専門家も予想外!まだ続くサリン後遺症

放送日:2003/10/04

今月から来月(10〜11月)にかけての週末・計6日、また今年も、サリン事件被害者への無料検診が行われる。例によって、実施するのは国ではなく、医師・民間人のボランティア団体である。

先日、そのNPO団体『リカバリー・サポート・センター』(RSC)が主催する、「サリン被害後遺症実態調査報告会」が、都内で開かれた。以前このコーナーでお伝えした通り、これまでにも患者と担当医の交流集会はあったが、一般公開は初めての試みだ。病院でチラシを配ったり、患者さんにダイレクト・メールを出したりと告知はしたのだが、300余席に集まったのは、たったの50〜60人。ちなみに、サリン事件の被害者数は、9年前の松本では500人、8年前の地下鉄では5500人にも上る。いかにこの問題が世間の間で冷えてしまっているかが、来場者の少なさに表れた。
RSC理事長の木村晋介弁護士も、開会の挨拶で「害者の行く末(=オウム裁判)には皆関心あるが、害者の行く末には関心ない」と指摘した。

 そんな中で集まったこの50〜60人の人たちは、どういう点で、今もこの後遺症問題を重要視しているのだろうか。まずは、客席にいた被害者の方の発言から御紹介する。

来場者:
私みたいに皆の前で話したいってタイプの方ばかりじゃなくて、もう事件には触れてほしくないって方もたくさんいらっしゃると思います。でも現実として被害に遭ってしまったわけですから、協力してもらえる人からは出来る限りデータをとって、それを蓄積して分析して、「お気の毒でしたね」だけで終わらないようにしてもらいたいです。民間レベルではなくて国家対策として、今後、もし他の国がサリンの被害に遭った時に、経験国である日本が、データや治療法に関するアドバイスを渡せないっていうのは恥ずかしいですから。私は、誰に訴えていいのかわからないですけれど、起こってしまった不幸だから、せめてそれを利用してほしいと思います。

実際に、データ収集に協力しようという人達が、聖路加国際病院が毎年行っているアンケート調査に答えている。その結果から現時点で判明してきているデータを、聖路加の石松伸一先生が発表した。石松先生は聖路加国際病院の救急センター長で、RSCの理事でもある。聖路加病院は築地にあり、あの地下鉄サリン事件が発生したその日、640人の患者を受け入れた。その後もずっと、継続して患者へのフォローを続けている。
石松先生のデータでは、被害者群には今でも以下のような具体的な症状が現れている。

身体症状胸が締め付けられる
目の症状目が疲れやすい、かすむ、遠くが見えにくい、焦点が合わない
精神的症状怖い夢を見る、フラッシュバックが起こる、現場に近づくのが怖い、 イライラする、集中力がない、忘れっぽい

これらの症状は、検査で数値としては出てこないが、実際に訴えている人が多い。

サリンによってこれらの後遺症が残ることは、実は専門家すら予想できていなかった。石松先生によると、事件後数週間すれば後遺症は消えるだろうと言われていた。ところが1ヶ月が経って調べてみても、これらの症状は消えておらず、専門家達も驚いたという。それが9年経った今でも続いているという事は、これから先どうなるかも分からないという事だ。世界で初めてのサリン被害でデータがほとんどないため、誰にも予想ができない。

こうして続いている症状のうち、上記にもある「フラッシュバック」とは、具体的にはどんな症状なのか。先ほど紹介した会場の方は、今年2月に起きた韓国の地下鉄火災のニュースを見て、症状が現れたという。

来場者:
地下鉄火災のニュースを見るまでは考える事もなかったんですが、「負傷した人達が消防士に担ぎ出されてきて、地上に上がってみると煙を吸った人達がうずくまっている」っていう映像が、私が日比谷線の小伝馬町で見たものと同じだったものですから、急に体がガタガタ震え出してどうしようもなくなってしまって。それが初めての経験でした。私は元々鈍感な方だと思いますが、それでも精神的なものはやっぱりありますね。

自分でも意識しないのに、体が勝手に反応してしまうという。そういった現象が被害者を苦しめているとなると、非常に難しい問題が浮上する。データを蓄積するために症状について≪質問する≫事で、事件を思い出させ苦しめてしまう、というジレンマだ。
この難しさをどう克服していくのか、私は当日パネルディスカッションの司会を務めていたので、壇上で石松先生に聞いた。

―――石松先生があれだけ広範囲に調査をされる中で、例えば調査の手紙が来ただけでフラッシュバックが起こってしまうとなると、調査を行う事自体が果たして良い事なのか、という問題にもなりかねないと思うんですが、そこはどう乗り越えられたんですか?

