日本語学者が監修した子供用英語教材

放送日:2003/07/19

城生佰太郎教授 先月、日本人の子供向けの新しい英語教材『Cat Chat』の、ビデオ・DVDが売り出された。その監修をされたのが、筑波大学の城生佰太郎教授。城生教授は実験音声学が専門で、『日本語音声科学』など、音声に関する著書を多数出している。英語の専門家ではない人が、この英語教材を監修したというのが、今回の味噌。ご当人に、≪言語を学ぶ≫ということについて、語っていただく。

−まず、「実験音声学」とはどんな学問なんですか?

城生:
私たちは「客観性」という所に目を付けまして、機械を使って、その人の発声・発語を定量的に分析します。声を数値化するということですね。周波数とか音圧とか時間長とか、そういう物を全部、音響・音声学的方法を用いて、きちんと解析する訳です。
しかしそれだけですと、なんだか理科系の人と同じになってしまうんですね。私たちの決定的な売り文句は、「文科系」という事なんです。≪人間≫を最も大事に見る、という事ですね。例えば音響工学ですと、ドアのきしむ音とか、電車の音とか、そういう物も全部研究対象になります。でも私たちは、言語音しか研究対象にしません。更に、後で詳しくお話する≪プロソディー≫という物を使って、“悲しい”“嬉しい”“怒っている”という感情の部分までも、ある程度数値化する事ができます。

−特に英語の御専門でない教授が、英語教材の監修に当たった《意味》というのは?

城生:
「世界の言語の中の1つ」として、英語を捉える。そういう視点がある訳ですね。もちろん、英語のご専門の先生は英語に長けていらっしゃいますから、微に入り細に入ったお考えを持っているでしょう。けれども、逆に言うと私たちは、英語とは全然違った物、例えばモンゴル語とかも研究しておりますので、そういう幅広い視野から、≪人類が持っている言語の1つとしての英語≫を見られる訳です。そして特にまた、日本語を母語とする私たちが英語に接した時には、どういう問題があるのかな、という事を、ある程度客観的に見る事ができるのではないか、と。これが売りでございます。

「このちがい、わかる〜?」SinkとThink この教材の中で、大人も思わず真剣になってしまうコーナーが、聞き分けトレーニング!hole(穴)とhall(玄関等のホール)、sink(沈む)とthink(考える)、fruit(果物)とflute(フルート)などの絵が組み合わせで画面に登場し、発音が流れて「どっち?」と尋ねられる。

城生:
そのつもりになって聴く、意識して聴く。これが大事なんですね。漫然と聞き流していては、いつまで経っても違いというのは分かるようにならないんです。ですから、語学教育というのは、気付かない所に≪気付かせる≫と、そういう事ですね。

−聴いているうちに「耳が慣れる」というのは、科学的にはどういう現象なのでしょうか?
鼓膜が変化するわけではないのに、聞き分けられるようになるのは…

城生:
記憶というのは、脳内の海馬という所にしまいこまれていく訳ですが、自分にとって大事な記憶だぞ、と思うと、『長期記憶』として貯蔵されます。その前に≪仕分け≫をしないといけないんですね。同じ音を繰り返し聴きながら「これは“th”の音だぞ」「これは“s”の音だぞ」、そういう風に意識することで、『“th”の引き出し』『“s”の引き出し』という物を作っていく訳です。その「引き出しを作る」というのは、「神経細胞と神経細胞の接点にあたるシナプス結合を作る」という事なんですね。そういう物がたくさん出来ていくと、その人は音の区別がしっかりできるようになります。

−ニューヨークに住んでいた我が家の実感なんですが、大人より子供の方が、ずっと聴き取りも発音も上達するのが早い、これは何故なんでしょう?

