日本で初めての、大学生だけで企画・制作される全国向けのラジオ局『BSアカデミア』が、今日(3月29日)、正午から午後8時までのぶちぬき生番組をもって、放送を終了する。『BSアカデミア』は、BSラジオ462チャンネルの愛称。BSラジオは存在自体が知られておらず、リスナーが少ないためにスポンサーがつかなくなってしまった。今回はこの『BSアカデミア』の“追悼”企画として、2000年12月1日から今日までの放送の中から、いくつかの場面をピックアップしてご紹介する。
『BSアカデミア』には、ラジオドラマ、映画紹介、就職情報など、多くのコーナーがあった。今回ご紹介するのは、そのうちのニュースのコーナー、『ニュース・アカデミア』。下村は『BSアカデミア』開局前から、この『ニュース・アカデミア』の専属アドバイザーを務めて来た。『ニュース・アカデミア』は、ニュースのテーマ選び、取材、構成、本番でのキャスター役に至るまで、すべて学生が行う。下村は、誤報がないか、表現が舌足らずで誰かを傷つけていないかをチェックするだけ。去年四月からは土曜だけの放送になったが、それまでは月〜金曜、平日は毎日の放送だった。どんな熱い発信をしていたのか、早速ご紹介しよう。最初は、早稲田大学での学生会館建て替えをめぐる騒動についてのリポートだ。
- 学生キャスターA:
- 昨日特集でお伝えした、早稲田大学の学生会館の移転をめぐる、大学と学生の対立。いよいよ今日の夜10時、あと2時間弱で明渡しの期限を迎えます。
- 学生キャスターB:
- 大学側は、新しい学生会館を作るから今の学生会館から学生は出ていって、と言ってるんだけど、一部の早稲田大学の学生は、新しい会館になると大学の管理が厳しくなるから嫌だ、と反発して立ち退きを拒否しています。今日は昼から、大学側は裁判所の力を使って排除しようとしたり、それに対して学生が抗議活動しようとしたりしていて、夕方6時からついに本格的な抗議活動が始まっています。それについて、今早稲田にいる斎藤君がリポートしてくれます。斎藤君!
- 斎藤:
- はい、斎藤です。今私は、東京都新宿区の早稲田大学本部キャンパスにいます。
- 学生キャスターB:
- 今、公衆電話から電話してもらってるんだけど、今どんな様子?
- 斎藤:
- 今、こちらの学生団体は、レイブ活動=踊りながら大学がやっていることに対して反対活動をしています。既に職員が80人ほど囲んでおりまして、学生は300人ほど踊っているんですけれども、先ほど、7時50分ごろにですね、職員が機械の電源を落としに向かったんですけど、それでもみ合いが起こったりと、今緊迫した状態になっています。
斎藤君は、早稲田大学の大隈講堂前の広場で、オウム真理教関連の映画『A』の上映会をめぐって学生達と大学当局とが衝突した時にも、現場からリポートした。まわりに突き飛ばされ、「何するんですか!」と叫びながら、現場の様子を伝えた。
この他にも、大学生の目線から、身近な大学関係のニュースをたくさん扱った。私立大学が、入学しない受験生からも授業料をとってしまう“ぼったくり問題”、学内でのセクハラ問題に対して各大学が立てている対策を女子大生グループが比較したリポート、関西の大学の新聞部がずっと続けている阪神大震災関係の地道な取材活動。大手メディアが伝えない情報を、数多く掘り起こした。
更に『ニュース・アカデミア』は、キャンパス内のニュースだけでなく、海外のニュースにも強みを発揮した。今や日本人の学生は、留学や旅行、ボランティアなどで、地球上どこにでもいる。そのネットワークと機動力を生かし、世界中から電話リポートが届いた。アメリカ同時多発テロの時には、あっと言う間にアメリカ国内や中東など7ヵ所から電話リポートが入り、「マクドナルドには非常食の買出し客が殺到し、もうフィレオフィッシュしかありません」といった、地べたの目線からの情報を伝えた。同時多発テロに限らず、こんな例もある。
- 学生キャスター:
- インド北西部を襲った大地震。発生から約一ヶ月半が経ち、日本のメディアでは報道されなくなりましたが、我がニュースアカデミアでは、今も現地でボランティア活動を続けている学生から最新リポートをお伝えします。インドのラパールというところの病院で医療活動の手伝いをしている、立命館大学法学部の宮田君と衛星電話がつながっています。もしもーし!
- 宮田:
- はい、宮田です。この病院で、昨日までに2件出産があったんですけど、最初の出産では男の子が生まれたんですね。生まれた時に付き添っていたおばあちゃんが本当に喜んでいて、「名前はなんていうの」、って聞いたら、まだつけてないんだけど、ちょうど僕のTシャツに『メル』っていう日本医療救援機構の英語読みが書いてあって、それを見て「メルバにする」って決めちゃって!…こうして、こういう文化の中に入ってきて、こういう活動をしていて、本当に、日本に帰りたくなるくらい本当に暑いんですね。その中でギリギリで生活しているものですから、こういう小さな小さな楽しいことや幸せを嬉しく感じるんですよね。
こうして、プロのメディアが引き揚げてしまった後も、学生ボランティアは現地に残っている。大手メディアはすぐに新しい話題へ移ってしまい、インドの地震も3日も経てば過去の話になってしまう。宮田君は発生から2ヶ月間、現地からのリポートを続けた。被災地で生まれた赤ちゃんに日本の救援グループの名前が命名された話は、BSアカデミアが報じてから半月遅れて、読売新聞がようやく後追いした。
また、『BSアカデミア』自体がマイノリティなメディアであるという立場を活かして、大学生世代の中の少数派の人達を紹介していくのも一つの魅力だった。
その中から、脱毛症で全ての髪の毛を失った学生2人が登場した回をご紹介する。高校卒業の時点で「これからはカツラを使おう」と決心した藤原くん(仮名)。逆に、高校卒業の時点で「これからはスキンヘッドにしよう」と決心した今田君。この2人が3日間連続でスタジオに登場し、それぞれの思いを語った。
- 藤原:
- 結論から言うと、カツラにしてよかったと思ってます。カツラをつける前は、髪の無い自分が大嫌いで、何もできずに家の中に閉じこもったりしていたんですけど、カツラをつけることで自分に自信がついたし、“普通の人”として、外に出た時も精神的に楽になりました。カツラをつけている自分が例え嘘の自分だったとしても、それで僕はよかったと思ってます。
- 今田:
- 自分も高校時代は、藤原君と同じ状態だったと思います。本当に、まわりの人の目が気になりまして、まわりに受け入れてもらえるように、自分の感情を押し殺して、いいようにいいように行動していたのが自分自身で嫌になりまして。
- 学生キャスター:
- それが自分らしくないって気付いたわけですね?
