今回は、前回に引き続き、アメリカ同時多発テロ絡みの話をお伝えする予定だった。だが、火曜日(02.9.17)に行われた日朝首脳会談後のマスコミの報道ぶりが、「これでいいのか?」と疑問に思わざるを得ないものなので、急遽こちらに眼をツケることにした。
北朝鮮の拉致問題については、「救う会」という団体があり、一昨日声明文が出されている。
「北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会 緊急声明」と題されたこの声明は、
1.死亡とされた8人は、現在も生きている可能性が高い。
2.未確認の死亡情報が一人歩きすると、生きている人達も今から殺される危険性がある
という2点を要旨としている。
確かに、「5人生存、8人死亡」という北朝鮮側からもたらされた情報は、厳密には「北朝鮮がそういう風に通告してきた」というだけで、真実はどうかわからない。
また、世論も「家族や関係者が、まだ生きていると思うのは当然の心情だよね」と、感情論的な受け止め方に傾きつつある。そして、関係者の≪心情≫に配慮せずに情報を小出しにした政府が悪い!という雰囲気になってしまっている。だが、これは事の本質とずれているのではないだろうか。
土砂崩れで家族が埋まってしまった、でもまだ生きていると信じたい、という心情と、今回の話では、全くわけが違う。生きている者も「死んでいる」と、平気で発表しかねない相手なのだから、今回救う会が出した声明文は、センチメンタルな遺族の心情の発露などではなく、冷静な情勢判断に基づいたものと言える。
ところが、我々メディアまでが、この感情論に流された報道ばかりを行ってしまった。「今まで絶対に非を認めなかった北朝鮮が、一転してあれだけの事を認めたんだから、この情報は本当”だろう”」という空気も、これを助長していることは否めない。これが、メディアのあるべき姿勢だろうか。
今回の報道姿勢は、役所が言ったから、警察が言ったから、情報が正しい”だろう”と勝手に信じ込んで、さもそれが真実であるかのように報道しているパターンと結局同じことだ。メディアは、起こった事実(北朝鮮側が「8人死亡」と伝えてきたこと)のみを的確に伝え、後の判断は視聴者に任せるべきではないか。
では、北朝鮮側が、生きている人を「死んでいる」と伝えてきたのだとすれば、一体何故そのようなことをするのだろうか?この明確な理由が見えにくいことも、発表鵜呑み報道に拍車をかけた一つの理由であろう。
死んでいないのに死んだことにする意味として考えられるのは、「社会から抹消する」ことだ。都合の悪いことを世界に向けてしゃべられては困るので、この時点で社会から抹消してしまう。今後ずっと「行方不明」ということで、日本からの調査要求をかわし続けるよりも、現時点で「死亡」ということにして、幕引きしてしまう。そうすれば、今乗り切るのは少し大変だが、今後の面倒はなくなる、ということだ。
そのような情報操作があるとして、では、拉致被害者のうちで「生存」扱い・「死亡」扱いを分けた個別事情は何なのだろうか。
「生存」が伝えられた5人のうち、4人は皆北朝鮮で結婚し、子供ももうけている。仮にこの拉致被害者達が帰国することになった場合、北朝鮮に子供という「人質」を残していくことになるから、余計なことをしゃべられる心配がない。日本側で把握していなかった曽我ひとみさんについては、家族に関する情報が現時点で不明だが、もし「人質」となるような家族がやはり現地にいることが今後明らかになるのなら、この見方は説得力を増すことになる。
小泉首相も、北朝鮮から示されたこの「8人死亡」情報を、当初は信じ込んでいた一人だろう。会談の際、食事も喉を通らなかった、という逸話も伝わっているし、会談後の18時30分からの会見では「残念ながら、亡くなられた方々のことを思うと、痛恨の極みです」という明確な発言を残している。一国の総理がこういう発言をしたのだから、やっぱり本当なんだ、と全国民がその情報を信じてしまったのは無理もないことだ。
その後小泉首相も冷静さを取り戻し、「北朝鮮がそういう情報を伝えてきたことを確認した」という説明にトーンを変えているが、第一印象の与えた衝撃はあまりにも大きすぎた。
では、今現在日本政府は、北朝鮮側からの情報をどう受け止めているのか? 会談当日、福田官房長官らと共に家族に対して通告を行った植竹外務副大臣に、昨日話を聞いたところ、植竹氏も福田氏も、最初から「北がそう言っているというだけだ。これをどうやって伝えよう?」と協議をしていた、つまり、情報を鵜呑みにはしていなかったということだ。そして、ご家族にも「北朝鮮がこう言っています」と伝えた、という説明であった。
この説明は家族側の証言とかなり食い違うが、少なくともこの植竹証言から皆さんに確実にお伝えできることは、「今現在、日本政府は、8人の死亡を認定していない」という事である。
生存の可能性がわずかでもあるとなると、次は生存者の救出の可能性を探らなければならない。JNN世論調査でも、国交正常化交渉を開始することに対しては、75%が賛成を示している。国交正常化を進める事も重要ではあるが、それと並行して、生存の一縷の望みを探ることも忘れてはならない。その為にも、各メディアは、「死亡」を頭から信じ切っている姿勢をすぐにでも変え、報道のニュアンスを軌道修正すべきである。
日朝首脳会談以来、北朝鮮側に翻弄される政府の対応が何かと問題視され、それをメディアもこぞって批判しているが、実はメディアも同じ穴のムジナだ。もし「死亡」とされた人達が今も北朝鮮のどこかで生きていて、現在の日本でのこの報道のされ方を知ったなら、「私達を勝手に殺すな!」と憤激するだろう。従順なメディアの報道は、それこそ北朝鮮の思うつぼ、彼らの情報戦術の片棒を担いでいることになる。