W杯チケットトラブルの深層

放送日:2002/06/01

ついに昨日から、サッカーのワールドカップ日韓大会が始まった。だが、以前から言われていたチケットに関するトラブルが、早くも初日の韓国会場で出始めている。今日は、この問題について、あまり報道されていない3つの視点から眼をツケる。

【1】内部告発者保護法があれば…

 今になって急に、「チケットを印刷している英バイロム社が遅いからいけないんだ!」という話になっているが、バイロム社への不安は、実はここに来て突如発生した話ではない。
 去年の夏前後、チケット印刷会社を最終決定した時まで、話はさかのぼる。この時点で日本側は、《チケットを刷るのは大日本印刷、さばくのは『ぴあ』》という、実に頼もしい布陣を構想していた。これは、業界内では周知の事実である。しかし、なぜかFIFAが下した決定は、「英国のバイロム社に全て一任」という指定だった。
 今回は、横流し防止のためにチケットに個人名などを日本語で印刷することもあって、誰が考えても日本の会社の方が良いと思えるが、「国際機関の印刷物を刷る業者選定にあたって、言語の壁を排除の理由にしてはならない」というしきたりのようなものがあるので、この観点からは、ちょっと文句はつけにくい。(このしきたりには、文句は言えない。そうでないと、例えば今後国際化が進展して英文の書類が急増する中で、日本の印刷会社はいつまでも日本語の書類という極めて狭い範囲でしか受注ができなくなってしまうから。)しかし、これだけの大事業を請け負う《会社としての力量》という観点からも、大日本印刷・ぴあ連合の方が納得の選択であることは、明らかだったのだ。この時点から、日本側には「バイロム社で本当にできるのか?」という不安が漂っていたのである。
 にもかかわらず、お人よしのJAWOC(W杯日本組織委員会)は、5月に入るまで、バイロム社ののらりくらりに対して《信じて待つ》だけで、手をこまねいていた。組織内でも、心配して一刻も早く手を打とう、という声は随所から出ていたが、上層部の動きは絶望的に鈍かった。結果として、下部組織の人々も、そんな上部に対し内輪で憤慨するだけで、それ以上事態回避のために具体的行動に出るでもなく、結局はこの展開を黙認する形を選んだ。(こうした内情は、取材する関係者の殆どから異口同音に、公式コメントとは別のボヤき声として、今になって急に、私の耳にも続々入って来るようになったのである。)
 「チケット代を払ったのに、入場できない人が大量に出るかもしれない。それどころか、混乱でケガ人まで出るかもしれない」とまで深刻に認識していながら、「これだけ言っても上層部が動かないんじゃ、俺たちはどうしようもないよな」と最終的に“我関せず”の姿勢を決め込んだ下部組織の人々は、やはり広義のJAWOC関連サイドの一員として、全員が厳しく批判を受けなければならない、と私は思う。もう、いい加減にしてこういう“オール日光の猿”体質から脱却しないと、いつまでもいつまでも、明石の花火事故や、食品各社の不祥事や、薬害エイズは、無くならない!
―――と、我が身を安全地帯に置いて偉そうに後から批判するだけでは、よくある無責任メディアや無責任世論と変わらない。《じゃあ、次から、こういう時にはどうすりゃ良いんだ?》と、具体的に考えてみなければならない。JAWOC下部組織の人々は、「これは上層部にいくら言っててもラチが明かない、時間切れだ!」と判断した時点で、メディアに情報を流して、世論に注意喚起し、外側からJAWOC上層部やバイロム社の尻を叩く作戦に出ることは、出来なかっただろうか?
 「そんな事したら、エラい人達に睨まれて、W杯が終わった後も、仕事が来なくなる。“べき論”を突きつけられても、我々にだって、養わねばならない家族があるんだ。私だけがそんなリスクを背負うのは御免だ!」という現実が、ここで重くのしかかる。そこで思い出して欲しいのが、以前このコーナーで紹介した、「内部告発者保護法」というアイデアだ。(この下の[バックナンバー]をクリックして、今年2月2日のページ参照)この仕組みの確立が間に合っていれば、今回のモタつきは、もっとずっと早い段階でオープンになり、手を打てていたかもしれない。