石松:
実はまだ、完全に乗り越えられてはいません。被害に遭った方の、「触れてほしくない」という気持ちと「このままで終わらせてはいけない」という気持ちの、葛藤が伝わってくるんですね。そこを敢えて返事を下さる方の声というのは、大事にしたいです。この葛藤は、今後もまだ、ずっと続くと思います。

果たして、先ほど御紹介したような、会場に来てまで積極的に発言されるタイプの被害者と、「そっとしておいて」というタイプとは、どのくらいずついるのか?
これについて、日本被害者学会の理事・諸澤英道先生から、様々な取り組みから得られた実感が披露された。諸澤先生は、被害者支援ネットワークの顧問など、被害者支援の活動にずっと専門的に取組んでいる。

諸澤:
最近の実感では、こういう場に登場して訴えていく“闘う被害者”がおそらく2割くらい。「事件の事は話題にしたくない」という方が1割くらい。その中間が7割くらいで、一番多いです。ただし、その1割の「そっとしておいてほしい」というのは、「関わらないでほしい」という意味ではないんです。≪関わり方≫ですよね。例えば、どう声をかけていいか分からずに視線をそらすとか、そういう下手な対応が、被害者やその家族に間違ったメッセージをもたらすという、お互いに不幸な事になるわけです。

「そっとしておいてほしい」1割の人達を尊重しながら、「闘いたい」2割の人達によって、次へのステップに進めていく、そういうデリカシーが必要なのだろう。

ここまで体や心の被害の話をしてきたが、実は、他にもダメージはある。例えば、お金の問題。松本サリン事件で、現場の隣に住んでいて第一通報者となった河野義行さんから、きわめて具体的な打ち明け話があった。事件発生後、河野さんがサリンの被害で入院して1週間が経った場面での事だ。

河野:
入院して1週間経って、病院から請求書が来るわけですね。妻の蘇生手術、気管支切開の手術もあって、1週間に60万円くらいの自己負担をしなくてはなりませんでした。その負担が、これからどれだけ続いていくのかも分からなかった。私の家庭を襲った問題の中に、経済的な問題も発生したわけです。その後、毎月12〜15万、自己負担で払っていかなくてはならない。サラリーマンにとって、とても大きな負担ですよね。その後何年か経ちまして、東京の病院に入院したらどうかという話がありました。治療の都合で、個室を用意しなくてはならない。そうすると、差額ベッドが1日3万円です。私の場合は2ヵ月半入院しましたので、差額ベッド代が250万ですね。これは「治療費」として税務署が認めてくれないんです。“河野さんの都合で個室を取ったんでしょ”という事で。治療の上で必要であっても、税務上認めてくれないんです。

相当な出費が必要になる上に、サリンの被害で仕事も出来ない! 致命的なダブルパンチだ。

国は一応、犯罪被害者給付金制度や、以前このコーナーでご紹介した労災アフターケア制度(作っただけで殆ど周知努力がされていない)等を設けてはいるものの、諸澤さんが紹介したいくつかの外国の事例とは、比べ物にならない。

諸澤:
「犯罪の被害を受けた人に対して、国が金を出すべき」。この理論が、日本だけで通らないんですね。私が調べた当時、オーストラリアの5つの州では、病院に行って治療を受けた人が、一番症状の軽い人で、一律10万円の資金が出るという制度を持っていました。アメリカでは、年間全国で300億円がこの分野に投入されています。それに対し日本では、最近変わりましたけれども、2〜3年前には、年間全国で5億4千万円でした。日本は、本当に深刻な例・氷山の一角だけが保障の対象になるけれども、欧米の国々は、もっとずっと裾野が広いんですね。

―――欧米では、その財源はどこから出ているんですか?

諸澤:
アメリカの場合、犯罪の加害者から没収したもの、押収したものを原資としています。それから罰金ですね。国の予算から独立したファンドを作って、いろいろ工夫しているわけです。フランスでは、1世帯から一律10万円パッと集めてしまうとか。

河野さんも主張していたのだが、「国民は治安・安全については国に委ねているのだから、犯罪が起こった場合の責任は国が持つべき」という考え方だ。今や、被害者支援は一種のテロ対策とも言える。テロの「発生を力づくで押さえ込む」だけでなく、テロが「起きてしまった後の回復策」も、重要だ。明日はわが身の問題として、取組まなければならない。

今月からはじまるリカバリー・サポート・センターによる無料検診のスケジュールは、

 10月18日(土)、19日(日)…越谷市立保健センター
 10月25日(土)、26日(日)…足立区中央本町保健センター
 11月8日(土)、9日(日) …港区保健サービスセンター

詳しくは、リカバリー・サポート・センター(03-5919-0878 平日10:30〜18:00)へお問い合わせいただきたい。

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