今回は、アメリカ・ニューヨークからのリポート。
下村は、ここNYエリアに4年間暮らしていたが、それも9.11のテロ前のこと。今回改めて来てみると全然違った印象になっていた。下村が住んでいたのはハドソン川の向こう側、ニュージャージーだが、そちらから川を挟んで見る方が、マンハッタンを一掴みに眺めることが出来る。今回も以前住んでいた地域に行ってみたのだが、まさに歯がぽーんと抜けてしまったようなスカイラインの変化だった。理解をしていたつもりでも、実感すると「あぁ、本当にテロがあったんだなあ」と改めて感じさせられた。
実際に今、グラウンド・ゼロのすぐ脇に立っている。周りには追悼の張り紙などがまだまだたくさんあるが、それらを除けば事件そのものの痕は何もなく、大きな再開発工事中の場所のような印象を受ける。
その跡地の再開発計画については、地元ニューヨーカー達の反応はあまり芳しくないようだ。6つの案が発表され、それらの案が今ちょうど展示されているのだが、よそ者の下村がパッと見たところでも全く魅力が感じられなかった。どの案でも、追悼記念公園のようなものは残されるのだが、それ以外は全くありふれたものにしかなっていない。
これに関しては、先週末、公聴会のようなものが開かれ、ニューヨーク市民が4000人以上参加した。ニューヨークタイムズ紙に載っていた参加者の報告によると、10人位ずつテーブルに座り、それぞれにキーパッドが置いてあり、聴きながら意見を出すことができる仕組みになっていたとのことだ。だが、この公聴会で最も多かった意見は”boring(退屈だ)”というもの。21世紀の新しい街を、灰の中から立ち上げるのではなかったのか?そういう期待があったのに、一体これはなんだ?という声が非常に多く、ニューヨークタイムズ紙曰く「これは考え直しになるのではないか?」という表現がなされていた。
やはり、グラウンド・ゼロは、ニューヨーカー達にとっては非常に思い入れが強い場所だ。その分、跡地の再開発については大きな期待も掛かっている。今回の案は、その点で応えきれていないものだった、ということだろう。
現場にあった膨大な瓦礫は、1つ海峡を隔てたスタッテン島という所に全て運ばれている。そこで、瓦礫の中から、遺体の破片を回収する作業がずっと行われていた。そして、その作業の終了セレモニーが行われたのが、つい先週の月曜日のこと。しかも、回収を終えたとはいえ、バラバラの破片で出てきた遺体は約2万もある。それらをさらにDNA鑑定などで身元を確定する作業が、現在も行われている。
さらに、あの事故の日に職場を失い、現在も失業中である人が2万8千人もいる。この一年間、あの事件の被害者に、特例で期間延長して支払われていた失業保険は、受給者の数が10万人。必要な人については、さらに期間延長が約束されている。
これらの報道を聞くと、あのテロ事件自体がまだ終わっていないのだな、ということがひしひしと感じられる。加えて、テロへの恐怖、テロへの警戒という名前での政府の監視の強化、という問題もあり、市民はこれらの狭間に今もいるのだ。
以前、「ビッグ・アップル・リポート」でも何度かご登場いただいたジャーナリストのヘザー・ハーランさんに、このことについてお話を伺うと、「私はジャーナリストを仕事にしているが、グラウンド・ゼロには行かない」と宣言している。それは、そこに行って、人々が写真を撮ったりして観光地気分でいるのに絶対に耐えられないから、だそうだ。ニューヨーカー達も、同じ島の中にいながらグラウンド・ゼロには行きたくない、という人が結構いる。それだけ深い傷が現在でも残っている。
テロの直後は、アメリカは愛国心で一色に染まり、それらに反対意見を言いにくい雰囲気になった、ということはこのコーナーでも紹介した。
ただ、実世界ではなくインターネットの世界では、事件の直後から活発な意見交換がなされていた。10ヶ月が経った現在、インターネットという場から出版という場に、そういった意見が広がり始めている。「butterfly」という絵本と、「戦争中毒」というマンガだ。「butterfly」の方は、ついこの前日本語版も出版され、「butterfly〜もし地球が蝶になったら」というタイトルで発売されている。
簡単に言うと、芋虫がどういう風に蝶に変わっていくか、という物語。さなぎの中で、イマジナル細胞という全く新しい細胞が生まれ、それが芋虫の古い体質と戦い、白血球に食われたりもしながら、だんだん数を増やしてあるとき突然パッと姿が変わる、というストーリーだ。
「すると、びっくりすることが起こりました。小さくてひとりぼっちだったイマジナル細胞が、寄り添いはじめて、仲の良い小さいグループを作ったのです。ひとつらなりになったイマジナル細胞達は、皆同じ波動で響き合い、繭の中で情報をお互いに交換し合いました。そしてある時、ひとつらなりに長く繋がったイマジナル細胞達が、突然一緒に悟りました。そう、私達はもう芋虫じゃなくて、何か新しくて、何か素晴らしいもの!その悟りこそが、バタフライの産声です。お誕生日おめでとう、バタフライ!」
つまり、一人一人がイマジナル細胞で、世の中を変えられるんだよ、というメッセージだ。実は10年くらい前から細々と売られていたのが、テロをきっかけに手に取る人が増えてきたそうだ。
この本の作者、ノリ・ハドルさんは、安全保証センターというNPOの代表なのだが、今はちょうど日本に行っているとのこと。まさにこの本の考え方、イマジナル細胞を増やすために、日本語版の出版に合わせて日本中でワークショップを開いているそうだ。
もう一冊の「戦争中毒」、この本は「何故アメリカが軍国主義と決別できないか」という本だ。マンガで、アメリカの軍国主義の歴史を書いた本であり、かなり豊富なデータに裏打ちされていて、1つの見解としては筋が通っている。一番注目すべきは、「何故我々はテロに遭ったのか?」ということで、オサマ・ビンラディンの言い分なども詳しく載っていて、こういう本が出版できる余地がまだ米国社会にあったのか、ということを再確認できた。これも、9月11日を目指して日本語版の出版が予定されている。