間もなく「百万人のキャンドルナイト」

放送日:2003/06/07

あとちょうど半月後、6月22日の夏至の夜に、「日本中を真っ暗にして、色んな事をゆっくり見つめ直そうよ」という呼びかけが、今、静かに輪を広げている。スピード社会に“待った”を唱える『スロー・イズ・ビューティフル』の著者、辻信一・明治学院大学教授らの呼びかけに、環境省、あちこちの県知事、文化人らが続々と賛同して広がりつつあるムーブメントだ。今回は、呼びかけ人の中から、前述の辻信一さんと、環境ジャーナリスト・枝廣淳子さんのお二人にお話を伺う。

まずは、主催者の呼びかけ文を御紹介しよう。

私たちは[100万人のキャンドルナイト]を呼びかけます。
2003年の夏至の日、6月22日夜、8時から10時の2時間、
みんなでいっせいに電気をけしましょう。

ロウソクのひかりで子どもに絵本を読んであげるのもいいでしょう。
しずかに恋人と食事をするのもいいでしょう。
ある人は省エネを、ある人は平和を、
ある人は世界のいろいろな場所で生きる人びとのことを思いながら。

−そもそも、どういうきっかけで始まった呼びかけなんですか?

辻:
もともとは、2年前に北アメリカでNGOがアピールした、当時のブッシュ新政権のエネルギー政策に対する抗議運動だったんですよ。それに、僕等が日本でやっている『ナマケモノ倶楽部』という環境NGOが賛同して、日本で自主停電をいうのをやってみようと。これを機会に、大量生産・大量消費・大量廃棄の暮らしぶりをちょっと反省して、電気を2時間消そうって、そういう呼びかけを発しましてね。それが今年で3回目になるんですけれども、今回は「キャンドルナイト」という形で広がってきたという所なんです。

単なる省エネということではなく、生き方の転換を図ろうということだ。

辻:
始めは抗議運動だったんですけれど、これを機会に、むしろ自分達の暮らしぶりを見直してみようよ、と。この世界の在り方がどうも持続可能ではない、それは環境だけじゃなくて、今の世界情勢を見ても、これはどうもおかしい。それを、自分の暮らしから考え直すきっかけにしようよ、ということなんですね。

−今回は「100万人のキャンドルナイト」ということですが、この呼びかけには、実際に100万人が応じそうですか?

辻:
実は、100万人に迫る勢い、むしろそれを越えて1千万人にすればよかったかもね、なんて声さえ出てきているんですよ。
文化人の方で言いますと、僕ら呼びかけ人の代表で作家の立松和平さん、ミュージシャンの坂本龍一さん、忌野清志郎さん、加藤登紀子さんなど、そうそうたる方々が賛同してくださっています。他方面でも、今のところ5つの県の知事さんもいらして、例えば熊本では、熊本城のライトアップをその2時間消すということもやりますしね。それぞれの県で、草の根でイベントが催されたりもします。

それぞれの地域で、それぞれの人が、≪好きなやり方≫で参加するのだ。
この呼びかけのホームページを見ても、「こう過ごしましょう」とは書かれておらず、「あなたの過ごし方を教えて下さい」という掲示板コーナーがある。
その中からいくつかの声をご紹介しよう。当日は家族と過ごす、という方が多いようだ。

*庭にテントを張り、家族で一晩過ごします。

*5歳になる長男と、2歳の次男とに、地球の生きとし生ける者がどのように誕生し、どのように育っていくのかを話してみたいです。彼らにとっても私にとっても初めての試みなので、わくわくどきどき。

*6月22日は私の誕生日。この世の中ではハンディな生まれつきを持った娘と、娘をこよなく愛す夫とともに、ろうそくをともして生まれてきたことを祝いたい。 生きてゆくことは学びあうこと。深く静かな感謝を込めて。

*色々問題のある我が家ですが、その2時間を利用し、みんなで色々話し合って、何か良くなれば・・・。と思ってます。

−辻さん自身はどう過ごされますか?

辻:
近くの公園に家族で蛍を見に行きたいなと思ったんですけれども、当日非常に面白いイベントが準備されていましてね。そこに僕も駆けつけようと思います。当日は、東京タワーも夜8時から10時まで照明を消すんですよ。で、消灯する8時まで、忌野清志郎さんを筆頭とした素晴らしいミュージシャンの方々が無料コンサートを開くんです。みんなでコンサートを楽しんで、一緒に消灯のカウントダウンをして、それから闇を楽しもうという。これは東京都港区芝公園の増上寺で行なわれます。

−枝廣さんは、今回の呼びかけにどんな思いをお持ちですか?

