今年も残すところ後少し。今回は、今年2002年に人生の転機を迎えた人々の中から、私が最も興味を覚えた人物、境セイキさんをご紹介しよう。ご本人も言っているのだが、決してこのような生き方を真似して欲しくて紹介するのではない。ただ「こんな生き方・考え方もあるんだ」と受けとめていただきたい。
境さんは丸6年間、ニューヨークのマンハッタンでホームレス暮らしをしてきた人。ところが、今年の元旦のある出来事をきっかけに、それまでどっぷり浸かっていたドラッグを止めた。さらに、今年の秋からは小さな出版社のソファーで寝泊まりし、時々路上に戻るという「パートタイムホームレス」に転身している。
境さんは16年前、24歳の時に渡米。ヴィンテージの貿易商をしていたが、ある時期からドラッグに手を出し、商売も行き詰まる。6年前、96年11月某日にアパートの家賃滞納で警官に突入されて、路上に放り出され、その日から唐突にホームレスとなった。
−突然、衣食住が全て無くなってしまったわけですね。
- 境:
- そうですね。ニューヨークはホームレスを擁護する体勢がとても整っています。僕はドラッグ以外にあまりお金を使いたくなかったので、ホームレスになる前からそういう施設に出入りしていました。なので、食事についての知識がありました。 ホームレスには、食事を配給する場所を書いたプリントをくれるんです。それによると、そういう施設がマンハッタンだけで50数カ所もあります。加えて、公園などで食事を配る人もいますし。
−食事には困らなくても、収入はどうされたんですか?
- 境:
- 最後の4年間くらいずっとやっていたのは、空き缶集めです。ニューヨークには、アルミ缶を1個5セントで引き取らなければならないという条例があるんです。それを集めてリサイクルセンターに持っていくのですが、僕は1回150〜200ドルをそれで稼いでいました。
−一時期、ニューヨークの「缶キング」と呼ばれていたとか。
- 境:
- 缶集めの師匠がいたのですが、その人がちょっとしたことで刑務所に入ってしまったので、自然と僕がそう呼ばれるようになりました。
−稼いだお金はどうしていたんですか?
- 境:
- 全然貯まりませんでした。稼ぎがあると、とりあえずうまい物を食って、後は全部ドラッグに回していましたからね。
−それだけどっぷりと浸かっていたドラッグから、今年の元旦にすっぱり足を洗ったそうですね。一体何があったんでしょう?
- 境:
- 2001年の大晦日、いつも通り行きつけのリサイクルセンターからお金をもらって帰ってきました。その日バッタリ、ホームレス仲間のタミに出会いました。タミ曰く、『ここに座ってるだけで200ドルにはなるぞ』ということで、楽して稼ごうと思い、元日からそこに座ることにしました。
元日の稼ぎは結局30数ドルにしかならず、それを持ってドラッグを買いに行こうとしました。ですが、途中でお金を数えたとき、ちょっと待てよ、と思いました。みんなが幸せを分けてくれたお金なのに、ドラッグなんて買っていたら裏切りなんじゃないか、と思って、その日は珍しくドラッグを買わずに、僕のスポットに帰ったんです。僕の中にもそういう気持ちが残っていたんですね。
−その日以来、ドラッグはきっぱりと止めた?
- 境:
- きっぱりというか、ドラッグを買うとかするとかいう気持ちがすうっと消えてしまったんですね。昔だったら、金を持っていたら即ドラッグを買う、という方向に行っていたんですが、そういう気持ちが無くなってしまいました。
−その日以来、路上でお金をもらう生活になった。
- 境:
- そうですね。コーヒーの紙コップをおいて、お金をもらいました。
うまく表現できないんですが、愛というか、あったかいハートを感じることができました。座っていることによってそれに触れ、また精神修養になると思ったんです。
毎日、三四十人の方が声を掛けて下さって、その人達の応援に背いてはならないな、と感じていました。
−そして、ホームレスの本を秋に出版し、今はその出版社におられるんですね。
- 境:
- そうですね。出版社のソファーに寝泊まりしています。今でも、一日最低2回は路上に座って、ビール飲みながら景色を眺めています。
−何故、アパートを借りたりしないのですか?
- 境:
- 一つには、経済的に安定していないからです。今の出版社では、お金のために働くというより、社長と人間的に助け合える関係になったので置かせてもらっているという感じです。
さらに、僕にとって路上は生まれ変わりの場所、お母さんのお腹のような場所と感じています。今の僕があるのは道に座っていたからだし、道に座ることで失いつつある物をリフレッシュできます。あっちの方が、僕の土台ですね。
−来年以降も、パートタイムホームレスを続けていく?
- 境:
- ずっと続けていきたいです。
境さんの本「ニューヨーク底辺物語」(扶桑社刊 本体1200円+税)も、この秋に出版された。6年間のホームレス経験を綴った、“ホーム持ち”にはわからぬ視点からの本になっている。ぜひ一度お読みいただきたい。