32】 | 記者: | 一般の人の素朴な疑問は、なぜ治安が比較的よいと思われた夏場には派遣せずに、治安が悪くなった今派遣するのかと、そういう疑問があると思います。率直に御説明ください。 |
総理: | それは、治安が悪いからといって、人的支援をしなくていいかと、何もしなくていいかと。お金だけの支援でいいという考えならば、そういう意見も成り立ちます。 | |
→ | 質問の後半(治安の悪い今、派遣する理由)だけに答え、前半(夏に派遣しなかった理由)を完全に無視している。“選挙や国会日程などの「自国の事情」が、派兵を遅らせた理由ではない”と言うのなら、納得できる《理由》をきちんと国民に説明し、理解を求めるべき。 |
【33】日本は資金的援助だけでない、人的支援もする | ||
→ | またまたまた【3】の繰り返し | |
【34】日本にふさわしい主体的な支援をする。資金的援助だけではない、人的支援もする。そういう中で自衛隊派遣も決断いたしました。 | ||
→ | 「そういう中」って、どういう中? 「派兵」という、他の37ヶ国と同じ行動に追随することが、なぜ「ふさわしい主体的」判断ということになるのか。日本だから出来る他の選択肢を、なぜ捨てるのか。その理由説明がない。 |
【35】 | 記者: | 犠牲者が出たときに、自衛隊を簡単に撤退させるわけにもいかないでしょうが、そのまま活動を続ければ泥沼化して被害を広げてしまうことが多いというのも歴史が証明しています。自衛隊に大きな犠牲が出たとき、撤退なども含めて総理の対応をお聞かせください。 |
総理: | 泥沼化するのは、今、国際社会がイラク復興支援に手を引いたときの方が泥沼化すると思います。 | |
→ | またしても、質問のすり替え。質問者は、「派兵しなければ泥沼化しない」とは一言も言っていないのに、自ら都合よく反対意見を創作して反論してみせる手法。首相が言う「手を引いたときの泥沼」とは《別》に、「派兵した場合の泥沼」はいずれにせよ想定せねばならない。それにどう対応するかは現時点で極めて重要な質問なのに、何も回答していない。 |
【36】国際協調を図ると言っていながら、他の国にやってくださいと、 | ||
→ | 「他の国にやって下さい」ではなく、日本人は現にイラクで頑張ってきた。この発言は、日本人の外交官や民間の支援活動の存在を完全に無視している。首相の考えでは、民間活動は「国際強調」の範疇に入らないのか、説明が必要。 | |
【37】日本だけはやりません、そんなこと言えないと思います。 | ||
→ | 「日本だけ」は明白に嘘。国連加盟191ヶ国のうち、イラク支援に軍を出して《いない》のは154ヶ国。安保理の中で派兵しているのは米英のみ。国民を騙そうと意図したのでないのなら、「だけ」という言葉を使ったのはどういう意味か、説明が必要。 | |
【38】日本がどのような国際協調をしているのかということを国際社会に示す必要があると思っております。 | ||
→ | 今現在は、(例えば【9】のような)「示す」活動をしていないのか。また、なぜ「示す」=「軍事的プレゼンス」と直結できるのか、理論的説明が無い。 | |
【39】日本が自衛隊を出したからテロの標的にする。そこに屈して、果たして日本はどうなるんでしょうか。国際社会と協力してテロ撲滅に当たらなければいけないと言っている言葉はどうなるんでしょうか。 | ||
→ | 「自衛隊を派遣しない」=「テロ撲滅活動に当たらない」という理屈がなぜ成り立つのか。派兵反対論に、“テロから逃げる卑怯者”イメージを付与する言い回し。他にも沢山唱えられている《テロの原因を減らしていく営み》を選択しない理由を、全く説明していない。 | |
【40】日本だけが「危険だから行くな」、「危険なことはほかの国でやってくれ」と言って、本当に国際社会の中で名誉ある地位を占めたいという憲法の理念にかなうんでしょうか。 | ||
→ | 反対論を、《自分にとっての危険》だけに単純化・矮小化している。(【23】参照) 《相手にとっての危険》を避けようとすることは、“名誉ある行動”であるはずなのに、その点に全く言及していない。 | |
【41】武器弾薬の輸送は行いません。 | ||
→ | こう首相が言った直後の「武器を携行した外国軍人は輸送する」という官房長官説明は、完全に“言葉の遊び”。このようにして、この会見での説明・約束も、一つ一つ拡大解釈で骨抜きにしていくのか、という疑念を国民は抱く。「そんな心配は無用」というなら、これが“言葉の遊び”でないことを、国民が納得できるように説明する必要がある。 |
以上に列挙した41項目は、首相会見への《反論》ではない。客観的に見て説明不足な点の、リストアップにすぎない。これほど重要な国家的決断を、国民への説明が不十分なままで強行する事態だけは、なんとしても避けていただかなければならない。
小泉さん、次回の会見では、まずこの41点に真正面から回答する事から始めて、議論を前に進めてくださいな。短いフレーズのリピートに、もう国民は喝采しなくなりつつありますから。