- 今田:
- このままでは自分はだめになってしまうというか、本当に悩んだ時もあったんで、それを克服するために、スキンヘッドに思いきってしました。
- 藤原:
- この番組に出ることで、脱毛症の自分に自信が持てればいいかなと思ったので、それで出演しました。
- 今田:
- 藤原君とは方法が違うけれど、世の中には俺のような人間もいるんだってことを、本当に、一人でも多くの人にアピールしたいと思ってます。
この他にも、明るいゲイライフを送るゲイのサークルのメンバー、ついこの間まで引きこもりをやっていた人、フリースクールに通っている人、アーレフ(元オウム真理教)信者だった若者。様々なマイノリティ達が、「大手メディアは嫌だけどBSアカデミアなら」と登場してくれた。
マイノリティを紹介する一方、大手メディアが報道するようなテーマにも、もちろん取り組んだ。ただし、大手メディアと≪テーマ≫は同じでも≪視点≫が違う。例えば、20数年前のロス疑惑から裁判を続け、先日無罪が確定した三浦和義さんの事件。事件当時、三浦さんの奥さんが経営していた「フルハムロード・ヨシエ」という店が、ワイドショーの恰好の舞台として繰り返しテレビ画面に登場した。出所した三浦さんがその店を再開店させた日に、二人の学生が見に行ってきた。
- 学生リポーターA:
- 今日私達は、三浦和義さんのお店が開店したということで行ってきました。三浦和義さんというのは、ロス疑惑報道、私達はまだ小さかったから当時の報道は知らないんですけれども、このロス疑惑というのは、生命保険金を狙って、三浦さんが奥さんを殺した、という疑いで報道されたものです。
- 学生リポーターB:
- 私達は三浦和義さんがシロかクロか、そういう判断は抜きにして、私達が三浦和義さんのお店で見てきたものを、そのまま伝えようと思います。
- 学生リポーターA:
- 商店街だからすごい狭い通りなんだけど、そこに花輪が、大きいものが11個ありました。花輪の贈り主を読み上げて行くと、テレビ朝日のスーパーモーニング、制作会社が二つ。三浦さんが近々本を出される予定の出版社の社長さん、テレビ朝日のスーパーモーニングのリポーターの方、新潮社のフォーカス編集部、毎日新聞社サンデー毎日編集部、あとは水ノ江瀧子さん、加藤工務店、などなど。
- 学生リポーターB:
- 私が驚いたのは、昔のロス疑惑報道、当時の報道に関わっていた人達が今も来ているのかと思いきや、違うんだよね。若い人がけっこう多いんだよね。
- 学生リポーターA:
- つまりもう20何年も前の話だから、当時の人達は重役になったり退職していて、現場に来ているのは若手の記者の方。
- 学生リポーターB:
- 本当に事件について痛みを知っている、事件に対して連続性を追っているのは、当事者だけなんだよね。ということを実感しました。
見たものをそのまま、何のひねりもなく伝えている。『ニュース・アカデミア』は、時々するどい大手メディア批判を展開した。同じ日のリポートより。
- 学生リポーターA:
- 私が見たある制作会社の方達は、こう指示してました。ディレクターがカメラマンに向かって、「お客さんが一杯いるように撮って」「後ろの花輪撮って」って言っていました。なんでだと思う?お客さんが一杯いるところを撮ったり、花輪を撮ったりすると、お店の雰囲気はどう見えると思う?
- スタジオキャスター:
- いい感じだよね?
- 学生リポーターA:
- だよね。ディレクターの人に聞いたところ、明るい雰囲気の方が、お店オープンということでいいだろう、その方がうけるだろう、と言っていました。ここでちょっと考えてほしいんだけど、お店はその時、お客さん5人くらいしかいなかったの。お客さんがいるところだけを映して、花輪も間近で映して。ってことは、真実とはちょっとズレがあると思うのね。
- 学生リポーターB:
- 私達はやっぱり一部しか見れていないんだと思います。その一部を真実だと思いこむことで、ロス疑惑報道というのが生まれたんだと思います。
舌足らずな、いくらでも批判を浴びそうな表現にしかなっていないが、言いたいことはわかる。一方からの見方・イメージだけを伝える姿勢になってませんか、という大手メディアへの問題提起だ。
このような、大手メディアにできないことをやるラジオチャンネルがなくなってしまうのは残念で仕方がない。しかしそれでも、放送をしていた2年4ヶ月間が無駄だったとは全く思わない。このチャンネルに関わった全ての学生たちの体の中に、ここでの発信体験は確実に“種”を残した。後は一人一人が、社会の様々な場で、それを“発芽”していく番である。