これまでにも何度かこのコーナーでお伝えしている、逆転の発想の新しい米作り≪不耕起栽培≫農法で出来たお米の収穫祭が、先日行われた。集まったのは、この1年間、千葉県佐原市で、不耕起栽培の方法を学んできた、30〜50人の『自然耕塾』のメンバー達。収穫祭は、塾の“修了式”として、田んぼの近所の神崎神社で行われた。
収穫できたお米を器に入れて本殿の前におき、両脇には、この農法で出来たお米で作った日本酒が置かれ、舞が奉納された。その後、近くの建物に場所を移し、塾の生徒達に次のような修了証書が1人1人授与された。
収穫祭の舞。 写真左の3段ほどの石段の上に、 穫れた米と、日本酒の瓶が献納されている。 |
収穫に感謝の合掌をする 「自然耕塾」の人たち |
(修了証書)----------------------------------------------------------------
修了証書を授与する、 主催NPO「めだかの学校」 中村陽子理事長 |
その知識と行動力を発揮され、今後の環境復元型農業への取り組みと普及を通して、生き物と共に生きる社会作りに貢献されることを期待します。2003年秋、吉日
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今回は、この塾で先生役のリーダーを務めていた岩澤信夫さんにお話を伺う。岩澤さんは、日本不耕起栽培普及会の会長で、もう18年も前からこの農法を提唱している。
- 岩澤:
- 田んぼというのは、耕さないとコンクリートのように硬くなります。≪不耕起栽培≫というのは、極端に言うと、そのコンクリートの中に田植えをするという農法なんです。稲株と稲株の間に切り溝をつけて田植えをする、特殊な方法をとっています。
不耕起と合わせて、冬の間田んぼに水をはっておく≪冬期湛水田≫にすると、田んぼの土の表面に5センチくらいのトロトロした層ができるのを見つけました。このトロトロ層が雑草の種の上を覆うので、雑草が生えてこないことがわかったんです。したがって、除草剤を使わなくていいと。それからもう1つは、この層には物凄い肥料分が入っていて、稲が非常によく育つという事がわかりました。
この≪冬期湛水田≫と≪不耕起栽培≫を重ねると、化学肥料も農薬もいらない、安全で安心なお米が出来るという事が分かってきたわけです。
−いくら肥料分が豊富といっても、今年は冷夏でしたから、思うように収穫できなかったんじゃないですか?
- 岩澤:
- 元々この農法は、東北の冷害を契機に考え出したんですよ。したがって、こういう年こそ、良い結果が出るだろうと思っていました。なにしろお日様がない夏でしたが、それでも、結果的には普通の農法をとっていた田んぼが7俵くらいの収量の所で、私たちが8俵半から9俵くらい。1〜2俵の差をつけて、完了いたしました。
−それはつまり、人の手によって過保護にしていないから、稲たちが自分で逞しく丈夫に育ったという事でしょうか?
- 岩澤:
- そうですね。何しろ、コンクリートのような硬い土を突き破らないと、稲は子孫繁栄できないわけです。目先のストレスで、稲が体質改善する、つまり細い根を太くするんです。こういう表現でいいのか分からないですが、稲がある程度“野生化”するという事です。例えるならスパルタ教育です。土が硬ければ硬いほど、稲が丈夫になる。病害虫にも冷害・干ばつにも強い、倒伏もしないという事が分かりました。
−しかし、なぜ今までこの農法が普及しなかったんでしょうか。耕さない事によって、何かしらの問題があるんですか?
- 岩澤:
- 今から1300年くらい前、奈良朝時代に、水田は湿田から陸上がりをしたんです。技術革新が行われて、鉄が農業の世界に入りまして、用水池を作ったり水路を作ったりして、畑であるところが田んぼになっていった。耕すという事は、1つは除草の意味があったと思うんです。もう1つは、手で植えるのに柔らかい方が非常に植えやすい。そういう理由で、1300年の間、何の疑問も持たないで、耕して田植えをしてきたと。
−鉄が入ってきて鍬が出来た時から、一貫して耕していたわけですね。
- 岩澤:
- そうなんです。したがって、“農は耕すことなり”“耕さなければ稲ができない”が、常識を通り越して、私たちの遺伝子にまでしみ込んでいる気がします。
−『自然耕塾』という名前は、人間が耕すのではなく、≪自然≫が≪耕≫すという意味があるわけですね?
- 岩澤:
- はい。地球の表土は、植物が根で穴をあけて、養分を吸収する層に耕すんですよ。同じように、稲が田んぼに穴を開けて、自分自身で耕すんです。更に、田んぼは野原や山と違って、水がある。そうすると今度は、その水を媒体にして、色々な生き物が繁殖して、肥料分になったり食物連鎖が行われて、更に多くの生き物が育ち、田んぼを耕していくというわけなんです。
−18年前からこの農法を提唱して、現在、どの程度普及しつつあるんですか?
- 岩澤:
- 固い地面に切り溝をつけて田植えをする機械が完成したのが、まだ2〜3年前なんです。ですから今は、日本全国で200〜300ヘクタールくらいでしか、この農法は行われていません。これからなんです。
−今回、『自然耕塾』に集まった生徒の皆さんは、やはり農家の方が多いんですか?
- 岩澤:
- そうではないですね。定年退職される方のアンケートの中に、“定年後は農業をやりたい”というニーズがあったので、「日本一安全で、日本一おいしいお米作り」を教えましょう、という塾を開いたんです。
−この農法を普及させるための課題は?
- 岩澤:
- まず第一に、農家の“頭のコンピュータ”のソフトを入れ替えなきゃダメですね。(笑)ここが一番ネックになっています。もう1つは、日本の農学は、≪耕す事≫を前提に組み立てられているので、≪不耕起栽培≫には学説がないんです。ですから、これから学説を組み立てていかなければダメだろうと思いますね。
やがてエネルギーが枯渇した時代に、じゃあ日本ではどうやってお米を作るかという問題が出てくると思うんです。今の稲作りというのは、エネルギー消費型の農業になっています。このエネルギーはいつかなくなります。例えばリン酸肥料なんかは、あと20年分くらいしか地球上に在庫がないんですよ。化石肥料なんかももちろんできない。そうなった時のために、≪不耕起農業≫を、“面積”はともかくとして、“点”でいいから、日本全国に普及しておきたいんですね。
単においしいお米が出来るというだけでなく、食料安全保障にまで結びついてくる問題だというわけだ。
今までの農業では、≪環境重視≫と≪収入重視≫が相反する関係になりがちだったが、この農法では、環境と収入が両立できる。人の手で作った新しいものを導入するとなると、安全性などの検証が必要だが、何も使わず自然に任せるこの農法なら、“とりあえず試してみる”というアプローチも可能である。
不耕起栽培についてもっと詳しく知りたい方は、12月上旬に出版される岩澤さんの著書「不耕起でよみがえる」(創森社)をお読みいただきたい。