明後日(9月1日)は、関東大震災から80年、防災の日。各地で恒例の避難訓練などが行われるが、今、地震対策が深刻に遅れている場所に、今回は眼をツケる。それは、全国の公立小中学校の建物だ。
先月(7月)26日、宮城県で起きた震度6の連続地震は、夏休み中だったので、学校での子供たちのケガ人は出ずに済んだ。しかし、実際に子供たちが校舎にいたとしたら、どのような被害を受けていたのだろうか。
地震発生2日後の時点で宮城県教育庁がまとめた集計では、ズラリと88の幼稚園・小中学校の被害が列挙されている。被害状況は、「プールが傾いた」「校庭の地割れ」「雨漏り」「校舎全体にひび割れ」「テレビ7台落下」「生徒の通用門にある鉄製の柵が倒壊」「柱の剪断亀裂」「校舎のガラス50枚が破損」など。避難所として使われるはずの体育館にも、「体育館全体の歪み」という被害が見られる。
私も、地震発生6日後に『サタデーずばッと』というテレビ番組の取材で現地に行き、スタッフと手分けして、現地の学校を2校見た。重たい鉄製の防火扉が廊下に倒れたり、高い所の窓ガラスが床に飛び散っていたり、「ここに子供がいたら、確実に大怪我か死亡した」と思い、ゾッとした。
今回はたまたま宮城だったが、地震対策は全国共通の問題。建築基準法が厳しくなった1981年(昭和56年)以降に建った校舎は大丈夫だと言われているが、それは、全体の3分の1しかない。問題は、それ以前に建てられた建物だ。内閣府が今年1月に発表した調査結果では、1981年以前に建ったもののうち、耐震化工事がされているのは2割に満たない。全体でも、全国15万棟余りの校舎のうち、耐震化されているのは7万棟弱で、46%。あとの54%=つまり、国公立・私立の学校・幼稚園の半分以上は、「耐震性に疑問あり」という事なのだ! しかもこのデータには、“推定”という言葉が付いている。なぜなら、81年以前に建設された校舎で、まだ耐震診断すらしていない所が、65%もあるのだ!
阪神大震災の後、文部科学省が何度も整備を急ぐように指示を出していたにも関わらず、なぜこんなにも立ち遅れているのだろうか。
大きな理由は、2つある。まず、金がかかること。耐震性診断には、校舎1棟当たり数百万〜一千万円の費用がかかる。もちろん、診断の結果が「要工事」となれば更に、場合によっては一億近い金がかかってしまう。『赤旗』(今年5月)の試算では、全国の総事業費は「数兆円」とも言う。国立校ならまだしも、公立小中学校は市町村の管轄なので、ただでさえ借金だらけの自治体には、この出費は厳しい。
もう一つの理由が、各地で進む学校の統廃合。“もうじき使わなくなる校舎なら…”と、整備されないままになってしまっている。これは、少子化の影響もあるが、ある関係者に聞いたところ、今全国的にブームの「市町村合併」という意外な要素が関係しているそうだ。合併の後、合併特例債という特別なお金が国からもらえてから、校舎を建て直そうという動きがあり、校舎整備の遅れにつながっているという。
しかし、そういう事情はあるにせよ、子供達の命に関わる問題だ。災害時には、地域の避難所にもなる。なんとか対策を進められないのだろうか。
文部科学省は、再三の呼びかけにも応じない各市町村の“笛吹けど踊らず”に業を煮やし、先月「学校施設耐震化推進指針」をまとめた。全20ページほどのこの冊子には、次のような内容が記されている。
*各地の教育関係者だけでなく、財政部署をも巻き込んだ理解促進を図る事。
*初めの一歩を踏み出す為に、本格調査の前に、10万円程度で出来る「優先度調査」
(どの学校から耐震診断をすべきか判断)を勧める。
この指針で、今度こそ各市町村は動き出すのだろうか。