枝廣:
私にとっては、マッチ売りの少女がマッチの光で別次元の世界を見たように、このキャンドルナイトの2時間って、別次元の時間を楽しめると思うんですよ。新聞も読めないしテレビも見られませんから、何か新しい気付きとか新しい感覚とか、例えば普段忙しくて忘れていた夢とか思いとか、人とのつながりとか。そういうのを、「あ、そうだった」「面白いな」「こんなこともあったっけ」って、そういう時間になるんじゃないかなと思って。たくさんの人達が、同じ時間をそれぞれのやり方で過ごしてるっていう連帯感っていうのかな、そういう広がりにつながっていく気がします。

−枝廣さんは、当日をどう過ごされるんですか?

枝廣:
私は普段朝2時に起きて夜8時に寝てしまう生活なんです(笑)。だから当日は夢の中で参加しますとか言ってたんですが、私も増上寺のイベントに行って、たくさんの人と東京タワーの電気が消えるのを見て、楽しみたいなと思ってます。

「面白い」という単語の語源は、まだ電気がなかった時代、人々が夜集まって話をしていると、みんなの≪面≫(顔)がロウソクの灯りで≪白く≫照らされる、その時の境地を指した言葉、という説がある。 当日は、正に「面白い」場が各地に生まれるのかもしれない。

イベントに参加したり家族で過ごしたりという「みんなで過ごす」型の他に、「1人静かに過ごす」と表明している人も少なくない。また、HPの掲示板からいくつかご紹介する。

*私は多分、日本酒か麦焼酎を片手に一杯やりながら、物思いにふけります…。昔のどうでもいいこと思い出したり、夜空を見て宇宙について考えたりするんだろうなぁ

*少しだけ、あなたのところへ心を飛ばしたいと思う。
そういう事、ほんと苦手なんですけども…。
暗闇の中なら、いつもより素直になれる気がする。

この方のように、“暗闇の効用”に期待する人は他にもいる。例えば―――

*2時間もろうそくの光で過ごすと,当面のあれこれやるべきことや心配事を忘れて, 広い、遠いことに思いを馳せることができそうです。
いい思い付きを逃さないようにメモ用紙をたくさん用意しなければ。

*キャンドルナイトの翌日・6/23は沖縄県の「慰霊の日」なので、平和を祈ります。

*久しぶりに満天の星を見ながら天国に嫁いだ娘と会話をしてみよう。

考えてみると、前々回『眼のツケドコロ』でご紹介したのは、元キャスターの絵門ゆう子さんの著書『がんと一緒にゆっくりと』。前回は、信州大学教授の中本信忠先生の研究テーマ、5m/日というゆっくりした速度で水を濾過しておいしい水道水を作る「緩速ろ過処理システム」。毎回全く違うテーマでお伝えしているのに、3週続けて≪ゆっくり≫がキーワードになった。改めて≪ゆっくり≫が注目されている時代の風を感じる。
「スロー」をタイトルに掲げた辻さんの最新刊も、つい先日発売された。

辻:
『ピースローソク――辻信一対話集』という、ダジャレの固まりみたいな題なんですけれどもね。「ピース」「スロー」「ローソク」という言葉が入って、しかも「ローソク」は「低(LOW)速」って書くんですよ。僕と、坂本龍一さんや 本橋成一さん、鶴見俊輔さんといった方々との対談を集めたもので、枝廣さんにも登場していただいています。

最後に、冒頭に御紹介した主催者呼びかけ文の後半をご紹介する。

プラグを抜くことは新たな世界の窓をひらくことです。
それは人間の自由と多様性を思いおこすことであり、
文明のもっと大きな可能性を発見するプロセスであると私たちは考えます。

一人ひとりがそれぞれの考えを胸に、ただ2時間、電気を消すことで、
ゆるやかにつながって「くらやみのウェーブ」を地球上にひろげていきませんか。

2003年、6月22日、夏至の日。よる8時から10時。
でんきをけして、スローな夜を。100万人のキャンドルナイト。