城生:
人間の脳神経細胞というのは、非常に面白い特徴を持っていましてね。生まれた時に、人間のあらゆる身体部位は最小の形をしている訳ですよね。それがどんどん大きくなっていく。ところが、脳神経細胞の数だけは例外で、生れ落ちた時が最大なんです。後はどんどん間引いてしまって、8歳くらいになると半分に減っちゃうんですね。ですからそれまでの間に習慣をつけて、「ここは大事なんだぞ」「必要なんだぞ」とシナプス結合を作ってやらないと、「この聞き分け能力は不要」として、間引かれてしまう訳です。

そういった“間引き”が起こる前だから、子供の方が有利な訳だ。
既に“間引き”が行われてしまった私たちは、できる事なら子供の頃に戻りたいものだが…。

−“間引き”を阻止する方法はないんでしょうか?それが無理でも、年齢の不利さを克服する方法は?

城生:
努力をしますと、ある程度は、なんとか阻止ができるらしいんです。簡単に言いますと、先ほども話題に出ました、意図する、意識する、「これは違うんだぞ」と意識しながら聞き分けていく。聞き分けたらそれを発音していきましょう、とそういう訳です。
新しいやり方に、アクティブ・リスニング法というのがあって、注目されています。ただ単に、人が言っている事を真似して喋るだけでは駄目。そしてまた、テープの音やネイティブ・スピーカーの発音を聴くだけでも駄目。聴いたら即、それを自分で再現してみる、喋ってみる、という事ですね。喋った声が、また自分の耳からフィードバックして来ますから。再び聴いてチェックする、この繰り返しを勧めています。

教授の言葉を借りれば、≪入魂で≫聴き分けろ、という事だ。
しかし、1つ1つの単語の発音をいくらマスターしても、それだけでは粒々で、いわゆる“流れるような” 流暢な英語にはならない。逆に、かつてタモリが1人4ヶ国麻雀の芸で演じたように、個々の単語が滅茶苦茶でも、なんとなくその国の言語らしく聞こえる言い方というのはある。

らしさというのは、どこで決まるんですか?

城生:
それは、母音とか子音とかいう個々の音ではなくて、全体の流れるような、高さ・強さ・時間長という問題なんですね。私たちはこういう物を取りまとめて、≪プロソディー≫と呼んでおります。

DVDの表紙 日本語にももちろん、この≪プロソディー≫はある。
例えば、「絵の具」という語の場合。単語で発音すると、音の高さは「絵・の・具」(低・高・高)となる。しかし、「赤い絵・の・具」(高・高・高) 、「青い絵・の・具」(低・低・低)というように、文章の中でどう出てくるかで、その単語の姿は変わってしまう。だから、単語だけ切り離して覚えても意味がないのだ。

この教材も、単語を教えるコーナーでは、しばしば短文の中に埋め込まれた形で出て来る。例えばアルファベットの最初、「Apple」(リンゴ)という単語のところ。

(まず、猫のチャットが林檎の実を木からもぎ取る。)
Picking an apple.
(そしてチャットがこの林檎を投げて、鼠のチャティが受け取り、川の水で洗う。ジャブジャブ…。)
Washing an apple.
(さらにこの林檎を犬のリッチーが受け取って、皮をむく。)
Peeling an apple.
(むき終わった林檎を、リッチーは1人で食べてしまいました。)
Eating an apple.
(チャットとチャティはぷんぷん!というお話。)

「単語だけでなく、短文とセットで覚えよう」とは昔から言われているが、実は“文法を覚える”為だけでなく、その単語自体の文中での収まり方を体得する為だったのだ。

この子供向け英語教材『Cat Chat』は、ニフティのサイトや講談社の『たのしい幼稚園』にも既に連載されているが、9月からは、玩具にも登場する。この玩具も、教授の監修。

−どんな玩具なんですか?

城生:
単語カードを差し込むと英語の音声が出てくる、という、ひところ流行ったタイプのものです。コンピュータみたいな、中でどう動いているのか目に見えない物でなく、カードを差し込むと可愛らしい音が聞こえる、という見えやすい実体験を通して学んでいこう、というのがコンセプトです。

やはり、楽しみながら学ぶのが1番の近道、という事だろう。
『えいごでフレンズ/Cat Chat』は、DVDとビデオで、全3巻・各2500円(+税)で、TBSから発売中。

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