【2】“発表ジャーナリズム”の責任

 警察や役所ごとに設置されている記者クラブなどで、発表される情報を真に受けて忠実に発信する報道の仕方は、よく「発表ジャーナリズム」と揶揄される。(戦時中の大本営発表報道を例に挙げるまでもなく、今でも確かに問題事例は山のように有る。)私は基本的には「記者クラブ廃止論者」ではなく、「便利な機能の部分は、あっていいじゃん」という是々非々の考え方なのだが、今回の一連のJAWOC発表に対する記者たちの従順さには、首を傾げざるを得なかった。
 例えば、先週木曜の某全国紙の朝刊記事は、「危ぶまれていたチケット約15万枚は、25日までにJAWOCに到着するめどが立った。」と言い切った上で、チケットがここまで遅れた理由として、「JAWOCはバイロム社やFIFAの『大丈夫だ』という説明を鵜呑みにするばかりで…」と批判している。一読して、「なんじゃ、こりゃ??」だ。バイロム社の説明をあっさり信用した過去を後段で批判している当の記事自身が、前段では、最新のバイロム社の説明(に基づくJAWOCの発表)をあっさり信用しているではないか!どう考えても、今までの実績から見て、「めどが立った」などとは言えないはずだ。なぜここまで、発表モノを無批判に垂れ流すのか。翌金曜になると従順さはさらに進み、「チケットはギリギリで間に合い、当日手渡しは回避の見通しへ」という報道が、一斉に主流となった。私は、この翌朝(5/25)のテレビ番組『みのもんたのサタデーずばッと』の中で、「これは“見通し”と言ってるだけですよ、まだどうなるか判りませんよ」と精一杯、流れに掉さした。そして結果は、ご存知の通り、車イス利用席分を中心に、やはり“めど”に反して、25日を過ぎても、なお未着問題は続いたのである。
 そして今度は、今週になって突然、「チケット配達が間に合わなかった外国人たちが、日本にやって来る、大変だ!」という報道が前面に踊り出た。これまた、JAWOCがその旨の発表を行なった途端の追随である。しかし、こんな問題の発生可能性は、どこの記者ももうとっくに知っていたのだ。外国人たちのチケット購入方法と同じルート(FIFAによるネット直販)で申し込んだ日本人に、未着問題が続発しているのだから、「だったら、外国人だって…」と想起するのは、たやすいこと。ところがどのメディアも、先週まではJAWOCによる日本国内販売分の未着トラブルばかり大々的に報道し、「FIFA直販分は、管轄外だから知らん」というJAWOCの態度にそのまま自分たちも染まって、せいぜい記事の片隅にベタ程度で言及するだけ、という軽い扱い方だった。先週の時点で、JAWOCの幹部に「手ぶらで来る外国人問題って、JAWOC警備総室にとって、自分の問題じゃないんですか?」と私が尋ねても、周囲の記者はシラッとして「この人、何ピントはずれな事訊いてるの?」という空気で、誰一人追撃質問はしてくれなかった。…それが、JAWOCの発表文の中に言及があった途端に、一転してこの大きな採り上げ方。親鳥を追うヒヨコの群れじゃあるまいし。
 各メディアでJAWOC取材を担当している記者たちが、もうちょっと主体的に、発表の大小とは別個に《事の大小》を判断して、早めに警鐘記事を打ち出してくれていたら、ここまでギリギリになる前に、何らかの手を打つ動きが生まれたかもしれない。
 (この辺りまでは、おそらく今後も、市民メディアには補完しきれないだろう。
大手メディアの、特にデイリー報道部門に、期待するしかないのだが。)

【3】“チケット無し外国人”は、いずこ?

 そして本日只今(6月1日午前6時)現在、実はサッパリわからないのが、まさにその「チケット未入手の外国人」が、果たしてどれぐらい入国しているのか?という事だ。「大きな混乱を招く“恐れ”有り」という仮定の話ばかりで、現に日本国内でそういう外国人に出会って怒りの声などをインタビューしている報道には、ほとんどお目にかからないのは、なぜか?実は、理由は簡単。そういう人が、なかなか見つからないのだ。
 私達も成田空港の到着ロビーやら有楽町のFIFAチケット窓口やら横浜の外国人の溜まり場やらで探し回ったのだが、「ちゃんとチケット持ってるよ」という答か、「まだ入手できてないけど、試合前には受け取れるだろ。心配してないよ」という答ばかり。中には、「え、予約なんて元々してないよ。日本で買うつもりで来た」という暢気な黒人や、「そんな事より、ビールはどこで飲めるんだい」と反問して来る白人などもいる。そう言えば、私の知人は、前回W杯フランス大会の時、「帰りの飛行機代が無いから、手持ちのチケットを売りたい」という究極の行き当たりバッタリの南米人から、チケットを買ったと言ってたっけ。
―――こうなると、何日も前からイライラしている日本人の方が、世界標準からハズレて神経質すぎるのか?と思えてきてしまうほどだ。国内各地のキャンプ地で、誘致した自治体の立てた綿密な歓迎スケジュールと、やって来た外国チームの行動リズムが食い違うトラブルが続出したが、それに続く、またもやお勉強になる異文化体験、という感じだ。
 だが、試合当日、もし会場に着いてもやはり「入れない」という展開になったら、彼らはそれぞれ、どういう反応を示すのだろう。人によっては、それでもケロッと近くの大画面テレビでも観に行きそうな気もするし、一方、怒って騒ぎ出す者もいないとは言えない。とにかく混乱が発生しないことを祈るばかりだが、JAWOCかFIFAが緊急放出用の秘密の空席を大量に隠し持ってでもいない限り、その場での収拾は難しいのではないか。

今日午後の新潟から、日本でも熱戦が始まる。これから試合観戦に行かれる方は、できるだけトラブルを避けるために、早めに会場に行くことを、強くお薦めする。

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