文部科学省の担当者に聞いたところ、「そう願いたいですね…」という自信なさげな答えが返ってきた。まずは手本として、国立の学校だけでも耐震化率100%を目指したら?と聞いてみたところ、「やはり国も財政難ですから」と、地方自治体と同じ答え。道はまだまだ長そうだ。
それにしても、これだけの大問題が、あまり大きな議論を呼んでいないのは不思議に思える。
その理由の1つに、自治体が情報公開をためらっている事がある。“この学校は危ない”と言ってしまうと、「手を打つまでの間、不安感を煽る」と、情報を明らかにしていないのだ。
先月、地震後の宮城でも、学校関係者からしきりに、「校舎を撮影するな。夏休み中の生徒が見てショックを受ける」と言われた。むしろ、生徒たちには被害の様子を見せた方が、地震の時にどんな場所が危険なのかが確認できて、防災の教育には良い気がするのだが…。
お役所側への取材でも、資金不足の現状を現場の声で伝えてほしいとお願いしたのだが、教育委員会レベルで「資金が無いなんて、立場上言えるわけない」と取材拒否されてしまった。教育委員会が事を荒立てて、町の財政当局の機嫌をそこねると、かえって予算を取りにくくなるという。確かにそういう事もあるのかも知れないが、では、沈黙していれば予算はつくのか?やはり、声を上げて、財政当局がへそを曲げるのならその事実も含めて、情報公開をしていくべきではないだろうか。
(余談だが、町役場の対策本部に来た弁当屋さんに、何気ない雑談で「対策本部から注文を受けたんですか?」と聞いたところ、「私の口からは…」と言葉を濁されてしまった。そんな些細な事もオープンにしにくい、何か特異な空気があるのだろうか。)
しかし、こんな現状の中でも、校舎の耐震工事をきちんと進めている自治体は、ある!
東京都・大田区は、阪神大震災の翌年から5年がかりで、全区立小中学校の診断と、必要な補強を完了した。工事された建物は全部で155棟、総額124億円がかかったが、この費用の約3分の1は国から補助が出たので、区の負担は80億円台だった。
では、なぜ大田区にはきちんとした整備ができたのだろう。大田区が特別に恵まれた財政事情だったのだろうかと調べてみたのだが、そういう訳でもないようだ。
当時の大田区の財政は、各年歳出1900〜2000億円、借金残高各年度末1300億円前後。他と比べ特に「苦しい」わけではないが、全然「リッチ」でもない。要は、首長の決断だったのだ。実際、「補強完了には十数年かかる」という事務方の試算に、区長が「5年で」と命じ、実現した。
校舎の整備に予算をかければ、他の予算配分があおりを食うので、そういう思い切った決断を貫くには、もちろん住民の支持も必要だ。住民は、国や自治体を嘆くばかりでなく、自分たちの税金をどう使ってほしいか、意思表示をする事が大切なのだ。大田区長は、「地震が来ても、もう安心して避難して来てくださいと言うと、区民が皆、好意的に反応してくれる」という。
その他にも、あれこれ資金捻出の知恵を絞ろうとしている自治体はある。複数の県で、県立高校の耐震補強工事費だけを目的とした、ミニ公募債を発行しようとする動きがある。また、構造改革特区では、埼玉県越谷市が「学校施設耐震化促進特区」を提案した。(ボツになったが。)
やはり、地方に苦労を押し付けるばかりではなくて、こういう事は国で何か施策すべきではないだろうか。今回取材した宮城県のある町役場で、「都合のいい時だけ≪地方分権≫だと言われる」とのボヤキを聞いた。
この週明けから2学期が始まる学校も多い。後回しにしていていい問題ではない!校舎にすぐ手を廻すのが無理でも、せめて教室の危険を減らそう。この番組をお聴きの皆さんも、子供・孫が通学している学校に、「大丈夫なの?」とプレッシャーをかけることから始めていただきたい。どこか遠くで起こっている事ではなく、1人1人にとって自分の問題なのだから。