今回は、長野県庁1階ロビーからの生電話リポート。すぐ隣に、長野県議会の建物も見える。この中で、つい11時間余り前、田中康夫知事の不信任案可決という、歴史的珍事が起こったのだ。
このロビーのすぐ奥には「県民ホール」というサロン風の場所があり、平日の昼間は、県民の皆さんが自由に出入りしてくつろいでいる。その一部が、ガラスで仕切って、知事室になっているのだ。まさに県民の目の前で、文字通り"ガラス張り"の執務をしている、というのを、来てみて強く実感した。こうして、オープンな知事を目指して頑張ってきた点はそれなりに評価するけれど、全体としては気に食わん!というのが、議会の判断だったようだ。
一体、議会は田中康夫氏の何が気に入らなかったのか? 今、手元に昨日の不信任決議文が全文あるので、要旨をご紹介する。
「田中知事は就任以来、
●長野モデルの発信と称して、県民の生命や財産を守ることよりも、自分の理念の実現を優先させてきた。
●市町村長や県議会との合意形成を軽んじる一方、理念を同じくする一部の意見のみを重んじてきた。
●独善的で稚拙とも言える政治手法によって、県政の停滞と混乱を招いた。」
このように3つの点を挙げ、「長野県議会としては知事を信任できない」と断じたわけだ。 だが、この不信任騒動は、もともと、知事の去年2月の『脱ダム宣言』から発したものだ。にも関わらず、この決議文の中には「ダム」という言葉は一言も出てこない。不信任案の可決によって、この後、県議選か県知事選を必ず行わなければならなくなるため、ダム問題が選挙の争点の中心になることを避け、個人の資質問題にわざと絞った感がある。
今回の議会の中でも、「ダム廃止を主張するだけで、治水・利水対策の代替案を示さなければ、県民の生命を守る義務を果たしていない」という議会側の主張があった。だが実際には、先週後半、ダム廃止後の治水・利水対策について、『枠組み』という名の基本方針を、知事は議会で示している。大雑把に言うと、ダムの代わりとなる治水機能の8割程度は「河川の改修」で対応し、残りは、「流域対策」(例えば、豪雨時の一時貯水池を校庭から各家庭に至るまで細かく分散設置するなど)で対応していく、という内容だ。
しかし、そのような無数の"ミニミニ・ダム"等の機能を総計して、河川改修の効果と足し合わせ、それがダム1個分の代替機能を果たし得るか、ということを机上で証明するのは、技術的になかなか難しく時間がかかるであろうことは、想像がつく。それでとりあえず『枠組み』だけを先に示したわけだが、議会は「これじゃ全く具体性が無い!」と納得しなかった。
田中知事と議会との亀裂を決定的にしたのは、先週、知事が議長の休憩宣言後も1人で発言を続けた、TVニュースでお馴染みのあのシーンだ。これについては、「議長の制止を無視して知事が発言を続けた」という表現での報道が圧倒的多数だが、立場を変えれば、「知事の発言を無視して議長が休憩宣言した」とも言える。(不信任決議案の討論中、共産党の反対討論でも触れられていたように。) 私のもとに入って来る情報も、「1人で喋り続ける知事に、傍聴席は呆れ顔」という話から、「傍聴席から拍手が起きた」という話まで、報じる人の立場によってまるで違う。要は、どちらも本当で、呆れる傍聴人もいれば、拍手する者もいたのだろう。伝え手は、どんな時にも(意識的であれ無意識であれ)、事象を《選択》してピックアップしているのだ。
とは言え、議長の判断の当否とは関係なく、とにかく議会の中では議長の指示に従うのがルールであることは、間違いない。(ワールドカップだって、どんなに判定に疑問があっても、審判には従うように。) その意味では、あの翌日、田中知事が「反省」を述べたのは、妥当だった。
ところで、その時の問題の知事の発言は、《次々に退室して行く議員たちの前で喋り続ける知事》という異様な映像ばかりが視覚的にクローズアップされ、肝心の話の中身は、あまり伝えられていない。実は知事は、概略こんな事を言っていたのだ。
「ダムの中止を先に宣言して、後から代替案を考えるというのは、全国の事例を調べたけれど、全て同様である。我々だけが間違った手順を踏んでいると批判されるのは、当たらない。しかも、我々は『枠組み』をちゃんと示しているではないか。むしろ議論を逃げているのは、あなた方県議ではないのか。最終的に民主主義のプロセスを無視されているのは果たしてどなたでありましょう、と問いかけたい気持ちでございます。」
この発言(全5分)が始まって1分45秒ほど経ったところで、議長が休憩を宣言してしまった、というわけだ。現象だけでなく、この発言の中身まで吟味して、是非を考えたい。
さて、知事は今まで「県民に選ばれた」とずっと言ってきたのだが、その知事に不信任を突きつけた議会も又、県民によって選ばれている。現在はまさに、《民意》が二股に分かれてしまった状態だ。これから、知事選、県議選、もしくはダブル選挙ということになってくる。知事が失職を選び、知事選になった場合、今のところは有力な対抗馬がまだ出ていないので、田中知事再出馬・再当選の可能性も少なくない。一方、県議選になった場合は、不信任案決議の採決は44対5であったから、この圧倒的力関係が劇的に変わる可能性も、薄い。結局、どちらに展開しても、そこから生まれる新体制は、現在の状態と大して変わらない気配なわけだ。ましてやダブル選ともなれば、《民意》は、田中知事にYesとNoを同時に突きつけるという、わけのわからん事態も現出しかねない。
知事選であれ県議選であれ、両陣営が、自分達の主張をきちんと代弁できる候補者を揃えること。そこに、この"民主主義の機能不全"状態立て直しの突破口はあるのだろうが、「そうは言っても、県議は地区地区のしがらみで選ぶからねぇ、知事選と同じ理屈じゃ投票できないのよ…」というある県民の溜息は、重かった。