3500人のお金で紙面を買った全面広告

放送日:2002/5/18

国会は今、有事法制をめぐる駆け引きで渦巻いている。これを巡り、憲法記念日の前日(5/2)に、首都圏版の朝日新聞に、ある全面広告が掲載された。
「戦う準備はもうやめよう! Stop Preparing for War!」という大見出しが最上部を紙面の左端から右端までブチ抜き、紙面の下半分は、普通の記事よりずっと小さな活字でびっしりと、実に3500名弱の賛同人(=広告費の出資者)の名前が埋め尽くしている。

最近、新しいスタイルとして、市民運動が出すこういった意見広告が増えているので、眼をツケてみた。今回の広告の仕掛け人の一人、きくちゆみさんに、電話で話を伺う。

−この広告、上半分に葉書サイズの四角い囲みが三つ並んでいて、それぞれに「切り取り線」マークがありますが、これは一体どういう意味で?

菊池:
1つ1つ切り取ってハガキに貼るかコピーして、発送できるようにというアイデアです。それぞれが違うターゲットに向けてのメッセージなんですね。今回は、市民運動の連合体と、平和を作り出す宗教者ネットという仏教系の方々のネットワーク、平和を実現するキリスト者ネットという、今迄そんなに連携してこなかった団体が連携して広告を作ったんです。そう言う意味では異色のネットワークで、「このメッセージを載せて欲しい」という意見を全部とりまとめると、1つのやり方では表現しきれなくなってしまい、3つ並べることで、より多くの方の意見を取り込めるようにしました。

有事法制って、どんなヤツ? 切取線で囲まれた左端のブロックは、顔中にモザイクがかかった若い男の写真があり、眼を隠す太線の上に"Who is Yuji?"(「ユウジって誰?」)と書かれている。さらにその下には、「名前は有名、中身は不明」というキャッチコピーも。

−これはどういう意図でしょうか?

菊池:
これは、米国テロの後に若い人達が立ち上げた、平和を作る人々のネットワーク「CHANCE!」が元々考案したチラシから、転載しました。若い人の中にはコンピュータをやる人も多いので、有事法制に関するURLもその下にズラッと載せています。これは、有事法制に反対というよりは、有事法制って何だろう?ということで、「中身をとにかく知りましょう」と言うことを訴える広告です。
このチラシのオリジナルは、申し込めば注文できるようになっています。それも今回の全面広告の特徴の1つで、つまり、広告自体が、色んなグループの活動を応援するようになっているんです。有事法案反対に関しては、色々な人が色々なことをやっているんですよ。この広告を見た人が、それぞれに何らかの反応を出来るように、仕掛けをしてあります。

後の2つのブロックのうち、1つは新安全保障センター代表の米国人から、もう1つは日本のある"お父さん"からの、小泉総理への手紙となっている。米国人の手紙は、和訳だけでなく英語の原文付きだし、日本人の手紙の方にも、日本国憲法第9条の英訳が添えられている。また、この全面広告の見出し類も、英語の方が多い。

−朝日新聞という日本人向けの新聞にも関わらず、英語を多用している理由は?

菊池:
有事法制は、日本がどうしても作りたいというよりは、アメリカからのプレッシャーが非常に大きいと思います。アメリカが今後、対テロ戦争を続けていくために、日本にもっと参加して貰うために、この有事法制が必要となります。そのため、アメリカを初めとした英語圏の人々に、有事法制とは何か、日本の平和憲法とは何かを知ってもらいたい、と思いました。
《9月11日》以降、「グローバルピースキャンペーン」という海外との繋がりも立ち上がっています。そういうネットワークにインターネットを使って配信する際には、最初から英語が入っていた方がインパクトもあるし、向こうでも取り上げられやすくなります。また、この広告の下部に並んでいる名前の中には、アメリカ・ヨーロッパ・アジアなどからの賛同者もたくさんあります。

内輪だけの盛り上がりを大切にしていた感がある旧来型から、世界展開を視野に。日本の市民運動も、ずいぶん変わってきたと感じる。

カンパを寄せた人達が事務局に送って来たメッセージを、読ませていただいた。その中から、眼にとまったものをいくつか紹介しよう。
*「是非自分の名前を載せて下さい。それが自分としての責任だと思います。」
⇒新聞に自分の名前が出る、という事が、この広告への《参加の誘因》になった人も、逆に《参加しない理由》になった人もいるだろう。この人は、それを《意思表示する者の責任》という形でとらえている。
*「ホームページでこの掲載計画を知って、今急いでE-mailで友人達に知らせています。」
⇒こういう人たちはどこから集まって来るのだろう、という素朴な疑問への答になっている。今や、メールは最強の口コミ手段である。
* 「国民学校の生徒として模範的な愛国少年でした。今これに参加したい。」
⇒平和ボケと揶揄される若い世代だけでなく、戦争記憶世代にも、熱心な賛同者がいる。
*「たまたまテロの時にニューヨークにいて、数日間であっという間に報復戦争ムードに染まっていくのを見てとても恐ろしく思い、この運動に参加することにしました。」
⇒あの日以降の空気の激変ぶりに危機感を抱く声は、この人に限らず、非常によく聞く。

−とても多様な声が1つに集まって、この全面広告になったのだということが、こうしたメッセージからも感じられますが、広告を出した後のリアクションはどうですか?

菊池:
普通、意見広告は出したその日に終わってしまいますよね。でもそうではなくて、これが再利用されて、どんどんコピーされて増幅していったら良いな、と思っていたら、思惑通りの動きも出てきています。市民運動をするには、チラシ1つ作るにもお金が必要になりますが、この広告をそのまま使って下されば、お金をかけずに済みますからね。さらに、インターネット上でもこれを使って運動を広げよう、という動きもあり、知らないところで広がって行って嬉しいな、と思っています。

−市民からの意見発表の新しいスタイルとして、この方法は定着していくと思われますか?

菊池:
定着していくと良いなぁと思います。大新聞にみんなで1つのものをまとめて出す、というのは、大変でしたが、やりがいのある仕事でした。今回は関東版のみの掲載で、全国版に載せたかったなぁ、というのが心残りですが。
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